キョン=セーラームーン 古泉=タキシード仮面 シャミ=ルナ



 華やかな紳士淑女の社交場、煌めくシャンデリアを揺らすさざめき、あちらこちらで交わされる甘い言葉、目眩くパーティ。ホールの中央でワルツを踊る男女、それを囲んでお喋りに興じる者、グラスを傾ける者、誘い誘われる駆け引き。
 全ての人間が蝶の前翅を切り取ったようなマスクをつけ顔を隠しているこの仮面舞踏会で、俺はそれをいいことに、ひたすら壁の雑草(花、とは言わん)に徹するつもりだったのだが、さて、どうしてこんなことになっているのだろうね。
 腰を引き寄せられながら、俺はマスクが顔を覆ってくれていることに感謝した。
 そうでなかったなら、目の前のこの男に、顔が赤くなっていることがばれてしまっていただろうから。

 俺はソルジャー・オブ・セーラー、略してSOSの一人、月を守護星に持つ戦士である。
 日夜、罪なき人々を襲う天蓋領域からの刺客と戦うのが使命だ。
 どうやら天蓋領域の狙いは強大なエナジーを得ることのようで、ターゲットとなるのはより美しく、強く、優れた人間ばかりだった。
 そんなわけで、シャミセンが導き出した予想のもと、次のターゲットであると思われる人物、鶴屋家のご令嬢の帰国祝いのパーティに、俺は潜入していたのだが、ドレスを着て仮面をつけ、壁際から鶴屋さんの様子に気を配りつつ、怪しい人間はいないかとホールに目をやった――――そのとき。
「踊っていただけませんか?」
 どこか聞き覚えのある声にはっとした。
 こちらに向かって恭しく手を差し出す男の、マスクの奥の瞳が俺を見ていて、俺は催眠術にでもかかったかのようにその手を取ってしまったのだ。
 この男は敵かもしれないのに。
 正体も目的も不明、俺が戦っているところに毎度毎度現われては、何故か助けてくれる神出鬼没の男、『タキシード仮面』。
 それがこいつだ。
 シャミセンからは、助けてくれるからといって味方とは限らないのだから安易に信用するな、と釘を刺されているのに。
 握られた手が熱い。
 くっつかないと踊れないとはいえ、密着しすぎじゃないか? ああくそ、沈まれ心臓。
 ステップ・ステップ・ターン。身体が驚くほど軽く感じる。鼓動が速い。
 仮面をつけていてもわかる端正な顔が近くにあって、俺を見つめている。
 どきどきして、ふわふわして、夢のよう。
 ワルツなんか踊ったこともない俺だったが、仮面の男の巧みなリードのおかげで、時間を忘れるほど楽しめた。
 しかし一曲を踊り終えると、やはり緊張していたのか喉がからからになっていたので、俺は手近なテーブルからグラスを取るべく仮面の男から離れようとした……のだが、流れるように腰に腕を回される。
「……こちらへ」
 そうして連れて行かれた先はバルコニーだった。
 紺色のビロードのような闇の中、夜風に吹かれながら、俺は男と向き合った。
 咄嗟に飲み物のグラスを一つ持ってくることに成功したので、喉の渇きを潤す。
「……」
 こく、こくん、と金色の炭酸水を飲み干してようやく出せるようになった声で、俺は意を決し、目の前で微笑む男に尋ねた。
「お前は……どうして、俺たちを助けてくれるんだ? 何を知ってる? お前は俺たちの味方なのか?」
 男は俺の手からグラスを取り、代わりに俺の髪の毛に薔薇の花を差し込んだ。
 ふわりと鼻先を掠める香りに目眩がしそうだ。
 足がよろめいて、それを男の腕が支える。
「勘違いしてもらっては困りますね、僕は、僕の目的のために動いているだけです。たまたまそれがあなたを助けることに繋がったに過ぎませんよ」
「……で、も」
 じゃあ、なんでそんな目で俺を見る?
 言おうとした言葉は急激に襲ってきた眠気のせいで声にならない。
 まぶたが重くなる。
 落ちる、倒れる。
 薔薇の香りに抱きしめられたような気がして、唇に柔らかいものが触れたと思ったのを最後に、俺の意識は夜に飲まれていった。
 男が俺にキスをしたことも、それを目撃したシャミセンが、男に「ムーンに近づくな」と言ったことも、何も知らず。





言うまでもないと思いますがギャグです