果汁の芳香とバニラビーンズの甘い匂いに包まれながら目を覚ますと、昨夜きちんとベッドで眠ったはずの俺は、なぜか垂直に立っており、しかも身体が重い泥に浸かったように、何かに阻まれて動かせなかった。
 なんだこりゃ、いったいなにがどうなってるんだ。
 理解できぬまま顔を上げれば、視界に飛び込んできたのは滑らかな地肌を持つ白い壁、格子模様の凹凸のある茶色い板が突き刺さっていて、間近に迫る入道雲の横に薄いグリーンの月が姿を覗かせる。
 甘い匂いはそれらから発せられており、俺はすぐに、白い壁がバニラアイス、茶色い板がウエハース、入道雲が生クリーム、黄緑の月がメロンの切り身であることに気づいた。
 つまり俺は四方を甘いもので囲まれているので、それは甘い匂いに包まれるのも当然といえよう。
 身体が動かせないのは、胸から下がアイスクリームと生クリームの中に埋まっているせいらしく、足をばたつかせるとどろどろと流動状のものが纏わりつく。おそらく溶けたアイスだろう。
 不思議なことに冷たさは感じるがそれに伴う痛みは全くなく、それは痛覚が麻痺しているというよりも、自分の身体に冷たいものに対する耐性ができて、アイスに埋もれても大丈夫であるように造り変わっているという感じがした。
 幸いアイスの拘束を逃れて自由に動く腕を見ると、どうもいつもの俺の腕よりだいぶ短く、手のひらもなんというか、ちまっ、としていた。
 小学校に上がったころの妹の指が確かこんな形だったな。
 その指で側にあった透明な丸い縁をなぞると、超能力者がよく言う、理屈ではなくわかってしまうという感覚が俺を襲った。
 これはあれだ、どうやら俺はパフェの妖精になってしまったらしい。
 巨大なパフェグラスの中にアイスや生クリームや果物を惜しげもなく贅沢に盛り付けるところまではいいが、どうして俺なんぞを一緒に盛りつけようと考えたのかは知らん。
 だが、俺がパフェの妖精で、この豪華なデザートが俺の眷族なのであれば、パフェの妖精がパフェの中にいるのは当たり前のことだろう。冷たさが苦痛ではないのも納得がいく。
 ただひとつ困ったことに、俺はこのグラスの中から出られないようだった。
 このままいけば、時間の経過とともにアイスが溶け、身体がずぶずぶと沈んでいき、やがてアイスの海の中に溺れてしまうだろうことも俺にはわかってしまっていて、その前に誰かに助けてもらわないといけない。
 どうやって? もちろん、食べてもらうのだ。俺はパフェなんだからな。
 だが金魚鉢パフェやバケツプリンも真っ青の、こんな等身大パフェ、しかも得体の知れない妖精つき、を食べてくれるようなチャレンジャー精神と慈愛に溢れる人間が、果たしているだろうか。
 しかし食べてもらえないことには、俺は底なし沼のようなアイスに引きずりこまれて溺れてしまう。
 結局、自ら移動ができない俺は待つことしかできず、小さな手でスプーンに掴まりながら途方に暮れていたのだが、赤く丸い光が蛍のように飛びながら近づいてくるのに気づき、メロンの香りのする息をのんだ。
 赤い光は俺の目の前で止まると、人の形をとり、やがてよく知る顔になる。
「こんにちは」
「古泉」
 俺と同様に少々普段よりちまっとデフォルメされてはいるが、それは紛れもなく古泉だった。
 古泉は俺を見て気遣わしげな表情になり、「パフェになっちゃったんですか」と俺に尋ね、そっと手を伸ばして、おそらくひんやりしているだろう俺の頬に触れた。
 古泉の手のひらは温かくて、俺は妖精なだけでアイスではないのに溶けてしまうような気がした。
 ――――そうだアイス! これ以上溶けたら危ない。
 すでに俺は肩まで乳白色の液体の中に浸かっていて、風呂なら肩まで浸かってゆっくり100数えたっていいが、今は50も数えられないで唇から生クリームとアイスの混合液が流れ込んでくるだろう。
「古泉、お前、俺のこと食べてくれるか?」
 すると古泉は微笑んで、俺の頬に添えていた手をそっとずらし、親指で口の端に軽く触れた。
「クリームがついてます」
 唇を使って優しく唇を拭われると、重なった部分が甘くて思わず目を閉じてしまう。
 心地いい甘さにうっとりと瞑っていた目を再び開けたとき、視界に飛び込んできたのはパフェの家でもちまナイズされたデフォルメ古泉でもなく、やたら甘い匂いのする男の、幸せそうに眠る顔だった。







こさじさんのパフェキョンがあまりにも可愛かったので書いちゃったのです