己が睡眠に対して貪欲であるという自覚はあった。
可能なら一分一秒でも長く寝ていたいと思う俺と、そんな俺を温かく受け入れてくれるベッドとの甘い甘い蜜月に倦怠期など訪れるわけもなく、お前と俺は一心同体相思相愛、いつまでだって別れるものか、お前とずっと一緒にいたい、もうお前を離さない!
とまあぐずぐず毛布を抱きしめていた結果俺は記念すべき古泉との初デートに遅刻しそうになっているわけだが、さて待ち合わせの時間まであと十五分しかないぞどうしたものか。
なかなか寝付けなかったのだという事情はあるにせよ、俺のアホ、なんで二度寝なんかしちまったんだ。
さし当たって服が決まらないまずい。
くそ、こんなことなら明日でいいやと後回しにせず昨晩のうちに用意しておくんだった、と今頃悔やんでも遅い。
時は巻き戻ってくれないし止まってもくれないしこうして迷っている間にも秒針は猛スピードでぐるぐる回っている。
男のくせにデートに着ていく服に悩むなんてとは自分でも思うけれども、しかし好きな相手の前ではセンスのいい自分でありたいというのは性別など関係なく、至極当然の考えだとも思う。
だもんで、セクシーなのキュートなのどっちが好きなのとまでは言わないがどんな服を着ていけばあいつの好みにあうだろうかと、時間がないにも関わらずベッドの前でうんうん唸っているのである。
これとこれじゃ変だし、これはラフすぎるしかといってこっちじゃどう見ても気合が入りすぎて恥ずいし、ああ、どれもこれもいまいちに見えてくる。
困った、本当にどうしよう、決まらない。
人生は迷ってばかりだと言うが、たかだか服のことでこんなに迷っている俺はこの先どれほどの数の迷宮をさまよわなければならないのだろうか。
時計を確認し、すでに八分という半分以上の時間を無駄にしてしまったことに絶望し、ため息をつきかけたそのとき、五感がかすかな気配を捉えた。
「……シャミ?」
もし愛猫が入ってきたのであれば、服にちょっかいを出されてはいけないのでお引取りいただこうと振り返ったが、ドアはきっちり閉まったままだ。
怪訝に思いながら見渡せば、部屋の中、そこにいたのは見慣れた三毛猫ではなく、ピンク色をしたぬいぐるみのような生き物だった。
しかしその二頭身のぬいぐるみもどきには見覚えがある。
月に一度ほど現れては我が家のアイドルになるバターの妖精。
もんもと呼ばれているその妖精に、ピンクのぬいぐるみもどきは姿かたちがよく似ていた。
違うところといえば、もんもが切ったばかりのバターの表面のような白っぽい黄色をしているのに対し、目の前のピンクはピンク色をしているということ、それから小さな耳にこれまた小さな赤いリボンが結んであるということ、腰周りに(といってもくびれがないのでそこを腰と断言していいものかいまいちわかりかねるが)ひらひらとしたフリルスカートのようなものをまとっているということ、そして持っているステッキの先端には赤いハートがついていることだ。
なんだかおしゃまな女の子といった風情のぬいぐるみもどき改めもんももどきは、大きな頭をゆっくり動かしていまだスウェットの俺の全身を眺めやったあと、ステッキを振ってこう叫んだ。
「のんの!」
この瞬間、こいつはぬいぐるみもどき改めもんももどき改めのんのとなり、俺のスウェットは雑誌の読者モデルページに載っていそうなシャツとズボンになり、俺は妖精の生態系に思いを馳せながら待ち合わせ場所に急ぐことができ、遅刻もせずに済んだのである。ありがとうのんの。
さて、のんのもまたもんもと同様、およそ一月に一度のペースで現れては母さんに妹の古着で作ったスカートを着せられたり、妹に小さくなった自分のお古を着せられたり、やはりのんのの見えないらしい古泉をハートの先でつついたり交流を深めながら、俺のシャツをジャケットに変えたり、カーディガンをセーターに変えたり、ジーンズをダメージジーンズに変えて去っていった。
制服には決してステッキを振ろうとしないあたり、どうやら変えては困るものだと認識してくれているらしい。
のんののコーディネイトは的確で、俺はいつも助けられては感謝をし、古泉との逢瀬にいそしんでいたわけだが、のんのよ、お前に問いたい。
お前は何故、今、古泉の家にお泊まりというこのタイミングでステッキを振り、何を考えて俺の服をこんなものに変えてしまったのかと。
見ろ、古泉が驚きに目を見開いているじゃないか。
「のんの嬢はおませさんなのですね。……あなたの服を消して、下着のみにしてしまうとは」
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