「新次郎。……これは?」
「鍵ですけど」
手の中の物を眺める昴に新次郎はそう答えた。
銀色の小さな鍵は、新次郎の住んでいるアパートの鍵だった。いわゆる合鍵というやつだ。
しげしげと手のひらを見つめたまま何の反応もない昴に、新次郎は少し不安になった。
ひょっとして気分を害してしまったのでは。
そして不安なままに彼女(あるいは彼)の答えを先回りして口に出してみる。
「あの、いりませんでしたか? クリスマスのときのはやっぱり冗談だったんですよね。すみません、真に受けちゃって……」
プレゼント交換のときに新次郎の買ったキーホルダーが渡ったのは昴のところだった。
新次郎としてはかなり奮発して(それこそ給料の大半を使ってしまったくらい)選んだものだったのだが、ホテル住まいの昴にとって鍵は不要。つまりキーホルダーを使う機会はない。
それに気付いて落ち込んだ新次郎に昴は言ったのだ。
「なら、君の部屋の鍵をくれるかい?」と。
だから新次郎はそのとおり昴に合鍵を渡したのだが、昴にとっては特に意味もなく言ってみただけのことかもしれない。
眉を下げる新次郎の目の前で、昴は掌中の鍵を興味深そうにもてあそびだした。
その顔に次第に微笑が浮かぶ。
「ふふっ」
「昴さん?」
「まさか本当にもらえるなんてね。言ってはみるものだ」
「じゃあ……」
「嬉しいよ新次郎。ありがとう」
昴の言葉を聞くやいなや、新次郎はぱあっと顔を輝かせた。
無邪気そのものといった様子で、それを見る者までつられて嬉しくなってしまうような、そんな笑顔だった。
「喜んでもらえたなら良かったです!」
このとき昴にはにこにこと尻尾を振る犬の幻が見えたとか、真偽の程は定かではないが。
「それにしても、新次郎は他人に合鍵を渡すという意味を本当にわかっているのかい?」
どこか妖しげに微笑む昴にどぎまぎしながら新次郎は答えた。
「え? 昴さんは他人じゃないですよ」
返ってきたのははふぅ、という呆れたようなため息だった。
「そこか。……昴は思った。新次郎はやっぱり新次郎だった……と」
「え、え? 僕何かおかしなこと言いましたか?」
「気にする必要はないよ。少し期待した答えと違っただけだから」
鍵をポケットにしまうと昴は言った。
「それに、そういうところも君の面白いところなんだろう」




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