新次郎の肩に頭を預けたまま、昴はぼんやりと遠くのジェミニとダイアナに目を向ける。
「姫、助けに参りました! さあ一緒にここから逃げましょうぞ!」
「ま、まあ……いけません、私は敵に嫁いだ身……!」
なるほど、彼女たちは酔っ払うとああなるのか。
ジェミニもダイアナも、よくやる……。
また次にこんなことがあったとしても、巻き込まれないように気をつけることにしようと決意する。
いや、それよりパーティーで酒を出さないようにすればいいか。
そんなことを考えながら数分、隣から聴こえてくる寝息に気付いて新次郎を見ると、さて彼はすっかり夢の世界へと旅立っていた。
すぅすぅと実にあどけない20歳に、昴が今日何度目かもわからない「やれやれ」のため息をついたとき、ラチェットが影を背負ったサジータとリカを連れて戻ってきた。
そのときにはもちろん昴も新次郎から少し距離を置いている。自分からからかわれる種を蒔くほど間抜けではないのだ。
「あらあら、大河くんは寝ちゃったのね」
「そのようだね。そっちの弁護士さんに随分と酒を浴びせられたようだから」
ちくりと言ってやるとサジータは決まり悪そうに頬をかいた。
「うう……悪かったよ、勘弁してくれ。もう散々ラチェットにも説教食らったんだからさ」
げんなりといった様子で肩を落とす彼女は、言葉どおり相当絞られたらしい。
おかげで酔いもほとんど醒めたのか、さっきよりだいぶ落ち着いているようだ。
「うにゃぁ〜……」
横ではリカが(こちらはそれほど怒られなかったのだろう)うつらうつらし始めている。
それをそっと支えたラチェットは、リカの小さな身体をサジータの腕の中に預け、手をパンパンと叩いた。
「はい、そろそろお開きにしましょうか。片付けは明日みんなでやればいいわ。でも、酔っ払ったこの状態で無事帰れるか不安な人が多いし、もう夜も遅くなってきたから、今日はシアターに泊まっていったほうが良さそうね。リカと……、何かあったら困るから私も残ります」
「あたしは帰るよ。明日の朝、大事な裁判の資料が届くかもしれないんだ。片付けにはちゃんと来るからさ」
リカを抱いたサジータが言った。
「そう、わかったわ。じゃあ……私、リカ、ジェミニとダイアナと」
演技が佳境に入ったらしく涙を流してラブシーン中のジェミニとダイアナをラチェットは見て、それから昴と眠ったままの新次郎に視線を移した。
「昴も帰る。酔ってはいないし、わざわざシアターに泊まるほどの理由がない」
「オーケー、なら後は……大河くんね。どうしようかしら」
「とりあえず起こせば? それで引っ張って楽屋のソファにでも転がしときゃいいだろ。新次郎だし」
「うーん、それはちょっと……いくら大河くんでも、流石に可哀相じゃない?」
さりげなくかなりひどいことを言う薄情な女性たちの心も知らず、新次郎はただ穏やかに眠っている。
「ん……んん」
その新次郎の頭がゆらりと揺れた。と、横に立っていた昴の身体に寄りかかる姿勢になった。
新次郎の頭が昴の肩に乗り、ちょうど先ほどの立場が逆になった状態だ。
いきなり生じた重みに、さしもの昴も驚いて声を上げた。
「うわっ……!」
「う……ん」
新次郎は言葉にならない呟きを口の中で作った後、起きることもなく再び寝息を立てだした。
「おやおや。年の上では大人になっても、こうして寝顔見てるとやっぱりまだまだ坊やだねぇ」
「サジータ、見てないで助け……」
協力を乞おうとした昴は、しかし次のサジータの台詞に、自分の発言を即座に撤回した。
「それにしてもかんわいい顔してるな、新次郎は。キスでもしちゃおうか」
冗談だろうと思ってはいても、けれど何故か昴の心にさざなみが起こる。
目を閉じた新次郎を覗き込もうと顔を近づけてきたサジータを避けるように、新次郎の身体を正面から抱きかかえ、ラチェットの方をくるりと向いた。
「ラチェット。ついでだ、新次郎は僕が家まで送っていくよ。ちょうど車を呼ぼうと思っていたし」
「あら、そう? じゃあ、お願いしてもいい?」
なんだか意味ありげにラチェットが微笑んでくる。
それが少し癪に障ったが、昴は表面的には涼しい顔を続けた。
「昴は……構わない」
そう言うとかかえた新次郎の背中を叩いた。
「ほら、新次郎、起きろ。歩け」
「うぅ……す、昴さん……? ね、むいです……」
半覚醒の新次郎はぽやんと目を開けて、ふらつきながらもなんとか数歩歩く。
こいつは本当に20歳の男なのだろうか、というのがこの場にいた人間たちの共通の想いだった。
「う……ぼく……」
昴はそんな新次郎の腕を掴んで引いた。新次郎がゆっくり大人しくついてくる。
「眠いなら帰って寝るんだ。ほら。じゃあラチェット、サジータ、また明日」
「ええ、お休みなさい」
「昴、いくら新次郎が可愛いからって送り狼になるんじゃないぞ!」
後ろからかけられたサジータの軽口に、エレベーターの前まで来ていた昴の歩みがぴた、と止まった。
「あれぇ、すばるさん……?」
急に止まったのに気付き、不思議に思った新次郎がぼんやりと顔を上げて首をかしげる。
昴はふりかえってふっと笑った。
「ラチェット、どうやらサジータはまだ酔っているようだ。酒が抜けるまで説教を追加した方がいい」
げげっ、昴あんた!とサジータの声を置いて、二人はエレベーターに乗り込む。
おまけとして、新次郎の腕を掴んでいない方の手をサジータに振って、昴はドアを閉める。
新次郎は軽く頭を振ってなんとか完全に眠ってしまうのを防ごうとしているようだ。
「すばるさん……」
「なんだい?」
語尾が小さく消えそうだったが昴は聞き取る。
新次郎が寝ぼけているのはわかっているから、なんだか笑いが漏れそうになった。
「ぼく、いまのよくわからなかったんですけど……すばるさんは、おおかみなんですか?」
二人きりのエレベーターの中、昴はもう我慢しないで声を上げて笑った。
「さあ……新次郎が虎じゃなくうさぎなら、そうなるかもね」


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