夜も更けて、ビレッジ地区には街灯がぽつぽつともっている。人の影も見えない路地はずいぶんと静かだ。
一台の車が新次郎のアパートの前に止まった。運転手がドアを開けてくれる。
昴は自分の横でシートにもたれて眠っている新次郎を揺すった。
「新次郎、着いたぞ。降りるんだ」
「ふぁ……?」
新次郎はとろんと溶けた目を昴に向けると、ぼんやりしたまま動こうとしない。
「お前はどこの幼児だ」
仕方のないやつだな、と昴は幼児と化した20歳の肩を抱き、半ば引きずるようにして車の外へ連れ出した。
新次郎は小柄な方だが、昴はそれに輪をかけて小柄なので、支えるのはなかなか大変だ。
道の脇に車を待たせ、よろめきそうになりながらアパートの階段を上がった。
「ちゃんと歩け。重い」
「す、すみませ……んん……」
ドアの前に立つと、昴は新次郎に鍵を求めようとしたが、こっちのほうが手っ取り早いかと思いなおして自分の持っている合鍵を取り出した。
ノブを回し中に入る。何度か来たことのある新次郎の部屋。
こまめに掃除していると言っていた部屋は、この年齢の男の部屋にしては、なかなかに片付いて綺麗なものだ。
母親の躾けの賜物だろうか、そういうきちんとしたところは感心する。
「新次郎。君の部屋だ」
「あ……は、い」
昴が促すと、新次郎は力のない返事をよこしながら、なんとかベッドへと辿り着く。
限界だったのか、靴を脱ぐのもそこそこに豪快に倒れこんだ。
ふにゃあ〜と脱力しきって昴を見上げてくる彼の目は、夢と現実の狭間を彷徨っている。
「けっこうきもちいいですねー、なんかふわふわするし……すばるさんがいてくれるし……」
酔いのどさくさにまぎれて戯けたことを言ってくるのだから、救いようがない。
「昴は反省を要求する。いくら飲酒の構わない年齢に達したからって、いきなりこんなになるまで飲むな」
「子ども扱いしないでくださいぃ……」
拗ねた口調で抗議してくる様は、まさしく子ども以外のなにものでもなかった。
昴はベッドに座って、母親が赤ん坊にするように新次郎のやわらかい髪を撫でた。
「そう思うなら、己の態度を改めろ。まったく……新次郎は」
撫でながらふと――――さきほどのサジータの言ったことを思い出す。
天使の輪のある髪の毛、大きな目、小さな鼻、女性的な口元。
確かに、この男はそこらの女に負けないほど可愛い顔をしている。
「……そういう、すばるさんは、いくつなんですか……さじーたさんもしらないみたいでしたけど、でも、おさけ、のんでましたよね」
――――あんたいくつだったっけ。
サジータとの会話を、
「……聞いていたのか」
「だって、すばるさんのこと……きになったから」
新次郎の眠りからも酔いからも醒めていない瞳の中に、邪気のない素直な愛情が透けて見えた。
ぎし、とベッドが鳴った。
「すっ……」
身をかがめ、新次郎の頭に手を回す。
新次郎は目をつぶることにさえ思い至らないようだったが、おかまいなしに昴はくちづけた。
「す、ばるさ」
「いいから、黙って」
一度離しそう一言だけ告げると、開きかけた唇の隙間から舌を差し込んで、音が立つほど絡める。
今まで触れるだけのキスは数回したが、お互い深くまで探るのは初めてだった。
顔の角度を変えて、まるで食べるように繰り返す。
「ふぅっ……」
ようやく昴が顔を離した頃には、新次郎の息はすっかりあがっていた。
酒臭い、と昴は呟いて、新次郎に笑いかける。
「少なくとも――――こういったことが出来るくらいは、大人だよ」
「……っ!」
「じゃあね新次郎、おやすみ。いい夢を」
もはやアルコールのせいだけではない真っ赤な顔の新次郎を残し、昴は部屋を出た。
せっかく待たせていた車だけど、焦れているだろう運転手には悪いけれど、先に帰してしまおう。
ホテルまで、星を見ながら歩いて戻りたくなってしまったから。



BACK