僕は以前、ラチェットさんと共にリトルリップ・シアターの支配人室で、サニーさんの日記を発見したことがある。
もちろん他人の日記を本人の許可なしに勝手に読むなどいけないことだ。
だから僕はラチェットさんにそのままを言った。
サムライたるもの、そんな情けないマネはしないのが当たり前。あの時の僕は、そう信じて疑っていなかった。
いや、今もそうだ。わかっているのだ。他人の日記を勝手に読むなど言語道断だ。
けれど、ああ、僕はどうしたらいいんだろう。
昴さんの部屋でふと見つけた革の表紙の本。
革だから、ぱっと見た感じ、それは日記帳と言うよりもアルバムのような印象を受ける。
そこには流麗な字(ちなみに日本語だ)で「大河新次郎観察日記」と書かれていた。
そりゃあ気になるさ! 好きな人の家にこんなものがあって、気にならない方がおかしいよ。
でも気になるからって断りもしないで読むのは、でも気になる。
えーと母さん、これはどんな試練ですか罰ゲームですか。
悪念機と戦うよりもよっぽどきつい戦いが心の中で繰り広げられているんですがどうしたらいいでしょう。
落ち着け、落ち着いて考えろ新次郎。
本は、昴さんの部屋にあるんだから昴さんのものだろう。
しかし昴さんともあろうものが、見られて困るものを僕ごときにわかるような場所にこれ見よがしに置いておくとは思えない。
そこには必ず何らかの意図があるはずだ。
だとするとこれはやはり罠か、罠なのか。
張本人の昴さんはというと、さっき何かを取りに僕を残して隣の部屋に引っ込んでしまったきり、なかなか戻ってくる気配が無い。
ごくりと唾を飲み、僕は手を伸ばして、手を、手を――――やっぱり無理だぁっ!!
「新次郎」
「わひゃあっ!」
いつの間に帰ってきたのか、昴さんに声をかけられて、僕の肩は飛び跳ねた。
「……? 何を驚く」
「え、あの」
えーい、ままよ!
不思議な顔をする昴さんに僕は思い切って尋ねてみることにした。
わからないことは訊く、訊いてわかったら次に生かす。素直に反省するのはなかなかいいことだと以前昴さんも誉めてくれたし!
「あの、これって……なんですか!?」
僕としては一大決心で言ったつもりが、
「ああ……それか」
昴さんは眉を少しも動かすことなくさらりと。
「隊長としての新次郎の評価を日々記録している」
「え……あ、そうですか」
昴さんの答えはとても昴さんらしくて、でも『観察』『隊長としての評価記録』っていうのはちょっと……複雑……。
ていうか、僕、まだまだ隊長として未熟で認められてないってことなのかなあ……。
落ち込みそうになったので考えるのをやめる。
「そういえば、何を取りに行ってたんですか?」
「君、昨日来たときにキャメラトロンを忘れて行っただろう」
小さな(そして柔らかいってことも僕はちゃんと知っている)手のひらの上にはキャメラトロン。
「あ、どこに置き忘れたんだろうと思ってたんです! 昴さんのところでしたか」
「まったく、キャメラトロンは通信機の代わりでもあるんだから、きちんと持ち歩かないと駄目だろう。何かあったときどうするんだ」
「……すみません」
僕はキャメラトロンを受け取りながら小さくなった。そして気付いた。
「あの、ひょっとしてこういうこともマイナスとして記録に書くんですか」
「そうだね」
実にあっさりと肯定されて、僕は肩を落とす。
「うう……」
昴さんの中での僕の隊長評価ってどうなってるんだろう。気になったけど訊くのは怖い気もする。
やっぱりさっき見なくて良かった、と胸をなでおろした。
それが本当は僕の写真を挟んだ単なるアルバムだって知るのは、随分後で昴さんが自分の口からばらしてくれたときだった。




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