フランスがスペインを訪ねてきたのは、情熱の国スペイン王国の太陽が煌々と輝く午後のことだった。
 気まぐれで遊び好き、自分の欲に忠実で快楽主義者なフランスは、その訪れも風のように奔放で自由である。
 長年の付き合いによる気安さの為せる業か、呼んでもいないのに勝手にスペインの家に上がり込んでいることもしばしばで、しかも、それがとても自然なことであるかのようになってしまっているのだから。
 バスタイムの真最中にやってきたことさえあるのに、スペインは本来の大らかさのせいもあってか全く気にせずけろりとしていた。
 とはいえもちろん、フランスの馴染み具合は、スペインとの同居生活の長いイタリア・ロマーノほどではなく、そしてそれが、フランスには少し――――ほんの少し、面白くない。
 確かにロマーノは長い間スペインの家にいたが、純粋な付き合いの長さだけなら、それこそ生まれたころから知っているフランスのほうが遥かに長いのだ。
 だというのにフランスとスペインの間には、ロマーノとスペインの間にはない明らかに埋まらない溝があって、ピレネー山脈のように立ち塞がり、時折歯痒いような気持ちになる。
 まあそりゃあっちもそうなんだろうから、お互いないものねだりってやつかねえ、とフランスは大人の溜息をつく。
 スペインより年下の自分の知らないスペインを知っているフランス、に対して敵愾心を向けてくるロマーノの、きつい瞳を思って、溜息は苦笑に変わった。
 お前も俺も、この鈍感ちゃんには苦労するねえ。
 フランスの目の前には、きつい瞳も色を含んだ流し目も受け流してしまうにこにこ顔がある。
「あんな、俺今からシエスタやねん。ごめんなー、また今度にしてもらえんかなあ?」
 まるで悪意のない笑顔で断ったスペインに、フランスは「ええー」と不満げに唇を3の形に尖らせた。
「なにそれ。俺のこの昂った気持ちはどこへ持っていけばいいの?」
「お前の場合、昂っとんのは気持ちじゃなくて身体やろ」
 あははと無邪気に辛辣な突っ込みをして、それでも少し申し訳なさそうに小首を傾げる。
「んー、そうやなあ……俺二時間ばかし寝るけど、その後でも構わんっていうなら、待っとる間うちん中でくつろいでくれとってええよ」
「寝ないっつう選択肢はないわけ?」
「そやかて、シエスタは必要やで」
「あーそうだよなあ、昼寝のかわりにお前宵っ張りだもんな」
 太陽の国と言われるだけあって、スペインの日差しはきつい。
 そして、太陽の国と言われる割に、実はスペイン人は日の下に出るのをあまりよしとしない。
 シエスタには活動能力の低下する時間帯に睡眠をとるという目的もあるが、強い日の光を回避するという目的もあるのだ。しかし、だからといって寝てばかりいるというわけではなく、就寝時刻が遅いために、総睡眠時間自体は他の国と変わらない。
「夜が長いってのは、お兄さん大歓迎だけどさ……」
「お前が言うとやらしい意味に聞こえるわあ」
「やらしい意味だもん」
 ちゅ、と音を立てて滑らかな頬にキスを送ると、スペインはくすぐったそうに目を眇めた。
「じゃあ、よく眠れるようにお昼寝前の軽い運動なんていかがですかね」
「……軽い、で済むん?」
 こちらを見上げるスペインの緑がとろりとして見えるのは、単に眠いからか、それとも。
「自信はないなあ、なんせお姫様が可愛すぎる」
 唇を移動させながら悪い大人のくすくす笑いをこぼし、フランスはスリーピングビューティーを目覚めさせるための口付けをした。