高助さんにささげものロマ西


 久しぶりに訪れたスペインの部屋、テーブルの上に無造作に置かれた段ボール箱の中に不思議なものを発見して、ロマーノは首をかしげた。
 いや、そのもの自体はどこにでもあるもので、とくに珍しくもなく、ロマーノだっていくつか持っているし、見かけたからって特に不思議なことではない。
 だがそれがスペインの部屋の段ボール箱の中に、しかも大量にあることが不思議なのだ。
「おいスペイン、どうしたんだこれ」
「んあ?」
 ロマーノが箱を傾けると、中に入っていた大量の眼鏡がからしゃらからん、と音を立てた。
 眼鏡。
 スペインは特に目が悪いわけではなく、したがってアメリカやオーストリアのように普段眼鏡をかけることもない。
 ではこの明らかに多すぎる眼鏡の山はどうしたことだ。
 ひとつ適当に取り出してみると、フレームにはまったレンズには度が入っていない。
「ああ、それかぁ」
 スペインはロマーノの手にある眼鏡を見てほにゃりと笑った。
「それなー、トマティーナのために用意してん」
 スペインのトマト祭りであるトマティーナはトマトをひたすら投げひたすらぶつけまくりひたすらトマトまみれになるという、スペインらしい陽気で意味のよくわからないはっちゃけた祭りだ。
 そういやついこの間だったっけか、とロマーノは思い出す。
「トマトが目にぶつかったりしたら危ないやろ? せやから、ゴーグルとか忘れてしもたお客さんのために眼鏡貸しだしたげよー思ってな。すっかり仕舞い忘れてたわぁ」
「ふぅん」
 なるほど、そういうことか。
 納得のいったロマーノがなんの気なしに手にしていた眼鏡をかけると、こちらを見たスペインがぴたりと動きを止めた。
 その目は見る間にきらきらと純粋な輝きを増していく。
 な、なんだ? とロマーノは若干戸惑ってしまった。
 いったいなんだっていうんだ。もしや勝手にかけてはまずかったのか? 客用だって言ってたしな、とロマーノが慌てて眼鏡をはずそうとつるに指をやると、はっと時間を取り戻したスペインが口を開いた。
「あかーん!」
「へっ!?」
「せっかく似合うとるのにもったいないやん! もうちょっとかけとってやぁ」
「は……」
 はずそうとしていたはずの指をずれた眼鏡をかけ直すのに使い、ロマーノはまじまじとスペインを見つめ返した。
 今こいつはなんつった? 似合ってる?
「そうしとると賢そうに見えるわー。ロマ、男前やねえ。眼鏡が似合うのは顔立ちが整っとるからなんやってハンガリーちゃんが言うとったけど、今実感したで」
 スペインはにこにことロマーノを褒めそやす。
 つうか眼鏡かけてなきゃ賢そうに見えねえのかよ、と突っ込む気持ちは「男前」の一言で帳消しになった。
 やはり好きな相手からかっこいいと誉められると悪い気はしないもので、ロマーノは内心嬉しかったが、素直に表には出さず照れ隠しのためにそっぽを向く。
「べ、別に眼鏡くらいなんでもねーぞチクショー」
「あっ、横向かんといて、もっとちゃんと顔見せたってよ。もったいないやん」
 ぐい、と頬に手をかけられて顔の向きを変えられると、驚くほど間近にスペインの顔があることを知る。
 首の痛みに文句を言う前に、ロマーノの瞳はスペインのそれに吸いこまれてしまった。
「――――……」
「ロ、」
 眼鏡のせいでいつもと角度の違うキスを、ロマーノは物足りないと思った。スペインの黒くて濃いまつ毛が掠めることはなく、レンズに阻まれている気がする。
 顔を離せば、スペインはそのまつ毛をぱしぱしと瞬いた。
「な、なんなん、ロマ……急に」
「したかったんだよ。悪ィか」
「悪ないけど……至近距離でロマの顔見れたしな」
「ってお前、目つぶんなかったのか」
「え? うん。やって見たかったし」
 あっけらかんと言ったスペインに、俺はつぶっちまったぞコノヤロー、となんだか理不尽なものを感じて、ロマーノは釈然としない思いに震えた。
 くそ、俺も見てやればよかった。
 そんなことを考えている間に横から手が伸びてきて、ひょい、と眼鏡を奪っていく。
「でも、親分はいつものロマとももっかいちゅーしたいなぁ」
「スペイ……」
「ボンジュールスペイン! くれるっていうからお兄さんが眼鏡もらいにきたよぉーん!」
 ドヴァーン、という効果音と、ふっふっふオーストリアの眼鏡とすり替えてやろうと思ってさぁ……、と悪い笑いとともに突如ドアを開けて入ってきたフランスに、ロマーノは眼鏡を箱ごと投げつけた。