1話

 いつの頃からか、僕は携帯メールのみで顔も知らない相手とSMごっこを始めた。
送られて来た命令に僕が従い、その様子を画像と共にメールで相手に送信する。
そうして携帯だけの関係を続けていく内に、僕は自分の中に眠る服従心に気が付いた。
もっと心の底から慕える、ご主人様と巡り合いたい。
そんな欲望が、次第に僕の中で大きくなり始めた。

 その日、僕は仕事を定時で終わらせ、普段立ち寄らない繁華街の中にいた。
半年ほど前から定期購読していたSM専用雑誌が、気になる店の特集をしていたのだ。
僕はこれを機に、実際のプレイを体験してみようと考えていた。
 こそこそと、逃げるように路地を進む。
目的の店は意外と地味な装いだった。
僕は一瞬躊躇った後、その入り口の扉を開けた。
 中に入ると、フロントにいた男が営業スマイルで出迎えてくれた。
僕は取り敢えず、一番安い初心者コースを選ぶ。
そして次に、銭湯のように左右に分かれた部屋の前に通された。
部屋の入り口にかけられた暖簾には、それぞれ「S」「M」と書かれている。
プレイに入る前に、着替えるらしいのだ。
僕は、迷わず「M」と書かれた方に入って行った。
 部屋の中には既に数人の男たちが居て、手馴れた様子で着替えている。
みんな、常連なのだろうか。
僕は空いているロッカーを開け、用意された下着を手にした。
Mは皆、白い浅めのビキニの股間部分だけが露出している恥ずかしい格好で居なくてはならない。
露出した部分をタオルや手で隠す事は禁止されていた。
Sの方は赤いビキニを履き、気に入ったパートナーを選別出来る。
MはSに見初められ、パートナーに選ばれてしまえば拒むことは出来ない。
 僕は、股間だけ露出したビキニを履いた。
事前に店のシステムを知っていたからいいものの、何も知らなかったら恥ずかしくて履けなかったかもしれない。
実際、鏡に映った自分の姿を目の当たりにすると、恥ずかしさで顔が火照った。
この格好を人前に晒さなくてはならないのだと思った途端、妙な興奮が僕を襲う。
それは、羞恥という名の快感。
 僕は更なる快感を求めるため、ご主人様の集う待合室へ向かった。
 更衣室から待合室へは少し距離があって、その間に何人もの男と擦れ違う。
皆、僕の顔と無防備に曝け出された股間を交互に見る。
それが恥ずかしくて、同時に心地良い。
擦れ違いざま、僕の股間に触れていく人もいた。
 待合室の中はビキニだけを着けた男達が数人、パートナーに巡り合えるのを待っていた。
部屋に入ると、一斉に視線が僕に集中してドキッとする。
赤いビキニを着けた男達が、僕の身体を舐めるように見回す。
それだけで、僕は性的興奮を感じてしまっていた。
ペニスが少しだけ反応してしまったが、ここでは隠す事は許されていない。
待合室で座る事が出来るのはSだけなので、僕は俯いたまま、部屋の隅で立ち尽くしていた。

 それから幾度か、赤いビキニの男達が僕を物色していった。
だが依然としてパートナーに選ばれることはない。
Mとしての魅力が無いのかと肩を落とした、その時……。
「まさか、キミとここで会うとは」
 不意に聞き覚えのある声がして、僕は顔を上げた。
そこにいたのは、僕の憧れの上司、杉矢さんだった。
杉矢さんは引き締まった身体に、赤いビキニがとても良く栄えている。
僕は上司と対面してしまった気まずさよりも、杉矢さんが赤いビキニを着けている嬉しさの方が勝っていた。
僕は日頃から、杉矢さんのような素敵な人に調教してもらいたいと思っていたから……。
「真面目な子だと思っていたが……意外と大胆な趣味をお持ちのようだ」
 杉矢さんは薄っすら微笑を浮かべ、僕の身体を見据えた。
そして、馴れた手付きで僕の尻を引き寄せた。
「キミは、こっちの方は開発済みなのかな?」
 杉矢さんの整った顔が、僕の目の前に迫る。
僕は緊張してしまい、無言で首を横に振る事しか出来なかった。
そんな僕を見て、杉矢さんは優しく微笑む。
そして、僕の耳元で囁いた。
「前からキミを服従させたいと思っていた。私に忠誠を誓ってくれるかい?」
 耳元で夢のような事を甘い声で囁かれ、僕は思わず軽く身悶えてしまった。
この人になら、どんな事をされてもいい。
僕は、すっかり杉矢さんに魅了されていた。
「勿論です。ご主人様」
 そう言った僕の声は、自分でも驚くほど艶っぽかった。
僕のペニスは既に勃起していたけれど、それを見られる事への抵抗感は微塵も無く、むしろ、もっと恥ずかしい自分を多くの人の前に曝け出したい願望が、僕の中で勢い良く膨らみ始めていた。
「それでは、手始めに口で奉仕してもらおうか?」
 僕に首輪を付けながら、杉矢さんが命令する。
初めての命令と付けられた首輪が嬉しくて、僕の足が微かに震えた。
息を呑んで、呼吸を整える。
そして、はっきりとした口調で僕は答えた。
「はい。ご主人様」

 杉矢さんは僕の両手を背中で縛ると、ソファーに腰掛けた。
数人の男達が見ている前で、僕は杉矢さんの前に跪く。
待合室での公開プレイはフェラチオのみ許可されていた。
人のプレイを見ることで、他の客が盛り上がるためだろう。
見られている方もまた、視線を感じることで余計に興奮する。
僕は今、それを実感していた。
「焦らなくていい。キミのペースで私を喜ばせてくれ」
 杉矢さんは僕の頭を撫で、甘い声で囁く。
僕は嬉々とした気持ちで、露出された杉矢さんのペニスに顔を近付けた。
 杉矢さんのペニスは、とても立派だった。
上司として、男として、ご主人様として魅力を感じるのには充分だ。
いつか杉矢さんのペニスで、尻を掘ってもらいたい。
そんな願望を胸に、僕は丁寧に、そして時には激しく杉矢さんのペニスを貪った。
「その調子だ。なかなか上手だな」
 途中、杉矢さんが甘い声で僕を褒めてくれる。
それが嬉しくて、僕は一層激しく杉矢さんのペニスに尽くした。
好きな人のペニスに奉仕出来る喜びを、杉矢さんが教えてくれる。
 暫くして、杉矢さんは僕の顔にザーメンをぶちまけてくれた。
僕はそれだけで快感を感じ、イってしまいそうになる。
顔にかかった杉矢さんのザーメンを舌で絡めとると、興奮に拍車がかかった。
そんな僕を見て、杉矢さんは満足気に微笑んだ。

 その後、僕は新たに公開オナニーと言う命令を受け、杉矢さんのペニスを咥えながら数人の男達の前で自分のペニスを扱いた。


オナニーを見られると言う行為が、こんなにも恥ずかしくて気持ちの良い事だったとは……。
僕は新たな境地を発見した気分になった。
「初めてのプレイは、どうだったかな?」
 店を出てからの帰り道、杉矢さんと並んで歩く。
杉矢さんは僕が初心者な事を考慮して、僕が絶頂に達した時点でプレイを停止してくれた。
本当はもっと過激な事がしたかったけど、杉矢さんの
『調教は少しずつ順序を経て行うのが好きだ』
という言葉で僕は納得した。
店の外でも、杉矢さんは僕を調教してくれるらしい。
つまりは、本当の意味で僕の主人になってくれると言うのだ。
夢に見ていたことが、現実になる。
それは僕の生活に、新たな刺激と潤いを与えてくれるに違いない。
僕は純粋に、杉矢さんに全てを捧げようと思っていた。

「今からオムツを買いに行こう」
 駅が近付いて来た時、不意に杉矢さんが言った。
 不思議がっている僕を見て、杉矢さんは微笑んだ。
「今日からキミは全裸にオムツだけの格好で寝なさい。ちゃんと毎日会社で確認するからね。
 命令に背いたら、容赦なく御仕置きをするよ」
 それは新たな僕への命令。
僕は嬉しくなって、思わず杉矢さんに飛び付いてしまいそうになる。
軽く深呼吸をして息を整え、僕は杉矢さんに向かって微笑んだ。
「はい、解りました。ご主人様!」
 今後、杉矢さんは僕にどんな命令をしてくれるのだろう。
まだ未開発の僕を、杉矢さん好みに調教されたい。
そんな数々の期待に胸を躍らせた僕は、命令どおり、杉矢さんから買い与えられたオムツを着けて就寝した。



  • BACK