術師「自慰」

 突然知らされた、異父兄弟の存在。
それだけでも充分驚愕の事実だった。
だが事もあろうに春はこの日の夜、その伊月と口付けを交わしてしまった。

 高鳴る鼓動と動揺を隠しきれないまま、春は自室へと戻った。
見慣れた景色が目に飛び込んで来ると、自然と全身の力が抜けた。
そのままベッドに雪崩れ込む。
シーツが少しだけ冷たくて、火照った春の頬を冷やした。
 ゆっくりと目を閉じる。
高鳴った鼓動がベッドで反響し、体の内側から耳に届く。
こんなに困惑したのは、生まれて初めてかもしれない。
そっと唇に指を押し当ててみる。
この唇が、先程まで激しく伊月を求めた。
理性に歯止めが利かないまま、春は伊月を押し倒してしまったのだ。
不意に、脳裏にその時の情景が浮かび、春は咄嗟に目を開けた。
春は、確実に動揺していた。
生まれて初めての出来事だった。
自分がまるで何者かに操られているかのように、別人になった気がした。

 息を整え、再び目を閉じる。
暗闇に伊月の姿が浮かんだが、今度は目を開けたりしなかった。
伊月の、長い睫毛の奥にある少し儚い瞳。
伊月は薄い唇を湾曲し、笑っていた。
その唇の感触が、まだ春の中に存在していた。
柔らかな唇の温もり。
洩れた吐息。
そのすべてを鮮明に体が記憶していた。
胸が、締め付けられるようで苦しい。

 どうして、伊月さんはあんな事を……。

 春は思った。
最終的に伊月を激しく求め、押し倒してしまったのは春の方だ。
だが、事の発端は伊月にある。
春も、まさか伊月が自分の唇を奪うとは思っていなかった。
キスをした事があるかと聞かれ、素直に無いと答えただけだ。
 春の脳裏に、伊月の余裕を見せた笑みが浮かぶ。
春は、自分が子供だと思った。
突然のキスに動揺している自分。
それに反し、伊月は冷静だった。
伊月が自分を子供扱いし、軽い気持ちでキスをしたように思う。
それに対し、春は本気で伊月を求めた。
二人の間にある大きな溝は、春の心に切なさとなって舞い降りた。
 その切なさは、次第に体の疼きとなって春を襲った。
 それはまるで、心臓が二つあるような感覚。
二つの心臓は上半身と下半身で、共に共鳴し合うかのように徐々に高鳴った。
溢れ出す欲望が、止められない――
 春の閉じられた瞳の奥に伊月の姿が浮かぶ。
儚い微笑みを浮かべ春の前に立ち塞がる。
春はそんな伊月を幾度と無く見て来た。
だが、春の脳裏に浮かんだ伊月は、いつもと違っていた。
華奢な裸体を露わにし、妖艶な笑みを浮かべ春に迫った。
伊月の薄い唇が春の性器に触れた瞬間、春は再び目を見開いた。
 目が眩む。鼓動は高鳴り、止む事を知らない。
全身から夏のそれとは違った熱さを感じる。
額から汗が滴り落ちる。
吐息は荒くなり、春の中で、何かが崩れた。



 春はベッドの上で仰向けになった。
高鳴る二つの鼓動。
その内の一つに、春は戸惑いながら右手を翳す。
硬く、そそり立ったそれは、春の理性を拭わせるには充分だった。
 春は複雑な心境で、勃起したペニスを開放した。
遮る物が無くなったペニスは、自分でも驚くほどの勢いで天を仰いでいた。
春はそれを一瞥すると、再び瞳を閉じた。

 闇の中に、先程と同じく裸体の伊月が現れる。
相変わらず、妖艶な笑みを浮かべている。
先程と同じく春の性器に口付けをする。
そして、強張るペニスに舌を這わせ、ゆっくりと口に含んだ。
自然と、春の右手はペニスの先端に宛がわれた。
その瞬間、春は身悶えた。
 暗闇の中の伊月は、一層激しく春を求めた。
ペニスを這う伊月の舌に連動し、春の指先も次第に激しさを増していく。
それに応えるかのように、ペニスの先端から悲しい色の涙が零れた。


「――っは」
 思わず、春の口から卑猥な吐息が漏れる。
春はいつしか手の平全体でペニスを撫でつけていた。
抑えきれない欲望が、ペニスを中心に体全体を侵していく。
その欲望の先端には、片時も離れず伊月の存在があった。
その姿を思うたび、鼓動は速まり切なさが胸を締め付けた。
自分では制御出来ないくらい、春は伊月を欲していた。

 伊月さんに抱かれたい――――

 不意に春の脳裏に、そんな欲望が掠める。
春はこれまでに一度も、男に抱かれたいと思った事はなかった。
それ故、自分の中にそんな劣情があった事に驚愕した。
だが、その驚愕も一瞬の事だった。
一度表に出てしまった劣情は、止めど無く春を支配した。
伊月に対する愛しさ、切なさ、それに伴う空虚さ。
そのすべてが性器に集まり、開放を求めている。
春はそれを表に出してやりたかった。

 暗闇の中で伊月が妖艶な笑みを浮かべ、春の体を弄ぶ。
春は心の中で呟いた。

伊月さんが欲しい。
伊月さんに犯されたい。

そしてその欲望に応えるかのように、伊月の影が静かに動いた。
自分を高みから見据える幻の伊月に、春は必死で懇願した。

 俺を、犯して……――!!

 開脚され、無防備になった性器に、艶かしい液体が滴る。
春の左手は睾丸を掠め、窄まったアヌスに届いた。
そして戸惑う事無く指先をそれに押し入れる。
脳裏に浮かぶ伊月のペニスが春のアヌスを攻め、春の興奮を更に高めた。
アヌスに食い込んだ二本の指が、暗闇に浮かぶ伊月と連動する。
ペニスを扱く右手にも、一層力が入った。
「……くっ、あぁ……ッ」
 春は、自分の中に存在する伊月に犯された。
春のアヌスを伊月のペニスが蠕動する。
それは、言葉にならない快楽を春に与えた。
右手で扱かれたペニスの先端から精液が溢れ出た時、春の目から涙が零れた。

「伊月……さん……っ!」
 春の目から溢れた涙は止(とど)まる事を知らず、
次第にそれは激しく胸を締めつけた。
その苦しさに、春は喘いだ。
声が漏れないよう、顔を枕に埋める。
求めても手の届かない、その存在。
それを想うと、体全体を空虚感が包んだ。
春は、暫く声を押し殺して泣いていた。




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