あの日から2日。亜里沙にはまだ会っていない。
同じ会社にいながら会えないのには理由がある。
俺は添乗で不在にする前に済ませておくべき仕事に追われていたし、亜里沙も月末で経理の仕事が忙しい上に、陽歌から引き継いだ添乗の件で、普段以上に仕事を抱えていた為だ。
いや、忙しいのは確かだがそれは言い訳に過ぎないと思う。
忙しい事を理由に亜里沙は明らかに俺を避けていた。
昼休みにランチにでも誘おうと経理課へ足を運んでも、まるで俺が訪ねてくる時間を知っていたようなタイミングで席を外している。
…ったく、どういうつもりなんだよ。
目覚めて亜里沙が腕の中にいなかった朝にも感じた、訳の分からない苛立ちが改めて込み上げてくる。
『朝になったら忘れて…』
亜里沙はそう言ったけど、忘れられる筈なんてなかった。
亜里沙の悲しげに伏せた眼差し。
何かを言いたげに躊躇いがちに開いた唇。
頬を伝った綺麗な涙。
何もかもがまるで夢だったのではないかと思う。
だけど、決して夢なんかじゃない。
腕の中で細く震えた白い肌を愛しいと感じて、亜里沙を初めて女として大切にしている自分に気付いた。
それまで築いてきた『親友』の枠を越えても、亜里沙を手放したくないと思っている自分に改めて向かい合った。
陽歌を失った寂しさを亜里沙で埋めようとしている訳じゃない。
俺達を繋いでいた『陽歌』という存在を失って、亜里沙がこれまでどれだけ俺を支えていたかを知った。
亜里沙の存在が無くなったら俺は俺でいられなくなる。
言いようの無い不安が付き纏い、孤独感が襲ってくる。
まるで親鳥を見失った雛のように、彼女の姿を求めて、自然に視線が彷徨ってしまう。
亜里沙と俺の間にあった『親友』という名の鎖。
それは決して切れることの無い強固なものだと思っていた。
だけど、それは一瞬にして砕け散った。
でも俺はそれを後悔なんかしていない。
親友を失ったが同時に大切な事に気付く事が出来たのだから。
自分の中にずっと眠っていた気持ちが目覚めを向かえたのを感じる。
どうしても手に入れたいと陽歌を追いかけていた頃の気持ちとは違う。
春の陽射しの中のように、穏やかになれる場所を俺は見つけた。
温かく心ごと包み込んでくれる、安らぎの場所を…。
明日からハワイへの5日間の添乗を控えている俺は、出発前に亜里沙とどうしても話がしたかった。
目覚めて彼女がいなかったあの朝から、何故かずっと胸が騒いでいたからだ。
酒と失恋の勢いで抱いたなんて思われるのは真っ平だ。
俺の心の奥底にはいつだって亜里沙がいた。
苦しい時、辛い時、どんな時でも帰れる場所があった。
今すぐに俺の気持ちを伝えなくてはいけない。
亜里沙…
俺にはおまえが必要なんだ。
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