ベストフレンド 友達であるために 7 Side Takumi

※ご注意:今回は陽歌が出てきてホタルシリーズ【きみの瞳に映るもの】のワンシーンに関する話をしています。
読んでいない 方も一応流れがわかるようには書いたつもりですが、どうしてもわからない方は【きみの瞳に映るもの】を読んでみて下さいね。


結局添乗当日になっても、亜里沙は俺を避け続けた。

何通も送ったメールも返事が返ってこないし携帯も電源を切ったままらしくずっと連絡をとることが出来ない。
実家にも電話をしてみたが帰っていないとのことで、結局出発の日まで俺は亜里沙にただの一声もかけることが出来ずに、身を切られる思いでハワイへと向かった。

帰ってくるのは月曜日。

例えどんなに時間が遅くなろうとも、絶対に亜里沙をとっ捕まえて俺を避けた理由を吐かせてやると思っていた。

亜里沙を今までとは違う目で見ている俺を知って欲しい。

亜里沙を必要としている男としての俺を見て欲しかったんだ。


それなのに…


添乗から帰ってきたら亜里沙は姿を消していた。
長期休暇でもなければ無断欠勤でもない。
退職届を出して姿をくらましたと聞いて愕然とした。

俺に何も言わずに亜里沙がいなくなる?

何があってもそれだけは無いと思っていた。
亜里沙はどんな事があっても、黙って俺から離れる事など無いと思っていた。
いや、そう信じていたかっただけだったんだ。
訳の解らない喪失感が俺を包み、仕事も手につかなくて何をする気力も無くなってしまった。

亜里沙がいない

ただそれだけで俺はこんなにも弱くなってしまうのか?
余りの自分の醜態に吐き気すらする。

改めて認めないわけにいかなかった。


俺には亜里沙が必要なんだ。









あれから1週間、亜里沙の行方は相変わらず判らなかった。

俺は必死に亜里沙の行方を探した。

だが会社の人間も、彼女の友達も、亜里沙が何処へ行ったか誰も知らなかった。
真っ先に陽歌に連絡をしたが、亜里沙は陽歌にさえも何も言わずに姿を消したらしい。
心配した陽歌はすぐに飛んできた。

「どう言う事? 亜里沙がどっか行っちゃったって! 拓巳は心当たりが無いの?」

『心当たりが無いの?』と問われた意味が、亜里沙と何かあったのかと訊かれているようで胸が痛かった。

「亜里沙が拓巳に何も言わずに消えるなんて…信じられないわ。拓巳、亜里沙と喧嘩でもしたの?」

「いや…喧嘩なんてしていないけど…添乗前に亜里沙が俺を避けていたのは事実だ」

陽歌にだけは隠してはおけないと、心に重く伸し掛かる事実を懺悔するように陽歌に告白した。

「俺…亜里沙を抱いたんだ」

「…な…んですって?」

「おまえの結婚式の夜、亜里沙を抱いた。亜里沙は失恋した俺の心を救いたいと言った。…俺は…あの夜独りでいたくなかったんだ」

俺の言葉が終わるや否や頬に熱い衝撃が走った。
叩かれた頬が赤く腫れてジンジンと痺れたが、心の痛みに比べたらそんなものは痛みの内に入らなかった。
陽歌が俺を睨みつけ、声を震わせて怒っているのを見て、自分を責めて亜里沙が戻ってくるのならどれだけでも殴ればいいし責めて欲しいと思わずにいられなかった。

「拓巳…あんたって最低ね。亜里沙がどんな気持ちであんたを見ていたと思っているの?」

「…な…に?」

「いくら鈍い私でも気付いていたわよ。亜里沙が必死に隠していたから気付かないフリをしていただけ。亜里沙には彼なんていなかったのよ」

「知っているよ。あいつ…一体なんであんなウソをついたりしたんだよ」

「わからない? 私達のためよ」

「俺達?」

「そうよ。亜里沙は私と拓巳が一緒になることを望んでいた。ううん、拓巳が幸せになる事を望んでいたの」

「俺…?」

「私がまだ晃先生に出会う前、何度もあの丘の風景を夢に見ていたのを拓巳も知っているでしょう? 亜里沙はそれを私の潜在意識によるものだと思っていたの。
早い話が幼い頃に両親を無くした心の傷が、何かの形でその頃関わった男性や風景を夢に見せていると考えていたのよ」

陽歌の説明にかつての亜里沙の言葉を思い出し納得する。

「でも実際は違っていた。それは拓巳も良く知っているわよね。あれは私の中に眠る茜さんの記憶だった」

「ああ、そうだな」

「私が晃先生と出逢うのは避けられない運命だったわ。でも、亜里沙があの丘を探したのは別の理由だったの」

「お前の為だろう? 何年も毎晩のように夢を見るお前の心の傷を治したかったんじゃないのか?」

「ある意味そうかもしれない。夢を幻想だと気付いて、私が拓巳に目を向けることを望んでいたのよ。…亜里沙があの丘を見つけたとき、亜里沙は晃先生に出会っているのよ」

「例の彼氏が急患で運ばれたって、あれだろ? でもあれって嘘だったんじゃ…」

「あの日、具合が悪くなって診療所に来たのは亜里沙の彼なんかじゃなくて亜里沙本人だったのよ。もちろん亜里沙には連れなんていなかった事を晃さんは覚えていたわ。亜里沙ったら、多分ずっと独りで…」

「ずっと独りであの丘を探していたのか。…あの場所も偶然見つけたわけじゃなかったって事か?」

「解らないけど…私は何かに導かれたと思っているわ」

陽歌の中に眠る茜さんの意志が、いつも傍にいる亜里沙に影響を与えていたとしてもおかしくないかもしれない。
亜里沙はいつも陽歌の夢の話を聞いていたし、誰よりも夢に理解と興味を示していた筈だ。
茜さんの晃さんと家族への一途な想いが多くのものを動かしたことを、実際に目の当たりにした俺には陽歌の言いたい事が良く解った。

「亜里沙には、私が晃さんを諦める切っ掛けさえあれば良かったんだと思う。だからあの場所が見つかって私があの丘へ向かった時に拓巳にそのことを教えたのよ」

陽歌が初めて晃さんに会いに行ったときの事を思い出す。

あの丘が見つかって陽歌がそこへ向かったと聞いたとき、追いかける事を俺は迷ったんだ。
夢に良く似た場所が見つかったくらいで何も変わるはずが無いと高を括っていた俺は、いくら惚れているからといっても、女を追いかけて仕事をすっぽかすなんてみっともない事は出来ないと思っていたからだ。

だが、今行かなければ一生後悔するかもしれないと俺を叱咤し、どうしても追いかけろと無理矢理俺の背中を押したのは亜里沙だった。

あの時亜里沙がそうしてくれなかったら、俺は後悔して陽歌への気持ちを吹っ切る事も出来ずにいたかもしれない。

「亜里沙の行動はすべて私と拓巳の為だったのよ。それなのに結果的に私は晃さんと結婚して、亜里沙が一番望まない形になってしまった。亜里沙の性格からして拓巳に申し訳ないと思っていると思うの」

亜里沙は確かに俺に負い目を持っている様子だった。俺はそれが凄く嫌だった。
亜里沙のせいなんかじゃないし、俺はあの時、陽歌が晃さんと幸せになる事を望んで背中を押してやったんだから。

そう、あれは運命だったんだ。

陽歌は大きな力に導かれて結ばれるべき人に引き寄せられた。
そして俺はそれまでの盲目的な想いから、ようやく現実を見つめる事が出来る冷静な目を取り戻した。

そして…目の前にずっとあった、何よりも大切なものにようやく気付いた。

「亜里沙は自分で全てを抱え込むタイプだから、多分誰にも何も言わずにいなくなったんだと思う。私も知らなかった位だもの。…私も心当たりを片っ端から捜してみるわ。
手始めに退職した同僚達に連絡をしてみるわね。何か解ったらすぐに連絡するから、どんな時も携帯の電源だけは入れておいてね。モテるのは解っているけど、女からの誘いの電話がどうのこうのと言ってる場合じゃないんだからね」

「解ってるよ、ちゃんと電源は入れてある。亜里沙から連絡があるかもしれないからな。とりあえず俺は亜里沙の実家へ行って学生時代のアルバムを借りてくる。友達の所に連絡をとっているかもしれないからな」

「うん…お願いするわね」

「悪いな。新婚早々揉め事を持ち込んで。…夫婦喧嘩の仲裁はしないって言ったのに、逆に俺がお前に助けを求める形になっちまった」

「バカね。事情が事情だもの。晃さんだって解ってくれるわ」

「先生に謝っておいてくれよな。…俺が亜里沙をしっかり捕まえておかなかったから…」

「…しっかり捕まえておかなかったから?…ふぅん…そんな風に思っているんだ。じゃあ、もう自分でも気付いているんじゃないの?」

「何が?」

「自分の気持ちによ。あなたは私を好きだと思っていた。だけど今、亜里沙を失ってあなたの中の何かが変わってきているわよね。私への気持ちが本物じゃなかったとは言わないけれど、長い間の内にきっと手に入らないものへの執着心が強くなっていたんじゃないかと思うの」

「そんなこと無い。俺は本気で…」

「本気だったのは解ってるし、その気持ちはとても嬉しいわ。でもね、今の拓巳の心は亜里沙で埋め尽くされているように見えるのよ」

「それは、亜里沙がいなくなったからで…」

「本当にそれだけかしら? 私には拓巳が亜里沙を愛しているように見えるわよ? 自分の中の気持ちを見つめて、亜里沙に会うまでにきちんと整理するのよ。でないと、亜里沙の性格だと見つかってもまた何処かへ飛んでいってしまうわ」

見つかってもまた…何処かへ行ってしまう?

亜里沙を…失う

俺の前から永久にいなくなってしまう…


―― そんなの絶対に嫌だ!


唇を噛締めグッと拳を握り締める。そう、絶対に亜里沙をこのまま失うのは嫌だ。

俺の表情を読んで気持ちを悟ったのか陽歌は満足気に笑った。

「絶対に亜里沙を見つけて説教してやるわ。親友の私に何も言わずに何処かへ行っちゃうなんて…水臭すぎるわよ。どうせ晃さんに悪いとか、新婚なのに迷惑を掛けるとか、そんなこと考えて黙って行っちゃったのよ。本当に…バカよ。
何の為に今まで私が亜里沙の気持ちに気付かないフリをして来たと思っているのかしら」

「お前、いつから気付いていたんだ?」

「もしかしたら…と思ったのは随分前よ。確信を持ったのは、拓巳が亜里沙に彼が出来たらしいから吐かせようって、飲みに行った時ね」

「…あの時? じゃあ何で彼氏がいるって嘘をついている事、教えてくれなかったんだよ」

「言える訳無いでしょ? 亜里沙はあなたへの気持ちを必死に隠す為に仮面を被っていたのよ。私にも知られたくないみたいだった。だから亜里沙の前で彼の事を訊くのはタブーだって何度も言ったじゃない」

「あ…あぁ。あれはそういう意味だったのか」

「亜里沙の望みは拓巳が幸せになることだったから…私が亜里沙の気持ちを知っていると解ったら、きっと激しく自己嫌悪に陥ったり、今回のような行動を取ってしまうんじゃないかって、不安があったのよ。
だけど、こんなことになるなら、もっと早くに亜里沙に言うんだったわ。『私が応援するから拓巳に告白しろ』ってね」

「陽歌…」

「いい? 亜里沙が帰ってきたら、今度は私が拓巳と亜里沙を絶対にくっつけてやるんだからね。拓巳も気持ちの整理つけて覚悟しておきなさいよ?」

勢いに呑まれコクリと頷いた俺に陽歌は嬉しそうに笑って、すぐに元同僚たちに連絡を取ってみると言い残すと大急ぎで帰っていった。
駆け出す後姿から1分1秒でも惜しいという気持ちが伝わってきて、俺には力強い相棒がいるのだと、不安だらけだった心に渇を入れられた気がした。
おそらく心に思う事も俺に言いたいことも沢山あるだろうに、変わらぬ態度で友人と接してくれる陽歌に、今までとはまったく違う気持ちが込み上げてくる。


ありがとう陽歌。


おまえに恋していた気持ちは嘘じゃないけど、今は素直に思えるよ。

おまえは俺のベストフレンドだってな。








亜里沙…何処へ行ったんだ?

あの夜、俺の腕の中で悲しげに伏せられた瞳。
その頬を濡らした綺麗な涙。
あれは全部俺への告げられない想いだったのか?

『朝になったら忘れて』

あの言葉は俺を忘れる為だったのか?

亜里沙はずっと長い間俺を支えて陽歌への想いを応援してくれていた。

自分の気持ちを決して表に出さず…

ただ俺の幸せだけを願って…

何故気付かなかった?

いつだって亜里沙は俺を見つめていてくれたのに…

いつだって一番近い場所で俺の心を支えていたのに…

失ってから気付くなんて俺はなんてバカなんだ。



必ず探し出してやる。



どんな事をしても必ず見つけ出してこの腕の中にもう一度亜里沙を抱きしめてやる。


二度と何処へも逃げられないように、

二度と俺から離れられないように、

おまえに俺を刻み付けて離れられなくしてやる。


亜里沙、帰って来い…


俺の腕の中に





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