信じられない思いだった
携帯を取る手が震えるのがわかる
震える指で着信ボタンを押すまでの時間が、数秒だったのか数分だったのかわからないくらいに感覚は鈍っていた。
「あっ亜里沙かっ? おまえ今どこにいるんだ!?」
口を開いた瞬間、自分でも信じられないくらいに動揺した声で叫んでいた。
だが…電話の相手は亜里沙ではなかった。
『もしもし、すみません。僕は亜里沙さんでは無いのですが…』
電話の向こう側には知らない男がいた。
一瞬で頭の中が真っ白になる。
亜里沙が…男といる?
俺以外の誰かと一緒にいる?
こいつは誰だ?
『亜里沙さんの携帯の電源を入れたら、あなたからのメールを立て続けに受信しました。着信記録から見てもあなたが彼女ととても親しい間柄のようでしたので』
電話の相手の声にハッとする。
亜里沙はずっと携帯の電源を切ったままだった。この男が亜里沙の携帯の電源を入れたという事は、私物を触れるほど親しい間柄だって事か?
うねるように嫉妬の炎が胸の中で火の手をあげる。この男は一体誰なんだ。
「あの…失礼ですが、あなたはどなたですか」
俺の声は震えていないだろうか。嫉妬を含んでいる事に気付かれないだろうか。
『僕は彼女の働いているペンションのオーナーで山崎といいます』
「ペンション?」
『はい。Kスキー場近くにあります【Friend】というペンションです』
聞き覚えのある名前だった。
瞬時に先日亜里沙の部屋で見た写真を思い出す。
あのときの旅行で泊まったペンションだ。
「あ…【Friend】って…じゃあ、亜里沙はそこにいるんですか?」
『はい、1ヶ月ほど前に宿泊されてから縁があってうちで働いてもらっています。何か訳がありそうなのは分かっていたのですが、最近になって僕の妻に事情があって好きな人から逃げてきたと口を滑らせたんですよ。
それで益々心配になって…。今日偶然彼女の携帯を見つけたので、大変申し訳ないのですが勝手に着信を見てこうして連絡をさせて頂いたんです』
安堵に身体から力が抜けていった。
亜里沙…無事でよかった
「ご連絡いただきまして本当にありがとうございます。彼女の家族も友人も本当に心配して、みんなで捜していたんです」
『そうですか。…ただ、まだ家族や友人の方には彼女が見つかった事は伏せておいて貰えませんか?』
「え…?どう言う事ですか?」
『あなたにだけ連絡したのは理由があるんです。僕と二人だけでお話しする時間をいただけませんか?』
「はぁ…構いませんが…。とにかく出来るだけ早く仕事を切り上げてそちらに向かいます」
『お待ちしています。場所はわかりますね。今夜はこちらのペンションで泊まって下さい。急なことですが、明日は休んでもらう事になります。よろしいですか?』
「…わかりました。念の為あなたの連絡先を頂けますか?」
俺は山崎さんの連絡先を貰って携帯を切った。
山崎さんが俺と二人で話したい事とは何だろう。
到着が夜だから、ペンションに泊まるように勧めるのは解る。だが、始発の特急で帰れば十分間に合うのに、仕事を休めとはどういう事だろう?
腑に落ちない事はたくさんある。
だが、それでも亜里沙が無事だという事だけは判った。
身体の奥底からじっとしていられないくらいの感情が込み上げてくる。
ふつふつと湧き上がってくるこの熱い想いは何だろう。
ドキドキして
ワクワクして
ソワソワして
まるで遠足前日の子どものようだ。
亜里沙、早く会いたい。
今夜会えたら絶対に二度と逃がさない
この腕に閉じ込めて一生離してなんかやるもんか。
その時、ふと陽歌の言葉が胸を過ぎった。
『私には拓巳が亜里沙を愛しているように見えるわよ』
ああ…そうだ
俺は亜里沙を愛しているんだ
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