ベストフレンド 友達であるために 12 Side Takumi




「亜里沙さんは妊娠しているんですよ」

思いがけない事実。
山崎さんの言葉を正確に理解するまで暫く時間を要した。
ようやく理解できた後も、なんと答えて良いか解らず声も出なかった。

俺の動揺の仕方といったら相当なものだった。
動揺を鎮めようと銜えた新しい煙草に火をつけようとしても、指が震えてライターがまったくいう事を利かない。
挙句の果てにようやく火の付いた煙草に思い切りむせ返って取り落とし、手の甲に火傷を作ってしまった。


俺の子どもだって?
確かに状況から言ってもそうとしか考えられない。
亜里沙が俺以外の男と関係を持つなんて、先ず考えられないのだから…。
でもあの夜から1ヶ月余り…。って事は今何ヶ月なんだ?
普通こんなに早く妊娠って判るのか?

混乱する頭で必死に纏めていた考えは、気付かないうちに声に出ていたらしい。
このときの事は俺の人生で抹消してしまいたい記憶トップ3の中に入る人生最大の汚点だ。

「その独り言から察するに計算は合っていますよ。間違いなくあなたの子でしょうね」

山崎さんは笑いながらそう言うと、「今二ヶ月ですよ」と、妊娠週数の数え方を説明してくれた。
それによると、亜里沙は今8週目になるそうだ。
とても不安定な時期で、流産の可能性があるため入院したと聞かされて血の気が引く思いだった。

流産?
俺の子が死ぬっていうのか?

亜里沙に何もかも背負わせて、このうえ子どもまで流産したりしたら、彼女の心の傷は計り知れないだろう。

冗談じゃない。

妙な胸騒ぎがした

訳の分からない苛立ちと喪失感が込み上げてきて、じっとしてなどいられなかった。

山崎さんには明日の朝と言われたが、すぐにでも病院へ行かなければと思った。
何故そう思ったのかは自分でも解らないけれど、何か大きな力に背中を押されるような感覚が俺を支配していた。
第六感とか、虫の知らせというやつなのだろうか。
今すぐ行動しなければ、また亜里沙がどこかへ行ってしまう気がして仕方が無かった。


ペンションでじっと朝まで待つなんて、とても無理だった。
山崎さんを説得すると、直ぐにタクシーを呼んで病院へ向かった。
病院の向かいの路地から、教えてもらった病室の位置をじっと見つめる。
病室を見ているだけでも、このひと月極限まで高ぶっていた感情が、嘘のように凪いで穏やかになるのを感じていた。
ここに亜里沙がいる。
それだけで嬉しかった。

カーテン越しにベッドサイドの明かりが漏れている。

亜里沙はまだ起きているようだ。

何を考えているんだろう。

俺の子どもを…彼女は産んでくれるだろうか。

亜里沙に会ったら、まず最初に何を言おう。
俺の気持ち、子供の事、話すことは沢山ある。
不安や期待の入り混じった感情が、グルグルと頭の中で廻っていた。


その時、部屋の明かりが消えた。

眠ったのだろうか…。
どうか穏やかな夢を見ていて欲しい…そう思ったときだった。

病院から出てくる人影に、何気なく目を向けた俺は、ドアを開けて出てきた女性に目を見張った。

闇に身を隠すようにスルリとドアから抜け出すと、静かに夜道を歩き出す見覚えのある姿。


亜里沙――?


周囲を気にしながら、足早にペンションとも駅とも反対の方向へ歩き出そうとする。

亜里沙がまた俺の手から逃げ出そうとしている事を直感した。


逃がすものか―。


頭で考えるより、体は無意識に動いていた。



「待てよ亜里沙!」



俺の呼びかけに、信じられないといった表情で振り返る亜里沙。


愛しさが込み上げてくる…


決して離さない。


二度と失うものか。



亜里沙…愛している―






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