拓巳の言っていることが良くわからなかった。
結婚?
どうして突然そんなことを言い出すの?
もしかしてあの夜の事に責任を感じているの?
「拓巳。何を…冗談言っているの? あの夜のことに責任を感じてそんな事言っているの?」
「違う!お前が俺の前から姿を消してどれだけ捜したと思う? 心配で気が狂いそうだったんだぞ。お前がいなくなって解ったんだ。俺はお前がいないとダメになる。やっと気付いたんだよ、自分の気持ちに」
「…拓巳の気持ち?」
「俺、鈍感でお前を傷つけてばかりだったな。…本当にゴメン。本当は添乗に行く前にどうしても伝えたかったんだ。
あの夜、俺は陽歌を失った寂しさからお前を抱いたわけじゃない。親友を失ってでもお前を女として欲しいと思ったんだ。気付くのが本当に遅かったけど…。でも俺は亜里沙を愛している。親友としてではなく、一人の女として俺の傍にいて欲しいと思っている。お前を抱いて初めて、自分の本当の気持ちに気付くなんて底なしのバカだよな」
これはきっと夢だと思う。
現実に拓巳がこんな事を言う筈が無いもの。
涙はとどまる事を知らないように流れ続ける。
それまで心に溜めていた想いが一気に流れ出ているようだった。
「お前を傷つけた事はどんなに謝っても謝りきれないけど…償っても償いきれないけど…これからは亜里沙だけを愛していくよ。だから…ずっと俺の傍にいてくれないか?」
拓巳の言葉に心が震えた。
今までの彼とは違う。
陽歌を思っていたときの感情とも違う。
彼が本当に私を想っていることが真っ直ぐに伝わってきた。
本当に私を愛してくれているの?
もう、届かない想いに泣く必要は無いの?
真っ直ぐにあなたの腕に飛び込んでもいいの?
涙で霞む瞳で拓巳を見上げて、その頬に手を伸ばす。
温もりがじんわりと指先から伝わってきて心の中に染み込んでいく。
これが夢なんかじゃなく、本当に拓巳が私を愛して抱きしめてくれているのだと、ようやく実感する事が出来た。
でもまだ、心に不安は残っていた。
彼に妊娠の事実を告げなければいけない。
抱きしめる腕の強さに対し腹部が圧迫されないことに、もしかしたら拓巳はすでに知っているのかもしれないと思い始めていた。
妊娠が拓巳の枷になって、私を愛していると思い込んでいるだけなのではないかと不安が込み上げてくる。
それに、もし知らなかったら…? それでも私を受け入れてくれるだろうか。
なかなか言い出せず、何度か深呼吸を繰り返していると、拓巳も私が何かを伝えようとしていると気付いたようだ。
逃げない程度に抱きしめた腕を緩め、瞳を覗き込み「どうした?」と訊いてくる。
真摯に見つめるその瞳の前に、逃げ出すことなどできなかった。
「拓巳、私…あなたに言わなくちゃいけないことがあるの…」
「ん?」
「あのね…私…赤ちゃんが…」
「うん、知ってる。だから走るなって言っただろ? 身体大事にしてくれよ。お前の身体はもうお前だけのものじゃないんだから」
張り詰めていた気持ちが緩んで身体から力が抜けた。へたり込む私を拓巳はしっかりと支えてくれる。
「子どもができたからお前を迎えに来たわけじゃないぞ? お前が妊娠してるって知ったのはついさっきだ。そのくらい解れよ?」
「産んでもいいの?」
「当たり前だろ? もともとプロポーズするつもりで迎えに来たんだ。これでお前は俺から逃げられないし、直ぐにでも一緒に住むことができる。俺としちゃむしろ大歓迎だね」
ギュッと抱きしめて頬を寄せる。
彼の気持ちが温もりと共に伝わってきて、これまでの不安を全て消してくれた。
拓巳が私を愛してくれているなんて、まるで夢の中にいるみたい。
けれど、私を抱きしめるこの腕の強さは現実だ。
彼は私もこの子もすべて受け入れて、共に歩もうとしてくれている。
もう一人で苦しむことも、迷う必要も無い。
この子と一緒に彼が示す道を歩いていこう。
「拓巳…ありがとう」
「愛しているよ亜里沙。亜里沙の気持ち教えて? お前の口からまだちゃんと気持ち聞いたこと無いぞ?」
そう言えば、好きになったのは私が先だけど、一度も告白はしていない。
拓巳が先に告白する形になってしまったことが何だかおかしかった。
両手を思い切り伸ばすと拓巳を引き寄せて、力いっぱい抱きしめた。
封印し続けた想いの全てを、あなたに伝える事が出来るようにと願って…。
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