** ホタル **
※時間軸は『桜散華』の後『ホタル』のプロポーズに至るまでです。
最後の発作のあと、自分にもう時間が残されていないと悟った。
だから私は晃と別れたことを後悔していない。
晃には立派なお医者様になって素敵な女性と結婚して、可愛い子供に恵まれた幸福な家庭を築いて欲しい。
暖かな陽射しの下、静かに流れる時間の中を、愛する人に囲まれて穏やかに微笑むあなた。
優しいその微笑みは、あなたの最愛の妻とその子ども達に注がれる。
私には決して望めない幸せだからこそ、あなたには叶えてもらいたい。
時間に追われる事も無く、生き急ぐ事も無く、ゆったりと流れる時間の中で愛に囲まれ誰よりも幸せになって欲しい。
私の事を忘れてしまっても、あなたが幸せであるならそれでいい。
私は死に逝く者で、未来など無いのだから…。
晃を私に繋ぎ止めるのは彼を不幸にするだけ。だから私は晃に抱かれたあの日を最後に、この恋を封印した。
舞い踊る桜吹雪の中あなたに抱き締められた幸せな時間。
もう来年は見ることのできない夢の中に永遠に幸せの瞬間を閉じ込める。
あなたの思い出があれば私は独りで逝く事が出来る。
この恋心は私が持って逝くから…。
あなたの幸せだけを祈って、私は静かに消えるから…。
晃…幸せになって……。
***
病院での定期検査が終わると私は必ず病院の裏手の小高い丘の脇道を入ったところにある竹林に行く。
いつだったか独りで泣きたくて、入院先の病院を抜け出して迷った際に見つけたこの竹林には、少し行くと開けた小さな広場がある。
誰が作ったのか知らないけれどベンチが一つ。日中でも暗すぎない程度の影がさし、夜は月明かりが手元を照らしてくれる私の秘密の場所だ。
定期検査の後はいつも不安でいっぱいになる。『あと、どの位生きられるのだろう。』…と。
時には泣くために、時には波立つ心を鎮めるために、病院の帰りにここへ寄り時間を過ごす事は、いつの頃からか私の習慣になってしまった。
今日も検査を終えて、笹の葉の緑が鮮やかに風に揺れるのを眺めながら、晃と過ごした思い出の扉を開き、静かに幸せな時を過ごしていた。
二度とは会う事も許されないけれど、せめて思い出の中だけでも彼と寄り添う時間が幸せだった。
サラサラと笹の鳴る音と微かに竹が擦れる心地良い音が心を凪いでくれる。
静かに流れる時間に心が解放されていく。
瞳を閉じて、風と大地の息吹に身を任せると、このまま時の狭間に永遠に私の魂を閉じ込めてしまいたいと願ってしまう。
そう…苦しみからも哀しみからも解き放たれて…。
晃…あなたとの幸せな夢だけを抱きしめて、ここでこのまま永遠に眠りたい…。
意識がぼんやりと遠のきかけた時、まるで私を現実に引き戻すように携帯が蒼(あおい)からの着信を告げた。
『もしもし、茜?』
「蒼?どうしたの?」
『あのね、突然なんだけど今夜ホタルを見に行こうって事になったの。』
「ホタル?」
『そう、右京ってホタルを見たことがないんですって。だから森の入口のホタルの小道へ案内してあげようと思って。』
「ああ…そういうこと。二人で行けばいいのに」
『茜、今年はまだホタル見ていないんでしょう?だったら一緒に行かない?』
今年はまだ…。
私に来年はたぶんもう無い。蒼と一緒に行くのもこれが最後になるだろう。だったら…。
「そうね…行くわ。でもお邪魔じゃないの?」
『バカね。余計な気を回さないでよ。茜はいつもの電車で帰って来るんでしょう?だったら帰りに少し回り道になるけど、ホタルの小道へ来てくれない?あたしと右京も茜の電車の時間に合わせてそこに着くようにして行くから。』
「うん、わかった。じゃあ後でね」
私は携帯を閉じるともう一度瞳を閉じて笹の葉の子守唄に身を委ねた。
まだよ…。まだ生きなくちゃ。
このまま大地と風に身を委ねても楽になんてなれない。きっと後悔する。
今のうちに見ておけるものをたくさん見て、できることをたくさんしておきたい。
晃に愛されたこの世界で、もっともっと綺麗なものを…命の息吹を感じて、最後まで精一杯生きてから逝きたい。
どんなに苦しくても、彼の生きているこの世界に1秒でも長く存在していたい。
晃…たとえ会えなくても、最後の瞬間まであなたの鼓動を大気の中に感じていたいの。
***
町外れの小さな森の入口に、地元のほんの一部の人だけが知っている、通称『ホタルの小道』と言われる場所がある。
この森には色々な伝説があるため昼間でも余り人はやって来ない。
街灯も無く真っ暗な森の入口は、一見不気味で地元の住人でさえも避けて通る道だ。
だから一歩森に踏み込むと、そこには幻想的な光景が広がっているのを知っている人は少ないだろう。
闇夜に舞い踊るホタルの幻想的な光が、真っ暗な森をぼんやりと照らし出している。
至近距離であれば互いの顔も見えるくらいにその光は明るい。
だけど今の私は暗闇の中たった一人で、しかも足元を照らす灯りすら持っていない無防備な状態だ。
足場の悪いこの場所で勝手に動き回るのは危険だと判断して、蒼と右京が声をかけてくれるのを待つことにした。
そのとき、カサ…カサ…と森の奥のほうから人の歩いてくる気配がした。
「蒼?右京?そこにいるの?」
淡いホタルの光にぼんやりと照らされて近付いてくる人影の顔を窺い知る事は出来ないけれど、迷い無く歩いてくるその気配には覚えがある。
……まさか?
彼を見てしまったらもうここから動けなくなるのはわかっていた。
そうであって欲しいと願う自分の本心を打ち消すように必死に理性を奮い立たせる。
忘れる事なんてできない。誰よりも愛していると心が騒ぎ出すのを無理やり押さえ込み、会うわけに行かないと、今来た道を戻ろうとした。
「危ない、茜」
足元の見えない道で思わずよろけそうになった私を、彼は素早く抱きとめた。
触れた瞬間身体を稲妻のような衝撃が駆け抜け、彼の深い愛情が伝わってきた。
「あ…きら…どうしてここに?」
顔を見なくたってわかる、大好きなあなたの声。
抱き締めた私を大きく包み込む強い腕。僅かに早い鼓動を伝える温かい胸。
顔をあげると夢にまで見た最愛の男性(ひと)が、その瞳に迷い無い愛を宿して見下ろしていた。
「どうして?クス…わからない?」
私はあなたから逃げたのに…。それでも私と生きる道を選ぶと言うの?
私の時間はあと僅かで、もう未来は残されていないとわかっていても。
どんなに離れようとしても離れられないと、心は求め合っている。
それを認めないわけにはいかなかった。
「…ホタルを見にきたの?」
私の声が震えていたのをあなたは気付いたかしら?
晃を取り巻くように飛びかっていたホタルが一斉に舞い上がって無数の淡い光に、はっきりと微笑む姿が浮き上がる。
「いや…君に会いに来た」
「どうして私がここに来るって…っぁ、蒼と右京ね?」
「そう、二人が協力してくれたんだよ。ついでに言うなら蒼には『茜から良い返事をもらうまで家に帰さなくても良い』と拉致監禁の許可まで貰っているんだ」
「なっ…バカなこと言わないで?」
「クスクス…どうするかは君の返事次第だね。場合によっては本当に良い返事がもらえるまで閉じ込めてしまおうかな?…この間みたいに桜の花びらだけ残して逃げ出されるのは困るからね」
最後に会った日を思い出して胸が痛んだ。
目覚めた時、私がいなかったことを晃は怒っているのだろうか。
「茜…僕は心を決めてここへ来たんだ。君がどんなに嫌がっても、どんなに拒んでも、僕は君を手放す事なんて出来ない」
「あき…ら…。ダメ…。私は…」
ずるいよ晃。そんな風に言われたらあなたの腕に飛び込みたくなる。
「僕の気持ちを聞いて?茜…僕は…君以外の女性を愛せない」
ズキン…
そんなこと無いよ。晃がその気にさえなれば、どんな女性だってあなたを好きになる。
そう言いたかったのに…声にはならなかった。
「……伝えに来たんだよ。結婚しようって…」
ダメ…。それは望んではいけない事。
―――愛しているよ、茜…。
あなたの言葉と香りが私を包み、その唇が優しく重なると身体が震えて逃げ出す事は出来なかった。
「君の愛が無い人生を生きるなんて考えられない。可能性を信じて茜と未来を築きたいんだ」
「…あ…晃…私は…」
「茜、僕と結婚してくれるね?君に僕の人生の全てを捧げて愛する事を誓うよ」
「…私があと一年しか生きられなくても晃はそれでいいの?」
一年…と、ハッキリした期限を聞いたとき、ピクッと一瞬だけ晃の体が硬くなった。
「…一年…そう言われたのか?」
「今日の定期検診で…それ以上生きられるように一緒に努力しようってお医者様に言われたわ。でも実際にはそれが限界だっていう事だと思う」
「それ以上生きる努力をしようって言われたんだろう?だったらその一年間で君を治す方法を見つけるよ」
「治す?そんなの無理よ。治療法があればとっくに治っているわ」
「僕が何の為に医者を志したか知っているんだろう? 君は必ず僕が治す。僕は運命に導かれて、君の病気を治す為に出逢ったんだよ」
「でもたった一年でなんて無理よ」
「無理でも構わない。やるしかないんだ。僕は君を失いたくない。何があっても最後まで諦めるものか。茜がいない毎日なんてもうごめんだ。君が桜の花びらだけを残して連絡を断ってから何度追いかけようと思ったか」
抱き締める腕に力が入る。晃の心の叫びが胸を裂き、息もできない。
彼の声も身体も小刻みに震えて、まるで全身で泣いているようだった。
「毎晩君の幻影が現れて夢の中で君を抱いたよ。でも夢の中の君は微笑むだけで何も語りかけてくれないんだ。
君の声が聞きたい。考えた言葉じゃなくて、ありのままの君の声。そして、誰にも見せない顔が見たい…ってどんなに願ったかわからない。このまま何も努力しないで君を失うなんて絶対に嫌だよ」
「…あんな風に別れた私を晃はもう忘れたと思ってた。…これで良いんだって自分に言い聞かせていたわ」
「茜は意地っ張りだからな。あの時追いかけたら、また逃げていただろう?だから待ったんだよ。君が…僕に会いたくてたまらなくなるまでね」
「晃に会いたくなるって…どうしてそんなことがわかるのよ」
「わかるよ。茜のことなら何でも…。僕を愛しているのに口に出すのが怖い事も、強がっているけど寂しくて独りで泣いている事も、本当は…僕と結婚して共に生きたいと願っている事も」
「…私に…未来なんて無いわ。私はあなたの為に何も出来ない。晃が不幸になるだけよ。私はあなたが長い人生の中で一瞬だけ愛でた切花なの。あなたの庭に咲く花じゃない」
自分の言葉に傷つき涙が溢れそうになるのをぐっと堪えて晃を見据える。彼にはこの闇の中どの程度私の表情が見えているのだろう。
「晃ならすぐに新しい恋人が見つかるわ。すぐに枯れる切花に愛情を注いでも無駄よ。あなたと共に大地に根を張って花を咲かせるのは私じゃない。…もう私の事は放っておいて」
耐え切れずに頬を伝った涙を晃が唇で追いかけた。
「放っておける訳ないだろう?君でないとダメなんだ。君だからこそ僕は強くなれるし、こんなにも求めるんだ。
『何かができる誰か』じゃなくて君が君だから大切で、好きなんだ。 どうしてわかってくれないんだ?
僕は男だから、君じゃなくても抱けないってことはないよ。だけど、抱きたいと思って抱くのは君だけなんだ。 」
晃の言葉が胸を抉った。私だって同じ気持ちだ。
晃だからこそこんなにも愛しい。
晃の為だからこそ苦しくても耐えられる。
晃が望むなら…私はどれだけでも強くなれるだろう。
心とは裏腹に答えることができず黙り込む私に、晃は小さな溜息を一つ付くと『まだ納得できない?』と額をコツンと合わせた。
「…なら言い方を変えよう。僕を幸せにして欲しい。僕を支えて欲しいんだ。必ず君を治す治療法を見つける。だから生きてくれ。僕の傍でいつまでも笑っていて欲しいんだ。
僕の隣で、君に一番幸せな顔をさせたい。その顔で僕を幸せにしてくれる? 僕には…君の笑顔が必要なんだ。君はすぐに枯れる切花なんかじゃない。僕の心に咲き続け、永遠に枯れる事の無い唯一の花だ」
「私…晃を幸せにできるの?」
「僕が愛しているのは茜だけだ。僕を幸せにできるのもこの世でたったひとり、君だけだ。
茜以外を幸せにするつもりは無いし、できる自信も無いよ。
本気で惚れた女すら幸せにできない僕が、他の誰かを愛して幸せになれると、茜は本気で思っているの?」
「…っ、それは…」
「僕が生涯をかけて愛したいのも幸せにしたいと望むのも君だけなんだ。共に生きる時間の長さなんて問題じゃない。人の一生なんて星の瞬きよりも短い一瞬の事だ。明日僕が事故で死なないなんてどうして言える?僕だって茜より先に逝く事があるかもしれないんだよ」
「後悔…しない?私と一緒になる事は晃にとって不幸になることだわ」
「後悔はしない。僕が自分で決めた道だからね。それに不幸になんてならないよ。僕は誰よりも幸せになるんだから。茜がプロポーズに頷いてくれた瞬間からね」
「晃には…誰よりも幸せになって欲しいの」
「だったら君の取るべき行動はひとつだけだよ」
晃は満足げに微笑むと、抱きしめていた腕の力を解き、ゆったりと私の腰の後ろで手を組んだ。
振り切れば逃げられる程度の力で私を閉じ込め、気持ちを確かめるように瞳を覗きこむ。
私の大好きな澄んだ琥珀色の瞳が真っ直ぐに強い意志と深い愛情を伝えてくる。
その瞳に魅せられたら、どうして抵抗できるだろう。
「必ず幸せにする。茜がいつでも幸せに笑ってくれるように僕の一生分の愛を毎日繰り返し君に注いであげるよ」
晃は真っ直ぐだ。
自分の人生の全てをかけて私を護り愛してくれる。誰よりも私を深く愛し、どんな苦しみからも身を呈して護ってくれる。
そんな事、初めからわかっていたのに…。
「最後の瞬間まで傍にいるから…」
擦れるあなたの声は切ないけれど強い意志を秘めている。
「たとえ短い時間(とき)でもいいから…。一緒に幸せになろう」
これ以上無いほどに深い愛情を伝えてくるあなたを拒む理由なんてもう見つからなかった。
私は何を迷っていたのだろう。
命の長さが幸せじゃない。その想いの深さが幸せなのだ。
どうしてその事から目を逸らそうとしていたのだろう。
あなたと一緒ならば、どこまでも強い私になれるのに…。
「………ハイ…。」
小さく頷く私を、あなたは苦しいほどに抱きしめた。
その瞬間
私たちを祝福するようにホタルが一斉に舞い上がり闇夜を照らした。
ねぇ…晃。
私たちは魂を半分ずつ分け合って生まれてきたのかもしれないね。
この世で結ばれ、二人で一つの魂となる為に…。
「茜、好きだよ。もう家には帰さないから。会えなかったこの二ヶ月…本当に気が狂いそうだったんだ」
「私だって…本当は寂しかったわ。忘れたくて、でも忘れたくなくて…晃が大好きで…胸が潰れるくらい苦しくて…」
唇が触れた部分から生まれた熱が体の芯まで痺れさせ、まるで夢の中にいるようだ。
それでも耳元で『愛している』と低く囁く声と、僅かに早い晃の鼓動がこれが夢では無いと告げていた。
「…もっと聞かせて?もっと好きだって言って?どんなに僕を愛しているか教えて?
そろそろ、もっとかわいい声が聞きたいな。次の『好き』はベッドで聞かせて…いいね?」
「晃の家に行くの?でも…蒼と右京がここへ来るって約束…」
「そんなの茜をここへ呼び出すためのウソに決まっているだろう?」
「う…そ?じゃあ、蒼も右京も来ないの?」
「そう言う事。誰も邪魔はしないよ」
クイと顎を引き上げられ、塞がれた唇に激しい想いが流れ込んでくる。
息を継ぐ事も難しい激しいキスに酔わされて立っていることすら危うい私から、ようやく唇を離すと、軽々と私を横抱きに抱き上げて森の出口へと歩き出した。
「晃…蒼に連絡しなくちゃ心配しちゃうわ」
「蒼から拉致監禁許可をもらているって言ったろう?二人とも今夜は茜が帰らないと思っているからね。甘い夜を過ごしているんじゃないかな?…たぶん連絡なんて野暮な事したら邪魔になるだけだよ?」
晃の含みのある言葉に、二人が抱き合うところを想像して頬が熱くなった。
「だから…僕たちも…ね?今日君を呼び出すと決めた時から帰すつもりはなかったよ」
「私が嫌だと言ったらどうするつもり?」
「言わせないよ。これから君は僕だけを見ていればいいんだ。たとえ一瞬でも僕以外の事を考えるな。…特に
僕のベッドで友達の話なんかするなよ。もちろん男の話はたとえ右京でも厳禁だ。君の心を僕から奪う者は誰であっても許せない。…それがたとえ蒼であっても嫌なんだ」
今までにない独占欲を見せた晃に驚いたけれど、彼の言葉は媚薬のように私の胸を高鳴らせ、幸せにしてくれる。
『愛している』と優しく囁く晃の声が心を穏やかにして、迫り来る死の恐怖を振り払ってくれるのが何よりも心強かった。
「茜、愛しているよ」
微笑む優しい顔とは裏腹の強い腕で私を抱いて離さない晃は、拉致監禁宣言どおり、私を強引に連れ帰り、そのまま家に帰さなかった。
***
その夜、私たちは互いの愛を確かめるように何度も求め合った。
晃の唇がキスの雨を降らせ、私の心を解きほぐし、封印した想いの全てを引き出していく。
忘れようとしていた晃への愛が溢れ出して止まらない。
心が震えるほどの愛しさを伝える為、何度も晃に口づけた。
晃は私の気持ちを全て受け止め、心ごと包み込むと、更に深い愛を私の深部へと刻み込んでいく。
絡めた指も、触れ合う肌も、重なる唇も、全てが愛しい。
晃…もう迷わない。
あなたを誰よりも、何よりも愛している。
あなたに出会えて、あなたを愛してよかった。
私を抱きしめて幸せそうに微笑んで眠る晃の腕の中で、私は心から誓った。
私の精一杯の愛で晃を幸せにしてあげるね。
晃のキスで目覚め、晃のキスで眠る毎日はきっと宝物のように輝いている。
あなたとなら、見るもの全てが眩しくて、共に過ごす時間全てが幸福だと感じる事ができる。
あなたとならきっと、毎日が驚きと発見の連続で、ドキドキとワクワクが溢れているよ。
…だけど翌朝、晃の爆弾宣言にあんなに驚く事になるなんて思いもしなかった。
「6月の花嫁は幸せになれるって言うから、僕の誕生日に結婚しよう」
……晃…あなたの誕生日は明後日でしょう?
彼は普段執着心がない分だけ、一度執着すると凄いらしい。
そして、私に関してはとんでもなく執着心があるらしいという、右京の言葉を裏付けるように、プロポーズから三日後には彼の宣言どおり、私たちは籍を入れることになった。
天国のパパとママだって驚いたんじゃないかしら?
私には夢があった。
普通の女の子のように恋をして、好きな人に同じように想ってもらうこと。
そしていつか、自分の作ったドレスを着て愛する人のお嫁さんになること。
陽だまりのような温かい家庭を作って、お母さんになること。
どれも叶わないと思っていた夢だった。
どれも望んではいけない事だと思っていたのに…。
一つ目の願いは、出逢ってひと目で恋に落ちた事で叶えられた。
二つ目の願いは、私の誕生日に教会で叶えられる。
三つ目の願いを望むのは贅沢すぎることだと思ってたのに…。
その願いをコウノトリが運んできたのは…それから暫くしてからだった。
ねぇ晃…私はとても幸せよ。
あなたと共に歩く時間はとてもゆるやかで温かい。
あなたと夢見る未来はとても眩しくて、笑顔が溢れている。
あなたと共に生きる毎日はとても穏やかでこんなにも満たされている。
振り返ると微笑むあなたがいつも私を見つめてくれている。
あなたの腕に飛び込むと、いつだって優しく抱きとめてくれる。
「ねぇ…晃。お話をしましょう」
そう言って見上げるとあなたは私を抱き寄せ琥珀色の瞳を細めて嬉しそうにキスをする。
「何を話したいの?茜」
「晃と私と赤ちゃんと…三人で暮らす未来の話をしましょう」
「クス…またその話?茜は赤ちゃんの話ばかりしたがるんだね」
「心配しないで。晃のこと忘れているわけじゃないわよ」
「そう?だったらいいけど…僕は赤ちゃんに嫉妬はしたくないからね?」
子供のように拗ねる晃に笑いながら、首に腕を絡めて抱き寄せた。
「茜…キスして」
―― 最後の発作のあと、もう時間が残されていないと悟った。
「晃。世界で一番愛しているわ」
―― だけど私たちは共に生きる道を選んだ事を幸せに思う。
「じゃあ…僕は宇宙で一番愛しているよ」
―― 唇の重なる刹那、私たちはいつも願いをかける。
この幸せがいつまでも続きますように…と。
+++Fin+++
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1周年企画第二弾は『ホタル』の二人です。『桜散華』の別れからプロポーズを経て、ようやく結ばれた晃と茜。切なくなりがちの二人ですが、未来へ希望を繋ぎたいと願う二人のささやかな思いを綴ってみました。
どうしても二人の幸せなシーンで終わりたくて、何度も書き直した苦心の作です。
未来が哀しいだけに、書いていても切ないのですが、それでも溢れんばかりの二人の愛が伝われば嬉しいです。この二人の甘い会話は書いていて幸せになりますね。特にこの二人は柊花ワールドの原点ですから思い入れもひとしおです。拙い作品ではありますがお気に召して頂けると嬉しいです。
2006/08/20 朝美音柊花
お題提供;恋愛中毒さま
お題台詞Y-11はこの色で表示されています。