約束のくちづけ
4月6日午前5時43分
茜は鮮やかに染まる空へと旅立った
まるで眠るように目を閉じる君はとても幸せそうに微笑んでいる
乱れた髪をそっと整え、まだ温かさの残る額にそっと口付けを落とす
君は幸せだったんだね
輝かんばかりの美しさを放って、二度と覚めない眠りにつく君は女神のように神々しい。
子どもを産む事をあれだけ反対した僕だけど
微笑んで眠る君はこれで良かったと言ってくれている
子どもを抱けなかったのは、ただ一つの心残りだっただろう。
僕はまだ暖かさの残る茜の胸に小さな命をそっとのせ、抱くように腕を添えてやると、小さな命は少し身動きした後、微笑んで安心したように眠りについた。
とたんに愛しさが溢れ出し、暖かいものが頬を伝った
――――――― あかね ―――――――
君を助けられなかった
あの日の紫陽花の約束を守れなかった
君の望んだ家族3人の時間を与えてあげられなかった
君を一人で逝かせてしまった僕を許して・・・・・
ふぇ・・・・
小さな声にふと我に返ると、茜の腕の中で小さな命が身動きしていた。
この子にとって、これが最初で最後の母の腕の中。
せめて君がこの子を腕に抱く姿を残したい
窓からさす朝日は、すでに眩しく世界を優しい金色の光で覆っている。
君とこの子の幸せな時間を、包み込むように明るく優しく照らし出している。
僕は携帯を取り出し、天使を抱く女神にむけた…。
茜、君と生きた時間は短かったけれど
その時間はとても緩やかで
その毎日はとても穏やかで
その一瞬はいつも輝いていたよ
・・・・・僕は、とても、幸せだった
微笑む茜の頬に触れる
目じり残った最後の涙の欠片が滑り落ち、僕の指を濡らした。
…君も僕と同じ気持だったと思ってもいいのかな?
僕は小さな命を抱き上げ、そっと胸に抱きとめた
茜の左手を取りそこに光る鮮やかな赤い宝石(いし)に唇を落とす。
君の名前を貰うよ。
君が去った茜色の空、この子にその名前を授けよう
―――――暁(さとる)―――――
茜の命を引き継ぐもの
茜の愛を引き継ぐもの
茜の意志を引き継ぐもの
僕たちの永遠を引き継ぐもの
茜、僕たちは君の生きたかった分まで生きる事を誓うよ
君が僕たちの幸せを望んだように僕も君が悲しむ姿を見たくないからね
もう、涙は流さない
暁と二人で君の分まで精一杯生きるよ
茜・・・
僕の人生の最後の日には笑って迎えに来てくれる?
お疲れ様って、いつものあの笑顔で抱きしめてくれるんだろう?
ほんの暫くのお別れだね
見ていて
暁と二人強く歩き出すよ
今日が、いつか再び君と巡りあうための最初の一日になる
君の見守るここから、強く一歩を踏み出そう
いつか再び、君と出会える道へと
漆黒の髪に触れ、ばら色の頬に触れる
唇でその存在を確かめるようにそっとなぞってゆく
瞳に、額に、唇に・・・・
再会を約束する最後のくちづけを・・・
穏やかに眠る茜の唇が優しく微笑んだ気がした
+++ Fin +++
晃の茜への愛の深さ。彼の芯の強さ。真っ直ぐな心。
それが伝わってくれたら嬉しいです。
短い時間でしたがその愛の深さは永遠の長さでした。
切ないのですが、二人はとても幸せだったんです。
朝美音柊花