刹那と永遠の幸福 【森バージョン】
例え短い時でもいいから、いっしょに幸せになろう
淡く輝く光のもとで、あなたはそう言って私をだきしめた
たとえ、どんなに短くてもいい、命が燃え尽きる最後の瞬間まであなたを心から愛することを誓うわ。
1分1秒、ほんの一瞬も、あなたの表情を見逃さないように、あなたを見つめていたい。
どんな些細な瞬間も、決して忘れないように、私は心にあなたを刻み付ける。
たとえ次の瞬間、私の命が燃え尽きても、決して後悔しないためにも・・・・
この世から消えた後も、私の心のかけらを、あなたに残していきたいから。
***
空を燃やすような茜色の朝が、金色に染まっていく。
眩しさに軽く眉を潜め一瞬瞳を閉じてから細く開く。
振り返ると真っ先に飛び込んできたのは、晃の嬉しそうな笑顔。
茜、おはよう・・・そういって私を抱き寄せ、目覚めのキスをねだる。
晃の体温がじかに触れて、そのぬくもりに安堵の溜息がもれる。
両手の指を絡めシーツに縫いとめられると、晃の重みを感じながら、ゆっくりとその身を委ねる。
やさしいキスが降ってくる。
瞳が絡み合い、晃が朝の日差しの様に笑うと、私の耳元に唇を寄せていった。
「やっと結婚式を迎えられるんだね。僕の奥さん」
クスクスと嬉しそうに笑いキスの雨を降らせる。
「随分と待たせてごめんね」
私はあの日のことを思い出して微笑んだ。
そう、あれはちょうどこんな風に窓から差し込む朝日がまぶしい6月の朝。
プロポーズを受けた翌朝、晃は目覚めたばかりの私を抱きしめて爆弾発言をした。
***
「僕の誕生日に結婚式をしよう」
――戸惑う私の首筋にキスの雨が降る。
「6月の花嫁は幸せなれるんだってね」
――指がゆるやかな曲線を描いて私の体を滑る。わずかな抵抗も奪われてしまう。
「だめだなんて、言わせないよ」
―――重なる甘い唇は私の思考を狂わせる。そんな笑顔で宣言しないで。
「愛しているよ。茜…」
ずるいよ…。ウンって頷きそうになってしまうもの。
…でもね やっぱり…ダメだよ…。
だって、あなたの誕生日はあさってでしょう?
私の夢は自分で作ったウェディングドレスを着て、愛する人のお嫁さんになること。
そして、いつかその人の子どもを産んで、おかあさんになることなの。
だから、そんなに余裕の無い結婚式なんてイヤだった。
晃は私の時間が長くない事を誰よりも感じているから、焦っているんだと思う。
でも、これだけは譲れない。結婚式は自分の手で作ったドレスを着たいの。
私の人生で最後に輝いた証しが欲しいから。
晃と言い合いになった私は家を飛び出し、いつの間にか近所の神社の境内に来ていた。
子どもの頃ここでよく遊んだな。そんなことを考えながら本殿をみつめる。
ここは昔から私の泣き所だ。子どもの頃から体の弱かった私は何度もここの神さまにお願いに来た。どうか私の体を治してくださいと。
願いは完璧ではないけれど、何度もあった発作から私を救い、今日まで生かすという形でそれは叶えられたと思う。
神さまはもう一度私の願いを叶えてくれるだろうか?
***
僕の誕生日に結婚しよう。僕はそう言ったのに茜は頷かなかった。
あのとき、僕ははじめて茜に感情的になって怒ってしまった。
確かに2日しか余裕が無いとはいえ僕が結婚を急ぐ理由を茜は分かっていたはずだ。
なのに、結婚したくないかのように渋る茜の様子にいらだち、心に湧き上がる疑念がどす黒く僕を覆ってしまった。
冷静になれば分かる事だった。茜が僕と結婚したくないはずないんだって。
茜の姉の蒼と、恋人の右京が何とか宥めてくれなかったら僕はとんでもない後悔をするところだったのかもしれない。
茜をおいかけて、神社の境内で茜を抱きしめた時、二度と離さないと心に誓った。
鉛色の空が涙を流すように振り出した雨は僕たちを境内の拝殿へ閉じ込めた。
一気に雨足が強くなる。視界がなくなるほどのスコール。
二人のいる拝殿の屋根からも滝のように水のカーテンが落ちてくる
勢いの強さに霧のように雨が舞い上がり、軒下で雨宿りしている僕たちにも、霧雨となって降りかかる。
風邪を引くのは茜にとって命取りになりかねない。僕は茜を庇うように腕の中に閉じ込めた。
霧に濡れた茜の髪が甘い香りを放ち、僕の鼻腔をくすぐる。触れ合う部分から伝わる互いのぬくもりが胸の鼓動を早くする。
僕の胸に顔を埋める茜の唇が艶っぽい表情で僕の名を呟くと、髪から零れ落ちる水滴が首筋を伝い胸元に吸い込まれるのが視界に入った。
濡れたブラウスから透き通る下着のラインが僕の体を熱くする。
僕は茜の頬に右手を添え、顎を捉えるとゆっくりと唇を重ねた。
優しく啄むようなキスから、次第に深い口付けに変わる。唇を割り舌を絡め口内を弄り歯列をなぞる。どんなに求めても足りないくらいに愛しい。
茜は激しい口付けに戸惑いながらも必死で答え、僕を抱きしめた。
「茜、ゴメン。僕は・・・君ともう1秒だって離れたくなくて焦っていた。君の気持ちも考えないで・・・。でも、だめなんだ。結婚式はいつでも良いから今すぐにでも籍をいれたい。君と夫婦になりたいんだよ」
僕は精一杯の気持ちを込めて茜を見つめた。
―――瞳が絡み合う。
茜は微笑んで歌うように語り掛ける。
「晃、愛しているわ。私の心も体も命さえも、全てあなたに捧げるわ。私の命が消える瞬間まで、1秒たりとも晃を忘れる瞬間がないと誓う。だから晃の誕生日に籍を入れよう」
二人の距離が近くなる。唇を動かせば触れるほどの距離で茜はそっとささやいた。
―――――私をお嫁さんにしてください。
僕の胸に愛しさが込み上げる。きつくきつく抱きしめ唇を奪う。
息苦しさに身じろく茜を壁に押付け唇を首筋へ滑らせた。甘い吐息が漏れ僕の理性を狂わせる。一気に加速する想い。
強まる雨音が二人の息づかいさえもかき消し、茜の声は雨に吸い込まれる。
僕を見つめる茜は、この世のものとは思えないほど綺麗だった…。
遠くから地響きのような雷の音が近付いている。遠くで稲妻が光るたび雨音は強くなる。
拝殿はすでに雨の熱いカーテンで覆われ、外の様子は窺い知る事は出来なくなっていた。
「あ…きら…ダメ……こんなところでキスしたら神さまが…怒る…よ…」
―――あぁ、そうだなここは神社だったんだ。ならば今、永遠の愛を神の前で誓おう。
困ったような茜の唇にそっと人差し指を乗せ、言葉を封じる。
だったら今ここで神さまにどれだけ茜を愛しているか見せ付けてやるよと笑った。自分でも大胆な事を言っていると思う。だけど、暴走した想いはもう止まる事を許さない。
「でも…」と抗議する茜の唇を塞ぎ、「神さまにヤキモチをやかせておけばいいさ」と、更に深く唇を求めた。
―――― ひと際明るい閃光が二人を包んで、次の瞬間どこかで落雷の音が聞こえた。
「あかね・・・あかね・・・愛しているよ」
茜にだけ聞こえる声で何度も囁く。
吹き込む雨露が霧のように二人に降りかかる。
「君に…永遠の…愛を…誓う…よ」
霧のように舞い上がる水滴が首筋から胸元へ滑り落ち、求め合う度、煌き飛散する。
乱れた髪、差し伸べられる細い腕、艶っぽく色付いた茜の柔らかな唇に想いは更に加速する。
もう何も考えられなかった。
・・・ただ、茜が愛しい
更に大きくなった雨音が茜の甘い声を奪い取って、この世の全ての音をかき消してゆく。
瞳を閉じても感じるほどの眩しい閃光が走り、僕はしっかりと茜を抱きしめた。
二度と離さない。最後まで絶対に護り続けると心に誓って・・・。
二日後、僕たちは籍を入れ、正式に夫婦となった。
結婚式は茜の希望どおり12月22日の誕生日までお預けだけれど、僕は幸せだった。
もう一時でも離れていたくは無かったから。
***
晃に私の誕生日に結婚式をする事を同意させるのは大変だった。
12月までなんて待てないというのがその理由。
私だってそんなに離れて暮らすつもりはさらさら無いんだけれど…。
だから6月28日晃の誕生日に私たちは籍をいれた。
梅雨の晴れ間とでも言うのか、とても青空の綺麗な日だった。
その日ひとつがいのツバメが新居の軒先に巣を作ったことが、私たちに幸福を運んできてくれたようで、とても嬉しかった。
晃は私に指輪を贈ってくれた。
紅いルビーに小さなダイヤをあしらった可愛いデザインのファッションリング。
それは小さな石だったけれど学生の晃にとってはとても大変だったと思う。
「どうしてルビーなの?」と聞いたら「茜の色だから」と、あなたは照れたように笑って指にはめてくれた。
ゆるいスロープのなだらかな丘の上に私たちの新居はあった。
晃の祖父の住んでいた家で今までは、晃が独りで住んでいた。
ここで私たちは共に時を刻みだす。
春には一面の花畑、夏には降るような星空がとても綺麗で、宇宙を独り占めした気分になるこの丘が私は大好きになった。
晃と共に過ごす時間はとても緩やかに、穏やかに過ぎてゆく。
私はひと針ひと針思いを込めて、真っ白な布地に銀の糸で刺繍を施してゆく。
真っ白な絹に咲く小さなの銀のバラ。
あなたへの永遠の愛を縫いとめるようにm毎日すこしづつドレスを仕上げてゆく。
私たちはとても幸せだった。
8月も終わりに差し掛かる頃に私は体調に異変を感じた。
ひどく頭痛と目眩がする。
おまけに吐き気を催し、食欲もなくなってベッドから起き上がることが出来ない。
晃は心配して病院で検査を受けようと言い出した。
だけど、私には確信があった。
―― それを告げたら…晃はなんと答えるだろう。
不安で一杯だった。
「ちがうの、晃。私…」
晃は喜んでくれるだろか?それとも反対するのだろうか?
赤ちゃんが出来たの・・・・・そう告げたときのあなたの顔を私は絶対に忘れない。
危険は百も承知だったけれど、私はどうしても産みたかった。
私の夢でもあったし、何よりも私の逝った後、独り残される晃に何かを残していきたかった。
私の命を受け継ぐものを・・・。
晃はずいぶんと悩んだようだったけれど、数日後、結局私の強い意志を貫くことを許してくれた。
ただし、生まれる前に妊娠が原因と思われることで私の体調が著しく悪くなった場合、晃が子供より私の命を取ることを拒否しない事を同意させられた。
それは辛い約束だったけれど、絶対に元気に産んでみせると私は笑って自信たっぷりに答えた。
どんなことをしても産んでみせる。私のすべてをかけて・・・。
***
季節は秋になり家の周りは秋の花々に包まれた。
僕たちは春の訪れと共にやってくる新しい命の準備を少しずつ始める。
小さな肌着やベッドを買い揃えるうちに、僕はだんだん父親になる実感が湧いてきた。
暇さえあれば、茜のおなかに手をあてて、語りかけてみる。
初めて赤ちゃんが動いた時、茜はとてもうれしそうだったけれど、僕にはどんなにおなかに手を当て
もわからなくてちょっと悔しかった。
だから、あれから、毎日「動いてる」というと、何を放り出しても飛んできておなかを触りだすようになった。
あれだけ反対した人とは思えないって茜は言うけど、君の体が心配だったんだからしょうがないよ。
君と赤ちゃんを待つこの時間がこんなにも幸福だなんて考えもしなかったしね。
初めて僕の手の平を赤ちゃんが蹴った日は、それこそ眠れないんじゃないかと思うくらいに興奮してしまった。
茜、君の中で、奇跡が起こっているんだね。
僕たちの愛の結晶が確かに茜の中で息づいている。
毎日が幸せで幸せで・・・この幸せがずっと続くと信じていたい。
春になったら3人で暮らす幸せな生活が待っている。
僕たちはそれを夢みていたい。
この幸せが永遠だと・・・信じて祈りたい。
***
窓を開けると一面の銀世界
冷たい空気を映すような青白い月が浮かぶ空。
ゆっくりと太陽の足跡が聞こえてくる。
闇が幾筋かの光によって薄く切り裂かれる。
空が明らみ、やがて茜色に染まった空は金色に輝く太陽を連れてくるだろう。
空気が太陽の光を浴びダイヤモンドダストとなってキラキラと輝きだす。
生涯で一番幸せな一日が始まる。
―――――今日、私は晃の花嫁になる
茜の好きなこの丘は一面の銀世界に染め上げられた。
この丘の全てが太陽を受けて眩しく輝いている。
僕たちの未来を明るく照らしてくれているようだ。
茜、僕たちはふたりで、精一杯の時間を生きてゆこう。
例えどんな事があっても、ぼくは君を護り愛し続けることを誓うよ。
君はこの雪と同じ色のドレスを着て、最高の笑顔を僕に見せるだろう
真っ白なドレスが光を受けて、胸元の銀の刺繍をきらめかせる。
ふわりと広がるドレスが君が動くたびに軽やかに揺れる。
美しいレースのベールで顔を隠す君は何て幻想的なんだろう。
僕の生涯最後の日まで、今日の君を忘れないように心に刻もう。
茜・・・世界で一番きれいだよ。
――――今日、君は僕の花嫁になる
***
パイプオルガンの荘厳な音楽が流れる中、私はゆっくりとバージンロードを歩き出す
18年前の今日、私は生を受けた。
楽しい事も、哀しい事も、辛い事もたくさんあった。
生まれてきたことを後悔した事も、恨んだ事もあった。
―― バージンロードの向こうにあなたの笑顔が見える
だけど、私はあなたに出会う事が出来た
あなたに出会って、見るもの聞くもの全てが輝きをもち始めた。
眠っていた私が目を覚ますように、あなたに導かれて私は変わっていった
―― 一歩一歩近付きゆっくりとあなたの傍に立ち・・・
愛することを教えてくれたあなた。
護る事をおしえてくれたあなた。
信じる事を教えてくれたのも晃、あなたです
―― あなたの差し出す手にそっと手を重ねる
あなたに出会えてよかった。
あなたを愛してよかった。
―― ステンドグラスの柔らかな光がやさしくさしこむ中、愛の誓いを告げる
―― 病める時も健やかなるときも・・・神父様の声が耳に心地よい・・・
晃、あなたを永遠に愛することを誓います
―― あなたが私のベールをあげる
―― 誓いの口付けが降りてくる。
刹那の幸福が永遠になるとき・・・
ここから、あなたとともに歩む、新しい人生がはじまる。
+++Fin+++
2005/06/30≪オリジナルバージョン作 神楽さまへ進呈≫
2006/09/10≪森バージョンに改訂≫
Copyright(C) 2005-2006 Shooka Asamine All Right Reserved.
Kagura's Houseの神楽様に進呈した『刹那と永遠の幸福』ですが、年齢制限のあるサイト様であるため森から訪問頂けない事と、作品自体に性描写があった為、森バージョンを作り当サイトでの公開をする事に致しました。
幸せな二人を感じて頂けましたでしょうか?
オリジナルバージョンは神楽さまのサイトで飾って頂いています。18歳以上で性描写にご理解のある方は、月夜のリンクから神楽さまのサイトへお邪魔してください。
2006/09/10
朝美音柊花