Love Step番外編〜*〜悩みのタネ〜*〜
キンモクセイの花が校舎をその香りで包み始めた10月の中旬。俺達の高校では文化祭が行われる。
10月に生徒会は後期を向かえ、俺は他に立候補者もないまま誰とも争うことなく生徒会副会長から生徒会長になった。
生徒会役員が変わって最初にあるのが一年でも一番大きなイベント『文化祭』だ。
新任の役員は当てにならないし、前期からの残留の役員は人数が少ない。
3年生は全員が役を退いている上、残留の2年生役員は会長の俺、佐々木龍也(ささきたつや)と親友の安原響(やすはらひびき)、高端暁(たかはたさとる)の3人だけだ。
1年と2年から新任で役員になった奴らはまだ、慣れないし大して役には立ちそうにない。
とりあえず生徒会からの出し物のアイスクリームショップを頑張ってもらうしかないな。
腕組みをして銀のフレームの眼鏡をかけなおし生徒会室のソファーに座ったまま溜息を一つ付く。
僅かに光の加減で紫色に変わる自分の髪を視界の端にとらえてかき上げると気を取り直し天を仰ぐようにして考えを巡らせる。
文化祭当日のイベントの流れを確認しつつ頭の中で段取りを組んでいくが必ずぶち当たる壁がある
あぁ…手が足りねぇな。
どうするかな。俺達3人が中心に効率よくこれだけのイベントを動かすとなると本気で動かない事には無理がある。
他の事をしながら片手間にするには人手がなさ過ぎる。そうなると俺には問題が一つある。
そう、俺の最も心配のタネ。あまりにも純粋で真っ直ぐな為、目が離せない愛しい存在。蓮見聖良(はすみせいら)だ。
夏休み直前、階段から落ちた聖良を受け止めようとして俺は腕に怪我を負ってしまった。
手を使えない事を理由に生徒会の仕事を手伝えと以前から気になっていた聖良を夏休み中俺につきあわせて手伝わせた。
本当はとっくに怪我なんて治っていたのに、聖良と一緒にいたいが為に嘘までついて聖良をつき合わせてしまったのだからまるで小学生だよな。
親友の暁と響が機転を利かせて一芝居打ってくれなかったら俺はいつまでも聖良に告白するきっかけをつかめなかったかもしれない。
いや、そんな事は今はどうでもいいんだ。
問題は彼女を俺の目の届く範囲にとどめ、いかにして効率よくイベントを動かすか…これが一番の難題なんだ。
1年生で生徒会役員に抜擢される事は珍しくないが、聖良は1年生では例のない生徒会会計に抜擢された。
俺と付き合っていると言う事実と、異例の抜擢と言う事もあって聖良は全校から注目を集める存在となってしまった。
何故彼女だったのかって?
生徒会に引き入れたのはモチロン俺の目の届く所に聖良を置いておくためだ。
これは会長の権限でアッサリ決まった。
だが聖良を会計に抜擢したのは俺ではない。
聖良をやたら気に入っている前期会計を担当していた3年生の本山美奈子は自分の後任として何が何でも聖良を後期の会計に任命すると言い張り、自分の願望を押し通しやがった。
役員の任を解かれた受験生の癖に未だに生徒会室にやたらと顔を出してくるこの先輩の目的はモチロン聖良だ。
「だって、聖良ちゃんは今回の文化祭の予算編成から何から全部佐々木くんに手伝わされていたんでしょう?まったくの新任の右も左もわからない子に任せるより、聖良ちゃんに任せるのが確実じゃない。」
…確かにそうなんだが…問題はおまえなんだよ。
何かと言っちゃ聖良を呼び出し引継ぎだの何だの言い訳を作ってかまいたがるのは止めて欲しい。
おまけにその度に『聖良ちゃんかわいい〜』とか言いつつ、むぎゅ〜とか、ちゅ〜とか、俺がハラハラするような行動を取ってくれる。
女同士なのだからとは思うが、そう言うときの美奈子の目は挑戦的とも言える流し目で俺を見てくるから、あれは絶対に確信犯だ。
聖良が純情で可愛いからと、『あたしが聖良ちゃんを一人前の女性として育てるわ』と、ひとりで盛り上がって、美奈子がやたらいろんな事を吹き込みたがっているのを知っている俺は、片時もあの二人から目が離せない。
何が悲しくて女の先輩のことまでライバル視しないといけないんだろう。
これが今の俺にとって一番の悩みのタネだったりする。
聖良は人が良すぎる上優しい為、ただでさえ俺と付き合っている事を妬む女たちから嫌がらせを受けている。
俺の目が忙しさで聖良からそれるだろう文化祭を狙って彼女に手を出そうとする奴がいるかもしれない。
それだけではない。聖良を気に入ってちょっかいを出してくる奴が男女を問わず多いことも悩みのタネだ。
どいつもこいつも、何でほっといてくれないんだよ。
聖良は何も知らないままでいいんだ。
純粋で透明な綺麗な心のまま微笑んでいてくれればそれだけでいい。
誰にも汚されず、綺麗な瞳のままで俺を見つめていて欲しいんだ。
聖良を染めるのは俺だけでいい。
他の誰にも触れることも見ることさえもさせたくないんだ。
それなのに…
「…何で聖良がそんな格好でいるんだよ。」
約束の時間に遅れて生徒会室に入ってきた聖良の姿を見て俺は固まってしまった。
真っ白なビスクドールみたいな肌に色素の薄い透明度の高い茶色の大きな二重の瞳がパサパサと長い睫毛を揺らして俺を見つめてくる。
さくらんぼのような小ぶりの艶やかな唇が『先輩?』と動くのに視線が釘付けになる。
背中までの茶色い長い髪が天然の癖でうねるように自然なカールを描いて動く度に軽やかにゆれる。
まるでフランス人形だ。
そんな聖良が今着ているのはフリフリの白いエプロンにクラッシックなメイド服…。
カワイイ…
じゃなくって、なんなんだよその格好!可愛すぎるじゃないか。
「えっと、クラスの出し物がコスプレ喫茶で…。」
ああ、そう言えば聖良のクラスの出し物はそうだったな。
でも聖良がこんな格好するなんて聞いてないぞ。まさか当日もこんな格好で人前に出るのか?
「知ってるよ。クラスごとの出し物は生徒会に申請があったときに目を通したからな。だけど聖良がメイドの格好をする必要はないんじゃないか?」
「あたしもそう思ったんだけど、クラス全員何かをしないといけなくて、で、あたしに似合いそうだからって渡されたのはこれだったの。着てここへ来るつもりはなかったんだけど、クラスメイトたちが龍也先輩に見せてくるまでは制服を返さないって隠しちゃったの。」
困ったように上目づかいに俺を見つめてくる聖良。
心臓が一気に爆走を始める。
うわ…無意識だろうけど、そのウルウルの瞳で見つめるのは止めろよ。絶対に他の男の前でこんな聖良見せらんねぇって。
誰だよコスプレ喫茶なんて許可した奴!…って、俺だよ。
聖良のクラスのコスプレ喫茶を許可した事を今更ながらに後悔する。
聖良がこんな格好するって事は想定外だったんだよなぁ。
「あたし、似合わないかな?龍也先輩怒っているの?」
いや、似合い過ぎるのが問題なんだって、とは口が避けても言えない。
心配そうな表情で俺の顔を覗き込んでくるから始末が悪い。
どうするんだよ。心臓の音聖良に聞こえるんじゃないのか?
…っていうか、生徒会室に誰か来る前に聖良を隠したい。
この格好の聖良を誰かに見られたら俺、冷静でいられるだろうか。
そう思っていた矢先…
「おおっ?聖良ちゃん可愛いじゃないか。すげぇ似合うなあ。」
暁…おまえ見やがったな。
「へえ〜似あうなぁ。聖良ちゃん可愛いよ。まるで人形みたいだ。」
響、おまえもその目潰してやる。
無意識に聖良を背後に隠すように立ち、ふたりの視線から遠ざけようとするが、そんな俺を見てふたりが意味ありげに視線を合わせてケタケタ笑うのが無性に腹が立つ。
「クスッ…龍也がやきもちを妬いているから俺達は30分くらい後に出直してくるわ。聖良ちゃん大変だろうけど、龍也の気が済むまで付き合ってやってくれよな。」
暁の言葉にきょとんとした顔で俺を見上げてくる聖良。
その顔…俺を挑発してる?唇に視線が釘付けになってしまうんだけど…。
「聖良、当日はその服着なくていいから。」
俺はあくまでも冷静に見えるようにちょっと冷たい声で聖良に言った。
「え?どうしてですか?あたし自分のクラスの出し物に出ちゃいけないの?」
「うん、出なくていい。…ってか、出られないよ。当日は人手不足だ。生徒会の仕事のほうを手伝ってもらわないといけない。」
「あ、そうなんですか。じゃあ、この格好は今日だけなんですね。よかったぁ。」
そう言って花が咲くようにぱぁっと明るく笑う聖良。この笑顔が天使に見えてしまうのは俺だけなのかな。
ほんの少し罪悪感が胸をよぎる。
確かに当日は人手不足だが、俺と暁と響が本気になれば3人で充分やれるのはわかっている。
だけど、そうしたら誰が聖良を見張るんだ?
この無防備な天然娘は、ちゃんと目の届く所においておかないと何をしでかすか本当にわからない。
当日誰かが休んだなどと耳に入ろうものなら『じゃあ、あたしが代わりにやってあげるよ。』と、さっきの衣装を着て人前にのこのこと出て行ってしまうだろう。
人が良いと言うかなんと言うか…。
まあ、そんな優しくて純粋な所に俺は惚れてしまった訳なんだけどさ。
それにしても…
「聖良、その格好何人の男に見られた?」
俺は眼鏡を外しながら、少しイジワルな視線を聖良に送る。
とたんにピクンと背筋を伸ばし視線をあわせないように泳がせる聖良。
彼女は知っているんだ。俺が眼鏡を外す理由を…。
逃げ腰になる聖良の手を握り、細い腰を引き寄せ腕の中に閉じ込める。
耳元に唇を寄せ耳朶に触れるように唇を動かし「答えて…。」と囁くと聖良の身体から力が一気に抜けて俺の腕に彼女の体重がかかる。
この重みが愛しくて、もっとイジワルをしたくなる。
「こんなかわいい格好をして…他の男に見てもらいたかったの?それとも俺にやきもちを妬かせたかったのかな?」
「そんな…イジワルですよ。龍也先輩。こんな恥ずかしい格好他の男の人になんて見せられません。龍也先輩に見せないと制服を返さないって言われたから…。」
「クス…その友達に感謝だな。おかげで文化祭でメイド聖良を人目に曝さなくて済んだ。この姿は俺の胸だけにしまっておくよ。」
「あ、でも暁先輩と響先輩に見られちゃいましたよ。」
「……あいつらには後で制裁を受けてもらうさ。」
「…制裁って…龍也先輩コワイですよ。」
「当然の報いさ。聖良のこんなかわいい姿を見てしまったんだから。これ以上誰にも見せるなよ?誰かに見られたら…そいつ、明日は顔が変形しているかもな。」
冗談めかして言って見せるけど、実はかなり本気だったりして…。
そんな俺の気持ちを知ってか知らずか「こわいなぁ。」とクスクス笑う聖良。
俺をドキドキハラハラさせっぱなしのおまえにもちょっとは償ってもらおうかな。
「俺以外の何人がこの姿を見たのかまだ、聞いてないけど…正直に答えて?」
じぃっと聖良の瞳を覗きこみ問い掛ける。こうすると聖良は絶対に俺から目をそらせないし嘘をつく事が出来ないのを知っている。
元々嘘をつく事が大の苦手な素直な聖良。下手に嘘をつくとバレた時とんでもないペナルティが待っているだろう事も多分彼女は本能で悟っているんだろう。
嘘のつけないそんな純粋な彼女だからこそ…俺はここまで溺れているんだろう。
消え入りそうな小さな声で「6人かな?」と答える聖良に聞こえないよとイジワルを言って反応を楽しむ。
「こんなかわいい格好で人前をのこのこ歩くなんてダメだよ聖良。もうこんなことしないって誓えよ?それから…お仕置きもちょっと必要かな?」
俺の言葉に困ったような顔で見上げてくるその顔が可愛くて、髪を弄り頬にそっとキスを落とす。
「許してあげるから、今日その格好を見た人数分だけキスして?それで今日のお仕置きは許してあげるから。」
真っ赤になって戸惑う聖良を引き寄せて、動けば唇の触れる距離まで顔を寄せる。
「早くしないと、暁たちが戻ってくるけど?他の役員もそろそろ来る頃かも…。その姿を見られたらキスの回数が増えるだけなんだけどな?」
耳も首も真っ赤になりながら、それでも少し背伸びして俺に唇を寄せてくる聖良がとても愛しい。
このままガラスケースに入れて永久保存版で飾っておきたいくらいカワイイ。
こんな聖良を誰かの目に触れさせるなんて絶対にできないな。
本当に…俺って聖良に関しては見境が無いって言うか…壊れているよな。
そんなことを思いながら小鳥のように触れてくるやわらかい唇を堪能する。
俺を夢中にさせる甘い香り、柔らかな唇、その天使の微笑み…。
唇の離れた先からまたすぐに触れたくなる。
腕の中にすっぽりと収まる聖良がまるで俺の一部のように感じる。
聖良がいなかったら俺は本当に壊れてしまうんだろうな。
文化祭当日メイド姿でコーヒーを配る聖良と、聖良にカメラを向けるギャラリーを思い浮かべてゾッとする。
やっぱり文化祭当日はこの悩みのタネの張本人にはどんな手を使っても俺の目の届く所にいてもらわなければと痛感させられる。
俺が改めて作戦を練る決意したのはいうまでもない。
+++ Fin +++
2005/12/10
〜*〜お友達の3万Hitに寄せて〜*〜