Love Step

Step1 恋のStep  



中庭の緑も涼を呼ぶ効果のカケラも無いほどに、真夏の太陽が容赦なく照りつけている。

時どき、吹き抜ける熱風さえも一瞬涼しく感じるのは、今日がこの夏一番の暑さを記録した日であるからに違いない。

窓の外は、照りつける太陽が校舎の窓に反射して、角度によっては目を開けていられないほどに眩しい。

本来なら海なりプールなり、友達と遊びに行って、夏休みの楽しい思い出を作っているはずだったのに…。

はあっ、と大きな溜息をひとつ吐いて、机の上の紙切れの山と対峙する。

ブツブツ言いながら電卓を叩くと、 先ほど計算したのとは違う数字がはじき出される。


……なんでよ。

3回計算して3回とも違う数字が出てくるってどういうこと?

この電卓壊れているんじゃない?


「だ〜!もう嫌!! 
なんであたしがこんなことしなくちゃいけないのよ」

生徒会室で、あたしは一人で今度の文化祭の予算編成の書類を作っていた。

何で会計でも無いあたしが、こんな事しなくちゃいけなくなったんだろう?

そもそも、何であたし、こんな所にいるんだろう?

あたし、蓮見聖良(はすみせいら)は1年生だ。

生徒会に選ばれるのは、普通は2年生以上。

仮に1年で選ばれても後期からだから、夏休み明けの生徒会選挙で新しい会長が選ばれてからだ。

後期の生徒会メンバーは生徒会長によって選ばれる。

だから、もしも選ばれたとしても、本来なら10月以降の後期から就任する形になるはずだ。

そう。
だからそもそも、1年生のあたしが、この夏休みに生徒会室で生徒会の仕事を手伝うなんてありえないはずの話なの。

それなのに…。


「蓮見さんできたかな?」


生徒会室のドアを開ける音と同時に冷たい声が部屋に響き渡った。


――でた、冷血男。


この人本当にあたしのこと嫌いなんだなあ。

あたしが夏休みを返上して生徒会室にいる理由。

2−Eの佐々木龍也(ささきたつや)先輩、この人だ。



事の起こりは1学期の最終日
終業式を終えてクラスに戻ろうとしている時のことだった。

クラスメイトと一緒に階段を上がっていた時、よろけた友達を支えようとして、あたしはバランスを崩してしまった。
後は言わなくてもわかるかも…
そう、ご想像通り。あたしは階段の下にいた佐々木先輩を見事にクッションにしてしまったの。
おかげで無傷だったんだけど、 先輩は腕に怪我をしてしまった。

明日から高校生活最初の夏休みと浮かれていたあたしに、夏休み没収の烙印が押されたのはそのときだった。


佐々木先輩は有名な人だ。
2年生ながら生徒会の副会長をしていて、会長よりも頭が切れると噂が高い。
後期の生徒会長は佐々木先輩だと、学校中の生徒が暗黙の了解のように思っている。

確かにもてそうだよね?

身長は180cm以上はあるだろうか?
細身の体だけれど、あちこちの運動部から助っ人依頼が来るくらい運動神経もいいらしい。
染めているのか光の具合によっては紫に見える髪。
銀のフレームのメガネが知的な雰囲気を醸し出している。
その奥にある瞳は吸い込まれそうなくらいの黒。
すごく整った顔立ちは、アイドルグループも顔負けで…。

クールビューティといわれるだけあって、完璧すぎて怖いくらい。

スポーツが出来て頭もいい。
おまけにいい男と来たらもてないほうが不思議だ。

でもね。あたし知らなかった。

佐々木先輩があんな意地悪だったなんて。

「おまえさ、1年生だよな?クラスどこだ?名前は?」

佐々木先輩を保健室へ連れて行くと、 あたしはすぐに質問攻めにあった。

「1−Cの蓮見聖良です。 すみません、あの・・・痛みます?」

「痛いね。もしかしたらヒビが入ってるのかもしれない。 お前、明日から俺の腕になれよ」

はい?

……俺の腕になれ? 

何それ、どういうこと?

「俺さ、この夏休み忙しいんだよね。 秋の文化祭の予定も進めないといけないからなあ。 腕を怪我してると色々大変だから、俺の腕になれよ。 とりあえず1週間は様子見ないとな」

「あ、でも夏休みですよ?明日から」

「俺は、毎日来るんだよな。 午前が補習授業。午後から生徒会。 お前、補習授業でないのか?」


先輩の言葉にグッと胸が詰まる。
補習授業は強制ではない。
でも、進学校であるこの学校で受験を考えない者は、先ずいない。
あたしだって、補習は受けておくべきだっていうのは解っている。

でも…

「受けたくないんです」

「何でだよ?」

「担任と相性が悪いんです。 あたし、目の敵にされていて」

「担任って、竹中か?あいつは癖があるからな。 でも、逃げてたら益々目をつけられるぞ。 あいつは弱いものイジメが趣味なんだ。 弱いトコ見せたら負けだぞ」

「でも、竹中先生って数学の先生じゃないですか。 ダメなんです。あたし、数字を見ると吐き気がしてきて」

「……吐き気…ね。最初から拒否反応かよ。 努力しようとか思わねえ?」

「だって、解らないんですもん。 先生に質問に行った事もあったけど、先生の説明が解らないんです。 あたし、頭悪いのかな?」

諦めたように溜息を吐くあたしに 先輩は「そんなことないんじゃないか?」と言った。

「お前さ、えと…聖良だっけ? 聖良は竹中の授業が嫌なんだろ? この高校はレベル高いんだぞ。 受験に受かったって事は中学までの数学は大丈夫だったんだろ?」

たしかに、中学までは特に嫌いではなかった。
それなりに解っていたし、特別授業についていけないことも無かった。

先輩はコクンと頷くあたしを見て 「そうだろ?」と笑った。

あれ? 優しい笑顔だ。
この顔、あたし好きかも…。

「俺が教えてやるよ。 毎日補習授業が終わったら生徒会室へ来いよ。 生徒会の仕事を手伝ったら毎日少しずつ教えてやる。 2学期が始まったら、竹中のヤツびっくりするぜ?見返してやれよ」

なんだ、先輩そんなに怖い人じゃないんだ。
けっこう優しいじゃない。
そう思っていたのは束の間だった。
あたしは先輩との約束を、 次の日呪うことになった。



***



はあ〜〜〜っ。

大きな溜息を吐くあたし。

龍也先輩はそんなあたしをジロリと睨むと「さぼるんじゃねえよ」と激を飛ばす。

もう、3時間以上休み無しで先輩のいう通り仕事をこなしている。
書類の整理から始まって、計算だのパソコンの入力だの…。
確かに手が不自由だと、こんな仕事は出来ないだろうけど…。
もう1週間、毎日龍也先輩の手伝いをしているあたし。
先輩はとりあえず1週間様子を見るって言ったけど、 手にはまだ、包帯が巻かれたままだ。

そんなに酷かったのかな?

日が経つにつれ、段々と申し訳ない気持ちが膨らんできて、 何かにつけて謝ってばかりだ。

先輩は慣れない生徒会の激務でグッタリしているあたしに、無理矢理数学の問題を解かせるのが好きみたい。
もう地獄だよ。
今日もほら、参考書見て楽しそうに問題を選んでいる。
先輩が選んだ問題を全部解けたらご褒美をくれるとか言ってるけど、 絶対に全問正解するはず無いって解っているから言ってるんだと思うわ。

横目で楽しそうに問題を選ぶ龍也先輩を窺いながら、 ゲンナリした気持ちでこの後待ち受けているであろう恐怖の時間に思考を飛ばす。

うう〜っ。 ぜったいギャフンって言わせて、ご褒美貰ってやるんだから。
あたしはご褒美に何をせしめてやろうかと、あれこれ考えを巡らせながら、パソコンに向かってデーターを打ち込んでいった。



「ほら、ココ違うだろ?」

地獄の時間

あたしは、今日もご褒美を貰えそうに無い事を確信し始めていた。

あたしの傍に腕を付き、メモ紙にスラスラと計算をしていく先輩を、恨めしげに見つめる。
包帯の巻かれた腕は痛々しいけれど、以前ほどに痛みは無いみたいだ。
あたしはふと、気になっていたことを聞いてみた。
「先輩、あたし、その腕が治るまでお手伝いをする約束でしたよね? その…腕の具合っていかがなんですか?まだ、かなり痛みます?」

「うん、痛いよ。前ほどじゃないけどね。 何?俺の手伝いをするのがそんなに嫌なの?」

「え?いえ、違います。 ただ、こんなに長引くと思わなかったので、責任感じちゃって」

先輩の瞳が一瞬揺らいだような気がした。

メガネのレンズに光が反射しただけなのかもしれないけれど
何だか少し哀しげで辛そうだったから、あたしは何も言えなくなった。

「責任感じなくていいよ。あれは事故だから。それに…」

先輩が何かを言いかけて言葉を止めた。
その視線に誘われて入り口を見ると、先輩の友達がドヤドヤと入ってきたところだった。

「龍也、おまえまだいたのかよ。帰らないのか?」

机に向かい合って座っているあたし達を見比べるようにして、その人たちは笑っている。

「それとも何、お邪魔だったわけ?」

そう言って笑った人をあたしは知っている。

確か高端先輩だ。

龍也先輩とは同じクラスで良く一緒にいるから覚えている。
うちの学校で有名なビケトリと呼ばれるの美形トリオの一人で、龍也先輩に負けないくらい、超美形の先輩だ。

「ばぁか、暁。先に帰っていいぞ。俺こいつに数学教えてるから」

「へえ、おまえが? 珍しいな、人に干渉するなんて」

「こいつが原因なんだよ」

そう言って包帯を巻いた手をあげて、ひらひらと振ってみせる。
あたしは申し訳ない気持ちになって視線を逸らすと、 高端先輩とバッチリ目が合ってしまった。

「へぇ…そういうことか」

高端先輩は何か言いたげに近付いてきた。

一旦龍也先輩を流し見てからあたしに視線を向けると、不意に顎を取られ上を向かされた。
突然の事にビックリして動けずに固まってしまう。
目を見開いたまま、パクパクと金魚みたいに口を動かすけど、驚きすぎて声も出なかった。
ジッとあたしを見つめてきた高端先輩は、ニヤッと一瞬龍也先輩を見て笑ってからいきなり爆弾発言をした。


「ねぇ、俺とキスしてみる?」


……はい?


高端先輩の言っている意味が良く解らなくて、瞬きして暫く言われた言葉を反芻する。

「龍也、かまわないだろ?」とか何とか聞こえたような気がしたかと思うと、高端先輩の顔がいきなり近付いてきた。

え?
ウソ!マジ?

ビックリしてぎゅっと目を瞑る。

体が硬直して動かない…

あたしのファーストキスなのに…

そう思ったとき…



ばこっ!



何だか凄い音がした。


驚いて目を開けると、高端先輩が頭を抱えてしゃがみこんでいた。

「……って―っ! 何すんだよ龍也」

「馬鹿。おまえこそ何やってんだよ。 欲求不満か? 杏ちゃんに振られでもしたのかよ? あんまりバカな事やってんじゃねえよ。」

龍也先輩が眉間に皺を寄せて包帯を巻いた手を擦っていた。


……先輩、 怪我しているほうの手で殴ったの?

あたしは呆然として手を擦る龍也先輩と頭を抱える高端先輩を見比べる。
入り口付近では安原先輩が、お腹を抱えて笑っていた。
安原先輩も美形トリオの一人だ。
この三人が揃っていると圧倒される雰囲気がある。

「暁。杏ちゃんに言うぞ?お前の大事な杏ちゃんにな」

龍也先輩はからかうように高端先輩をもう一発殴る。


……だから、その手怪我してるんでしょ?


「ばぁか、杏は関係ないだろう? 誤魔化していないでもっと目の前の問題のほうを見ろよ」

高端先輩は頭を擦りながらも、してやったりと言わんばかりの笑顔をあたしに向けた。

…え? 何、あたし?

何が問題なんだろう?あたし、何かしたっけ?

不思議に思い龍也先輩を見ると、先輩の手に巻いた包帯が解けていた。
さっきぶった時に緩んだらしい。

「あ、龍也先輩。手!大丈夫ですか?  ああぁっ!包帯外れてますよ? 見せて下さい」

「え? ああ、いいよ。自分で出来る」

「だめですよ。見せて下さい」

「いいって、構うなよ」

龍也先輩がすごく動揺している。
珍しいな。どうしたんだろう。

ふと、嫌な予感がした。

……もしかして、 怪我が酷くなってあたしに見せたくないとか?

サーッと血の気の引く思い。
一度ならずも二度までも怪我をさせたとなっては、もう、申し訳ないでは済まない。 あたしは血相を変えて無理矢理先輩の腕を取った。

「だめっ、見せてください。」

「うわっ、やめろ聖良。さわんなって」

「……あれ?」

不思議に思って龍也先輩の顔を覗き見る。
先輩は拗ねたようにソッポを向いて、あたしと視線を合わせようとしない。

「……どういうこと? 怪我…治ってる?」

包帯の下の先輩の手は、怪我なんてしていなかった。
高端先輩と安原先輩が苦笑いをしてあたしを見ていた。

「どういう事ですか?あたしをからかっていたの?」

龍也先輩が困ったように天井に視線を泳がせているのを見て、高端先輩が笑い出した。

「あはは、バカ龍也。下手なウソつきやがって。」

「暁、うるさい、黙れ!」

「黙らないね。おまえ、じれったいんだよ。 そんな遠まわしな事しないで、好きなら最初から素直に告白していればいいのに。」

「ば、バカ! 何言ってんだよ」


高端先輩が「なあ?響。」と言って安原先輩を振り返る。


「暁の言う事は間違ってねえと思うぜ、龍也。その娘のこと好きなんだろ?」


――!


あたし?


今、安原先輩は何を言ったの?

龍也先輩があたしの事を好きって言った?

まさか……

信じられないよ。

だって先輩はあたしのこと嫌いなんじゃないの?

「わかんないとでも思っていたのかよ? 甘いな。他人に干渉すんのが嫌いなおまえが、怪我したからって何で生徒会の仕事手伝ってもらったり、勉強を教えたりなんてするんだよ。 伊達に10年以上の付き合いやってんじゃねえぞ?」

呆然とするあたしを無視して、高端先輩が笑いながら言い続ける。
視線を泳がせていた龍也先輩がそのセリフに反応したようにギッと二人を睨んだ。

龍也先輩……コワイよ。

「だ――!! …ったく。ほっとけよ。俺の事は!」

そう言うとドカドカと二人のほうへと歩いていく。
狭い生徒会室は先輩の足の長さだと、ほんの5歩くらいで入り口にたどり着いてしまった。


そして……


「てめえら、うるせえんだよ。ごちゃごちゃと。出て行けよ!」


龍也先輩はそういうと、怒ったように高端先輩と安原先輩の耳を掴み、痛がる二人をポイッと生徒会室から締め出した。
高端先輩と安原先輩が大笑いしているのが、薄い生徒会室のドアの向こうから聞こえてくる。
あたしは龍也先輩が、またプツンと切れて怒り出すんじゃないかと怖くなって、横目で先輩の顔を窺った。

機嫌の悪い顔をしているとばかり思っていたから、その表情を見たときにすごく驚いた。

先輩は眉を潜め、困ったような顔をしてあたしを見つめていた。



ゆっくりと緩んだ包帯を外していく。



その様子を見ながらあたしはあの日の事を思い出していた。

あの日、あたしが怪我をさせたのは事実だったはず…。
だから、やっぱり先輩が悪意を持ってあたしにウソをついたとは思えない。

そう、ずっと気になっていたことがあるの
階段から落ちた時、身体が一瞬浮いたのを感じた。
あの時、先輩の腕の中で瞬間ふわっと抱きしめられた様な気がした。
抱きしめられるなんて、実際にはある訳無いと思っていたから、ずっと思い過ごしだと思っていたけれど…。


「聖良、ウソついてごめん。」


あの時先輩は、あたしを抱きとめてくれたんだ。


「俺、おまえが好きだよ。」


あたしの心にスンナリと先輩が入り込んできた。


生徒会室の窓からは、夏の午後の日差しが眩しいくらいに差し込んで、先輩の真剣な顔を照らしている。

眩しいくらいに真っ直ぐで、痛くなるほどの想いを込めて、真っ直ぐにあたしを見詰めてくる。

先輩がそっとあたしの頬に右手を添えた。

すぐ目の前にある綺麗な顔に、心臓が暴走を始める。

凄く早くドキンドキンと鳴って、胸が大きく上下した。

「怖い?俺の事。」

先輩は左手でメガネを外すと自分の胸のポケットに入れてから、あたしをぐっと引き寄せた。

「怖がらないで…。俺は聖良が好きだよ。 ずっと前から…こうして聖良を腕に抱きしめたかった。」

先輩はそう言うとあたしをきつく抱きしめ、あたしの首筋に唇を寄せてきた。


熱い吐息が首筋にかかり、一気に肌が粟立つ。


「せせせっ先輩・・・だっ、だめですよ。やめてください。」

「聖良はキスも経験無いっての本当なの?  この間みんなにバカにされていただろう?」

「聞いていたんですか?あの時。」

入学して間もない頃、この生徒会室のすぐ横にある芝生でクラスメイトと話していたことがある。
あたしはキスもしたことがない。
それを幼いってみんなにバカにされたんだ。
えっちについてもあんまり知識が無いから、友達の話にもついていけなくて…。
あたしは自分が何も知らないんだって、とても恥ずかしく思ったんだ 。
友達はあたしはそのままがいいって言ってくれたけど、 あまり知識のなさ過ぎるのも好きな人ができた時に呆れられちゃうんじゃないかって、とっても不安になった。


「うん、聞こえたんだよ偶然ね。それで聖良に興味を持ったんだ」

「そんなに前からあたしを知っていたんですか?」

「少し前から気にして見ていた。そしたらあの日階段の上から落ちてきて…。
思わず抱きとめようとしたんだけど、バランスが悪くて一緒に転んじまった。 情けないよな?」

あたしは先輩の気持ちがうれしくて、ぷるぷると顔を振って満面の笑みで答える。

「そんなことないです。あたし、先輩に助けてもらえて嬉しかったです。」

先輩は、そう?と嬉しそうに微笑んで続けた。

「実際の聖良を知って嬉しかった。聖良がそこいらの女の子たちとは違うって思えたから」

「嬉しかった?」

先輩はクスクス笑いながら

「だって聖良に男を教えるのは俺しかいないって思ったから」

…って言った。


耳元でそんな風に言わなくてもいいと思います。

首筋まで赤くなっているのかもしれない。
頬も耳も首も熱いんだもの。

「そうだろ?違う?」

って、あたしに聞いてくるけど…それって凄い発言ですよね? 龍也先輩



「聖良、キスしてもいい?」

先輩は綺麗な顔を寄せて、甘く痺れるような声で問い掛けてきた。

へ…キス?

何を言っているんですか? 

冗談ですよね?

告白されただけで一杯一杯ですよ?

あ、またあたしをからかっているとか?

そういう冗談はやめましょうね、先輩。

「聖良、好きだよ」

あたしの唇に指で触れ、そっとなぞる。

その仕草が凄く色っぽくて、ゾクリと感じたことのない寒気が走った。

ピクンと体が跳ねて自分でも驚いてしまう。



キス…本当にしちゃうの?


えっと、いつ目を瞑ればいいんだろう?


あれ?首ってどっちに向ければいいの?


息って止めていればいいのかな?


オロオロするあたしを見て、龍也先輩は凄く優しい目で微笑んだ。


わぁ…、この顔好きだぁ。


一瞬ぼうっと見とれていたから、次の瞬間唇に柔らかいものが触れているのを感じるまでに時間が掛かったんだと思う。

目を閉じるタイミングとか

首を傾ける角度とか

そんな事考える必要が無かったってすぐに解った。



先輩が気持ちのこもった優しいキスを教えてくれたから。



最初は唇を重ねるだけのキス。


次に、啄むような優しいキス。


少しずつ、弄ぶような焦らすキスに変わっていく。


すごい…


…キスってこんなにバリエーションがあったのね?


軽い電流が流れるような、ピリピリした快感が、あたしの背中から頭に向かって何度も走っていく。

啄むように優しく何度も触れては離れる龍也先輩の唇。

それはとても優しくて

いつもの龍也先輩の意地悪な姿がウソのようで戸惑ってしまう。


次第に頭がボウッとしてきたあたしの口からは、気が付けば甘い声が漏れていた。

自分ではないみたいな声に驚いてピクンと反応してしまった。

ヤダ、恥ずかしい…。

先輩が唇を離してあたしを覗き込んでくる。

お願い。あたしを見ないで。

「いい声だな。可愛いよ。もっと聞かせて?」

「えっ? や…いやですよ。恥ずかしい。 自分の声じゃないみたい。 なんであんな声出ちゃったんだろう」

「甘くてイイ声だ。俺は好きだな。もっと聞きたい」

「あっ、甘くなんかないもん」

あたしは必死で話をそらそうとしたけど、 そんなあたしの抵抗も想定内と言わんばかりに先輩は笑ってキスを繰り返す。

龍也先輩の気持ちが伝わってくる、とても優しいキス。

軽い電流が走るたびに、体が跳ねるように反応してしまって恥ずかしいのに、先輩はとても嬉しそうにクスクスと笑うの。
あたし、きっと顔が真っ赤なんだろうな。
耳まで赤くなっているのがわかるよ。凄く熱いもん。


「真っ赤だな。りんごみたいで美味しそうだ。」


囁くようにあたしの耳元で言うから、息がかかってくすぐったい。
突然、その熱い耳に何かが触れた。
先輩が耳を甘噛みしたの。
一気に足だけじゃなく、体中から力が抜けていく。
先輩が壁に押付けるようにしてあたしを支えているから、やっと立っていられるだけ…
たぶん今、龍也先輩があたしを支えるのをやめたら、壁に寄りかかったままズルズルと座り込んでしまうんだと思う。

「もう、絶対に離してやんねえから。」

溜息を吐くようにそう呟くと、先輩はあたしをもっと強く抱きしめた。

息が出来ませんけどっ!

熱い吐息がそうさせたのか

先輩の言葉の威力なのか

強く抱きしめられた余韻なのか

さっきよりもっと強い電流が先輩の触れているところから全身に流れていく。

カクンと膝が折れて、足の力が全く入らなくなってしまった。

これって、全体重を先輩に預けている形なのよね?

どうしよう。体中がガクガクして止まらないよ。

先輩はあたしの耳を甘噛みしたまま

「聖良は俺のこと好き?」

って聞いてくる。

この状態で何かを考えて答えられる人がいるなら教えて欲しい。

もう、自分の意思とは裏腹に、全身の力は入らないし、声だって自分の意思とは違うトーンのものしか出てこない。

「やっ…先輩。耳ダメ」

「聖良。可愛いよ。もっと甘い声だしてみせて?」

「や、です。恥ずかしい。」

先輩がまた、あたしにキスをしてきた。
でも今度はさっきみたいに優しくはなかった。
唇を強く吸って、軽く甘噛みすると誘うように唇を舌で割ってくる。
一瞬開いた唇の隙間から先輩の温かい舌が入り込んできた。
身を捩って避けようとしても、先輩にしっかり抱きしめられて、片手で後頭部を固定されているから顔を背けることも出来ない。

貪るような長いキス。

唇が離れる一瞬に何とか息を繋ぐあたし。

そんなあたしを見てクスクス笑いながら先輩は何度も「聖良…好きだよ…。」って言ってくる。


それって殺し文句だよ。

先輩みたいなカッコイイ人に至近距離でそんな事いわれたら、抵抗なんて出来るわけない。

「聖良は俺のこと好き?キスされてこんなに感じてるんだから嫌いじゃないよな?」

……かっ、感じてるって……?

何それ?

このゾクゾクした身体を駆け抜けるような感覚がそうなの?

先輩を嫌いかって訊かれるとそうじゃないけど…。

でも…好きかって聞かれると、よくわかんない。


あたしの気持ちって…?


「聖良…。俺、もう止まんないから。 聖良が俺を嫌いでない限り、お前の事もう手放せない。 お前はもう、俺の彼女だからな?」


あまりの強引な言葉に思わず絶句。


「かっ…彼女ですか? あたしが先輩の?  な…何言ってるんですか? 先輩のファンの子達にシメられちゃうじゃないですか!」

「…シメるって…お前に似合わねえ言葉だな…」

龍也先輩は苦笑するけど、本当に冗談じゃないのよ?

「大丈夫、俺が守ってやるさ。心配すんな。 ごちゃごちゃ言うんなら、このまま既成事実作って離れられなくしてやるけど?」

「……?既成事実?」

なにそれ?

…って思っていると、先輩の手が胸のボタンの上で止まった。



え??既成事実ってもしかして……?



「やんっ、だめえ先輩。いやですっ。」

「じゃあ、俺の彼女になる?」

「いやって言ったら…」

「このまま押し倒す」



……即答ですか?



「聖良が俺を好きになるように身体に教えてやる」



すごく怖い発言ですけど……。


あたしは諦めたように溜息を一つ吐き出してわかりましたと言った。

先輩の事は確かに好きだし、先輩の想いが本物だって感じたから。

あたしの気持ちなんて、まだまだ憧れみたいな小さな想いだけど…

それでも先輩の気持ちに応えていきたいと思う。

きっと、先輩のこと、もっともっと好きになってしまう…


そんな確信みたいなものが胸の中芽生え始めている。


「じゃあ、明日から数学のほかにも勉強が一つ増えるな。」

龍也先輩がぎゅっとあたしを抱きしめ首筋に顔を埋めると、嬉しそうにそんなことを言い出した。

ゾクッと肌が粟立つ。

唇の動きを首筋に感じて、反応する自分の身体に自分自身が驚いてしまう。
先輩の背中に無意識に手を回して、縋る様にキュッと抱きしめると、先輩はとっても嬉しそうに言った。

「ほら、もう身体が俺を覚え始めてるよ? 明日からのStep Upが楽しみだな」

「Step Up?」

「そう、今日はキスまで。もう少し慣れてからNext Step。 少しずつ教えてやるよ。そのうち友達にバカにされなくなるさ」



……数学のほかの勉強って……



先輩は楽しそうに「あ〜明日からが楽しみだあ」って、益々強くあたしを腕の中に閉じ込めていく。



動けませんけど…? 先輩。



ああ、それより明日からがすごく怖い予感がする


一体何をどう教えるっていうんだろう?

ちょっと怖い想像を振り切るようにプルプルと頭を振る。

先輩はそんなあたしを、すごく優しい目で見つめていた。


先輩のこんな表情を見れるなら…ま、いっか。

すごく優しいこの顔が好き。

ずっとこの表情を見ていられるなら…

先輩の言う「もう一つの勉強」も悪くないのかもしれない。

このときそう思ってしまった事、後になってスゴク後悔したけれどね 。

あの日あたしが落ちた階段は、Love Step(恋の階段)だったのかもしれない

あたし達の恋のFirst Stepは、多分あの時からから始まっていたんだと思う。






+++ Fin +++



ええっと・・・。ほのぼの?と言って良いのでしょうか?【森】か【月夜】か迷った作品です(爆)
迷った挙句、とりあえず今回は【森】に置きました。全年齢…いいよね?一応R12の規制を付けておきます
(^^;
龍也と聖良のその後…気になりますよね?ご想像にお任せします(笑)
うそです。ちゃんと続きはそのうちに・・・(いつだ?)
この二人には出来るだけゆっくり大人になって欲しいなあと作者は願っています。(むり?)
いつまで龍也が我慢できるかが分かりませんが・・・(汗)
名前で気付かれた方もいるかも・・・。龍也と響は『夢幻華』で暁の
友達として登場しています。あの時も確かバシバシ叩いていたような…
この3人は美形トリオとして、この後もあちこちの作品に登場します。
さがしてみてね?このシリーズいつまでメインサイトにいられるのか? 柊花にも分かりません。
ではまた次のStepでお会いしましょう
朝美音柊花




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