Step2 木漏れ日の笑顔
それはほんの偶然だった。
その日の昼休み、俺は午後の授業をサボりと決め生徒会室のソファーで横になっていた。
普段なら気にも留めないことだったと思う。
不眠症で夜眠れない俺は一旦昼寝をするとなかなか起きない。それなのに珍しくその娘の声でふと目覚めたのだ。
その娘の言葉があまりに意外で、俺の睡魔はカウンターパンチを受けてどっかへ飛んで行ってしまった。
「ねえねえ、美由紀の首筋、虫に刺されてるよ? まだ4月なのにもう蚊がいるのかな?」
……4月の虫刺され?
「うわっ!かわいそう。そんなにいっぱい刺されてる。どうしたの?」
……それってさあ…
「聖良、それってマジで言ってんの?」
「は、何が?」
「だ〜か〜ら〜!誰がどう見たってこれってキスマークでしょう?」
「キスマークって、これが?」
……マジでしらねえのかこの娘。まさかな。
「……聖良…あんたってもしかして本当に天然なのね」
友達の呆れたような声。どうやら本当に知らないらしい。今時珍しいよなこんな娘。
「キスマークって…ええっウソ? だって、唇の形してないじゃない」
……唇の形?
「聖良。まさか、口紅の痕みたいのがキスマークだと思っているわけ?」
……まさかね?いくらなんでも高校生でそんなこと思っている娘がいるわけ…
「ちがうの?」
……いた…。
「聖良ちゃんったら、か〜わ〜い〜いっ。あんたはずっと、そのまんま白紙でいなさいね」
「本当よね。こんな純情な娘をゲットする男の顔を拝んでみたいわ」
「そうよね〜。苦労するだろうなあ。彼氏…」
「でも、こんなに純情な聖良を女にできる男っているのかな?」
「そうだよね〜。何にも知らなさそうだし…」
「聖良の彼氏になる奴は苦労人だろうね?」
「あはは…言えてる。聖良キスもしたことないでしょ?」
数人の女の子が聖良とかいう娘のことを淡々と分析していく。
へえ、面白いじゃないか。
その聖良とかいうのがどんな娘なのか興味が出てきた。
普段の俺なら絶対にこんな風に他人に興味を持ったりしない。
だが、このときは何故か聖良を見てみたくなったんだ。自分でも珍しいことだと思う。
多分彼女のあまりの天然ぶりがツボに入ったんだろう。
「聖良ってさぁ、もしかしてえっちの仕方とかも知らなかったりして…」
「え〜?それは無いでしょう?いくら何でもねえ?聖良…って、え?ええっ??」
……信じられないといった友達の声。まさか…な?ありえねぇだろ?
「………キスとかするんでしょ?体とかに…」
「ん〜まあ、それもあるけど…その先は?」
「その先って…まだ何かするの?キスして、えと、だっ抱き合って…きゃ〜恥ずかしいよ。もうやめようこの話。」
…この声の様子だと多分顔が真っ赤になってるんじゃないか?
「聖良、本気で言ってるの?ああっ、もう信じられない。天然どころか天然記念物じゃない!」
……マジで、天然記念物だな。どんな娘なんだろう?
「ああっ、いくらなんでもこのままじゃ彼が出来ても、1から教えてもらうって言うより、0.1から教えてもらうようなもんでしょう?せめて基礎知識だけでもあたしたちで教育してあげなくちゃ」
「そうね。このままじゃ、純情すぎて逆に相手が引いてしまうわね」
「そうよ、適度な純情ならいいけど、ここまで筋金入りだと相手もかわいそう過ぎるわ」
「聖良は普通の男じゃあつかいきれないかもだねえ。クスクス…」
……教育って…女の友情ってこういうときスゲ〜一致団結するんだなあ。
俺は何やらただならぬ雰囲気になってきた会話の内容を感心しながら聞いていた。
「香奈美は聖良と同じ中学だったんでしょう? 授業で性教育とかやらなかったの?」
「やったよ。たしか2年の2月くらいだったと思うけど?」
「じゃあ、なんで聖良は知らないの?」
「寝てたんじゃない? それとも純情すぎて気を失っていたとか?」
……気を失うって…ありえねぇだろ
「ちがうよぉ。多分インフルエンザで休んでいた時だよ。でも、それじゃあ香奈美はそんなに前から知っていたの?」
「あたしだけじゃなくて、聖良以外の全員が知ってたってことよね?」
「ええぇぇぇぇ!マジでぇ?」
……面白い奴だな
「さあ、何から教育しようかしらねえ」
すげ〜楽しそうに話している彼女の友達たち。聖良にしてみれば悪魔に見えるだろうな。
「……悪魔」
ははっ、やっぱり
「もうっ、そろそろお昼休み終わっちゃうよ。早く片付けようよ。ね?」
キ〜ンコ〜ンカ〜〜〜ン♪
予鈴がなった。あわてて片付け始める気配がする。
バタバタとかけて行く気配。
生徒会室の横を走って行く彼女たちの様子をカーテンの隙間からのぞき見る。
―――あの娘か?―――
なぜそう思ったのか分からないが、一目でピンと来た。
背中までの柔らかそうな長い髪。少し癖があるのか縦にうねるようにのびて自然なカールを描いている。
全体的に色素が薄いのか真っ白な肌に薄い茶色の瞳。
何より目を惹いたのはその鮮やかな笑顔。
4月の新緑の木々の間から零れ落ちる木漏れ日のように、その笑顔はキラキラと眩しくて目を逸らすことが出来なかった。
…聖良…とか言ったな。どこのクラスか調べてみるか。
このとき自分の中に小さな想いが生まれていた事に、俺はまだ気付いていなかった。
その日から気がつけば校舎のあちこちで自然に聖良の姿をを見かけるようになった。
不思議な事にどんなにたくさんの生徒の中でも、すぐに見つけることが出来る。
まるでそこだけ輝きを放つように聖良の姿だけに浮かび上がり惹きつけられる。
自分でも不思議だった。
この気持ちをなんと言葉で表したらいいのか分からない。
聖良の姿を捉えると、胸が熱くなる。
聖良の姿を捉えると、胸が切なくなる。
このときの俺はこの不思議な感覚を表す言葉をまだ知らなかった。
それから3ヶ月…
聖良が階段から降ってきた日
彼女を抱きとめた瞬間から
その想いは言葉を成し、確かな形となって俺の胸に根付いていった。
おまえが好きだよ・・・聖良
木漏れ日がそよぐ風にゆらゆらと反射して煌く。
その風景までもが愛しく思えるのは聖良を思い出すからなのだろうか
+++ Fin +++
2005/09/29
Love Step〜2nd.Step〜です。まだ、【森】でも大丈夫でしょうか?
会話が…中高生の頃ってありますよね?どの程度までを【森】のラインにするか微妙で…。
許してもらえるかなあ?教育委員会から叱られない?(見てないって)
彼らが【森】で過ごせるのはあと少しかもしれませんね(笑)性描写が無くても会話が・・・だと
判断した場合は【月夜】行きです。18才以下の方ごめんなさい
次回はちょっとシリアスです。 近日アップ予定ですのでお楽しみに。
朝美音柊花
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