ホタルの住む森&月夜のホタル1周年記念企画
** Love Step **
中庭の緑も涼を呼ぶ効果のカケラも無いほどに、真夏の太陽が容赦なく照りつけている。
時どき、吹き抜ける熱風さえも、一瞬涼しく感じるのは、今日がちょうど1年前と同じく、この夏一番の暑さを記録した日だからだと思う。
窓の外は照りつける太陽が校舎の窓に反射して角度によっては目を開けていられないほどに眩しくて…。
何もかもがあの1年前のあたし達が付き合いだした日と同じだ。
去年と同じ光景の中、同じ仕事をしている自分に気付き、クスッと思い出し笑いをしてしまう。
龍也先輩と付き合い始めて今日でちょうど一年。あの日の事は今でも鮮明に細部まで思い出せる。
あたしは手を止めると椅子の背もたれに寄りかかり思い切り伸びをして窓の外へと視線を向けた。
夏の太陽のジリジリと焼け付く陽射しが生徒会室の窓から差し込み窓辺のソファーを焼いている。あそこは龍也先輩の定位置だ。
生徒会室にいるときは、大抵ソファーに座っている事の多い先輩だけど、今あそこに座ったらオシリが火傷しちゃうんじゃないかしら?
そんな事を考えてカーテンを閉めると、真夏の直射日光と、校舎に反射して照り付けていた陽射しが遮断され、眩しいほどだった室内が急に薄暗くなった。
途端に一人でこの部屋にいる事に心細さを感じるのは、夏休みと言う事もあって他の生徒会役員もいなければ、校舎にいる生徒も少ないせいだろう。
殆どの学生は午前中の補習授業が終わると帰ってしまう。残っているのは運動部の部員くらいで生徒会室のある別館へ来る学生などまずいない。
シ…ンと静まり返った校舎は静けさが余計に耳につき、時計の時を刻む音がやけに大きく聞こえて寂しさを煽った。
龍也先輩遅いな…。先生に呼び出されたようだけど何を話しているんだろう。
もしかして…進路の事だろうか。
龍也先輩は夏休み前から頻繁に進路指導室へ呼び出しを受けている。
全国模試で不動の1位という秀才を何とか日本でも随一といわれる大学へ進学させたいと学校側は真剣に説得しているようだけど、当の龍也先輩は県外への進学なんて微塵にも考えていない。
あたしだって龍也先輩が遠くの大学へ行ってしまうのは寂しいけれど、あたしの為に先輩の無限の可能性を閉ざしてしまうのはイヤだ。
彼には彼の進むべき道があって、あたしは彼を支えてあげたい。
決して障害にだけはなりたくないのに…。
はあっ、と大きな溜息をひとつ吐いて、気持ちを切り替えようと再び机の上の紙切れの山と対峙することにした。
電卓に表示された数字を見て溜息をもうひとつ。まったく…こんなところまで去年と同じでなくても良いと思うんだけど?
3回計算して3回とも違う数字が出てくるってどういうことよ?
……やっぱりこの電卓壊れているんじゃないの?もしくはあたしととんでもなく相性が悪いとか?
「だ〜〜〜!もういや。なんであたしがこんなことしなくちゃいけないのよ。」
「そりゃ生徒会会計だからだろう?」
生徒会室のドアを開ける音と同時に笑いを含んだ大好きな声に振り返ると、長身に綺麗な笑みを浮かべている龍也先輩が立っていた。
普段この優しい笑みを見られるのはあたしだけ。
親友の暁先輩や響先輩でもこんなに優しい龍也先輩は見たことがないと言われた時は驚いたけれど凄く嬉しかった。
今が夏休みで人が少なくここが生徒会室で二人きりだからこそ、こうして微笑んでくれるけれど普段の彼は鉄壁のポーカーフェイスで滅多な事で人前で笑ったりしない。
龍也先輩の笑顔の写真が学内オークションで数万円の高値をつけたのは有名な話だし、クールビューティといわれる彼の珍しく柔らかな表情の写真は常に写真部ではスクープ扱いとなっているくらいだ。
こんなに綺麗な笑顔を誰にも見せず、いつも無愛想でいるのは勿体無いけれど、あたしにだけ心を許してくれているのだと思うととても嬉しくて、この笑顔が何よりの宝物だと思う。
「どうしたんだ?また電卓に遊ばれていたのか?」
「遊ばれてたって…もぉ、意地悪な言い方しないで下さい。」
ぷうっと頬を膨らませて見上げると、いつの間にか鼻が触れそうな距離まで近寄っていた龍也先輩にドキンと鼓動が跳ね上がった。
ホントいつまで経ってもこの綺麗な顔に至近距離で覗き込まれるのは心臓に悪いわ。
「クスクス…聖良はその電卓と本当に相性が悪いよな。今日はいつものMy電卓持ってこなかったのか?」
ゆっくりと眼鏡を外しながら色っぽい瞳で覗き込んで来るのはやめてください。
その瞳に弱いのがわかってワザとやっているでしょう?
「うん…今朝寝坊しちゃったから忘れてきちゃって。」
瞳を逸らして龍也先輩に背を向けると再び机に向かおうと椅子を引いた。それなのに座ることが出来なかったのは龍也先輩に後ろから抱き締められてしまったから。
「確かに…今朝の寝坊は俺にも半分責任があるな。」
耳を噛むようにして話さないで下さい。心臓の音が聞こえちゃいそう…。
「半分?もっとだと思いますけど?」
耳から伝わる低いセクシーな声があたしから全身の力を奪っていって足に神経を集中していないと立っている事もできない。声を震わせずに話せているかも怪しいところだ。
「そんな事無いだろう?それじゃ眠れなかったのは俺のせいみたいじゃないか。」
グイと肩を引き寄せられたかと思うとあっという間に身体が反転して龍也先輩の腕の中に向かい合う形で収まっていた。
物凄く近い距離にある魔性の瞳に屈服するまいと不満げに睨んで抗議してみる。誰がなんと言ったって今朝の寝坊は龍也先輩のせいなのよ?
「……違うとでも?」
精一杯のあたしの抵抗に一瞬言葉を詰まらせた龍也先輩。やっぱり自分でも昨夜の事が原因だっていう自覚があるみたいね。
「違…わないけど、聖良が俺を誘ったのが悪…っふがっ!」
「誘っていませんっ!そーゆぅ事を誰かに聞かれたらどうするんですか!もうっ。」
慌てて龍也先輩の口を塞いでみたけれどその手は彼の大きな手に掴まれて、グイッと強い力で引き寄せられる。
「誘っているって。自覚がまったくねぇんだな。」
そのままギュッと抱き締められて形の良い薄い唇が降りてきた。
吐息が唇にかかってそれだけで身体が熱を帯びてしまうのを気付かれるのが恥ずかしくて、身体を引こうとしたけれど逆に腰を引き寄せられてしまった。
「どうせ口を塞ぐなら唇でにしてくれよな?出来ればとびきり甘いのでさ…。」
軽く触れる優しいキスがあたしの意識を溶かしていく。
あたしの反応を確かめながら徐々にキスを深くしていく龍也先輩にまるで催眠術にかかったように身体が動かなくなってしまうのはいつもの事。彼はそれをわかってやっているから始末が悪い。
それがわかっていても逃げられなくて、いつも彼の思うがままになってしまう自分が悔しいんだけど、あの笑顔でニコッと笑われてそれ以上に何かを言える女の子がこの世に存在するなら会ってみたいと思うわ。
「もう…1年になるんだな。こうしてここで聖良に初めてキスをしてから。」
「…ん…あの時はなんて強引な人だと思った。」
キスの合間に息を継ぐ事も知らなかったあたしが言葉を交わしながらこうしてキスをしているなんてあの頃には考えられなかった。
この1年であたしは随分変わってしまったと思う。
「クス…俺もあの時は自分が信じられなかったよ。キスをしたいと思ったのも女を自分のものにしたいと思ったのも初めてだったからな。」
龍也先輩もこの1年で随分変わったと思う。以前のような視線で人を射殺す事ができそうな冷たい瞳も少しずつ和らいできたし、あたしといる時だけはリラックスしてとても優しい表情でいてくれる。
甘える事も時々我が侭を言う事もしてくれるようになったし、素直に自分を出してくれるようになってきたと思う。
「俺を本気にさせるなんて…もう戻れないよ、ダメっていっても、もう逃がせないけど」
相変わらず強引で俺様なところは変わらないけれど…それでもその言葉の中にたくさん愛情が詰まっているのを感じるから、あなたが愛しくて…もっともっと好きになっていくのを止められない。
「逃げる訳ないでしょう?こんなに好きなのに…先輩こそあたしの事飽きちゃったりしないで下さいね?」
「バカ…ありえねぇし。俺がどんなにお前を必要としているか知っているだろう?お前がいないと息も出来ない。聖良がいないと俺の進む道は真っ暗で一筋の光さえも射さないよ。」
龍也先輩の指と唇が身体をなぞっていくと理性ではいけないと思っても身体がどんどん熱くなっていく。
ここが生徒会室で誰かが来るかもしれないとか、声が外に聞こえてしまうかもしれないとかそんな事が頭を過ぎったけれど、与えられる快楽の前に理性は完全に真っ白な意識の中に埋もれていってしまった。
「龍也先輩…人が来たら…。」
「大丈夫、夏休みの生徒会室へ誰が来るんだよ。ただでさえこの棟には殆ど人がいないんだ。一番離れの生徒会室なんて用事のある奴は誰もいないさ。」
「でも…。」
「シーッ、黙って。…聖良…愛してる。」
「ん…愛してる…。」
熱い口づけに、昨夜嫌と言うほど身体に刻まれた彼の愛がすぐにその感覚を呼び起こされ疼きだす。龍也先輩は嬉しそうにほくそ笑んだ。
唇を塞がれて貪るように激しく吸い上げられると、あたしも彼の唇を求めて首に腕を回して引き寄せ抱き締める。
もっと…もっとあなたが欲しい。
1年前は何も知らなかった。だけど今は誰よりも何よりもあなたが愛しくて、こうしてあなたと一つになれることがどんなに幸せなことかわかる。
「龍也先輩大好き。あなたに…出逢えてよかった。」
「俺も好きだよ。お前に出逢えてよかった。1年前はどうなるかと思ったけど、いい女になったな」
強く抱きしめられて求められると頭が真っ白になる。ここが生徒会室だとか誰かが来るかもしれないとかそんな事はもうどうでも良かった。
どの位経ったのかわからない。
龍也先輩に翻弄され、放心状態だったあたしは、気がついたら彼の腕に抱かれてソファーで横になっていた。
額に貼りついた前髪をかき上げ、乱れた長い髪を手櫛で剥いてくれている彼の手が心地良い。
ずっとこうしていたい気持ちで身体を預けていたけれど、徐々に理性が戻ってくるとなんだか恥ずかしくなって、髪を弄りながら軽いキスを繰り返していた先輩から身体を離そうとした。
けれど、龍也先輩はあたしを瞳で制し、ギュッと抱き締める手に力を込めると静かに語りだした。
「聖良…動かないでそのまま聞いてくれるか?」
「は…い?」
「今日は俺達が付き合いだしてちょうど1年だろう?だからさ、おまえと付き合いだしたこの場所で結ばれる事が俺にとっては誓いだったんだよ。」
「誓い?」
「聖良。この1年でお前は俺に幸せになる事を諦めてはいけないと教えてくれた。人生を投げ出さず、人を愛して、光を見つめて歩く事を教えてくれた。だから今度は俺が人生の全てをかけて必ずお前を幸せにする。」
龍也先輩の言葉が嬉しくて、溢れてくる涙で滲んで彼が見えなかった。
たぶんとても優しい表情で見つめてくれているのに…あなたの今日の笑顔を心に留めておきたいのに…
「二人で歩き始めたこの場所に誓う。初めてキスしたあの日を決して忘れない。この場所で結ばれた今日の日を決して忘れない。俺の人生に光が差し込んだあの日を胸に刻んで一生お前を愛して生きていく。この場所で聖良にキスをした時から俺の運命は大きく動き始めたんだ。もうお前のいない世界では生きていけない。」
唇で涙を吸い取りながら囁くように誓いを立ててくれる龍也先輩が愛しくて彼に応えるように心に誓った。
あたしもこの場所に誓うわ。
出逢ったあの日を、今日の日を決して忘れない。
あなたに導かれて最初のStepを踏み出したこの場所からまた次のStepへと一緒に踏み出していきましょう。
ずっとずっとあたしを導いてね?
ずっとずっと愛していてね?
やがて卒業してこの場所に来る事がなくなっても、心の中にはいつだってあの日の光景がある。
あたし達のFirst Stepが始まったこの場所で、もう一度誓いのキスをしましょう。
この先10年も20年もあたしの傍にはいつだってあなたがいてくれる。
きっといつまでもあたしの手を取ってゆっくりとStepを登って行ってくれる。
そうよね?龍也先輩。
―― ああ、そうだよ。ずっとお前の手を引いて歩いていくよ。――
優しい声とともに誓いのキスが降りてくる。
瞳を閉じた瞼の裏に
階段から落ちたあたしを受け止めたあの日のあなたが浮かび上がった。
+++Fin+++
Copyright(C) 2006 Shooka Asamine All Right Reserved.
1周年企画第一弾は『Love Step』の森バージョンです。付き合いだしてちょうど1年の二人の深い心の繋がりを感じていただけたら嬉しいです。
オリジナルではしょっぱなからこんな感じで大丈夫なんだろうか。と不安だった二人なのですが、森バージョンでは少し落ち着いてくれた気がします。
暴走エロ龍也も少しは紳士的になったかな?月へ行けない方にもお楽しみいただけると嬉しいです。
2006/10/19 森バージョン改稿
朝美音柊花
お題提供;恋愛中毒さま