『大人の為のお題』より【陽の当たる場所】
Love Step番外編〜夢の足跡〜
まぶしい光が差し込む朝。
コーヒーとトーストの香りが漂う何気ない朝の風景。
最愛の女性(ひと)が俺にそっと目覚めのキスをする。
「あなた…龍也さん起きて。今日は聖也を動物園へ連れて行く約束をしているんでしょう?」
そんな彼女の腕を引き寄せてベッドに引き込むと腕に閉じ込めてそのままぬくもりを感じながらもう一度まどろみの中に溶け込んでいく。
「もう。龍也さんったら…聖也が楽しみにしていたのよ。連れて行かなかったらパパともう遊んでくれないわよきっと。」
ちょっと膨れて見せて俺をもう一度起こしにかかる聖良の少し困った声。
わかってるよ。ちゃんと連れて行くよ。
だけどもう少しだけこうしていたいんだ。
幸せな時間が流れるまどろみの中、溢れる日差しを浴びて静かに過ぎる休日の朝。
愛する妻と息子の声が俺を目覚めへと導こうとしている。隣りの部屋から生まれて間もない娘の泣き声が聞こえてきた。
俺の腕をすり抜け赤ん坊の泣き声に呼び寄せられる聖良を引き止めることもできず渋々ともう一度布団を引き上げようと手を伸ばした時小さなもみじの手が触れた。
今までにも何度もこうして手を重ねた事があるのに何故かこのときは違和感を覚えた。
それが何なのかまだ眠くてぼんやりしている頭で考えてみる。
頬に柔らかく触れる小さな唇と子ども独特の甘い香り。
なんだ?デジャヴュ…?
この感覚を俺は前にも体感した事がある。
いつだっただろう。
『パパ。』
聖也の声が俺の記憶を揺さぶる。いつかもこうして聖也に呼ばれて…あの時も凄く不思議な感じを受けたんだ。
いつだっただろう。
『あなた起きて。』
聖良の声がして頬に触れる柔らかなキス。
ほら、まただ…いつもの朝の風景なのに何故か違和感を感じる。
まるで聖良と結婚する前のような新鮮な驚き。
そう、初めて経験する朝のように…。
何だろうこの感じ…ずっとずっと前に感じた事がある気がするのに思い出せない。
うっすらとまぶしい光に目を細めると俺を覗き込む聖良が微笑んでいる。
腕には生まれてまだ2ヶ月余りの娘を抱き、『ママ〜』と抱きついてくる聖也を抱きとめ頬にキスをするいつもの光景。
毎朝見ている筈なのに何故か初めて見る光景のように戸惑っている自分がいる。
『パパはお寝坊さんね。起きて頂戴。聖也が待ちくたびれているわよ。』
…せいや?
ああ、そうだ俺の息子の名前だよ。分かりきっている事なのに何故一瞬、初めて聞いた名のような気がしたんだろう。
『パパ!』
聖也が俺の頬にキスをするとドンッ!と抱きついてきて反射的にその身体を受け止めた。
『おきて、どーぶつえんいくよ。』
俺に良く似た顔立ちの子ども・・・その瞳は聖良の色だ。
最愛の息子の顔をまるで初めて見た存在のように感じ新鮮な感動を受けるのは何故だろう。
まるでまだ夢を見ているようだ。
『ほらパパが起きたわよ。良かったわね聖也。お出かけの準備をしていらっしゃい。』
パタパタと駆け出す小さな後姿をぼんやり見ていると不思議そうに聖良が俺を覗き込んでくる。
『あなた?龍也さんどうしたの?ぼんやりして…。』
俺は寝ぼけているんだろうか。それともこれが夢の中なんだろうか。
聖良が優しく俺にキスをする。
『おはよう。疲れていたの?だったら昨夜は無理しなければ良かったのに。』
…無理って?
聖良の恥ずかしそうに頬を染める姿と首筋の痕で言いたい事を悟り苦笑する。
そうか…昨夜は随分時間をかけて愛し合ったんだっけ。最近仕事が忙しくてゆっくり聖良と過ごす時間すらなかったから休みの前日だと思うと箍が外れたんだよな。
そう言えば初めて聖良を抱いたときも箍が外れたように何度も聖良を求めたっけ…。
…俺ってそう言う所はあの頃から何も変わっていないんだな。
何年経っても相変わらず俺は聖良に溺れっぱなしだ。
昔、夢の中でさえ聖良に溺れっぱなしだって思った初夢を見たことがあったよな。
今の俺の生活のように愛で溢れ満ち足りている夢だった筈だ。
あの時はいつか聖良とあの夢のような幸せな生活を手に入れたいと思っていたんだ。
そこまで思い出してゆっくりと体を起こす。もうこれ以上眠る気はしなかった。
毎朝そうするように、聖良が娘の美桜(みお)を俺に差し出す。
小さな命を受け取るとフニャリとした不確かなその温かさが何故かとても愛しくて心の底から満たされたものが溢れてくる。
この一瞬が言葉で言い尽くせない程幸せだ。
今の俺には愛する家族がいて、俺の血を受け継ぐ確かな存在がある。
心に闇を抱え孤独に生きていた頃には想像もできなかった、夢のような温かい家庭が今の俺の何よりも大切な場所だ。
不意に込み上げてくる溢れるような幸福感に包まれて胸が熱くなる。気が付けば涙が頬を伝っていた。
何故涙が流れるのかは自分でも分からなかった。だけど…何処か懐かしく切なく迫ってくる感動に胸を掻き乱される自分がいる。
その時、まるで誰かの思考が流れ込んでくるように、言葉が頭に響いてきた。
『ここには俺が望んでも得る事の出来なかった幸せな家庭がある。夢でもいい。この満ち足りた空間をひと時この手にできるのなら。』
…ああそうだ、俺はこんな幸せな朝を聖良と迎える夢を見てそう思ったことがあった。これは聖良と初めて正月を迎えた時の初夢で見た朝だ。
まだ心に闇を抱え、母の影と家族の幻影を追い求めていた頃。
触れれば相手を切り付け、自分さえも傷つく諸刃の剣のように人を信じず神経を逆立てて生きていた。
そんな俺に聖良は光を与えてくれた。俺の心を癒し闇の中から陽の当たる場所へと導いてくれたんだ。
腕の中の愛しい命のぬくもりを感じつつ、聖良を引き寄せキスをする。
甘い優しい時間が流れる。
陽だまりの中まどろむ様な幸福な時間に包まれる。
ざわついていた心が静かに凪いでいくのを感じると、先ほどまでのデジャヴュのような違和感はなくなっていった。
まるで夢から覚めるように…。
さっきの声…あれは17才の頃の俺だったんだろうか?
あの日見た夢はもしかしたら今日この朝の出来事だったのかもしれない。
あの夢で、俺は未来を垣間見ていたんだ。
あの初夢が正夢だったって知ったらあの頃の龍也はどう思うかな。
俺はおまえの求めていたものを手に入れたよ。
今日のような幸せな朝を必ず聖良と共に迎えて見せるとあの頃心に誓ったよな。
愛する家族と温かい家庭。
聖良とふたり歩む事で俺は永遠に
陽のあたる場所を手に入れたよ。
あの時この未来の風景を17才の俺はただの夢だと思っていた。
だけど、俺の未来はこんなに幸せなんだ
17才の龍也に、俺の思いは伝わるだろうか。
龍也…。
これから先、大きな人生の転機がくる。苦しい選択を迫られる日が来るだろう。
だけど、おまえは聖良を信じて二人で必ず試練を乗り越えるんだ。
そうすれば…
10年後、この幸せを当たり前の毎日にできるのだから…。
「パパ。おきたの?どーぶつえんつれてってくれるんでしょ?」
左腕に美桜を抱いたまま、目をキラキラさせて駆け寄ってくる聖也を右手で抱き上げる。
「そうだな、動物園も良いけど、パパとママの思い出の水族館なんてどうかな?遊園地もあるぞ。」
「うんっ。ぜぇんぶいきたい。」
無邪気に笑う聖也。無垢な瞳で俺を見つめる美桜。幸せそうに微笑む聖良。
かつて想像も出来なかった幸福な時間がここにはある。
なあ、17才の龍也。
俺の歩いてきた暗く長いトンネルを抜けた先には眩しく光る世界があったよ。
苦しい思いもしたけれど、俺は今とても幸せだ。
おまえは心の瞳に映るものを信じて真っ直ぐに歩けばいいんだよ。
きっとおまえの未来はここに繋がっているから。
この腕に抱く二つのぬくもりと、聖良という光に包まれた
愛の溢れる陽の当たる場所に…。
+++ Fin +++
2006/02/01
『Love Step6』Un?HappyNewYear第6話【1月1日7:00】の夢のシーンに見た未来の2人です。あの夢はこの未来に龍也が少しタイムスリップしたような形になっています。
春に連載の本編で発表予定だったのですが、この部分だけでもほのぼのしていい感じになったので番外編で一足お先に発表する事にしました。
幸せな2人の未来を垣間見て頂く事が出来たでしょうか?お楽しみいただけましたら嬉しいです。
2006/1/3たけと様より頂いたリクエスト『LOVESTEPの未来のお話(新婚編とか)をお願いします!』にお応えしました。リクエストくださったたけと様どうもありがとうございました。
朝美音柊花
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