『大人の為のお題』より【欲情】

** アッシュの独り言 **





オレはアッシュ。年の頃はまあ人間でいうところの1歳だ。

真っ黒の艶やかな毛並みにしなやかな身体。ブルーの瞳はちょっとした宝石よりも綺麗なのでは無いかと思う。血統書つきではないもののたぶん親はかなりのいい血筋だと自分では思っている。

まあ、親がどんなヤツだったかなんてわかりゃしない。

オレはあの日、佐々木龍也って無愛想なヤツに拾われてしまったんだから。


思い起こせばヤツに拾われた事がオレの人生の最大の悲劇だったんだ。

まだ乳飲み子だったオレをダンボールに入れて100円ショップででも売っているような壊れそうなビニール傘を立てかけただけで、雨の中に置き去りにして行きやがった血も涙も無いような人間に比べたらずっとましなんだろうケド…


でもなぁ…


何が哀しくて龍也はこんなに無愛想なんだろう。

ミルクも飲めずに衰弱していくオレを獣医へ連れて行き、4時間おきにミルクを飲ませて育ててくれた事には感謝している。
こういう所は、なかなかマメでいいやつなんだ。

ただ、鉄仮面みたいな表情の変わらない顔で「おら、口開けろよ。ミルクだぞ。」…なんて表情の無い顔と声で冷たく言われてミルクの吸い口を突っ込まれても、愛情を貰っているというよりも、水攻めならぬミルク攻めにでもあっているような気分だぜ?

幼いオレは健気にもそんな無愛想な龍也を親と思い一応懐いて遊んで欲しがったりしたわけだ。

すると意外にも、つまらなさそうではあるがかまってくれたりするんだ。

あいつは本当は寂しいくせに、それを認めたくなくて自分を殻の中に閉じ込めている。

龍也の胸の中に抱えている闇をオレは動物の本能で嗅ぎ取っていたから、あいつと暮らし始めて一ヶ月もするとそれはすぐにわかった。。

龍也はきっと本質的には優しい奴なんだ。

だけど、それを表現する事が上手く出来ない。

そう思ったらなんだか龍也が可愛く思えてきた。


こいつは思ったよりいい奴かもしれないと思ったオレは、独り暮らしをしている龍也を見捨てて置けず同居してやる事を決意したんだ。

猫って言うのは薄情だって言われたりするけどそんなことは無い。

死にそうになったオレを拾って、ミルクを与え育ててくれたんだ。恩返しくらいはしなくちゃいけねぇだろ?オレは義理堅いんだよ。

龍也は自分がオレの主人だと思っているらしいが、オレは飼われているつもりなんてさらさら無い。むしろオレはあいつの行く末を心配する保護者みたいな気分でいたりする。



だってさ、考えても見ろよ。


あんな不器用な奴、心配で放って置けないぜ?


龍也は人前では自分を崩さない。

いつだってポーカーフェイスで自分の領域に人を踏み込めないようにしているんだ。

頭もいいしスポーツも出来て顔もなかなか今風のイケメンだ。(俺だってこのくらいの言葉は知ってるんだ)

だけど人間性に欠ける部分がある。

心の奥底で憎しみとか怒りとかが渦巻いていて、何かを無条件で信じる事を恐れている。

このオレにでさえだ。

いつかオレが突然いなくなるんじゃないかと龍也が不安を抱いているのをオレはちゃんと知っている。
仮にも自分がオレの主人だと思っているなら何を恐れる事があるっていうんだ?

まあ、奴が主人だ何て言うと少々むかついたりもするんだけど、そこはオレが100歩譲って大人になってやる。

おまえが人間らしい奴になって、もう少しオレに感謝する日までは傍にいてやるよ。心配すんなって。



そう思っていたんだ…。




だけど龍也は変わった。彼女に出逢ったことによって…。




聖良さんはとても可愛らしい女性だ。

優しくてよく気がついて、料理も上手くて、オレとたくさん遊んでくれる、龍也には勿体無いくらいの素敵な女性だ。

おまえ、結構いい趣味しているじゃないか。女を見る眼があるよ。

ほら、飼い主はペットに似るって言うじゃないか。…え?逆だって?
それは人間が自分に都合のいいように適当に言ってることなんだ。気にするな。

話がそれたが…何を言いたいかって言うと、龍也はいい女を選んだって事だ。
なんせ彼女は、あの偏屈でニコリともしない鉄仮面龍也を最近は優しい笑顔のできるヤツに変貌させてしまったんだからな。
あ、でもそれって聖良さんの前限定で、オレと二人でいるときは相変わらずだけど…。

それでも以前よりはずっと優しい目をするようになったのをオレは知っている。

だから彼女は龍也にとってなくてはならない女性だと思うんだ。


だけど、一つ心配な事がある。

龍也の事じゃない、聖良さんのことだ。

あ、彼女に問題があるって事じゃなくて、彼女が可哀想だって事だぞ。
だって、あいつは聖良さんにベタ惚れで、とにかく誰の目にも触れさせたくないって言うくらい大切にしているんだ。
言い変えれば、あいつの嫉妬深さは異常だってことだ。

だってさ、この俺にさえ嫉妬して、部屋から締め出すんだぜ?
まぁ、あんなにカワイイ彼女じゃ色々心配で嫉妬したくなる気持ちもわからないでは無いんだ。

でもさ、いくら日中は春らしくなってきたからって、夜はまだまだ冷えるんだ。それなのにあの馬鹿龍也はオレが聖良さんと遊んでいた事に嫉妬してオレを締め出した上に自分はイチャイチャと…その…なんだ。
あれいはいわゆるサカリって奴なんだろうな。

大体人間っていうのは節操が無いと思う。

オレたち猫だって恋の季節って言うのはあるが、人間みたいに一年中サカってる動物は見た事が無いぞ?
龍也はオレの知っている人間としては強靭な理性の持ち主でその辺はかなり出来ているヤツだと思っていたんだ。
ここだけは(だけかっ?)さすがオレの同居人だと(飼い主なんて言うな)思ってたんだ。

それなのにオレが年末からちょっとダチのところへ遊びに行って家を空けた隙に、あいつは聖良さんを家に連れ込んで…その、なんだ…イイ仲になっちまったらしい。

一週間ぶりに帰ったオレを、龍也は怒るでも心配するでもなく、一緒に暮らしてから初めてみる怖いほどに綺麗な満面の笑顔で迎えてくれた。

その上、不気味なほど明るくやたらご機嫌でオレを構ってくるのを背筋が寒くなるような不思議な感覚で眺めていたのを思い出す。

あんときゃ龍也が狂ったか、もしかしてそっくりな別人なんじゃないかと本気で思った位だった。

それから聖良さんは週末は必ず泊まりに来るようになり、平日も可能な限り食事を作りに来るようになった。
おかげでオレも龍也のバイトが遅くなっても腹が減った時に新鮮な餌にありつけるようになった。この辺も聖良さんが来るようになってオレが助かっている所でもある。

ただひとつ納得いかないことがある。

聖良さんはいい。問題は龍也だ。

あいつは聖良さんが来る時は必ずと言っていいほど聖良さんを寝室に拉致するんだ。
その間オレはその隣りの物置みたいになっている4畳半の部屋にほうり込まれる。

まったくムカつくったら無いぜ?

隣りの部屋から聖良さんの切なげな声なんて聞こえてみろ?オレだって聖良さんが大好きなんだぞぉ?龍也ぁおまえ、独り占めすんなよっ!!


「あ…んっ…ぃやぁ…だめっ先輩ったらぁ…。」

あ゛〜〜〜!始まったよ。龍也のヤツまた聖良さんをっ。くわ〜〜!ムカツク!!

イヤ、別に聖良さんとどうこうなろうなんて思っている訳じゃないぞ?オレだってノーマルな猫だ。
人間の女に欲情するわけじゃないし…。

だけどさぁ…週末のたびに朝までこの調子で甘ったるいあの声を聞かされてみろ?流石のオレだって参るぜ?

おまえの強靭な理性ってヤツは一体何処へ行っちまったんだよ?完全に玉砕して欠片も残らなかったんじゃないのか?


龍也のヤツ…こんなに変わるとは思わなかったよなぁ。

聖良さんには人の心を優しくする事の出来る何かがある。

動物って言うのはそう言う所を敏感に感じる事が出来るんだ。

龍也が変わりつつあるのは良い事だと思うし、あの性格はオレが一番心配していた事だから、この先も聖良さんが龍也を支えて変えてくれる事には大いに期待したいと思っている。

この色っぽい週末行事が無ければオレだって聖良さんの来てくれるのはすげ〜楽しみなんだけどなぁ。

お〜いオレの立場にもなってくれよ。

僅かな抵抗を試みてカリカリと隣りの部屋との壁を引っかいてニャアニャアと鳴いてみると、ちょっとは静かになったようだ。
オレは夜行性だからおまえ達の声を無視して寝ようと思っても無理なんだよ。目も耳も夜になると余計に敏感になっちまうからなぁ。

ん?龍也が何かボソボソ言っているみたいだな。なんだ…?



バンッ!ドタドタドタッ…バタン☆



いきなり隣りの部屋のドアが空いたと思ったら俺の閉じ込められていた小部屋のドアが勢いよく開いた。
ようやくこいつも俺の気持ちを分かって、イチャつくのを止めてくれたのか。
あぁ、よかった。これでやっとあの声から解放…。

「アッシュおまえ外に出ろ。」

…………ハイ?

「ガリガリと壁で爪砥いでんじゃねぇよ。壁がボロボロになるだろうが。だいだいおめ〜うるせぇんだよ。イイトコ邪魔しやがって。」

……龍也…今夜は真冬並みに気温が下がるってさっきニュースでやってたの忘れてないか?

「…っんだよ?その寒そ〜な顔は。いつだって外をほっつき歩いてるくせに聖良がいる時はここぞと帰ってきやがって。聖良にちょっかい出すなっつーの。」

……嫉妬かよ?馬鹿かこいつは。猫(オレ)に嫉妬してどうするんだよ?

「って事でおまえ2〜3日帰ってこなくてもいいし。」

マジかよ?日中ならまだしも夜に外に出されるのは辛いぜ?今夜はすげ〜寒いんだぞ?

「ああ、そうだ。おまえに聖良からプレゼントがあるんだった。」

……聖良さんからプレゼント?う〜わ〜♪やっぱり聖良さんって優しいなぁ。

そう思って浮かれている俺をいきなり抱き上げるとなにやら布キレのようなものを俺に巻きつけ始めた。
なんだなんだこれは???

「聖良が古くなったトレーナーでおまえに服を作ってくれたんだよ。ほら犬が服着て散歩してんだろ?あんなヤツをおまえにってさ。聖良って優しいだろ〜♪」

龍也…目がハートになってるぞ?

「おまえがいっつも夜になると出かけるから寒いだろうって作ってくれたんだぞ。ありがたく思えよ。ったく、アッシュなんかの為にここまでする事無いのにな。」

…ちょっと待て?俺にこれを着て出かけろと?

「聖良ってすげ〜よな。カワイイし、料理は上手いし、性格もすげぇ良いし、スタイルも抜群でさ…。」

ノロケは良いから…この服脱がせてくれよ。誰が嬉しくてこんなピンクのトレーナー生地で出来た猫ちゃんアップリケのついた服をオレが着て出て行かなきゃいけねぇんだよ。いい笑いもんになるじゃねぇか!

「おまけに器用だよな。こんなに小さな洋服を簡単にパパッと作っちまうなんてさ。もう惚れ直しちまったぜ。」

…いやいや惚れ直さなくて良いからピンクの服は止めてくれ。…ってか、服を着せる事自体を止めてくれよ。

「ほんっと、聖良って最高だよな〜♪おまえに分かるか?聖良の凄さがさ。…って、何脱ごうとしてるんだよ?」

布キレに噛み付いたり引っかいたりと何とか脱ごうと悪戦苦闘しているオレを冷たい声と共に龍也は摘み上げた。
う〜わ〜やめてくれ〜〜!!このまま外には絶対に出さないでくれよ。
笑いもんになっちまうじゃねぇかよ!

「じゃあなアッシュ。楽しんで来いよ。それ着てたら寒くないし、おまけに俺んちの猫だってすぐにわかるから絶対に迷子にもならないからな。安心して何日でも留守にして良いぞ。」

……ベランダに出されたって事は…死刑宣告か?

ニッコリ♪と鮮やかに美しい笑顔で笑う龍也を複雑な顔で見詰める。
おまえさぁ…その笑顔、オレにミルク与えている時にも見せて欲しかったぜ?

ほんっと変わったよなぁ。

「アッシュ、おまえも早く彼女作れよな。聖良みたいに性格も顔も身体もいい女なんてなかなかいないけどな。頑張って聖良みたいな猫を探せよ。」

顔も身体も…って、おまえ今さりげなく凄い事サラッと言わなかったか?

「あ、そうだ。アッシュもう一つ言い忘れた。」

……っ、んだよ?オレはこの服を引きちぎるのに忙しいんだよ。

「その服には聖良の愛情が込められてるからな。絶対に脱いだりするなよ?それを脱いで帰ってきたら聖良泣くだろうなぁ。おまえ、聖良が泣いてもいいのか?」

……いや…聖良さんを泣かせるつもりは無いけど…でもこの服はあんまりだろう?

「おまえが聖良を泣かすのは許さねぇからな。…って今から俺が啼かすけどさ。」

……おい?

「いい声で啼くんだよなぁ。ふふっ…楽しみだなっ♪」


ピシャッ☆

って、待てよオイ…?ベランダにオレだけ残して行くなよっ!


おめ〜何気に酷くないか?龍也ぁ?


この服着たまま2〜3日帰ってくんなって?おまけにおまえは今からなんだっつった?


マジ許せねぇかも。


あ〜ムカツク。ぜって〜復讐してやる。

そうだ、今度あいつの目の前で聖良さんにキスして見せてやる。ついでに膝枕とか胸なんかも触ってみたりして…。

ふふん、龍也の怒り狂う顔が目に浮ぶぜ。

みてろよ龍也。絶対に目にモノ見せてやるからな。



窓ガラスに映るピンク色の自分の姿にぞっとして溜息をつく。

本当なら夜の闇に溶け込むような漆黒の艶やかな毛並みで格好よく月を背にヒラリとベランダから飛び降りたい所なんだが…余りにもこのピンク猫は情けなさ過ぎる…。


オレの美貌があぁぁぁぁぁ…。


窓越しに微かに聞こえてくる聖良さんの甘い声。

が〜〜!余計にむかつく。覚えてろよ龍也。

猫の恨みを買った事絶対に後悔させてやるからな。


くっそ〜!!

龍也が本質的には優しい奴だなんて思っていた俺が馬鹿だった。

龍也が可愛く思えたなんて言葉は撤回だ。

あんな不器用なヤツ放って置けないなんて思った俺はなんてお人(猫)よしなんだろう。


思い起こせばヤツに拾われた事がオレの人生の最大の悲劇だったんだ。


こんなピンク猫にされて寒空に放り出されるくらいなら…


いっそあの日衰弱死していたほうがましだったかもしれない。






+++ Fin +++

2006/04/04

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しょこら様より拍手にリクエスト頂きました『聖良ちゃんの特技とか見せてほしいです。聖良ちゃんの出来るところをみて龍也先輩がますます惚れ直すとか…』にお応えしました…つもりです(滝汗)
すっかりアッシュの愚痴になってしまいました。苦労していますねアッシュ(^_^;
アッシュの復讐は『キスの代償嫉妬の矛先3』をお読みになった方はお分かりですね(笑)
アッシュの復讐の結果をご存じない方はNovelの『Love Step』へ行って読んできてね♪
朝美音柊花

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