Kiss Me…『大人の為のお題』より【抑え切れない思い】


彼と一緒に駅まで並んで歩くいつもと同じ帰り道。
いつもと何も変わらない当たり前の風景。

相変わらず彼は何も言わずあたしの歩調に合わせてのんびりと歩いている。

ねぇ?気付いてよ。

ねぇ?わからないの?

あなたのために綺麗になりたくて、友達に教えてもらった薄化粧。
髪だってほら、ほんの少し茶色に染めてパーマだってかけてみたのよ。
なのにあなたは何も言ってはくれないの。

あたしには…興味が無いの?
あたしの事…好きで一緒にいるんじゃないの?
ねぇ…こんなにあなたを好きになっていくあたしの気持ちをどうしたらいいの?
どこか遠くを見つめて歩くあなたにあたしを見て欲しくて
キスの一つもした事の無いあなたの本当の気持ちを知りたくて
あなたの気持ちを確かめる最後の賭けをする。

「ねえ、キスして?」

戸惑う視線を追って静かにあなたの言葉を待つ。

ねえ。あなたの気持ちを聞かせて

あたしたちはやっぱりただの友達なの?



『大人の為のお題』より【抑え切れない思い】

** Kiss Me・・・ **





高端英輝(たかはたひでき)彼は同じ大学の医学部の先輩だ。
身長176cmスラリと細身で長い手足をした彼は大学でも人目をひく存在だ。
陽に透けると沈む夕日を思わせる紅い茶色の癖毛に、その瞳は色素の薄い茶色で、光が入るとまるで琥珀石のように見える。彼の瞳に真っ直ぐに見つめられて心を奪われない女の子はいないかもしれない。

あたし、山村由美子(やまむらゆみこ)は大きな二重の目に明るいのクルミ色の瞳。英輝とは対照的な夜の闇を思わせる漆黒の髪をしている。癖の無い艶やかで真っ直ぐな背中までのストレートの髪。ずっと前に英輝が綺麗だと言ってくれたこの髪をあたしはとても大事にしている。

周囲から見るとあたしと英輝は恋人同士にみえるらしい。

らしいって言うのはね、彼があたしの事どう思っているか良くわからないから。

あたしよりひとつ年上の英輝とは1年生の頃知り合った。

友達の彼の親友として…。

あたしの親友、飯塚ひかり(いいづかひかり)が英輝の友達の村元幸人(むらもとゆきと)さんと付き合い始める前、なかなか告白できないふたりがじれったくて英輝とふたりでチャンスを作ってやろうと、良くダブルデートをした。

あたしたちの苦労が実ってひかりと幸人さんは付き合いだして、そろそろ3年になる。

そう、つまりあたしと英輝の友達関係も3年間何となく続いている。

医学部の彼と薬学部のあたしでは棟だって違うし普段学校で会う事は滅多に無い。サークルにも入っていないあたしたちは特に決まった日に会ったりするわけではなくて、何となくメールで連絡を取り合ってご飯を食べに行ったりするって言うくらいの仲。

これって付き合っているって言うのかな?

でも、誕生日やクリスマスなんかのイベントにはプレゼントを交換したり遊びに行ったりしているし…。

だからと言ってキスの一つもした事すらないんだよね。

英輝はあたしの事、どう思っているんだろう。

もしかしたら男友達くらいのレベルでしか見ていなかったりして……。

自分が思った事なのに誰かに殴られたような衝撃を受ける。


……あたし…バカだ。


あたしだって一度も好きって英輝に言った事無いじゃない。


……言えたら楽になれるかも知れないのに…ね。










その日、学食で珍しく英輝に会った。

あたしはいつもお弁当で学食にはあまり行かない。棟が離れていて距離があるので移動に時間がかかるし面倒だから。
でも、今日はたまたまひかりに付き合って食堂の名物一日限定50食のスペシャルランチを食べてみようと少し早めの時間に学食へ入った。

数人の友人達と楽しそうに話している彼がすぐに目に飛び込んできた。

彼も一瞬あたしを見たはずなのに、すぐに視線を逸らして隣りにいる女の人と話し始めた。


胸が抉られるように痛くなる


やっぱりあたしは友達なんだろうか


付き合っていると思いたいのはあたしだけなのかな…。



スペシャルランチの味なんて…何もわからなかった。






あの時食堂で英輝が楽しそうに話していた隣りに座っていた女性がとてもきれいだった事がずっとあたしの心を傷つけていた。

だからあたしは決心したの。

化粧っ気もない顔、真っ黒なストレートの髪…

肌はきめが細かいし色白で髪だってつやつやで自慢の黒髪。

どちらもあたしの自慢だったりしたんだけど…。



でも、変わろうと思う。



あなたはあたしを見ていない。



食堂の彼女は真っ直ぐに目を見て話していたのに、あたしからはいつも視線をはずしてしまう英輝。



あたしが嫌いなら何故誘ったら断らずに会ってくれるの?



何故時々あなたから誘ってくれるの?



わからないよ。



やっぱり男友達と同じ感覚なのかな。




ひかりに化粧を教えてもらって髪も色を変えパーマをかける。

背中まであった長い黒髪を肩まで切って緩くウェーブをかけた。髪はずっと軽くなって心まで楽にしてくれる気がした。

これから自分の気持ちにケリをつけようと決めたせいもあるんだろうか。

きめの細かい肌に色を乗せるとひかりが溜息を漏らすほどにあたしは変わったらしい。

「由美子…あなたって凄く化粧ばえするのに何で普段から化粧しないのよ。勿体無いわ。出し惜しみしないでもっと綺麗になりなさいよ。由美子だったら本気を出せばミスキャンパスにだってなれるわよ」

それは言いすぎよ。いくらお世辞だってそこまでは…


そう思いながら鏡をのぞいて目を見開いた。






そこにいたのはさっきまでのあたしじゃなかった




白い肌にほんのり桜色の頬。いつもよりすこしふっくらと描かれたった唇を僅かにぽかんと開け、長い睫毛に縁取られた大きなクルミ色の瞳を更に大きく見開いているあたしがいた。


「これ…あたし?」

「そうよ。元々素材が良いんだからすこし眉をそろえて軽く化粧をしただけでここまで綺麗になれるのよ。由美子は自分を知らないんだから。どれだけの男の子が由美子の事狙っていると思うの?」

「え…あたしを?」

「そうよ。英輝さんだって気が気じゃないでしょうね」



英輝の名前を聞いて胸が押し潰されそうな気持ちが襲ってくる。

「ひかり…あたし達って付き合っているように見える?」

「当たり前じゃない。誰が見ても付き合っているわよ」

「でもあたしたちお互いに好きって言ったこともないし、キスもした事も無い。3年も一緒にいるのにただの友達と何も変わらない。英輝にとってあたしは男友達と何も変わらない存在なんじゃないかと思うの」

「由美子…。それは…」

「いいの、もう決めた。あたしが今日こうして綺麗に変わった姿を英輝が見て何か言ってくれたら告白する。もしも何も言ってくれなかったら…もう、英輝とは友達でいる事もやめる。いつまでもこんな気持ち引きずっていくのはイヤ。3年間もずっと悩んできたのよ。あたしだって普通の恋がしたい。心細い時は傍にいて抱きしめて欲しいし、好きだって言葉も欲しい」

「英輝さんはいつだって由美子を見ていると思うんだけどな」

「ウソよ。そんなこと無い。この間の学食で会った時の事覚えている?見事に無視して隣りの女の人と話していたでしょう?あたしにはあんな風に目を見て話してさえくれないわよ。最後に目を合わせて話したのがいつだったかさえもう覚えていないわよ」

「英輝さんがもしも由美子を好きなのに何も言えない不器用な人だったら?」

「……それでも、このままはイヤ。この気持ちをハッキリさせて自分の中でケリをつけたいの」





ひかりはもう何も言わなかった
心配そうに見守る彼女の横ですこし震える指でメールを打つ。

『今日一緒に帰れる?』

色気の無いメールを打つとすぐに返信が来る。

『OK!3時に。』

こちらも色気の無いメール。お互い様って事なんだろうか。


深呼吸するように大きく息を吸い込み溜息と共に吐き出す。
そんなあたしをひかりは黙って抱きしめてくれた。ひかりの体温が心の中まで浸透して温かくなっていく。



ありがとうひかり。がんばるよあたし。

どんな結果になっても後悔しない。

だけどお願いがあるの

もしも傷ついて帰ってきたときはもう一度こうしてあたしを抱きしめてくれる?

苦しくて潰れてしまいそうな心を支えてくれる?

英輝を失ったらあたしの心にはきっととても大きな穴があいて立っていることもできなくなってしまうかもしれない。



それでも…



英輝があたし以外の誰かと楽しげに話すのを見て嫉妬するのはもう嫌なの。






待ち合わせの時間。

いつもの場所であたしを待つ英輝に小走りで近寄る。

心臓が早鐘を打っている。


ねぇ…。気付いてくれるよね?


あたし綺麗になったでしょう?


これならただの友達ではなく一人の女性としてあたしを見てくれる?


あの、学食で一緒だった女の人みたいに…。




「ごめん。待たせた?」

緊張を悟られないように出来るだけいつものように笑ってみせるけれど、引きつっていないかしら。

あたしを見て驚きに目を見開く英輝。

ねえ、あたし変わった?あなたに女性として意識してもらえる?

「……由美子?どうしたんだその髪…。」

「えへっ。ちょっとイメチェンしてみようかと思って…。どうかな?」

英輝の声が少し震えているような気がしたのはきっとあたしが余りにも変わって驚いているからなのかな?

ねぇ。何か言って?

いつもの調子でからかい口調でもいいから…。

でも、英輝は『ふうん』と一言言っただけで、それ以上あたしの容姿についてコメントを避けるように無視して別の話を始めた。

いつもと何も変わらない当たり前の風景の中を彼と一緒に駅まで並んで歩く。

相変わらずあたしの目を見て話さない英輝。
あたしが少しくらい女らしく着飾ったって、少しくらい綺麗になったって英輝にはどうってことないんだ。

あなたのために綺麗になりたくて、ひかりに教えてもらった薄化粧。

あなたは何も感じてくれないのね。

やっぱりあたしには…興味が無いの?

ねぇ…こんなにあなたを好きになっていくあたしの気持ちをどうしたらいいの?

端から見るとまるで恋人同士のように見えるあたし達。

でも実際にはたった一言『好き』と言った事もキスの一つもした事がない。

英輝の本当の気持ちを知りたい

だから…あなたの気持ちを確かめる最後の賭けをする。



「ねぇ、英輝。」

歩みを止めたあたしを不思議そうに振り返る英輝の瞳を真っ直ぐにとらえる。

そんなあたしから僅かに視線を逸らし、真っ直ぐには決して見ようとしない英輝。

それでも万感の想いを込めて潤んだ瞳で彼を見つめた。


「…キスして?」


戸惑うあなたの視線を追って静かにあなたの言葉を待つ。

ねえ。あなたの気持ちを聞かせて





「こんな所で何冗談言い出すんだよ。僕をからかってる?」

サラリと笑いながら言い放たれる心が砕けるような英輝の言葉。

あたしの真剣な想いも英輝には冗談にしか映らないなんて…。

あたしの中で何かが壊れた。

やっぱりあたしは英輝にとって男友達と何も変わらないのね。


「……もう…会わない。」

血を吐くような苦しみを言葉にするというのはこう言うことなんだろう。
声に出しているつもりなのに、喉が詰まって上手く音にならなくて、やっと出てきたのは搾り出すような低い擦れた声だった。

「え?何か言った?」

優しく微笑んであたしを振り返る英輝。
そのとき、一瞬英輝と瞳が絡んだ。

英輝と視線を交えたのはどのくらいぶりだっただろう。
眉を潜めてあたしから視線をそらす英輝。それでも一瞬視線を絡めるようにあたしを見つめてくれた事がうれしかった。
ずっとこうしてあたしを見て欲しかったのに…。
ようやく決心した瞬間にあたしを見るなんて英輝はずるいよ。

胸の奥が熱くなり涙が込み上げてくるのを必死に堪えて、今度は擦れた声ではなくハッキリと言った。


「あたし…もう、英輝とは会わない。」

決して涙を見せるもんかと心を叱咤して英輝を見つめる。

お願い。英輝、最後にあたしを真っ直ぐに見てよ。

最後に伝えたいの…。

あなたを好きだったって…。



「……何言ってんだよ?」

英輝が一瞬驚いた顔をして、それから見たこともないような不機嫌な顔になった。

そんな反応を予想していなかったあたしが驚いて言葉も無く英輝を見つめていると、彼は更に予想もしなかった事を言い出した。

「…男でも出来たのか?だから僕がいると都合が悪いって言う事なのか?」

どう言う事?男が出来たって…あたしに?

英輝の口からそんな言葉が出るなんて思っても見なかった。

「そんなわけないじゃない。どうしてそんな事?」

「君の髪、自慢だっただろ?その髪を切って色を変えるなんて好きな男のためじゃないかと思って。」

「…そうよ…好きな人のためよ」

「…そっか、じゃあ僕はお役御免って事なんだな。」

英輝の言っている言葉の意味がわからない。

「なによ。お役御免って」

「君の虫除けの事だよ。」

「…虫除け?」

「君と知り合ってすぐの頃ひかりちゃんに頼まれたんだよ。由美子は人気があるのに全然自覚が無くて危なっかしいから虫除けに恋人のフリをして傍にいてやってくれって。」

悪戯が見つかった子どものようにバツが悪そうにあたしを見ないようにして早口で言う英輝の言葉にあたしは冷水を浴びせられた気分になった。
英輝があたしと今まで一緒にいたのは好きだったからじゃなくて、そんな理由だったの?

「あはっ…そうなんだ。英輝ってそう言う気持ちであたしと今まで会っていたんだ。そうだよね、端から見たら誰もが付き合っていると思っているのに、あたし達お互いに『好き』って言葉さえ交わさなかった。英輝が何も言わなかったのは、あたしを友達として見ているからだと思っていた。」

苦しくて耐えていたものが頬を伝っていくのがわかった。でも…抑え切れない思いが堰を切って溢れ出しもう感情を堪える事なんて出来なかった。

「でも、違ったんだね。友達としてすら見ていなかったんだ。あたしのことなんてなんとも思っていない癖に恋人のフリっをし続けるなんて…英輝も罪作りだよね。」

「おい、何を言ってるんだよ由美子。なんで泣いているんだよ。」

「…あたしを見てよ。真っ直ぐに心を見せてよ。そうやって目を逸らしてばかりいるから英輝の気持ちがずっとわからなくて…もしかしたら英輝もあたしを好きなんじゃないかって期待したりして…」

「由美子?」

「ずっと好きだったのはあたしだけで、英輝はあたしのこと好きでもなんでもなくて、恋人のフリだけしていたなんてっ…バカみたい。」

「好きって…由美子が僕を?本気か?」

驚いたように目を見開き、真っ直ぐにあたしを見つめる英輝。


やっとあたしを見てくれたの?

ずっとずっと見つめて欲しかった。あなたのその優しい瞳にあたしだけを映して見つめて欲しかったのよ。

でも、もう遅すぎる。今更その瞳を見てもあなたの気持ちがあたしに無いってわかってしまった今となっては。


「英輝なんて大嫌い。もうあたしの前に二度と現れないで!」


心が血を噴き出しているように痛んで立っているのがやっとだった。これ以上英輝といたらあたしの心は壊れてしまう。


「さよなら」


それだけ言うと英輝の横をすり抜け駅へと駆け出した。

英輝があたしを呼ぶ声が聞こえたけど振り返る気は無かった。ううん振り返るなんて怖くて出来なかった。


――― 英輝は最初からあたしなんて見ていなかったんだ…。


あたし…惨めだ。虫除けか何か知らないけどずっとそれだけのために3年もあたしに付き合ってるなんて英輝も人が悪すぎる。最初から恋愛対象どころか友達ですらなかったなんて…。



泣き顔で人ごみに行きたくなくて駅の手前の小さな公園に入ると水呑場でハンカチを濡らした。
ベンチに座って固く絞ったハンカチを閉じた目に乗せて腫れぼったくなった目を冷やす。

だけど冷やしているのに、次から次へと涙が溢れてきてその効果も期待できそうに無い。




「…ひどいよ…英輝。ずっと好きだったのに…。」




「そう言う言葉はもっと早く聞きたかったんだけどな。」




突然の聞きなれた声にビクッとしてハンカチを落としてしまう。恐る恐る顔を上げると目の前には息を切らした英輝が機嫌の悪い顔で立っていた。



―― 真っ直ぐにあたしを見つめて。



反射的に立ち上がり英輝に背を向けると顔を見られないように走り出す。


だけど、男の人の脚力に敵う筈なんて無くて、英輝は回り込むようにあたしの行く手を阻んで立ち塞がった。

「由美子。まてよ!」

勢いのついていたあたしは急に止まる事も出来なくて、そのまま両手を広げた英輝の腕の中に突っ込む形で抱き止められてしまった。

慌てて腕から逃れようとするあたしを英輝は逃がさないというように、力を込めて抱きしめてくる。


「逃げるなよ。このバカ…僕がどんな想いで3年間手を出さずに君をただ見つめてきたと思っているんだよ。」


英輝の強い力に息苦しさを覚えていたあたしは、彼の擦れた声が耳元でそう言うのを、夢の中のように聞いていた。


「恋人のフリをしてくれって言われた時、そのうち由美子が僕を好きになってくれるかもしれないと思っていた。だけど、君はそんな素振り全く見せなくて…ずっと僕の片想いだと思っていたんだ。いつか好きな奴が出来たら由美子は僕から離れていってしまう。それは最初からわかっていたのに君を手放すのが辛くて…。でも『好きだ』なんて今更言える筈も無くて…。」

英輝の口から漏れ出た『好き』と言う言葉にぼんやりとしていた意識が覚醒した。

好き…?誰が誰を?

「どんどん綺麗になっていく由美子が眩しくて、真っ直ぐに見つめる事すら出来なくなっていた。君を真っ直ぐに見つめたら、抑え切れない思いが溢れ出て二度と離せなくなるってわかっていたから。」

「…ひ…でき?」

「もう、絶対に離してやらないからな。由美子も僕を好きだってわかった以上、もう遠慮なんてしないから。」


腕の力が少し緩んでようやく英輝の顔を見ることができた。真っ直ぐに強い光を宿した瞳であたしを見つめてくる。


「随分遠回りしたね。3年前に恋人のフリをしてくれって言われた時に僕たちは本物の恋人になるべきだったんだ。」

あたしを見つめる英輝の視線が熱くて胸が痛くなる。
あなたをもっと見つめていたいのに、涙が溢れ出て止まらなくて…あなたの顔が滲んで見えなくなってしまう。

「英輝の…顔…見たいのに…涙で見えないよ。」

涙を堪えて微笑もうとするけれど、溢れ出てくる涙はそれまでずっと封印してきた想いを解き放つように流れて止まらなかった。


「好きだよ…由美子。」


あなたの声が胸に染み込んでくる。血を噴き出していた心に空いた大きな穴が英輝の声に癒され、代わりに愛しい気持ちで埋められていくのを感じる。

「もう我慢しない。キスしたいときにキスするし、抱きしめたい時に抱きしめる。もう誰にも渡さないから。」

「英輝…。大好き。」

温かい唇が頬の涙を吸い取り、そのまま優しく頬に、額にとキスを落とされた。

「いつ何処でキスしても、絶対に嫌だなんて言わせないからな」

親指でじらすようにあたしの唇をなぞりながらそう言うと、熱っぽい目であたしを覗き込む。
英輝はもう目を逸らしたりはしなかった。想いを伝えるように真っ直ぐにあたしを見つめてくる。

あたしはその言葉に応えるように静かに瞳を閉じた。


優しく重なる唇は、柔らかくて

啄むように触れる想いが愛しくて

抱きしめる腕がどんどん強くなっていくのと比例するように、求めあう唇が深く熱く絡められてゆく。


与えるように

奪うように

求めるように何度も何度もキスを交わす。


封印してきた想いを捧げる様に、すれ違ってきた気持ちを伝え合う様に、強く引き寄せ何度も想いを伝えあった。


「由美子…化粧なんてしなくても良いから。髪だって…綺麗だったのに染めたりするなよ」

名残惜しそうに唇を離すとおでこをコツンと寄せて英輝は言った。

「どうして…?英輝に振り向いて欲しくて綺麗になろうと思ったのよ?」

「これ以上綺麗になったら大学中のヤローどもに注目されるだろ?ダダでさえ由美子は人気があるんだからちょっかい出されると困るからな」


「そんなにもてないわよ。今までだって英輝が彼氏だって思われていたから誰も近付いてこなかったじゃない。心配しすぎよ」

「わかってないんだな。今まででさえ、人気があったんだぜ?由美子はこれからもっと綺麗になっていくよ…僕にめいっぱい愛されてね」

めいっぱい愛されて…その言葉に思わず顔が赤くなる。そんなあたしに『りんごみたいだ』と嬉しそうに頬擦りするように抱き寄せる英輝。

「心配するな…なんてそんな事は不可能だね。由美子が授業で男の隣りに座っただけでもきっと嫉妬で狂いそうになるよ」

「嫉妬?英輝が嫉妬なんてするの?」

「するさ。僕は意外と嫉妬深いんだ。覚悟しておいてくれよ。それから…君には虫除けが必要だな」

「虫除け?英輝がそうなんでしょ?」

「いや、今以上に綺麗になっていく由美子を今までのままのやり方で護れるわけ無いだろう?君はただでさえ無防備でほうっておいたら何をしでかすかわからないんだからね」

そう言って意味ありげににやりと笑った顔が妙に色っぽくて、ざわりと肌が粟立った。

英輝は抱きしめた腕を緩めると左手は腰を引き寄せたまま、右手であたしの頬を撫で、その指を唇から顎へと移動させた。
そのまま慈しむように首筋に指を滑らせると愛撫するように優しく撫でながら耳を噛むように唇を寄せて囁いた。

「どの辺りにつけるのが有効かな」

「…?」

不思議そうに見つめているあたしに、見惚れるほどの妖しい微笑でもう一度キスをする英輝。

「虫除けにはキスマークが一番有効的だろう?」

英輝の言葉の意味を知り顔が一気に赤くなる。そんなあたしを嬉しそうに抱きしめて痺れるような声で彼は囁いた。


「由美子…すれ違った時間を取り戻そう。今日はもう帰さないから…」


あなたの気持ちを確かめる最後の賭けだった言葉。


「ねえ、キスして?」


今は同じ言葉であなたの愛を受け止める。

ずっとずっと傍にいてね。

もう二度と離さないでね

強く抱きしめてくれるこの腕が好き。

優しく触れる唇が好き。

真っ直ぐに見つめて微笑んでくれるあなたの綺麗な瞳が大好き。

心の奥から溢れ出てくるこの想いをあなたに伝えたくて…。



何度でも繰り返して言葉にするわ



Please Kiss Me…





+++ Fin +++

2006/01/31


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