『大人の為のお題』より【Angel Smile(天使の微笑)】
St. Valentine's Day Special Story 3
** 雪うさぎ **
内藤勇気。
彼は私の幼馴染だ。
6才の時におじさんの仕事の関係で海外に行った彼が10年ぶりに帰ってきたのは昨年の3月のことだった。
あれからもうすぐ1年。二度と離れないと約束したとおり勇気はずっと私の傍にいる。
だけど…
私は本当に勇気の傍にいてもいいのかな。
最近そんな考えに凄く囚われている私がいる。
勇気はいつも優しくて、私だけを見つめてくれている。
二人で雪うさぎを作ったあの頃から何も変わらない笑顔で私を愛してくれている。
わかっているけれど…
…時々つらくなる事があるの。
ねぇ勇気。
私はあなたに不釣合いなのかな。
彼はモテる。
スラリと高い身長に整った顔立ち。成績は4月にこの学校に転校してきてから常に学年で首位にいる。
スポーツだって万能で、武道なんかもやっているから腕っ節もかなり強い。
おまけに海外生活が長い為、自然にレディーファーストが出来たりする。
本人は自覚が無いけどかなりのフェミニストだと思う。
ここまで条件が揃ったら女の子が放っておく筈が無いよね。
そんな彼を女の子達は内藤をもじってナイト様と呼んでいる。
噂によるとファンクラブまであるらしい。
その勇気の彼女である私は、実は彼を好きな女の子達からかなりの嫌がらせを受けている。
勇気の幼馴染で彼女と言う肩書きは学校では羨望の的らしい。
勇気にしたら自然なことらしいけれど、毎朝学校に行く時にもカバンを持ってくれたり、必ず教室まで送ってくれたり…。
しかもそんな時のエスコートの仕方がとても高校生とは思えないくらいスマートで、女の子達の黄色い声が聞こえてきそうなくらいなの。
毎朝グサグサと突き刺さる視線でいつか怪我をするんじゃないかと本気で思うくらいに視線が痛い。
美形でフェミニストで、おまけに頭脳明晰のナイトさま。
それが私の彼。内藤勇気ってわけ。
今日は再会してから初めてのバレンタイン。
そして私たちが幼い頃は必ず一緒に過ごしてきた日。
でも今年は…どうなるんだろう。
幼い頃はチョコレートをあげるのが当たり前だったし、一緒に過ごすのが自然だったこの日も、この年になると特別な意味があり今までのように自然に振る舞う事が上手く出来ない。
勇気へのバレンタインのチョコレート
一応手作りをしてみたけれど…あげるべきか実は悩んでいる。
勇気…
あなたが好きなのに…私はあなたを真っ直ぐに愛する気持ちをどんどん見失ってしまっている。
苦しいの
あなたがその優しい微笑を私以外の誰かに向けるのを見るのが辛くて…。
あなたの傍にいるのが苦しくてたまらないの。
優しくて頭が良くて人気者の勇気は普段からしょっちゅう告白されている。
私と付き合っている事はみんな知っているはずなのに、それでも想いを告げてくる娘は後をたたなくて…。
きっとみんな私なんか勇気につりあわないと思っているんだと思う。
だから、バレンタインは覚悟していたつもりだった。
案の定、朝から列が出来ているんじゃないかと思うくらいに次々と女の子に声をかけられ捕まる勇気
一緒に歩いている私が邪魔だと言わんばかりの冷たい視線を投げかけてくる女の子達。
視線が…すごく痛いんですけど。今日こそはマジで視線に射殺されそうだわ。
深く沈みこむ私に勇気が心配そうに顔を覗き込んでくる。
「雅?どうした。具合でも悪いのか?」
「…ある意味そうかも。」
「大丈夫か?保健室へ行く?」
「ううん。大丈夫。それより…ほら、また勇気に話がある人が来たみたいよ。お邪魔みたいだから私、あっちに行ってるね?」
勇気が誰かからチョコレートを受け取る姿なんて見たくない。
「待てよ、雅。」
勇気が私を追う気配がしたけれど振り切るように逃げ出した。
階段を駆け上がる時に一瞬見えた頬を染める女の子。
戸惑うような勇気の仕草が胸に痛かった。
嫉妬なんて…勇気が私だけを想っていてくれるのは誰よりも私が一番良く知っているのに。
嫉妬している醜い心をあなたに見られたくなくて
幼いあの日の純粋な気持ちを見失っている私を知られたくなくて
私は…勇気から逃げている。
彼が悪いわけじゃない。
悪いのは自分を信じられない私自身。
勇気を傷つけているのはわかっているけど…
ゴメンね勇気
今は真っ直ぐにあなたを見つめることができないの。
最近、雅の態度がずっとおかしいのは気付いていた。
だけど今朝はそれ以上に様子が変だった。
多分次々に声をかけてくる女の子達のせいだろう。
バレンタインのチョコレートなんて本当に欲しいのは雅からのものだけだ。
どんなに気持ちが込められていても、いや、気持ちが込められているからこそ受け取れないって言うのがどうしてわからないんだろう。
今だってほら、こうして頬を染めてチョコレートを差し出す女の子には申し訳ないけれど、はっきり自分の気持ちを伝えているのに。
「ゴメン。彼女以外から受け取るつもりは無いんだ。…俺は彼女しか見えないから。」
悲しげに目を伏せる娘。泣き出してしまう娘。怒ってチョコレートを投げつけてくる娘。
ほんとに色んな娘がいるよな。
でも、中途半端な気持ちで受け取るつもりは悪いけど無いんだ。
俺の中には幼い頃別れたあの日からずっとただ一人だけが住んでいた。
変わることの無い笑顔で俺を待っていてくれた雅が誰よりも何よりも愛しくて…。
俺にとっては彼女に勝る存在など無くて…。
それなのに俺の静止を振り切るように駆け出した雅
その後姿が瞼の裏に焼きついている。
告白してくる女の子達に気を使って俺から離れようとしたんだろう。
無理に笑って強がって見せる雅が愛しくて…胸が痛くて…今すぐにでも教室に飛び込んで抱きしめたくなる。
雅は怒るだろうけれどな。
雅の微笑があるだけで俺は強くなれるって、おまえは知らないんだろう?雅の笑顔の為ならばどんな事だって出来る気がするよ。
俺の世界は雅を中心に回っていると言っても過言では無いんだ。
本当なら今日は雅があんな悲しい顔をしていていい日でじゃないのに。
誰よりも愛しい存在が大切な日に悲しい顔をしているなんて…そんなことあっていいはずが無い。
雅…
愛しているって何度も言えば、お前は笑ってくれるんだろうか。
今日はおまえの最高の笑顔が見たいのに…。
今すぐにこの腕の中に抱きしめてその柔らかな唇にキスをしたいよ。
チョコレートなんていらない。
雅の最高の笑顔と優しいキスが欲しい。
昼休みに雅のクラスへ行ってもタイミングを計ったように席を外していた。
まるで俺を避けるように…。
イライラしながら待った放課後、HRも終わりきらないうちに教室を飛び出しようやく雅をつかまえた。
俺の剣幕に驚いたように目を大きく見開く雅。
なんだよ。そんなに驚く事無いだろう?
「どうしたんだよ雅。今日は一日中俺を避けていたんじゃないか?」
「そんなこと無いわよ。…ただ、私がいたら都合が悪いと思って…。」
周囲の視線を気にするような雅の仕草にイライラが増す。
女の子達の視線を気にしているんだろうか。そんな雅は見たくない。
俺はお前しか好きじゃないんだ。
俺の心が求めているのは雅だけなんだよ。
「それを避けてるって言うんだよ。雅がそんな弱気でどうするんだよ。俺の彼女なんだろ?どうして堂々としていないんだよ。」
「できないよ!そんなの。勇気はカッコ良くてモテるけれど、私はあんまりにも普通すぎて勇気とつりあわないってみんなが思っているもの。私よりかわいい娘が告白しているのを目の前で見ていることなんて出来るわけ無いでしょう?」
雅の言葉に俺の中の何かがプツンと切れた。
何だって言うんだよ。なんで俺と雅の事に他の奴等がちょっかいを出してくるんだよ。
俺達がお互いを好きで必要としているんだからそれでいいじゃないか。
「バカじゃねぇ?俺がどんな想いで雅を見つめていると思っているんだよ。雅が男としゃべっただけでイライラするし、誰かに微笑みかけたりしたらそいつを殺してやりたくさえなるよ。雅は何もわかってない。俺がどんなに雅を好きか。どんなにおまえを欲しいと思っているか。」
「ゆ…うき?」
「ナイトなんてとんでもないあだ名だよ。勝手に紳士だと思われている。でもそんなわけ無いじゃないか。雅が好きで好きで、いつだって傍においておきたいと思っている。
雅の笑顔を見るだけで押し倒したくなるよ。いつだって抱きたいと思っているしおかしくなりそうなくらい雅が欲しいよ。こんなにもおまえが好きだってどうしてわからない?」
「勇気が私だけを好きってわかっているわよ。でも不安なんだもの。」
「不安になんてなる必要ない。みんなの前で俺がおまえにどんなに惚れているか証明してやる!」
俺の剣幕に驚いていたのは雅だけじゃなかったと思う。
その場にいたクラスメイトだけでなく、HRを終えて帰り支度をしているほかのクラスからも、俺達の会話を聞きつけて野次馬が集まってきていた。
興味深げに俺達二人を見つめて何があったんだとコソコソ話しているのが聞こえる。
そんなに俺達のことが気になるのかよ。
だったらよく見ておけ。絶対に雅に辛い顔なんてもうさせねぇからな。
「雅…愛してる。」
戸惑う雅の腕を強く握るとそのまま力任せに引き寄せた。
勢いで俺の腕の中に飛び込んでくる雅に胸の奥でざわめく愛しさと苛立ちをぶつけるように唇を奪う。
周囲からどよめきや悲鳴が上がった。
だけどそんなの構ってはいられなかった。
突然の俺の行動に戸惑う雅の動きを強く抱きしめて封じると更にキスを深くする。
抵抗なんてさせない。
俺から離れる事も許さない。
誰にも邪魔はさせない。
雅…おまえだけを愛している
長い長いキスの余韻を噛締めるようにゆっくりと唇を離し雅の瞳を覗きこむ。
潤んだ瞳で見上げるその表情は俺を煽っている以外の何ものでもなくて、この場所でなければもっと触れていたかったくらいだ。
「ゆ…うき?」
「おまえがいないと俺おかしくなっちまう。雅がいやだって言っても絶対に離れない。二度と離れないって約束したよな。この手を繋いで一緒に生きていくって約束したよな。」
「うん…。」
「だったら迷うな。俺だけを信じて見てろ。俺はおまえしか見えないから。」
「勇気…。」
小鳥のように小さく頷き俺に擦り寄る雅。カワイイったらありゃしない。こんな雅を誰にも見せたくないよな。
雅をギュッと抱きしめ周囲の視線から隠すようにするとぐるりと辺りを見回して大声で宣言した。
「俺、内藤勇気は春日雅を愛してる!誰がなんと言おうと雅以外愛さない。誰にも文句は言わせないし雅を傷つけるやつは例え女でも決して許さない。今後一切俺達にかまうな。放っておいてくれ!!」
俺の声に周囲が水を打ったように静かになった。
腕の中の雅を覗き込むとその瞳には大粒の涙が溢れ出して今にも流れ出しそうだ。
「俺は雅の為だけに日本へ帰ってきたんだ。他の誰かに好かれる為じゃない。雅と一緒に生きるために今ここにいるんだ。」
雅の涙を唇で吸い取り、ポケットから小さな包みを取り出して雅に渡す。
「Happy Birthday雅。16才だな。おめでとう。」
「覚えていてくれたの?」
「当たり前だろう?雅の誕生日を忘れる筈が無いじゃないか。…開けてみて。」
俺に促がされ包みを開くと驚いたように俺を見上げる。
そう、この顔が見たかったんだよ。
大きく目を見開く雅、幸せそうに微笑む雅、俺だけに向けられるそのAngel Smile(天使の微笑)が欲しくて俺は日本(ここ)へ帰ってきたんだ。
雅の手からそれを取り上げると白い指に滑らせる。
銀色に輝くスデディリングは雅の黒髪に映えてとても綺麗だった。
「俺にもはめてくれる?」
一対になった片方のリングを持つ雅の指が細かく震えているのがわかる。指を滑る冷たい金属の感触に胸がズキンと切なくなった。
「16才おめでとう雅。今は単なるペアリングだけど…必ず本物のマリッジリングをやるからな。あ、その前にエンゲージリングも用意しないといけないけど。」
「勇気…ありがとう。私幸せよ。」
「俺は雅が誰よりも何よりも好きだよ。心から愛してる。絶対に誰にも渡さないから…俺だけのものになって?」
「…勇気だけのもの?」
「バレンタインのチョコなんていらないから…雅が欲しいよ。」
それまで静かに半ば呆然と俺達の会話を聞いていた周囲が突然ザワッ…とざわめきたった。
冷やかす男子や、悲鳴をあげたり泣き出す女子もいたが俺にはどうでも良かった。
雅を引き寄せ誓いのキスをする。
繋いだこの手は二度と離さない。
何度でも何度でも雅だけを愛する事を誓うよ。
どんな事からも護ってやる。
なあ、雅…
あの日の約束の雪うさぎを今夜もう一度二人で作ろう。
+++ Fin +++
2006/02/11
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『大人の為のお題』より【Angel Smile(天使の微笑)】 お提配布元 : 女流管理人鏈接集
バレンタイン企画第三弾!『雪うさぎ』のふたりです。これは本編【HappyBirthday】の少し前の話です。まだ二人は結ばれていない頃ですね。ひな祭りが【勇気の受難】ならバレンタインは【雅の受難】と言った所でしょうか(笑)
ハイ、この夜二人は雪うさぎを作っただけです(笑)企画始まって以来のピュアだ(え?)勇気の大胆な告白で周囲は納得してくれたんでしょうかね?不安は残りますが勇気はしっかり雅を護ってくれる事でしょう。
しっかり心が通じ合った二人。でもって、この2週間後勇気の誕生日に二人は×××…(何だよそれ?)
やっぱり勇気も独占欲の強い暴走野郎でした(爆)柊花ワールドにはこんなやつしかいないのか?
今回は少し甘切でしたがお楽しみ頂けましたら嬉しいです。
朝美音柊花