ずっと、夢見ていた。
いつか普通の女の子のように誰かに恋すること
ずっとずっと、夢見ていた
いつか、大好きな人のお嫁さんになること
どちらも決して叶わない夢だと思っていたのに…

優しく微笑む琥珀色の瞳は、私だけを愛してくれる
卵を温めるように抱きしめるこの腕は、全ての恐れから私を護り、永遠の愛を誓ってくれる
たとえ、共に歩く道がどんなに短くても
明日、別れが来ることがあっても、私たちは決して後悔はしない
久遠の時の流れの中で、再び巡り逢い、また愛し合えると信じているから…

『大人の為のお題』より【空欄】

ホタルシリーズ〜約束の日〜



「茜?どうしたの、ボウッっとして。」

晃が心配そうに覗き込む。
ぼんやりと考え事をしていた私は、ハッとして顔を上げた。

「あっ…ごめん。なんだっけ?」

「午前中のうちに出かけないか?午後からは買い物に行きたいって言っていただろう?」

「うん、そうね。二人で暮らすにはまだ足りないものもあるし…。」

「何が足りないかなあ?食器は一通りあるし、家電だって、家具だって、今まで僕が使っていたものをそのまま使えば良いだろう?
クローゼットだってたくさん空いているんだから。」

もともと晃のおじいさんが暮らしていたこの家は、晃が独りで住むには広すぎるほどで、使っていない部屋がほとんどだ。
かつておじいさんが療養所をしていたこともあり、部屋数もあるし、食器や家具も普通の家と比べると、随分多いと思う。
だから、私が一緒に暮らすからといって、すぐに何かを用意する必要も無いのだけど…。

「んーとね。枕が欲しいの。ここにある枕はそば殻で少し硬いでしょう?……病院を思い出すから…。」

「ああ…そっか。ごめんね、気付かなくて。入院してる気分になるんだね?」

「うん…。」

「でも枕は必要ないと思うんだけどなあ?僕の腕枕があるし?」

「やっ…何言ってるのよ。腕が痺れちゃうでしょう?毎日朝までずっとなんて、寝返りだって出来なくて、晃が疲れちゃうわよ。」

「クスクス…茜は軽いから、全然大丈夫だよ。」

「それって、私の頭が軽いって言われているみたい…。」

ツンと拗ねて見せると、晃は慌てたように謝って、私を抱きしめる。

「そういう意味じゃないって、分かっているくせに。茜は意地悪だなあ。僕を困らせて楽しんでるだろう?」

「……わかる?」

「わかる。酷いなあ。意地悪なお姫様にはお仕置きしちゃおうかな?」

意味ありげな視線を投げかけ、耳元へ唇を寄せると、腰が砕けるような甘い声で「出かけるのは午後からにする?」と囁いた。
まるで催眠術にでも掛けられたように身体から力が抜けていく。

だけど、ここで誘惑に負ける訳にはいかない。

だって……

「もう!そんなこと言ってたら日が暮れちゃうよ?今日を記念日にしたかったのは晃でしょう?」

「うーん。痛いところを衝くなあ。確かにそうなんだけど、受付は24時間しているって知ってる?」

「せっかくこんなに綺麗な青空に恵まれた、貴重な梅雨の中休みの日に、わざわざ夜まで待ってこれを提出しに出かけるの?」

私はテーブルの上に広げられた婚姻届を指差して呆れたように言った。

「…たしかに、もったいないね。せっかく僕らの結婚を祝福する為に晴れたんだから、やっぱり午前中に出かけようか。」

「私たちの結婚を祝福する為にお天気になったの?ふふふっ、素敵。まるで神様が祝福してくれるみたいね。」

「もちろん、神様だって祝福してるさ。僕らは愛し合うようにと、神様に定められて巡り逢った互いの半身なんだから。」

神様がこの青空をプレゼントしてくれたと、晃が言うのなら、そう信じよう。
だけど私には青空よりも、もっと欲しいものがある。

神様…

どうか…彼と共に生きる時間を下さい。
晃を残して逝かなければならない私に…もっと時間を下さい。
私に残された時間は…余りにも短すぎるから…。

どうか…彼を独りにさせないでください。

私の心を読んだように、晃がギュッと抱きしめる。
柔らかな綿のシャツ越しに体温が伝わって、自分が今、確かに生きていることを実感できた。
晃の腕の中、彼の愛を全身で感じ、安堵する。

不安も、苛立ちも、晃が吸収してくれたように、何処かへ消え去っていった。


「茜。婚姻届…書こうか。早く君に高端 茜になって欲しい。一秒でも早く…。」

一秒でも早く…
それは一秒でも長く、彼の妻でいて欲しいということだろう。
カウントダウンはもう始まっている。
砂時計の残り砂は、確実に重力に導かれるように、その速度を加速しながら落ちている。

一秒でも早く…

一秒でも長く…

それが私たちのささやかな願い

「茜…僕はね、君が僕の妻になるまでの一瞬一瞬を大切に覚えておきたい。一つ一つの空欄を埋めていく、その仕草一つも、僕の記憶の中に永遠に留めておきたいんだ。
今日、君は正式に僕の妻になる。……僕がどれほどこの日を待ち焦がれたか、わかるかい?」

「私だって…。晃のお嫁さんになれる日が本当に来るなんて夢みたいだわ。」

「茜にプロポーズして、OKしてもらって、この数日、僕は夢の中にいるようだったよ。」

「晃…私も、とても幸せだったわ」

「過去形はやめてくれよ。これから正式に僕のものになって、ずっと一緒に暮らすんだ。そうだろう?」

「うん…そうね。」

晃の体温を感じながら、私は一文字一文字、空欄を埋めていく。
光林 茜として生きてきた17年を振り返りながら、これまでの自分を書き込んだ。
初婚、再婚を選んで記入する欄で、私の手がふと、止まったことに、晃は怪訝な顔をした。

「………?茜は初婚だろ?何を迷ってるの?」

「晃はいつか…もう一度この届けにサインするのかな。」

「茜、何をバカなこと!」

私は再婚と書かれた欄を指差した。

「…晃が再婚するときは、この欄に私は死別として記録されて、死んだ日が書き込まれるんだよね。…ごめんね。長くは一緒にいられないのに…。」

「茜、僕は再婚なんてしない。一生君だけを愛して生きていく。」

「晃…ありがとう。でも人の心は変わっていくわ。もしも愛する人が出来たときは、私に悪いとか思わないで、必ず幸せになって欲しいの。」

「僕には一生君だけだよ。僕らが結婚する日に、どうしてそんな事を…。」

「結婚する日だからよ。あなたと私が一つになる約束の日。だから…私がいなくなったときの事も約束しておきたいの。」

「茜…。」

「お願い…好きな人が出来たら…私を忘れて幸せになって。」

「僕は一生君の魂だけを愛し続ける。僕がもう一度結婚するときは…君が僕の元へ還ってきた時だ。」

「……晃…。」

「僕を独りにしたくないと思うなら、生きろ。」

「だって…。」

「僕が必ず君を治す。だから、生きるんだ。僕の為に。」

「……うん。頑張る…。」

晃は私を苦しいほどに抱きしめた。

頑張るよ、晃…
あなたを独りにはしたくない
生きるから…

あなたの為に生きるから…


「…私の居場所は…晃の腕の中でいいのね?」

「ああ…ずっと一緒だ。茜の場所は僕の腕の中、君はもう一生僕から離れることなんて出来ないよ。魂の欠片一つだって、一瞬たりとも僕から離れることは許さない。」

「うん…ずっとずっと、傍にいる。心だけになってもずっとあなたを愛してる。ずっとずっと…晃のそばを離れない。――…愛しているわ。」

「愛しているよ…僕の…奥さん」


ゆっくりと晃の長い睫毛が伏せられ、優しいキスが降りてくる。


音が消え、時間が止まった――…。




私はずっと夢見ていた

いつか普通の女の子のように誰かに恋すること

いつか、大好きな人のお嫁さんになること

どちらも決して叶わない夢だと思っていたのに

あなたは全てを叶えてくれた

ありがとう、晃…

私はあなたに何も返せないけれど

私の命が消える最後の瞬間まで、あなたを精一杯愛して生きる

たとえこの身体が朽ちても、心はずっとあなたの傍で生き続ける

決して、あなたを独りにはしない

だからあなたが生まれ、私たちが夫婦になった今日の日に誓うわ

私にとって今日が永遠の約束の日


いつか、必ずあなたの元へ還ってくる


もう一度共に生きる為に――


再び、あなたと結ばれる為に――






その日の午後、私たちは、婚姻届をだして、新しい枕を買った。

誕生日のケーキと結婚記念の花束を買って、二人で料理を作り、ささやかなお祝いをした。

これから共に生きていく新しい人生を、晃の腕の中で夜通し語って過ごした。

その名の通り、日の光のように惜しみない愛を私に注いでくれる晃。

その陽だまりに抱かれて、私は幸せな未来の夢を見る

真っ白な花嫁衣裳に身を包んで、彼の隣で永遠の愛を誓う私…

晃が小さな命を抱いて微笑む、未来の幸せな家族の姿…


ねぇ、晃


私はとても幸せよ…

静かに流れる甘い時間(とき)に、何度も抱き合い想いを交わし

決して消えないように、愛を深く刻みましょう

夢が夢で終わらないように

この幸せの瞬間が


永遠に色あせないように…







+++Fin+++

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『大人の為のお題』より【空欄】 お提配布元 : 「女流管理人鏈接集」



本日6月28日は晃と茜が籍を入れた日であり、晃の誕生日でもあります。
二人が短いながらも夫婦として歩き出した、最初の日です。
複雑な気持ちで、素直に喜んでよいものか迷う茜を、晃は大きな愛で包み、一歩を踏み出しました。
切ない中にも、深い愛と幸せを感じていただけたら嬉しいです。

晃、お誕生日おめでとう。そして、ふたりへ…結婚おめでとう。

2007/06/28
朝美音柊花