『大人の為のお題』より【Sweet Night】
※この作品は先に【新米パティシェのバレンタイン】(お題41Chocolate)→【歯医者さんのバレンタイン】(お題84恋人)→【歯医者さんのホワイト ディ】の順で読まれることをお勧めします。

Sweet Dentist番外編

歯医者さんのホワイト ディ




はぁ……。

悪魔のイベントバレンタインが終わったら、もうこんなことしなくてもいいと思っていたんだが……。

3月14日午後3時

俺は相変わらず、建物の影から【SWEET】を手伝う千茉莉の様子を眺めていた。

ストーカーみたいだとか、暇なヤツだとか言うなよ?
ぜんっぜん暇なんかじゃねぇんだから。

じゃあ何で未だに休憩時間にコソコソと覗きに来るなんて、こっ恥ずかしい行動を取っているかって言うんだろ?

まあ、聞いてくれよ。

悪魔のイベントを乗り切り、俺たちが過ごしたバレンタインのSweet Nightの事は知っていると思う。
ああ、知らないやつは【歯医者さんのバレンタイン】を読んでから出直してくれ。

これでようやく平穏な日々が訪れると思っていた俺に、更なる災難は待っていた。

そう、ホワイト ディだ。

巷には恋人たちの最後の大イベントが残っていたのを、俺はすっかり忘れていた訳だ。

バレンタインのチョコレートが呼んだ評判と共に、千茉莉の菓子は凄い人気となり【SWEET】は以前にも増して忙しくなった。
千茉莉が評価され頑張っているのは夫としては誇らしいし、すげー嬉しい。

だが、ホワイト ディのスペシャルスイーツとやらの為、相変わらず千茉莉は実家の手伝いに忙しく、お互いに休日をあわせることも出来ない状況ってのは、ハッキリ言って俺にはかなり辛いんだ。


あ〜もう。早く『恋人たちの冬の甘々一大イベント』なんて終わっちまってくれ。


【SWEET】が繁盛するのと比例するが如く【YASUHARA Dental Clinic】はバレンタインの煽りを受けるように、男性患者が急増した。
おかげで子供と男しか診ない宣言をしている俺は、必然的に多忙を極めることになった。

だから、バレンタインは嫌いだっつーんだ。あんなもの考えたやつ、殴ってやりてぇ…。

いや、それより、ホワイト ディなんて、おまけみたいな事を考えたバカな日本人、今すぐ名乗りでろ。


心でぼやきつつ、また一つ大きく溜息をつく俺の表情とは対照的に、店内の千茉莉はニッコリと微笑み、お客さんにケーキを手渡していた。
その笑顔がまた、とんでもなく愛らしい。

その微笑は俺の為だけに向けてくれと思うのは、底なしの嫉妬心と独占欲だと分かってはいるが、止めることもできやしない。

欲求不満……なのかなぁ?

俺だって忙しくて、十分千茉莉を構ってやれていないのだからお互い様だし、仕事なんだから仕方が無いってのは分かっちゃいるんだけどなぁ…。
ヤッパリ頭と心というのは別物で、どんなに自分を納得させようとしても、最愛の妻が忙しくて構ってくれないと言うのは面白くない。
12才の年の差というプライドもあって、本人の前では素直に言えないが、寂しくてどうしようもなくなる時だってある。


相当重症だ。


俺が女に溺れるほど夢中になる日が来るなんて、千茉莉と出逢うまでは思ってもみなかった。

暁や龍也の溺れっぷりを、いつも何処かで呆れつつも、そこまで深く愛する女性と出逢えたあいつらが羨ましいと、心のどこかでずっと思っていた。
恋人運の悪かった俺には、そこまで深く愛せる相手に出逢う事など無いかもしれないと思っていたからだ。

だが、今の俺の溺れ具合を考えると、やっぱり類は友を呼ぶって事なんだろうか?

要は俺の場合、ちょっとばかりあいつらよりも、運命の女性と恋に落ちるのが遅かったというだけだったらしい。

ふと、まだ高校生の頃に幼い千茉莉と初めて出逢った日の事を思い出して、『ロリコン』という単語が脳裏をかすめた。


……ち・がーうっ!俺はロリコンなんかじゃねぇっ!


まあ、何だ。千茉莉が大人になるまで待たされていたって所なんだろうな。
なんせ、12才の年の差だからなあ…。あと数年出逢いが早かったら、下手すりゃ犯罪者扱いだったんじゃねぇか?

自分で思ったこととはいえ、『ロリコン』という言葉が余りにもリアルで、何だかズーンと落ち込みながら、店を出るお客さんを見送る千茉莉の姿を眺めていると、不意に視線がぶつかった。

別に悪いことをしている訳じゃないのに、ドキッとしてしまったのは、ストーカーに不審者にロリコンと、かなり怪しい三拍子がそろったように感じる今の自分の状況からだろうか。


俺の存在に気付くと、千茉莉はフワリと幸せそうな笑みを浮かべた。
それは膨らみかけた蕾が、冬の終わりを告げる陽射しに一瞬で花開いたような艶(あで)やかな笑みだった。


温かい陽だまりで、千茉莉を抱きしめて安らいでいるような、不思議と癒される感覚に、心が包まれていく…。

愛妻の微笑み一つで、ここまで幸せになれる俺って、もしかしてすげー単細胞?
本当に千茉莉に関しては普段の俺とは想像もつかないくらいヘタレになっちまう。

さくらんぼのような可愛らしい唇が、『ちょっと待ってて』と動くのを見とめ、頬が自然と緩むのを感じる。
程なくして、小走りに駆け寄って来た千茉莉を、建物の影に引き込んで、腕の中に取り込んだ。

「ちょっ…響さん?ここお店の前っ…。」

「大丈夫、この角度からは見えねーって。」

「もぉ…。でもどうしたの?」

「んー…千茉莉が足りなくなったから、栄養補給に来た。」

「クスクス…。もしかして、デートのお断りに来たのかと思ったじゃない。今夜は遅くならない?」

「いや、俺は大丈夫。7時にはあがれるよ。明日も休みをもらえたし、今夜はゆっくりデートできるぞ。千茉莉は明日休みだったよな?」

「うん、明日はお店の定休日だから。あたしも今日はパパにお願いしてあるから、7時ごろにはお店を出られると思うわ。」

「そうか…。じゃあ、今夜は千茉莉の好きなところへ行こうか?少し遠出して何処かで泊まってもいいぞ。」

「ホント?じゃあ、海が見たい。ドライブに行こう?」

「クス…かしこまりました。姫のご要望とあらばどこへでもお連れしましょう。」

かしこまった俺の物言いがおかしいと笑う千茉莉の柔らかな髪が頬を撫でる。
一度触れてしまうと、離れるのが名残惜しくなり、いつまでも抱きしめていたくなるが、休憩時間も迫ってきて、そうも言ってはいられないのが現実だ。
俺は渋々千茉莉を開放すると、今夜の待ち合わせ時間を確認してクリニックへと戻ることにした。

もちろん、別れ際にSweet Kissをせしめたのは言うまでもない。

千茉莉は突然のキスに酸欠気味だったが、まあ、3時のおやつっていう事で、夜までの繋ぎの栄養補給だと思って我慢してもらおう。








実のところ、今夜のデートに俺は少々緊張している。

何故かというと…実は生まれて初めてホワイト ディというものを経験するからだ。


俺は、いわゆるクリスマスからホワイト ディまでの恋人たちの一大イベントシーズンに好きな女と甘い時間を過ごした事は一度として無い。
バレンタインのチョコを受け取った事も無いから、ホワイト ディなんて、もちろんあるはずが無いって訳だ。

そう、よく考えたら、俺は生まれてこの方、千茉莉以外の女に何かをやったことなんて事は一度も無いんだ。

別に相手がいなかったとか、んな事じゃねぇ。

俺は昔から結構モテたし、この年の男としてはこんなもんだろう位には、恋愛も女性経験もソコソコあるほうだと思う。

だったら何で?って思うだろう?

その理由をモテる男の悲劇と言えば、反感を買いそうだが、俺にしたら本当にそうとしか言いようが無い。
俺は自分から望んでモテたいと思ったことなんて一度だって無かったし、できればほうっておいて欲しいと思っていたくらいだ。

それなのに、俺に好意を持って言い寄ってくる女は皆、綺麗だが派手で自己主張の激しい、わがままなタイプばかりで、俺が自分を選ばないはずが無いと大きな勘違いをしている。

ハッキリ言って、そういう女が一番苦手だっつーの。


それとは逆に、俺が今までに付き合った彼女達は、皆、大人しい物静かなタイプだった。

え?千茉莉と違うんじゃないかって?

まあ、その辺はちょっと置いといてだな…。

とにかく、俺に彼女が出来ると、必ず色々と嫉妬から嫌がらせが始まるんだ。
相手は自分の事を、俺が選んだ彼女よりも勝っていると、図々しく思い込んでいる女達だから始末が悪い。

千茉莉のように嫌がらせにも凛と立ち向かい、言われたら2倍、やられたら3倍で返すような女なら良かったのだろうが、それまでの彼女達は、そういうタイプではなかった。

今思えば千茉莉ほどでは無いが、それでもその時は、相手を大切にしていたつもりだったし、俺なりに牽制したり護ったりしていたつもりだ。

だが、それはむしろ火に油を注ぐ結果となり、俺の目の届かないところで脅迫まがいの事をするヤツもいたらしい。

だから、いつも1〜2ヶ月もすると、彼女は俺を避けるようになり、逃げるように別れを切り出すことになる。

大人しいタイプの彼女では、嫌がらせや嫉妬に耐えられるはずも無かったんだろうが、 最初の頃は、他人からの横槍で別れを切り出す彼女に憤りを感じたこともあった。

だが、慣れというのは恐ろしいもんだよな。

最初の頃はかなり落ち込んだときもあったが、何度も同じ事を繰り返すうちに、いつのまにか「またか」と、アッサリ別れを受け入れるようになってしまった。
本気のつもりで付き合っていても、心のどこかで、またいつもの繰り返しになるのではないかと警戒して、距離を置いている自分がいたのだと思う。

こんな別れを切り出されるたびに、理想の彼女像は高くなっていった。

優しくて、芯が強くて、俺の見かけではなく本質を愛し、心を癒してくれる存在。
ついでに、美しければこれ以上言うことは無い。

あ?贅沢すぎるって?
まあな、自分でもそんな女がいるはず無いとは思ってたさ。
だから、最後の彼女に別れを切り出されてからは、一生独身で過ごすのかもしれないと、心のどこかで諦めていた。

好きになった女には、すぐに逃げられてしまうのに、好みでもない女にばかり気に入られてしまうって最悪だぜ。

俺に群がるのは煌びやかに着飾った、嫉妬で汚れた心の醜い女ばかり。
俺に気に入られようと愛想を振りまくその笑みの裏に渦巻く、嫉妬や傲慢さといった、女の醜悪な部分を嫌というほど見せ付けられちゃ、女に対して希望もなくなっちまうのも当たり前だろう?

大体、そういう女は、自分中心に世界が回っているから、俺がどんなに嫌がり邪険にしようと、お構いなしでストーカーまがいの事までしてきやがる。
患者に成りすまして会いに来たり、しつこく交際を迫ってくるんだ。

今まで俺に大口を開けて治療を受けていた女が、その口でキスをせがんで襲いかかってくるなんて冗談じゃない!
治療中の間抜けな顔を見せてやりたいぜ。

あんな色気もクソも無い顔を見せられて、恋愛に発展するなんて思っている女がいるとしたら大バカだな。
どんなに綺麗な女でも、大口を開けて治療している時は原型なんて分からないって、なんで気付かないんだ?

まあ、気付くような頭の持ち主なら最初からそんな馬鹿な真似しねぇか。

あまりにもしつこい女どもの行為についにキレた俺は、女の治療を一切しなくなった。

そして、今までの散々な経験から、『絶対に患者にだけは惚れない』と心に決めていた。

歯医者仲間には、患者と恋仲になって結婚したってヤツもいる。

だが、俺に限っては絶対に自分の治療した女に惚れるなんて、真夏に雪が降ってもありえねぇ。

何よりも、ここまで理想が高くなってしまった俺が、この先本気で惚れる女なんて、絶対に現れることはないだろう。

中途半端な気持ちで結婚するくらいなら、一生独りで生きていくのもいいかもしれない。

俺の望む理想の女性など、この世には存在しないのだから…。





…そう思っていたのに…。





美しくて、やさしくて、芯が強くて、俺の本質を愛し、心を癒し暖かく包み込んでくれる包容力さえもある女性…。

そんな女が本当に存在するなんて…。

しかも、まさかそれが、自分で治療した12才も年下の女子高生だなんて…

この俺が、冷静さを欠いて、彼女に関してはメロメロに理性を失くしてしまうのだから、本当に信じられないくらいだ。


これって、やっぱ運命っつーやつなんだろうな。


何と言っても三十路にもなったこの俺が、クリスマスからホワイト ディまでの『恋人たちの冬の甘々一大イベント』を経験するのは千茉莉とが初めてだっつーのだから…

まるで俺が本気の恋と出逢い本当の愛を手に入れる為に、今まで何か大きな力に邪魔されていたように気がするんだよな。

この年まで世の中の恋人たちが愛を確かめ合う、ラブラブイベントを知らずに過ごしてきたことも…

歯医者の俺がパティシェの卵に夢中になってしまったことも…

全ては特別な意味を持っていた事なのだと、今なら思える。



ずっと不思議だったんだ。

嫌がらせから俺に別れを告げる彼女を、何故一度だって無理に引き止めようとは思えなかったのか。

好きだったはずなのに、何故そこまで執着できなかったのか。

だけどやっと分かった。

俺は、勘違いしていたんだ。

派手なタイプの女にばかり付きまとわれるうちに、いつの間にかまったく逆のタイプの女性に憧れていたんだと思う。
そして、大人しく物静かな雰囲気を、癒しや包容力のようなものだと、いつの間にか思い込んでいた。

だが、本当の意味で俺を癒すのはそんなものじゃなかった。

だから、彼女から別れを切り出されたときも、無理にでも引き止めたいと思わなかったし、冷静でいられたのだと思う。

もしもこれが千茉莉だったら…?

考えただけで心臓を鷲掴みにされた気分になる。

絶対に冷静でなどいられないし、彼女が泣き喚こうと、監禁してでも俺の傍に置こうとするだろう。
千茉莉は俺にとって極上のSpecial Sweetで、すでに中毒患者の俺としては、今更絶対に手放すことなんてできやしない。


蜂蜜色の夕陽の中、初めて出逢ったあの日…。

あのときの少女が、今こんなにも俺を魅了するなんて、誰が想像できただろう。

ずいぶんと時間がかかってしまったけれど

ようやく俺は自分だけの天使を手に入れる事ができたんだな。





…ところで、ホワイト ディって、一体何を返してやればいいんだろう?

お菓子を作っている千茉莉に別の店のケーキなんてやれないし、まさか千茉莉の作ったものをやるわけにもいかない。



うーん…。



スイートルームに赤い薔薇…は、もう使っちまったしなぁ…

白い薔薇…ってのは、芸が無いよな…やっぱり。



なあ、千茉莉。

バレンタインの夜、俺を酔わせたあのチョコレートのように、今夜は俺がお前を酔わせてやるよ。

お前のリクエストどおり、波の子守唄を聞きながら、ゆっくりと静かな時間(とき)を過ごすのもいいな。


心も身体もひとつに溶け合い、魂を分かち合う甘い夜の狭間に時間を止めて


生まれたての朝の光の中、目覚めのキスと共に永久(とわ)の幸せを感じよう



『幸福』という名の暖かい光の中で…。





約束の時間まで、あと4時間。


今夜は絶対に驚かせてやろうと悪戯心が騒ぎ出す。


さぁて…どうホワイト ディらしく演出してやろうかな。






+++FIN+++


2007/03/14







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