『大人の為のお題』より【体温】
** 雪うさぎ番外編 〜素顔のままで〜 **
雅と再会して2ヶ月。
幼い頃からずっと想い続けた雅は、俺が思っていた通りの女の子に成長していた。
思い描いたとおり綺麗になっていたし、優しい所も意地っ張りな所も相変わらずだった。
雅は綺麗な心のまま、美しい少女になっていた。
まさしく俺の理想どおりだった訳だ。
ただひとつの予想外の事を覗いては…。
「なぁに?私の顔に何かついてる?」
艶やかな黒髪を揺らし俺を振り返る雅に、『いいや…』と首を振りながら、怪訝な顔で俺を見つめる雅を微笑みかえす。
雅は日に日に綺麗になっていく。
必然的に俺の心配は増すばかりで、休日にデートをしようと待ち合わせなんてしたときには、ヘンな男に声を掛けられやしないかと正直、気が気では無かったりした。
そう、すご〜〜〜く心配だったりしたんだ。
アレを見るまでは…。
待ち合わせの駅前の小さな公園へ着いたとき約束の時間を20分ほど過ぎていた。
雅と出かけるのに待ち合わせなんて初めてだから早めに出たつもりだったが、途中でおばあさんに道を聞かれて教えてあげたのが運の尽きだった。
何度口頭で説明してもわからない大きな荷物を持ったおばあさんを見たら必然的に俺の取った行動は一つだったと言う訳だ。
モチロン雅にはおばあさんを目的地まで送ってからすぐに行くとメールを入れたから心配はしていないだろうけれど……。
心配でたまらないのは俺のほうだったんだ。
雅がナンパでもされていたらどうしよう。
不安で泣きそうになっていたらどうしよう。
俺の脳裏を幼い頃涙を必死に堪え『待っている』と言った彼女の儚なげな笑顔が過ぎっていく。
再会の朝、俺が『泣いていいんだ』と言うまで約束を守り続け、泣かずに耐えていた震える細い肩を思い出す。
もう二度とあんな顔をさせやしないよ雅。
どんな些細な事からも俺は雅を護る為に日本に帰ってきたんだから…。
きっと今ごろ不安な顔をして俺を待ってい…
「何すんのよ!触らないで、このヘンタイ!!」
………なかった。
晴れ渡った五月晴れの空に凛と響き渡った雅の声。
何事かと慌てて駆け寄った俺の視界に飛び込んできたのは大柄な男の腕をねじ上げて啖呵を切る雅の姿だった。
「ふっざけんじゃないわよ。誰があんたなんかと出かけるモンですか。気安く触んないでよね。」
後ろ手に腕のねじ上げられ痛みに顔を歪める男はどう見ても身長が雅より20cmは高く身体もアメフトでもやっていそうなくらいゴツイ。
それなのに雅は平然として腕をグイグイねじ上げ、男を追い詰めていた。
「さあ、二度とそのハンサムとは程遠い顔であたしに近寄らないでよ。さっきも言ったとおりあたしにはちゃんと彼がいるんだからっ。放っておいてよ。」
そういい捨てると勢いをつけて男を投げ捨てるように腕を離した。
投げ出された勢いで前のめりになって倒れこみ、慌てて逃げ出す男の後姿を睨みつけ腕組みする雅を見て呆然とする。
雅サン…ずいぶん強くなっちゃったんですね?
マジで喧嘩したら俺といい勝負だったりして…ははっ…こえぇ……。
今更ながらに護身術と言われる類の武術を一通りやっておいて良かったと思った。
本当なら雅を護る為に身につけたものだったけれど…
下手したら俺達が喧嘩した時の護身用に必要だったりして…。
とんでもない考えが一瞬過ぎり、それを払拭すべくプルプルと頭を振ってもう一度雅を見つめた。
背筋をしゃんと伸ばし、男が逃げ去った方向を見つめる姿はどこか神々しいものを感じる。
「…ったく、脅せば泣くなんて思ったら大間違いよ。」
彼女のその台詞に気が強かった雅が腕っ節まで強くなった理由を考えてふと思い当たった。
約束を守るためか…?
意地っ張りだった雅の事だ、『俺以外の前で泣かない』という約束を守り続けるために精神的にも肉体的にも強くなろうとしたんじゃないだろうか…?
すげぇあり得そうだ。
雅の性格ならそのくらい考えそうだもんな。
ずっと涙を堪えていつ帰って来るか分からない、連絡すら途絶えた俺を待ち続けた10年は雅にとってどんなに長かっただろう。
彼女が『泣かない』約束を守るために強くあろうとしたのは当然かもしれない。
本当に長い間待たせてしまったのだと今更ながらに胸が痛くなった。
「雅……待たせてゴメンな…」
俺の声にハッと振り返って、悪戯の見つかった子どものように頬を染める雅。
「あっ…勇気っ……えっと…あの、あたし…」
俺にさっきのシーンを見られた事に動揺している雅に思わず吹き出してしまった。
「あはははっ、あいつ弱っちーのな。雅すげぇじゃん。強いんだな。」
俺の言葉に明らかに安堵した顔で、ホウ…と小さく息を漏らしたのを見て、彼女が俺に知られる事を恐れていた事を悟った。
安心させたくて、宥めるようにポンポンと頭を撫でるとそのまま艶やかな黒髪を剥く様に何度も指を滑らせた。
「雅がどんなに強くても、多分俺には敵わないぜ?俺、空手のヨーロッパジュニアチャンピオンだから。」
ニヤリと笑ってウィンクをしてみせると、『えぇ?スゴ〜イ』と驚き、瞳を輝かせて試合の様子を聞きたがる。
それまでの恥ずかしげな表情なんて何処かへ飛んでいってしまったようだ。
瞳をキラキラさせて俺の試合の様子に相槌を打ちながら頷く仕草は子どもの頃俺の後にいつもくっついていたあの頃のままで本当に可愛らしい。
俺のために強くなろうとした雅。
俺のため約束を守り続けた雅。
俺のために美しく成長してくれた雅。
その事実が嬉しくて…切なくて…
彼女の10年分の想いを考えると何故もっと早く再会できなかったのかと胸が痛かった。
「遅くなって…寂しい思いさせて…ゴメンな、雅。」
剥くように弄っていた髪をそのままひと房すくい上げキスをする。
突然の俺の言動に驚いたように茶色の瞳を大きく見開いて『どうしたの?』と瞳で問い掛けてきた。
「…ううん、だってちゃんと遅れるってメールくれたじゃない。心配してなかったし寂しく無かったよ。」
ニッコリと俺を見て微笑む雅に胸が熱くなる。
小さく弱々しかった『うさぎ』が、いつの間にか風雪に耐えてなお美しく気高く谷間に咲く一輪の白百合のように俺を待ち続けてくれた事に強い感動を覚えずにいられなかった。
凛とした美しさを持つ強く優しい少女…。
俺だけのために咲く美しい白百合。
雅を愛しいと…何を失っても誰にも渡したくないと思う気持ちを止められず、たまらなくなって、人目もはばからずに華奢な手を引寄せ強く抱きしめた。
雅は一瞬驚いた様子だったがすぐに俺の腕の中で大人しくなる。
じんわりと伝わってくる体温が離れていた長い時間を埋めてくれるようだった。
「……勇気はどんな事があっても必ず来てくれるって知っているから…。不安なんて無いよ。」
その言葉にフッと微笑んで『ありがと』と言うと甘い香りに導かれるように小さくキスを落とした。
不意打ちのキスに真っ赤になって俯く雅には、さっきまでの凛とした強さは見当たらない。
あの強く気高い雅は…彼女の鎧なのだろう。
人前では脱ぐ事の出来ない鎧でも俺の前では全てを取り払った素顔の雅を見せて欲しいと心から思う。
おまえが鎧など纏わなくても、幸せに微笑んで俺を見つめていてくれるように護っていくから…。
だからいつだって笑っていて欲しい。
俺だけに向けられるこの素顔の雅の笑顔のままで…
でも、まあ……
正直な所、雅のほうが腕っ節が強かったりしたら俺の立場って無い訳で…。
大喧嘩をする前に、彼女の腕がどのくらいなのか探りを入れておく必要はありそうだな…。
+++ Fin +++
2006/04/24
タイトル提供者 : てとらぽっと様
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