雪うさぎ番外編

** 3年目の受難 **



今日は3月3日。

毎年この日、俺は雅の母親に苦汁を飲まされてきた。

イベント好きの雅の母親によって、愛らしい桃の節句と健全か不健全か解らない青少年の誕生日というミスマッチなお祝いを、ありがたくもドッキングされてしまうせいだ。

おばさんが腕によりをかけた、俺の大嫌いな生クリームたっぷりの巨大ケーキは、年々でかくなっていく。
それに年の数だけのロウソクをたてて…

『はいっ♪勇気クン、ふう〜ってしてね?』

ニッコリ微笑むおばさんの黒い笑みを思い出しザワリと鳥肌が立つ。

うぎゃーっ!思い出したくもないっ。

『まあ♪じょうずねぇ〜勇気クン』

うひーっ、思い出したくないのに頭の中で勝手にリプレイされちまうっ!
ああっ、もう、拍手なんかしてんじゃねぇよ?
だいたい、ケーキにふぅぅぅ〜って、俺は幾つだよっ?

しっかり鳥になった腕を擦りながら頭の中の画像を揉み消し、そんなイベントも去年までだ、と心で呟く。

そう、今年こそは雅と二人きり♪甘い誕生日を過ごすのだ。


俺が大学生になり、東京へ出てきてからそろそろ1年になる。
雅とは毎日チャットしたり、テレビ電話をしたりしているが、やはり触れることが出来ないのは切なくて、直接会いたいと思うのはいつもの事。
故に、バイトのある時以外は、月に2回ほど金曜の夜から雅の元へ飛んで帰ってしまう。

本当ならこの週末もそうしたいところだったが、今回だけは回避することにした。

なぜなら…

この週末は、ひな祭りイベントをするには最適の、ひな祭り前夜祭だったりするからだ。
世の中にはひな祭りに前夜祭があったのかと突っ込まないでくれ。
俺だってそんなものがあるとは聞いたことも無い。
だが、イベントの口実さえあればいい雅の母親に掛かったら、月曜日がひな祭りなら、前日の日曜日はひな祭り前夜祭とカレンダーに記入され、春日家にとっては絶対行事になってしまうのだ。

故に、今年は難を逃れるべく、週末はバイトがあるから帰れないと言い訳をし、泣く泣く雅に会うのを諦めた。
だが、ひな祭りは嫌だが、誕生日まで一人ももっと嫌だ。
やはり誕生日には雅と過ごしたいと思った俺は、既に高校の卒業式を待つだけの雅を呼び寄せることにした。

雅も春から大学生。
俺と同じではないが、割と近い女子大に通うことになる。
4月からは俺達の新婚生活…もとい、同棲生活が始まるのだ。
もちろん、両親には公認で♪

もうすぐ一緒に暮らすと思うとテンションも上がり、少しずつ雅と過ごす事を意識しながら生活してしまう。
マグカップ一つ見ても、同じものをもう一つ買っておこうと思ってしまうのだから、自分でも浮かれていると思う。

一人暮らしのアパートに、恋人と二人。
最後に会ったのは雅の誕生日のバレンタインだったから、2週間ぶりの再会だ。

もうすぐ、あの笑顔を見ることが出来る。

もうすぐ、あの細い身体を抱きしめることが出来る。

もうすぐ、あの柔らかな唇を堪能できる。

もうすぐ……。

その先を考えると、自然に頬が緩むのは否めない。
え?何を考えているって?
この先は余り大きな声では言えないが、まぁ、2週間ぶりの甘い夜を過ごすことができるって事だ。
俺のテンションも上がらないほうがおかしいってもんで、必要以上にベッドメイキングに力が入ってしまう。
誤解するなよ? 下心ではなく、雅にロフトのベッドを譲ってやる為だからな?
そりゃ、雅が一緒に寝て欲しいって言えば、話は別だけど…なぁ?


そろそろ迎えに行く時間だ。
少し早めに行かないと、雅がナンパされたら色々厄介だからな。
あー…どっちかってぇと、雅がって言うより相手の男がって事だけど。

自分じゃなくても、誰かがナンパされたり痴漢に遭っている所に遭遇したら、容赦なく相手を熨しちまうだろうし、なまじ強いだけに本当に心配だ。
…ちょっと心配の意味が違うけど…。
雅はああいう奴らに容赦が無いからなぁ。

おまけに方向音痴だし、慣れない土地でとんでもない事をしでかす前に捕まえないと…。
本当に何があるか解らないからなぁ…早く出よう…。

ジャケットを取り上げ、1Kのアパートの狭い玄関へと向かう。
その時―…


ピンポーン♪


チャイムが鳴った。

俺のアパートを訪ねて来るのはサークルの奴らと、宅配業者くらいしかいない。
誰だろうと不審に思いつつ、スコープを覗いた俺は…


幻を見た。


いや、幻だと思いたかった。


思わず鍵を閉め、窓から飛び降りて逃げようかという思いが過ぎったが、 シツコク鳴り続けるチャイムに近所から苦情が来る事を考え、渋々そのドアを開けた。



…ガチャッ…



「勇気く〜ん♪お誕生日おめでとうっ」

なんでおばさんがここにいるんだよ?
しかもすげー荷物だし?

「おっ、おばさん?どうして…」

「あらぁ、だって勇気クンのお誕生日だもの、お祝いしなくちゃ」

「へっ?」

「だから雅と一緒に来ちゃったのよぉ。驚かそうと思って、一本早い電車で来たの。驚いたでしょ〜?」

驚いたよっ! つーか、何で来るんだよっ?

おまけにすげー荷物だしっ?
何だよ、そのでっかい風呂敷に包まれた、お重みたいなもの。
って、お重じゃんかっ?
しかもひと際でっかい箱まで持って…これってまさかアレじゃないのか?

うそだろーっ?

おばさんの後ろで苦笑するおじさんと、両手を合わせて『ゴメン』と仕草で謝る雅。
雅!お前っ、知ってて俺に教えなかったのかよっ

「勇気クンが悪いのよぉ? ちゃーんとお祝いに参加しなくちゃ我が家の一員と認めないって去年も言ったでしょ?
雅の未来の夫って事は、春日家の婿殿であり長男って事になるの。解る?」

「…はぁ…」

「いーい? 今からお祝いしますからね? 雅とゆっくりラブラブイチャイチャしたかったら、ちゃんと春日家の婿としての責務を果たしなさいよね? さっ、始めるわよ〜♪今年は19本のロウソクだから頑張ったのよ〜」

19本のロウソクを飾れる大きさのケーキ…
去年より更にでかいのを作ったってか?

俺に死ねと…?

呆然とする俺を押しのけ、10畳ロフト付きワンルームを占拠すると、おばさんは持ってきたご馳走を並べ立て始めた。
どうやらここで今からパーティが始まるらしい…。

当然、それから逃れる術がある筈も無く、俺の誕生パーティは、それから数時間続いた。
もちろんおばさん曰く一番のメインイベントである『特大ケーキのロウソクをフ〜♪』を拒否することなどできず、俺は帰国後3度目の恥辱を受けることとなった。


その夜、俺を散々おもちゃにして満足したおじさんとおばさんは、雅だけを置いてとっとと帰ってしまった。

「じゃあね〜。今夜は思う存分雅とゆっくりラブラブイチャイチャしてねぇ」

と、言い残して…。

だが、残されたのは雅だけでなく、 超特大のケーキと、二人では食べきるのに数日掛かりそうな料理の数々。

どうやってこれを処理しろと?
いくらまだ寒い時期だからって、これは無理だろう?

結局、雅と相談の上、誰かを呼ぼうということになり、サークルの奴らに処分を手伝ってもらうことにした。
もちろん甘い夜を期待していた俺としては、邪魔者たちには食ったらとっととお引取り願いたいのが本音。

だが、彼女が来ていると知った奴らは、優しい悪意の元、俺の誕生日を朝まで祝い続けてくれた。


俺達の『ゆっくりラブラブイチャイチャ』過ごす誕生日の夜は、はかなく消えた。

ヤッパリ3月3日は俺にとって永遠に受難の日らしい。

どんなに逃げてもあのおばさんからは絶対に逃げ切れるものじゃないのかもしれない。

来年は20本のロウソク…

毎年少しずつ大きくなっていくケーキが、いつかギネス記録を作るんじゃないかって…

そんな心配をするのは、俺だけなのかな?



来年の誕生日は、両親のいる海外にでも逃亡しようかなぁ?


あれ? そういえば…


あの二人、今どこの国にいるんだっけ?






++ Fin ++