『大人の為のお題』より【嫉妬】
St. Valentine's Day Special Story 1

** 夢幻華 **




(さとる)、あたし決めたの。もっと大人になるわ。」

「は…?」

いつものように夕食の後、(あんず)の部屋で過ごしていると、突然杏はそう言った。

「大人にって…化粧でもしようって言うのか?」

「あ。うんそれも良いかも。もっと洋服とかも大人っぽくして暁につりあう様になりたいの。いかにも高校生って言うのは暁だって一緒に歩いていて嫌じゃない?」

「いや、そんなことないよ。杏は今のままでいい。それでなくても同じ年頃の女の子よりずっと大人っぽいし…。無理する必要は無いぞ。」

…これ以上大人っぽくなったら我慢が利かなくなるだろう?

学校でも杏は密かに人気があるのは知っている。
俺と想いが通じてからはその輝きは増す一方で…。俺としては嬉しい反面心配で仕方がない。

頼むぜぇ。これ以上男子生徒の注目を集めたりしないでくれよ。

「でもっ、あたし嫌なの。暁の周りには綺麗な女の人がたくさんいるでしょ?大学に行けばあたしよりずっと大人で綺麗な女性がたくさんいて、暁のこと見ているの知っているもん。あたしは妹なんて思われたくないの。」

…ああ、そう言う事か。この間の事を気にしているんだ。

先週、杏をつれて大学にいったときの事だ。
特にサークルに入っているわけでは無い俺だが、友人の頼みで今度のサッカーの試合に助っ人として出ることになった。その練習に杏を連れて行ったんだ。

俺の目の届かない所に杏が行くなんて思わなかったから、ほんの一瞬目を離した隙に杏の姿がなくなったときはマジで冷汗が出た。

杏は数人の女に囲まれ俺の事をあれこれ聞かれていたようだ。

俺が声をかけると愛想笑いをしながら『じゃあね、杏ちゃん。』と逃げるように行ってしまったが…。俺はこんな光景を何度となく目にした記憶がある。

俺が高校くらいの時から、俺のファンだとか言う女どもがこうして杏に一見優しそうな笑顔を貼り付け、俺の事を聞き出そうと寄って来るようになった。

俺がそれを嫌がっていることを知っている杏は決してそれに答えなかった。
するとあいつらはチクチクと嫌味を言い精神的に杏を傷つけるんだ。

それが何よりも俺の神経を逆なでた。

学校では物腰も柔らかく人当たりもよかった事からフェミニストで通っていた俺だが、杏にかかわった奴に限ってはその態度を豹変させた。
杏を傷つける奴は誰であろうと許せなかった。
杏を傷つけた態度、杏に悲しげな顔をさせた言葉。その一つ一つがむかついて、杏に近寄る女は徹底的に毛嫌いしていた。
そうする事でいつの間にか杏に近寄る女はいなくなっていた。

俺にとって杏以外の女なんてどうでも良かったんだ。杏さえ笑っていてくれるのなら、その笑顔を曇らせるすべてのものを排除してやると思っていた。

その気持ちは今でも変わらない。


「杏、俺はおまえしか見ていないし、他のヤツがどれだけ何を言ってきても関係ないんだぞ。おまえが生まれた時からずっとおまえしか見ていないんだから。」

「でも…。」

「いいか?俺はおまえへの想いを断ち切ろうとここ5年間色んな女と付き合ったよ。でもどの女も何処かおまえに似たヤツばかりだった。…自分では無意識だったけどな。それがどういう意味か分かるだろ?
どんなに綺麗な女でも、魅力があっても杏に勝る女なんていない。どう頑張っても結局杏の代わりでしかなかったんだよ。」

杏を引き寄せ自分の膝に乗せると杏はするりとしなやかな腕を俺の首に回して擦り寄ってくる。

こんな所は子どもの頃から変わらない。

花のような杏の香りが鼻腔を擽り心を満たし、心地良い空間が俺を包んでくれる。

「俺は杏が杏らしくいてくれればそれでいいんだよ。おまえはこの世で一番綺麗だ。俺にとって杏に代わるものなんてないんだから。」

「暁…あたしは暁に相応しくなりたいの。」

「おまえが俺に相応しくないなんて言ったヤツがいるのか?そんなヤツ放っておけ。俺に誰が相応しいかなんて俺が決める事だ。
杏は無理に大人になんてならなくていい。むしろゆっくり大人になってくれよ。あんまり綺麗になりすぎて、他の男の注目を集めすぎるのも困るしな。」

「クスッ…そんなにもてないよ。」

「おまえわかってねぇのな。杏を狙っている奴がどれだけいると思っているんだよ。学校の中まで俺は睨みをきかせること出来ねぇからな。気を付けろよ?」

杏の肩を引き寄せて、その赤く色付いた唇に想いを寄せる。
啄むように優しく触れると、杏が小さな舌を俺の中に滑り込ませてきた。ピリッと痺れるような感覚が伝わり触れた場所からジンジンと甘い痺れるような快感が広がってくる。



…誰が子どもだって?こんなに俺を誘ってくるのに。


これ以上色っぽくなって綺麗になったりしたら、マジで俺嫉妬で学校まで毎日ついて行ってしまいそうだ。

頼むからあんまり綺麗にならないでくれよ。

「杏…愛しているよ。俺がゆっくり大人にしてやるからな。」

キスの合間に呟いた俺の言葉に込められた想いを杏はどの位わかっているんだろうか。



「背伸びしても所詮、あたしは高校生だものね。」

名残惜しい気持ちを残しつつ、唇を離すと杏はポツリと呟いた。その悲しげな顔が不安を煽る。

「何かあったのか?」

「…ほら、明日はバレンタインでしょう。この間の女性(ひと)や沢山の女の人から暁がチョコレートを貰うと思うと何だか悲しくなっちゃったの。
あの人たちから見たらあたしは暁の彼女じゃなくて妹みたいな従妹って存在なんですもの。」

「あの時何か言われたのか?」

「…暁の妹なの?って聞かれた。従妹だって答えたら納得したみたいな顔して『恋人にしては幼いしおかしいと思ったのよ。似ている気がしたのは従妹だったからなのね。』って言われたの。」

そのときの事を思い出したのか、杏の瞳には涙が溜まりつつあった。

「バカだな。何で彼女だって堂々と答えてやらなかったんだ?俺には一生おまえだけなのに…。何だったら婚約者だって言っても良いんだぞ?」

「だって…。あたしなんて彼女達から見たら全然子どもで…。」

「杏は俺の腕の中で大人になるんだよ。他の誰でもないおまえを変えていくのは俺だ。だから他の女が何を言おうと関係ない。」

真っ直ぐに瞳を見つめ想いを告げると、杏は頷くように涙の溜まった瞳を閉じた。ガラスのような透明な雫が頬を伝う。
それが俺への純粋な愛情だと感じて、杏を引き寄せるとそれを唇で追いかけた。

これが杏の心ならば、涙のひと雫さえもすべて俺のものだ。


「杏…他の誰からもチョコは貰わないから安心しろ。俺が欲しいのはおまえの心だけだよ。」

「貰わない?ホントに?」

「ホント。だから心配するな。…あ、陽歌母さんと朱音からは別だぞ?」

「クスッ…それはわかってるわよ。」

「それから蒼母さんもな。」

「パパがヤキモチ焼くかもね。」

「杏だって右京父さんにあげるんだろ?」

「うん、晃くんにもね。」

「……あのクソ親父にはやらなくていい。」

「どうして?晃くんと喧嘩でもしたの?」

「いや、そうじゃねぇけど」

…右京父さんにやるのはしょうがないとして、彼女が自分の父親にチョコを渡すのは…やっぱりムカツクなんて言ったら大人げないかな?

これは杏に内緒にしておこう。


「杏は俺だけに心をこめたチョコレートをくれればいいんだよ。…俺も杏にだけ俺の心をやるから。」

「暁…大好き。」

ふわりと幸せそうに微笑む杏。

…何処が子どもだって言うんだよ。こんなにも綺麗で色っぽいのに。

杏が綺麗になる程に心配が募っている俺の気持ちなんて本人はまったくわかっていない。


頼むから明日のバレンタインにクラスの男子生徒に義理チョコを配ったりしないでくれよ。


こんな事聞いたら杏に嫌がられるだろうか。


でも…やっぱり気になるんだよなぁ。





「……あのさ…クラスで義理チョコとか配ったりするのか?」


恥ずかしながらやっぱり気になって…聞かずにはいられなかった。


「うん。配るよ。」


…マジかよ。杏のチョコレートが他の男に?


「一応担当が決まっていてね。あたしは二人の男の子にあげることになっているの。」

「げっ!二人もかよ。」

「だって義理だよ?大したチョコじゃないし、明らかに義理ってわかるようになっているし…心配しないで。」

俺の態度がおかしかったらしく、クスクスと笑ってギュッと俺を抱きしめながらそう言った。


だけど…自分の父親にすら嫉妬している俺がそんなこと許せる筈も無くて…


「却下だ。」

「え?」

「杏。おまえ明日学校休め。」

「はあ?何を言っているのよ。」

「杏のチョコを他の男になんて、たとえ義理でもぜってぇやりたくねぇし。明日はサボって俺と一日一緒に過ごすんだ。俺も大学休むし。」

「ええ!暁も休んじゃうの?」

「明日といわず今夜から…いや、今すぐに出かけよう。行き当たりばったりだけど何処か二人きりになれるところで明日の夜までずっと一緒にすごそう。」

「パパがまたキレそうだね。」

「また逃げればいいさ。右京父さんが気付く前に…すぐに出発だ。」

膝の上の杏を横抱きにして立ち上がると頬に一つキスを落とす。


そのチョコレートより甘い唇にキスするのはベッドの上の楽しみに取っておくよ。


杏の耳元でそっと囁くと桜色に頬を染めて小さく「バカ…」と視線を逸らした。



なぁ杏、覚えておけよ。嫉妬は男を煽るんだぞ。


特におまえに溺れきっている俺の場合はな…。


今夜はそれなりの覚悟をしておけよ。


チョコレートより甘い極上のバレンタインギフトを朝まで楽しませてもらうからな。






+++ Fin +++

2006/02/09



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『大人の為のお題』より【嫉妬】 お提配布元 : 女流管理人鏈接集




バレンタイン企画 一番手は久しぶりの夢幻華です。相変わらず杏にメロメロの暁。壊れていますね(笑)
この後の二人については…ご想像にお任せします。いつもフェイドアウトでゴメンね暁(滝汗)
「柊花ぁっ!いつまでフェイドアウトばっかなんだよ?いい加減に俺にもちゃんとサセ…」ゴキッ!バキッドカッ☆
…お黙り暁クン。お口が悪いですよ。イイコにしていたらちゃんと書いてあげますからね?
騒がしいヤツが途中乱入しましたが(笑)企画第一弾いかがでしたでしょうか。お楽しみいただけましたら嬉しいです。
明日は…誰が来てくれるでしょうか。おたのしみに♪

朝美音柊花