初めて二人で迎えるあなたの誕生日は満開の桜の下がいい。
桜の花が優しく微笑んでくれる下ならばきっとあなたに伝える事ができるから…。
あたしがどんなにあなたを好きか。
あたしにとってあなたがどんなに大きな存在か。

あたしが…どれほどあなたを愛しているか。


『大人の為のお題』より【泡沫】

** 誕生日の捧げもの **




満開の桜の下でお弁当を広げて温かい春の陽射しに和みながら、ゆっくりと流れる時間を龍也先輩と二人で寄り添って過ごす。
少し前に龍也先輩が、お母さんの話をしてくれたあの桜の木の下で、あの日の約束どおりにあたし達は二人で龍也先輩の誕生日を過ごしている。

あの日の約束…。

毎年先輩のお誕生日をこの桜の下でお祝いする事。
そして、ずっと龍也先輩の傍にいる事。

たとえ約束なんて無くてもあたしはあなたが拒まない限りずっと傍にいる。
だって今のあたしにはあなたがいない毎日なんて考える事すら出来ないくらいにあなたはあたしの心に住み着いているんですもの。


初めて会ったときはこんなにもあなたに惹かれるなんて、ううん。こんなにも自分が誰かを深く想えるなんて…想像もしていなかった。
あなたの為ならどんな事だって出来ると思うし、どんな願いだって叶えてあげたいと思うの。

ねぇ?初めてあなたに告白された時は勢いで頷いてしまって、訳もわからずに始まったあたし達の関係だけど…今は本当にあなたがあたしを好きになってくれた事に感謝しているの。

あなたがあたしに恋していなくても、あたしはきっとあなたを愛していたと思うわ。

だからね…。

あたしが恋するより前にあなたがあたしを愛してくれた事、とても嬉しく思うの。


あなたに出逢えて良かった。


もう、あなたのいない世界なんてあたしには考えられなくて…。

いつだってあなたがあたしを包み込むように愛してくれる事が当たり前になっていて…。

でもね、いつだって心の壁を作って自分の領域に人を入れなかったあなたがあたしを無条件に受け入れて笑顔でいてくれることが、どんなに凄い事かあたしは知っている。
あたしにとって当たり前である事が本当はとっても特別な事でそれが何よりも幸せなんだって事忘れたくないと思うの。

あなたがあたしの隣りで幸せに微笑んでくれる事がいつまでも特別な事だって思っていたいから…。

だから何度でも伝えたいの。

いつまでもこの時間が続いてくれるようにと願いを込めて

いつまでもあなたが傍で笑っていてくれるように祈りを込めて

いつまでもあなたがあたしを愛してくれますようにと想いを込めて


――龍也さん、あなたを愛しています――






ハラハラと淡い雪のように風に舞って降ってくる花びらを目で追いかけていた龍也先輩の視線が一点で止まる。
眩しいのか、それとも昨夜のバイトで帰りが遅くて寝不足だったせいか、いつもより数段色っぽい瞳で見つめてくる龍也先輩に、あたしの心臓はさっきからドキドキと少し早い調子で鳴っている。

「いいお天気になりましたね。温かくて桜も綺麗で…すごく気持ちいい。」

あなたに誕生日のプレゼントを渡すタイミングを見計らっているあたしは緊張を気付かれないように平静を保って見せているつもりだけれど…上手く誤魔化せているかしら?

「クスッ…聖良に花びらがたくさんついてる。綺麗だな。」

そう言うと長い手をすっと伸ばし、あたしについた桜の花びらをひとつひとつ取り払ってくれる。その仕草がとても優しくて、髪に、肩にあなたの手が触れるたびに胸がキュンって痛くなって、それから心臓がこれでもかっ!って言うくらいに五月蝿くなるの。

あなたは相変わらず綺麗な笑顔であたしに微笑んでくれる。

あなたのその笑顔があたしは大好きで…。

その瞳で見つめられ、その笑顔を向けられると、もう囚われたように逆らえなくなってしまうのもいつもの事。

抵抗できなくなってしまうのは悔しいけれど、それでもあなたにはあたしの傍でずっとずっとその笑顔でいて欲しいの。

「桜ってさ、泡沫の夢って感じじゃないか?どんなに美しく咲いても一瞬で散って、何も残さない。泡のように消えてしまうひと時の幻想みたいだ。」

ずっと傍で笑っていて欲しい…そう願うあたしの想いとは裏腹に、龍也先輩は少し悲しげな顔をして、天を仰ぐとどこか遠くを見ながらそう言った。
瞳の先には満開の桜が大きく両手を広げるように青空を薄桃色の霞みに染めている。

「そうでしょうか?あたしは思い出をより鮮明に残してくれる時間(とき)の花だと思いますけど?桜っていつの時代も人の心に生きているでしょう?あたしは桜の下の思い出って心に残って忘れられませんよ。」

あなたがあたしとこれから過ごす時間は夢なんかにしない。いつか懐かしい思い出に変わる事はあっても、淡い幻想になんて絶対にしないわ。

「…桜には胸が痛くなるほど懐かしい思い出も、切なくてやるせなくなるほど哀しい思い出もありすぎて、何もかも夢のようだよ。今こうして聖良と過ごしているこの時でさえいつかは遠い思い出の中の出来事になってしまう。」

ぎゅっとあたしを抱きしめた先輩は震えているように感じられた。
温かい腕に顔を埋めて想いの全てを伝えるように抱きしめ返す。
あたし達は一緒に時間を紡いでいくのよ。あなたを独りになんて絶対にしないから…。


ずっとずっと、あなたを抱きしめて傍で寄り添って生きていくから…。


「きっと素敵な思い出になるでしょうね。いつか子ども達と一緒にここへ来た時に、今日の日の事を懐かしく話すんです。たくさんの思い出を作りましょう。先輩とたくさんたくさん時を重ねてたくさんの思い出を作って、心の中にアルバムみたいに綴っていくんです。あたし達の未来の為に。」

「未来…俺の未来には聖良がいつも笑っていてくれるのかな?」

「あら?今日は随分弱気ですね?どうしたんですか?」

「どうしたのかな。きっと久しぶりにこんなに綺麗に満開になった桜の下で花見をしたからかな?正直母親がいなくなってから、桜は苦手になっていたし、この場所にはあえて近寄らなかったからな。」

龍也先輩の心の傷は、未だに癒える事無く血を流し続けている。
以前よりは少しずつ癒えてきていると龍也先輩は言うけれど、まだまだ傷は深くて、先輩の心の真奥を蝕み続けている。

あたしにあなたの傷を軽くする事が出来たらいいのに…。

「あたしはずっと傍にいますよ。あのね、あたし龍也先輩に誕生日のプレゼントがあるんです。受け取ってもらえます?」

「プレゼント?聖良が傍にいてくれたらそれでいいのに。」

朝からずっとプレゼントを渡すタイミングを待っていたあたしはようやくそのきっかけを見つけて少し心が軽くなった気がした。
だから怪訝な顔であたしを見詰める龍也先輩に、クスリと余裕のある笑みを見せる事が出来たのかもしれない。

「そのお願いを叶えるプレゼントですよ。」

からかうように『当ててみて下さい。』と悪戯めいたウィンクをして少し意味深に流し目を送ってみる。いつも翻弄されてばかりのあたしだけど、最近は龍也先輩に時々反撃するのが密かな楽しみになりつつあったりして…。
今日もここぞとばかりにちょっぴりだけイジワルをしてみても良いよね?
もちろん度が過ぎると後でお仕置きされちゃうからさり気無くだけど…。

「何?聖良にリボンでもつけてくれるって言うのか?」

「ふふっ…似たようなものですね。」

自分で言っておきながら、あたしの返事に目を大きく見開いて驚く先輩の表情に思わず吹き出してしまった。
龍也先輩はそんなあたしを照れ隠しなのかチロッと睨む。

「あのね、これです。」

ドキドキしながら手渡したのは、頭上から降り注いでくる桜の花びらと同じ色の封筒。
龍也先輩はどんな顔をするかしら。

驚くわよね。

喜んでくれるかな?

呆れられちゃったらどうしよう。

でも、きっとあたしの大好きなあの笑顔で笑ってくれるよね。

「手紙?…今開けていいのか?」

コクリと頷くと同時にそれはあたしの手をフ…と離れた。

封筒が手を離れ先輩へと渡った瞬間にビクリと電気が走ったように身体が跳ねた。

それは先輩があたしの気持ちを受け取ったことへの緊張からだったのか…。

それともこの後の、先輩の口から出る言葉があたし達の運命を変えるかもしれないという不安からだったのか…。

自分でも良くわからない。



わかっているのはただ、今この瞬間にあたしの未来が変わるかもしれないということだけ。



ドキドキと五月蝿い心臓を両手で抑え、先輩が封を切るのを黙って見つめる。




カサ…




中身を取り出し開く音がやけに大きく聞こえた。




「せ…いら?これって…。」


驚きに目を見開き信じられないものを見るようにあたしを見つめる龍也先輩の声は震えていた。

呆れるでもなく…。

笑うでもなく…。

ただ言葉を失ったように呆然とその紙を凝視している。

龍也先輩を真っ直ぐに見つめると小さく息を吸い込んでから笑顔と共にプレゼントの言葉を添えた。

「お誕生日おめでとうございます。18歳の誕生日に…あたしの人生を佐々木龍也さんあなたに差し上げます。ずっとあなたの傍においてもらえますか?」

あたしの声は自分でも驚くほど静かだった。先ほどまで緊張してドキドキと五月蝿かった心臓が今は信じられないくらいに落ち着いて、あなたに想いを伝えたいと全身から言葉が溢れてくる。

ふわり…と笑った自分の顔はきっととても幸せそうだったのではないかしら?

あなたを愛しいと想う気持ちがあたしの心を包み込んでいくのがわかる。
胸の中に収めておく事が出来ないくらいに膨らんでくる想いをどうしたらあなたに伝える事が出来るのか、自分の気持ちの大きさにどこか戸惑っているあたしには良くわからないけれど…。

それでもあなたに伝えたいこの気持ちは本物だって言う事はわかる。


あたしに出来る事ならどんな事をしてもあなたを幸せにしてあげたいと思う。

あなたを愛している。

あたしねあなたが愛しくて愛しくて…あなたの人生の一部でありたいと思うの。


だから…あたしの人生、あたしの未来をあなたにあげようと思ったの。

18歳のあなたの誕生日に…。


「聖良…本気なのか?」

「イヤ…ですか?あたしじゃダメですか?」

「イヤな訳ないだろう?俺のほうが頼みたいくらいだ。だけど…」

カサカサと紙が小さな音をたてている。

春風に僅かに煽られているせいもあるけれど、きっとそれだけじゃない。
あなたの心の動揺が現れているからだと思う。

あたしは先輩の手に自分の手を重ねるようにしてその紙を一緒に覗き込んだ。


昨夜自分の名前を書き込んだ部分に指を這わせる。

「ここにあたしの名前を書いてあります。その隣りの欄に先輩の名前を書いて下さいね。今はまだその時では無いけれど…いつか時期が来たら。その日まであたしはいつまでも待っていますから。」


ずっと待っているから。あなたと歩く未来の為に…。

そう気持ちを伝えるようにそっと『婚姻届』と書かれたそれを大切に封筒に戻す。

「バカだな俺。何を弱気になっていたんだろう。聖良が母親みたいにどこかへ消えてしまうかもしれないなんて…バカなこと不安に思ったりして。……ごめんな。」

あたしの肩を抱き寄せるとギュッと力を込めて先輩は呟いた。

「きっと…俺が聖良を幸せにするから。待ってろよ。一日も早くこれを提出して夫婦になろうな。」

「ハイ。ずっと傍にいますから…龍也先輩。あぃ…。」


――愛しています――


重なる唇にその先は言えなかったけれど、きっと気持ちは伝わったはず。

だってあなたの想いが痛いくらいに伝わってきて、触れている全ての場所から愛しさが溢れ出しているもの。



――愛しているよ聖良。一生離してやらないからな。――



――離さないで下さいね。あたしはあなたしか見えないんですから――



桜の花びらが降り注ぐ。
二人の肩に、髪にと降り注ぐ。

意識が桜色に染まり、薄桃色の世界に二人しか見えなくなる。

今日の日が思い出になったっていいじゃない。
たとえ泡沫の夢のような時間であっても、あたしは決して忘れたりしない。

たくさんたくさん思い出を一緒に綴っていきましょうね。

しっかりと瞳を見つめて想いを伝える。

あたしは決して忘れないから…。



「聖良…愛しているよ」




小さく擦れた声が耳元に届いた時、一陣の風が舞い上がり――




彼の頬を一筋だけ伝った小さな水滴が花びらと共に空へと舞い上がった。







+++ Fin +++

2006/04/08


4月8日は龍也の誕生日です。聖良のちょっと意外なプレゼント、お楽しみ頂けましたでしょうか。
龍也は桜の花にとても悲しい思い出があります。ですから今回はかなりヘタレでしたね(笑)
彼の心の奥底には母親のようにある日突然聖良がいなくなるのではないかという不安が常にあるようです。そして桜の花が過去の記憶を呼び起こし今回のように少し不安定な心境になっています。
それでも、いつの日か彼の心の傷は聖良によって癒されていく事でしょう。
これからもこの二人を見守り続けて下さいね。よろしくおねがいします。
龍也お誕生日おめでとう。

朝美音柊花

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