** アッシュの独り言2 **



オレはアッシュ。

ビロードのような艶やかな毛並みと宝石より美しいブルーの瞳が自慢のかなりカッコいい黒猫だ。

この辺りじゃオレの事を知らない猫はいないし、はっきり言ってかなりモテル。

しかも腕っ節はかなりのもので、このあたりのオスはオレに絶対服従だ。

たまにオレに惚れたメス猫を争って、一方的に喧嘩を吹っかけてくる身のほど知らずなヤツがいるが、そう言うヤツは必ず次の日にはオレに忠誠を誓っているか、町を出て行くかのどちらかだ。

別に…メス猫なんて興味ないんだからさ、争う必要なんて無いのに、いきなり喧嘩を吹っかけてくるヤツが悪いんだよな。


…オレは誰だって良い訳じゃないんだ。

オレの傍にいるのは本当に好きな相手であって欲しいんだ。


ああ?猫のクセにって、今思っただろう?

バカにするなよ?猫だってサカリの時期だけが恋の季節ってヤツばかりじゃないんだ。

まぁ…ちょっと前までは、そんなもんだと思っていたけどさ。

サカリの季節になれば、身体はどう足掻いても本能に従いたくなってしまう。

オレはモテルから選り取り見取りだ。どんなメス猫だって、オレが望めすぐに擦り寄ってくるだろう。

でも今欲しいのはそんなんじゃない。

欲しいのは、オレが心から求める『本物の恋』ってヤツだ。


オレの相棒の龍也を見ていたら、本気で誰かを愛してみたくなった。

ただ一人の愛しい人と、本物の恋ってやつをしてみたいと思うようになったんだ。



降りしきる雨の中、子猫だったオレを拾った龍也。

出逢った瞬間に感じていた。

龍也は、ずっと寂しさと孤独の中で生きていた…と。

あいつは、感情の無い冷たい瞳でオレを見た。

寒くて震えているオレを見捨てるかと思ったのに、とても柔らかく、包むように抱き上げて、自分の身体で庇うように、オレを冷たい雨から守って連れて帰ってくれた。

優しさをどう表現していいか分からない不器用なヤツだ。

頭が良くて、顔もかなりの美形で、スポーツもできる比の打ちどころの無い男だが、唯一感情が欠落して、人間味に欠けている部分があった。

オレは保護者(だと思っている)として、そんなあいつをずっと心配していたんだ。


そんな龍也を変えたのが聖良さんだ。


聖良さんは、捻くれてとんでもない方向に性格がよじれちまっている龍也と違って、とても優しくて真っ直ぐな可愛い人だ。

ニコニコといつも天使のような笑顔を振りまいて、周囲の人間を優しい気持ちにさせる。

あの龍也でさえ、聖良さんの笑顔にはメロメロで、オレにさえ見せたことが無い究極のビューティスマイルを惜しげもなく彼女に降り注いでいる。

目なんてハート型になっている事も多いんだぞ?

二人のラブラブぶりって言ったら、そりゃあオレが部屋に居た堪れないほどで…。

……っつーか、大抵は速攻で部屋から追い出されちまったりするんだけどさ。

でもさ、あの二人を見ていたら…本当にすげぇ幸せだってオーラが滲み出ててさあ…。

本気の恋ってこんなにも良いものなのかと思い始めた。

だって、あの龍也が笑っているんだぞ?

すげぇ幸せそうに満たされた顔しているんだぞ?

愛の力って言うのは、奇跡を起こすくらいすげぇもんなんだって、しみじみ思ったよ。

オレにはまだ、本気になれるメス猫(あいて)はいないが、龍也みたいな恋をいつかしてみたいと思う。

そして、いつか本気で愛する事ができる相手を見つけたら、本当に大切にしたいと思う。



二人を見ているうちに、そんな風に思うようになったんだ。



***



龍也が聖良さんとイイ仲になってからは、週末はあの部屋にオレの居場所は無くなってしまった。

金曜と土曜の夜は無理矢理外へ放り出されて、昼過ぎまでは部屋へ入れてもらえない生活も、もうすぐ一年になろうとしている。

オレっすげぇ苦労猫じゃねぇ?

暖かい時期ならいいが、寒い季節はもういい加減にしろと暴れたくなるぜ。

今だって季節は街にイルミネーションがキラキラと輝くような時期だ。

はっきり言ってすげー寒い。

だが、それを態度に出すと、聖良さんが寒そうだからと作ってくれたお手製のピンクのセーターとか、フリルの付いた服だとかを無理矢理着せられる。

はっきり言ってあれはいただけない。

だからたとえ外が氷点下であってもオレは絶対に寒いなんて態度は取らない事にした。

だが、正直冬は部屋でぬくぬくしていたいのが本音だ。

たとえ二人が隣りでイチャイチャしていても、それは目を瞑っていてやるさ。オレは大人だし寛大なんだ。

だから、部屋から出さないで欲しいんだよなあ…。

そんなオレの譲歩した気持ちを無視し、龍也はあくまでも自分勝手だった。


昨夜も夕食を終えて聖良さんの肩を抱き寄せていたあいつは、不意に立ち上がるとオレに歩み寄ってきた。

時間は9時になろうとしている。…ああ、またいつものやつかと小さく溜息をついたオレ。

一応覚悟はしていても、寒いモンは寒い。聖良さんが止めてくれる事を心で願ってみるが、彼女はオレがこの時間になると散歩に行くのだと思い込んでいる。

……それ違うから。洗脳されないで欲しい。

「んー?アッシュ、散歩に行きたいのか?聖良が心配するからいい加減に帰って来いよ?」

すげぇ綺麗に微笑みながら心にも無い優しい言葉を吐きつつ、オレを抱き上げると、ベランダに放り出す一瞬前に、聖良さんに気付かれないように冷たい声で耳元で低く囁く。


「アッシュ、分かっているだろうが絶対に朝帰り…いや、昼帰りをしろよ。あんまり早く帰ってきやがったら晩飯は抜きだ。」


…ひでぇヤツだ。おまえ悪魔じゃねぇか?


龍也って、やっぱり性格がひん曲がっていると思う。

聖良さーん。こいつはこう言うヤツなんだぜ?

騙されてないかぁ?

ピシャン☆と拒絶を物語る冷たい音で締め出されたオレが、大きな溜息をついてベランダから飛び降りようとした時、部屋の中からは聖良さんの甘い声が漏れ始めていた。

はぁ…しょうがねぇ。明日は出来るだけ遅く帰ってきてやるか。

そう心で呟いて、オレは部屋を後にした…。



眠い目をこすってフラフラとベランダへ戻ってきたのは、土曜日の昼すぎ。時間は既に1時を過ぎた頃だった。

約束どおり昼までは邪魔しないでやろうと、いい加減眠くて早く帰りたいところを、めいっぱい時間を潰して帰ってきてやったんだ。

普段は夜遊びしても、朝にはいい加減帰って来るオレがこの時間まで出歩いていたんだから感謝してくれよ?

こんな日に限って泊めてくれるダチもいなくて、おまけにこの寒空だ。すげぇ大変だったんだからな。

オレの苦労も知らず、あいつらはまだ起きていないようだ。

オレだっていい加減、自分の寝床で寝たいんだよなぁ…。

起きて欲しいよなぁ…。

しょうがない、邪魔者扱いされるのは分かっているが、龍也のベッドルームの窓ガラスを引っかくしか無さそうだな。

はふっ、と大きく溜息をついてから、キラリン☆とツメをたて、ベッドルームの窓を思いっきり引っかき始めた。


10分後…。



ようやくオレの願いが通じ、すげぇ機嫌の悪い龍也が窓をあけ、オレを中へと入れてくれた。

全裸一歩手前の龍也がうざったそうに前髪をかきあげ、速攻でオレを部屋からつまみ出す。

ドアが閉まる瞬間に、シーツの海から酸素を求めて顔を出す聖良さんの姿が目に飛び込んできた。

ああ、邪魔しちまった訳ね?

龍也の聖良さんへの溺れ方は尋常じゃないからなぁ。

きっと猫のオレにさえ、肌を見せたくないとかアホな嫉妬をして、聖良さんを布団の中に押し込んだんだろうなあ。

天才と何とかは紙一重って言うけど……オレ(猫)に嫉妬って…マジでアホの極みだな。

頭のいい奴ってやっぱりどこかネジが飛んでいるのかもしれない。

オレは呆れながらリビングへ向かうと、陽だまりのできるいい場所に聖良さんが用意してくれたベッドに潜り込み、すぐに丸まって瞳を閉じた。

ちなみにこのベッドも聖良さんのお手製で、ちょうどいい大きさの籐の籠に可愛らしい少女趣味のクッションを敷き詰めて飾られている。

家具も少なく殺風景なこの部屋には恐ろしく不似合いなものだ。

例の洋服同様かなり恥ずかしいのだが、寝心地が凄く良いから、このベッドで寝るようになってから、どうも他では熟睡できなくなってしまった。

夜遊びしても早々に帰って来る理由がそれだって知ったら…龍也のことだ、ベランダにベッドを出しておくからそこで寝ろとか言われそうだな…。

この季節にそれは嫌だよなぁ。バレない様にしなくちゃ…。



ああ、お日様があったけぇなぁ。

スゲー眠い。

よく頑張ってこの時間まで耐えてたよ。エライぞ、オレ!


まったく、あの二人もベッドルームに閉じこもってないで、外にでも行けばいいのに…。

あの二人の休日の光景は、いつだってメチャクチャ甘い。

ホットミルクに角砂糖を10個くらい入れて胸焼けした方がまだマシだっていうくらいの甘さだ。

なんつったって、聖良さんが泊まりに来て午前中に二人が起きた事はただの一度も無い。

大体、聖良さんが夜の間に寝かせてもらった事も無い気がする。

……人間って夜行性じゃなかったよな?

普通は夜に寝るはずだよな?

龍也が特別なのかもしれないが、あいつは聖良さんが来ると、どうも嬉しくて(?)朝まで眠れないらしい。

それに付き合わされる聖良さんは本当に大変そうで、次の日疲れ果ててグッタリしている姿が、余りにも可哀想になることがある。

…まぁご愁傷様ってことだな。

しょうがないじゃん。龍也みたいなヤツを好きになっちまったんだから。

彼女が騙されたって可能性も否めないが…

まぁ、諦めてやってくれよな。龍也のあの笑顔の為にも、オレの平穏の為にもさ…。

夢に飲み込まれていく途中で、二人のじゃれあう声が聞こえてきたけど、それさえどうでも良くなっていく。

霞みが掛かる世界の中で耳に届いた龍也の擦れた声。



「聖良…誰よりも愛しているよ…。」



俺の前では決して聞けない優しく幸せなその声に心が温かくなる。


聖良さんと出逢えてよかったな…龍也…


とんでもなく捻くれた相棒だがやっぱりお前には笑っていて欲しいよ。


二人の幸せがこのまま永遠に続いて、龍也がずっと笑っていられるなら


一日といわず一年でもベッドルームから出てこなくても、まあいっか…。


ああ、でもそれって、オレが今夜も追い出されるって事だよなぁ…。


しょうがない。しっかり寝て気力と体力を回復しておこう。



そんな事を考えながら、オレは夢の中へ落ちていった。






+++Fin+++


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『大人の為のお題』より【朝帰り】 お提配布元 : 「女流管理人鏈接集」


アッシュの苦労話第2弾でした。可哀想に…龍也に拾われたのが運の尽きだね。
彼のボヤキは尽きることがありません。エピソードはたくさんあるけれど、全て聖良を溺愛するが故の龍也の自己中心的な行動によるものだという事は、賢明な皆様には既にお分かりの事でしょう(爆)
天然の聖良は全くアッシュの苦労に気付いていません。むしろアッシュを可愛がる事で無意識に龍也の嫉妬を煽っているかも?聖良も意外と残酷です( ̄v ̄;)
アッシュがんばれー!君にも早く恋人をつくってあげなくちゃね。

2006/12/11

朝美音 柊花


**Happy Birthday to Pchan!**

少し遅れたけれど、お誕生日おめでとう。
復帰第一作目のこの作品をあなたの誕生プレゼントとして捧げます。
いつも支えてくれてありがとう。
これからも宜しくね。

愛を込めて…柊花より