『大人の為のお題』より【媚薬】
St. Valentine's Day Special Story 4

** Love Step **




生徒会室に一歩足を踏み入れたあたしは言葉を失った。

「うわ…何これ?」

視界がさえぎられる程の高さに詰まれた段ボール箱の山。
部屋に立ち込めるほのかに甘い香り。

一番近くにある箱を覗いてみると、綺麗にラッピングされた可愛らしい箱が幾つも入っている。



……コレってチョコレートじゃない?


どうしてこんなに沢山生徒会室にあるんだろう。

別に風紀委員が没収してきたわけじゃないわよね?
バレンタインだからってチョコレートを学校に持って来ちゃいけないなんて話聞いたことが無いもの。




入り口に突っ立ってこのまま中に入るべきかどうか暫し考える。

生徒会室が開いているって事は会長の龍也先輩か副会長の暁先輩が来ているってことよね?
でも…室内に誰かがいる気配って無いんだけど。

ダンボールの影になって見えないだけなのかな?


「あの…誰かいます?」

恐る恐る声をかけると、室内に入ってみる。

きっと今のあたしの姿を誰かが見ていたらお化け屋敷にでも入るのかと思われるかも知れない。

…でも、何だかこわいんだよね。

あ、いや。お化けが出るとかじゃなくて、段ボール箱が崩れ落ちてくるんじゃないかと思ってよ?
あたしの身長くらいに積まれた箱が…幾つあるんだろう。数える気もしない。

コレ…本当に全部チョコレートなのかな?

まさかね?お店1軒分買い占めたってここまではならないんじゃない?


「龍也先輩はきっと沢山貰ってくるんだろうな。…あたしの作ったチョコなんて埋もれちゃったらわからなくなっちゃうよね。」

ふぅ…。と小さく溜息をついてカバンの中から取り出した小さな包み。
赤や金と言った派手な色で埋め尽くされているダンボールの中のチョコを見ると自分の用意したものがとてもシンプルでこの中に混ざってしまったら絶対に見つけてもらえないだろうと思う。

「いいもん。目立たなくても愛情は一番こもってるもん。」

ポソッと自分に言い聞かせて龍也先輩の顔を思い浮かべる。喜んでくれるかな?

「へぇ。そりゃうれしいな。」

突然ダンボールの中から聞こえた声にビクッとして包みが手から滑り落ちた。

「あ!」

反射的に受け取ろうと手を伸ばした時…




…グイッ☆




誰かがその手を取ってあたしを引き寄せた。



「え?」

ふわりと温かい胸に顔を埋めるような形で抱きとめられる。

「つかまえた。」

その声に驚き見上げると満面の笑みの龍也先輩がいた。

…ずい分機嫌がいいみたい。何か良い事あったのかな?

「龍也先輩、ビックリしたじゃないですか。あんまり驚かさないで下さいよ。」

「驚かすつもりは無かったんだけどな。聖良があんまりかわいいこと言うから我慢できなくなった。」

「……何か言いましたっけ?」

「目立たなくても愛情は一番こもってる〜ってね?」

「あ!聞いていたの?やだっ恥ずかしい。」

「すげぇ嬉しかった。で、抱きしめてキスして押し倒したくなった。」

「……抱きしめるだけにして下さい。」

「やっぱりダメかな?」

「あたりまえです。ここを何処だと思っているんですか?冗談でもそんなこといわないで下さい。」

「ははっ…冗談だよ。本当はかなり本気だったんだけど…

「え?聞こえなかった。なぁに?」

「なんでもない。…で、その愛情はどこ?」

「あ、ビックリして落としちゃったんだけど…あれ?」

「落ちてないぞ?」

「あぁぁっ!やだ、先輩とあたしの間で潰れちゃってるわ。あ〜ん。こんなにペッタンコになっちゃって…。」

「うわ、ゴメンせっかく聖良が作ってくれたのに。」

「あ、ううん。あたしは良いんですけど、先輩にこんな潰れちゃったチョコをあげるのはちょっと…。」

「俺なら構わないよ。聖良が作ってくれたって言うだけて幸せだし。」

「…でも、こんなのあげられないもの。」

見事に潰れた包みを見て流石に躊躇する。きっと中身もバラバラになっているんじゃないかな。

「味は変わらないだろう?中を見ても良い?」

「う…ん。いいですけど…。きっとメチャクチャになっていると思う。」

はぁ…昨夜遅くまでかかって作ったのに…何だか凹んじゃう。
先輩が貰う沢山のチョコに負けないのは、せめて愛情って思っていたのに、いくらなんでもこんな形の崩れたものじゃ愛情がこもっていても余りにも酷いわよね。

「おっ!中身は大丈夫みたいだぞ。」

「え!本当に?」

覗き込んでみるとその通り中身は何とか崩れずに残っていたようでホッとする。

「はぁ〜よかったぁ。昨夜あんなに頑張ったのにダメになっちゃったと思ったわ。」

「…遅くまで起きて作っていたのか?」

「え?あははっ…ちょっとだけ。」

本当は2時までかかったなんて言えないよ。きっと心配しちゃうよね。

でも龍也先輩はそんなあたしをお見通しなのかもしれない。

「眠かったら腕枕でもしてやろうか。」

そう言ってクスッと優しく笑う綺麗な笑顔にドキッと胸が躍る。

「ありがとう聖良。俺の人生で初めて好きな人から貰ったバレンタインのチョコレートだ。」

ギュッと抱きしめて頬にキスすると優しく髪を弄り始める龍也先輩。
指が髪を通り抜けるたびに『好きだよ』って言われているように感じるのは、気のせいなんかじゃなくて、先輩が心からそう思ってくれているんだと思う。

お正月に先輩と結ばれてから、あたしの中で確実に何かが変わり始めている。

今までだったら気付かなかったかもしれない先輩の心の変化や、さりげない仕草の中に込められた先輩の想いを自然に感じる事が出来るようになってきたみたい。

龍也先輩はあたしの手を引いてソファーに座るとチョコレートを一つ取り出した。
それぞれ味の違うトリュフが6個。結構大変だったんだ。

龍也先輩気に入ってくれるかな。

「聖良、口開けて。」

「え?あたしが食べるの?」

「一緒に食べよう。二人で食べたほうが美味しいだろう?」

ニッコリと笑ったその顔は、あたしが大好きな笑顔で…。

何を考える事も出来ないくらいにぼうっと見惚れてしまって言われるままに口をあける。


ポンと口の中に放り込まれたチョコレートがトロリと溶けて口の中いっぱいに甘い味が広がる。


うん、われながら上出来。

「美味しい?」

「うん、美味しいですよ。ってあたしが作ったんですけど…っ!」

言い終わる前に、『じゃあ頂戴』って聞こえたと思うといきなり引き寄せられて口の中で溶けているチョコレートごと舌を絡められた。

味わうようにチョコレートが溶けてなくなるまで深く舌を絡めて、何度も吸い上げられる。

頭のシンがくらくらするようなキスに時間も感覚も痺れてどの位こうしているのかすらわからなくなってしまう。
唇の端から唾液と混ざって伝っていくチョコの筋を舐め取られ、ようやく長いキスから解放された頃には、あたしは息があがって、顔も赤かったと思う。


「うん、最高だね。やっぱり二人で食べると美味いな。」

「ふっ…二人でって普通こう言う意味じゃないでしょう?恥ずかしいじゃないですか。誰か来たらどうするんですか?」

「大丈夫、どうせこのダンボールの山で見えないし…。」

それだけ言うと再びキスの雨が降ってくる。
同時に制服のボタンに先輩が手をかけた。一つ二つと外し始めて胸元を大きく肌蹴ていく。

「…っん…」

こんな所で…本当に誰かに見られたらどうするんだろう。

やめてと言おうとして身動きした時に足元のダンボールを蹴ってしまった。周辺の箱がバラバラと雪崩れを起こすように崩れて、あっという間に室内に色とりどりのチョコレートが散乱する。

渋々唇を離して残念そうにあたしを見てくる龍也先輩。
…そんな顔しなくてもいいじゃないですか。大体ここは生徒会室ですよ?

「残念…まあいいや。後は家に帰ってから食べさせてもらうから。」

…食べさせてもらう?

チョコレートを?それとも…。

何だか凄く嫌な予感がしてきたのは錯覚じゃないかもしれない。

予感を振り切るようにサッと身なりを整えて、すぐにチョコレートを拾い箱に戻す作業を始める。

一体このチョコレートの山は何なんだろう

「龍也先輩。このチョコレートって何ですか?」

「処分品。」

「処分品?」

「暁と響と俺宛に届いたチョコレートだよ。俺達は本命以外の誰からも受け取らないから、色んな人の手を渡ってここまで届けられたみたいだ。」

「…これぜんぶビケトリの三人宛なんですか?」

「そうらしい。受け取らないってわかっているのに無理矢理人を通してまで押し付けてくるなんて…訳わかんねぇ。」

「…龍也先輩、受け取らないの?」

「俺は聖良以外の女からなんて何も欲しくない。絶対に受け取ってもらえないってわかっているのに持ってくるっておかしいと思わないか?大体このチョコレートを持ってくる女の中には彼氏持ちのやつも少なくないんだぜ。」

「えぇ?じゃあ何で先輩たちにチョコレート渡そうとしたりするの?」

「結局俺達はただ騒ぎたい為に利用されているんだ。アイドルに恋していると錯覚しているようなものなんだよ。…正直な話迷惑だ。」

散乱したチョコレートを拾い集めながらその綺麗にラッピングされた一つ一つに込められた想いを考える。

「…でもやっぱり彼女達は先輩のことが好きなんだと思う」

きっとドキドキしながら、龍也先輩たちが受け取ってくれるところを想像して買ったんだろうな。
なんだかこのまま捨てられちゃったら可哀相。

「このチョコレート…捨てないであげて下さいね。錯覚しているだけの人もいるかもしれないけれど、本当に先輩たちが大好きな人も沢山いるし、少なくとも想いが込められたものだから、そのまま捨ててしまうのは可哀相だもの。」

「聖良は優しいな。…俺としてはヤキモチを妬いてくれるくらいのほうが嬉しいんだけど。」

「そりゃ、妬けますよ。でも、きっと先輩たちの顔を思い浮かべて一生懸命選んだり作ったりしたんですよ。ドキドキしたり切なかったりしながら一生懸命迷って悩んで…胸が苦しくなるような想いを込めたかもしれない。
あたしにはその気持ちがわかるから…捨てないであげて欲しいの。」

「聖良は…嫌じゃない?」

「ヤキモチは少し妬きますよ。でも嫌じゃないです。あたしはこんなに先輩に愛されているし、凄く幸せだから。」

「…まだまだ足りないくらいだよ。どうしたら俺の気持ちを伝え切れるのかわからないくらい愛しているよ。」

「クスッ…龍也先輩ったら。」

「聖良がそう言うならチョコレートは捨てないよ。でも受け取る気も無いから…。この近隣の保育園にでも寄付するよ。」

「あはっ。それ素敵ですね。子ども達喜んでくれるかな。」

「聖良のそう言う優しい所が好きだよ。」

ふわり…あたしを何かでくるむように優しく抱きしめると真っ直ぐにあたしの瞳を見つめてくる先輩は、なんだかとても嬉しそうで、あたしまで幸せな気分になって来る。

「俺、すげぇ幸せだよ。聖良の澄んだ真っ直ぐな瞳に俺が映っている事がどんなに幸せだと感じているか…何かの形にして伝えることが出来たらどんなにいいかと思うよ。その天使みたいな微笑も、耳に心地良く響く笑い声も、俺を誘うような紅い唇も…誰にも見せたくないくらいだ。」

「やだ、龍也先輩。なんだか酔っているみたい。どうしちゃったんですか?」

「聖良のチョコレートに酔ってる。」

「また冗談言って。そういえば今日は会った時からずっと機嫌がいいですよね。何か良い事でもあったんですか?」

「だってさ、聖良が俺の為に作ったチョコレートを一緒に食べられると思ったら…ねぇ?」

そう言ってあたしを引き寄せるキスをする龍也先輩の顔が凄く色っぽくて、先輩の触れるところが全部熱くて胸がドキドキと暴走を始める。

「…んっ…ぁ…た…つや…」

「朝からずっと楽しみにしてたんだ。聖良とバレンタインの夜を過ごす事。家まで我慢するつもりだったけど、なんかもう止められなくなってきた。聖良…チョコレートに何か入れただろ?」

「え…何も…入ってません…っ。」

「ウソだ。絶対に何か入ってる。俺を夢中にさせる媚薬みたいなものが……すっげぇ聖良が欲しくなってきた。」

激しいキスに翻弄されてぼんやりした意識の中で先輩の言葉の意味を考えていると、キスの合間にいつの間にか胸元のボタンが外されて、先輩の手が滑り込んできている。

「先輩ったら…ぁっ…ダメ…。」

喉を滑る生暖かい舌の感触にザワリと肌が粟立って体の芯が熱くなる。
指の触れる場所から熱が放たれて体の奥の一点にうねるような熱いものが込み上げ始める。
龍也先輩を受け入れる度に体に刻まれたあたしの中の女の部分が目覚めるのがわかる。

「…っと、待って下さい。」

「ん…待たない。今日は泊まって行くだろ?早く帰ろうぜ、俺もう持ちそうに無い。」

「え…と、泊まるんですか?」

「泊まるのが嫌なら、やっぱりここでこのまま押し倒しても良い?我慢できないし。」

「いや。あのっ…だめです。泊まりますっ。」

「だよなぁ。チョコはあと5個残ってるし、全部食べさせてもらうのは時間がかかりそうだしな。やっぱり帰ってゆっくり楽しもうな。」

「…おひとりで全部召し上がって頂いてもあたしは構いませんが…」

先輩のために作ったんだから…そう言う意味で言ったつもりだったのに…。

「ほぉ…。そう言う冷たいことを言う口は嫌いだな。お仕置きが必要なんじゃないか?」

「えっと…あの…」

「今夜は徹夜を覚悟してもらおうか?」

冗談でしょう?昨夜も余り寝ていないんですけど。

「二度とそんなこと言えない様に一晩中体に教え込んでおいてやるからな。しっかりと俺の愛情を受け止めろよ?」

ニッコリと微笑む素敵過ぎる笑顔がまるで悪魔と契約を交わしたかのように見えますよ?



「…聖良は明日の授業に体育ってあったっけ?」

「へ?いえ…無かった筈ですけど?どうしてですか?」

「だって、キスマークだらけで着替えなんて出来ないだろ?あ、でもその前に明日は学校を休まないとダメかもしれないよなぁ。」

死刑宣告に聞こえます。

この後のあたしの運命をさりげなく連想させるようなコワイ言葉をそんなに素敵過ぎる笑顔でいわないで下さい。

あぁ…でも、例えあなたが悪魔でも構わないと思うほどにあたしはその笑顔に弱くって…。


「さ、帰ろう。早くしないと俺、本当に聖良をここで襲っちまう。」


その笑顔の前には抵抗なんてできる筈もなくて…。


結局拉致されたあたしはその夜残りの5個のチョコレートを全部口移しで食べさせられた。


チョコレートが一つ溶けるたびに意識を飛ばすほどに愛されて…


最後のチョコレートに関しては、それこそまったく記憶が無いくらいで…


先輩が予言したとおり、あたしは次の日学校を休むハメになった。



初めてのバレンタインで学んだ事がある。


一つ。チョコレートは早めに用意して前の晩は寝不足にならないこと。


二つ。龍也先輩のお仕置きを受けるような言葉は慎むこと。


そして三つ。これだけは何をおいても絶対に死守すると決めた。






バレンタインのチョコレートは一個だけにすること。





+++ Fin +++

2006/02/12


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『大人の為のお題』より【媚薬】 お提配布元 : 女流管理人鏈接集




バレンタイン企画第四弾!『Love Step』のふたりです。相変わらずバカップルまっしぐらですね(笑)
本編では龍也の過去の傷など少しシリアスな傾向もありますが、基本的にこいつらは柊花ワールド一番のバカップルだと思います(爆)
龍也のやつ…相変わらず溺れまくっていますね。聖良に関してはご愁傷様としか言いようがありません。( ̄▽ ̄;)
この二人の甘い夜は書くのが忍びないのでフェイドアウトです。読みたかった方…いらっしゃるんでしょうか?こんなゲロゲロに(汚)甘いやつ。
っつーか、書ける自信がないので(ノ-o-)ノ お手上げ〜ってことで…ご想像にお任せしたいと思います。(逃!)
さてさて、いよいよ明日は最終日。ここまで糖度が増してしまったバレンタイン企画のラストを飾るベスト激甘カップルは一体誰になるんでしょうか?楽しみにお待ち下さいね♪

朝美音柊花