『大人の為のお題』より【Indian Summer Day】
Love Step番外編

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朝晩の気温がグッと下がり、冬の気配に慌しく木々が衣替えをする11月。
ひと雨ごとに寒くなり、ぐずついた天候が多いこの季節には珍しく見事な青空が広がった。
まるで今日の行事の為にあつらえた様な小春日和。

だがここにそれを喜ばない男が一人、恨めしげに天を仰ぎ恨み言を呟いている。
そして、それを複雑な表情で見守る親友が二人。
言わずと知れたビケトリの三人である。

「はぁ〜…見事なISDだな。ったく…」

「なんだよ、龍也。そのISDって?」

「Indian Summer Day…」

不思議そうに問う暁に、龍也はぼそりと呟いた。

KY(空気読めない)やHK(話し変わるけど)なら解るが、Indian Summer Dayを略したって誰にも通じねぇってーの。と呆れる響と暁。
やはり龍也の思考回路は常人とは少し違うらしい。

Indian Summer いわゆる小春日和であることが何故こんなにも彼を憂鬱にするのか、ピンと来た暁は相変わらずの龍也のヘタレ振りに苦笑し、響はその隣で呆れたように芝居がかった溜息をついてみせた。

「あのなぁ、龍也。今日は年に一度のマラソン大会だぞ?
し・かーも! 3年生の俺達にとって、この2年間の決着をつけることのできる最後の日だ。小春日和な一日って事は喜ばしいことだろうが?」

「……どしゃ降りなら良かった」

響の気合十分の説得にも興味なしといった雰囲気の龍也に、暁もお手上げと両手を挙げてみせる。

響の気持ちも解らないではない。
入学して2年間、マラソン大会のトップは毎年ビケトリの同着だった。
1年目に全く同じタイムでゴールした3人の勝敗は、2年目にビデオ判定することで決着が見られると思っていた。
だが、このときも全くの同着で、コンマ1秒の狂いも無いほどに息のあった(?)結果だった。
成績では龍也に未だに勝った事の無い響としては、何としてもマラソンだけは3年目の最後の勝負で決着を付けたいと意気込んでいたのだ。

「まあまあ、響が2年間の決着を付けたい気持ちは解るけど、今の龍也はそれどころじゃないろうな。なんせ、最愛の彼女の去年の事があるから…ねぇ?」

暁の同情を含んだ視線に、龍也はどんよりと暗い溜息を吐く。
響もようやく去年の騒ぎを思い出し、龍也の滅入り方に納得がいった。

「あ〜…。まぁ…心配な気持ちも解るけどさぁ…今年は大丈夫なんじゃね? 去年みたいな事の無いように厳戒態勢で当たっているはずだし」

慰めになるかならないか、かなり微妙な台詞で龍也を励ます響。
龍也が勝負に参戦するか否かは彼女のマラソンの結果次第になりそうだ。と、暁と響が視線で会話をしたことに、果たして龍也は気付いていただろうか?

龍也の溜息の原因、それは最愛の彼女、蓮見聖良のことだ。

彼女の体操服姿を見せたくないという嫉妬から、体育系行事のたびに聖良を保健室送りにするほどの過保護ぶりは、ご存知の方も多いだろう。
だが今回龍也がおかしいのは嫉妬の為ではない。

実は、聖良は去年のマラソン大会で、コースを間違え行方不明になったのだ。

スポーツ全般が得意ではない聖良は、走るのも遅い。
去年のマラソン大会でコースを外れたのも、途中で集団に追いつけなくなりマイペースで走っていた為に起こったハプニングだった。
途中、聖良がコースを外れたことに誰も気付かず、全員がゴールした時点で、ようやく龍也が気付き、大騒ぎになったのだ。
龍也が瞬時に動いたことは言うまでもなく、既にマラソンを終えたとは思えない体力で飛び出していった。
そのスピードが最初に走ったとき以上の早さだった事は、未だに『愛の奇跡』と事あるごとに話題に上るほどで、陸上部顧問が土下座して龍也に入部を願ったとか願わないとか、色々と噂は絶えない。

当の聖良は龍也に発見されるまで、コースから一本外れた河原の、土手のくぼみに足をくじいて座り込んでいた。
コースを間違えたと気付き、戻ろうとしたときに雑草に足を取られ、そのまま滑り落ちてしまったらしい。

足の痛みに立ち上がることも出来ず、不安だったのだろう。捜しにきた龍也を見たとたん、泣き出してしまった聖良。
あまりの愛しさに思わず抱きしめた龍也が、その場で襲わなかった事はある意味奇跡だったかも知れない。

…たぶん、足の怪我がなかったら、その確率は98%以上だったであろうと思われる。

襲うことはせずとも、心配した分だけ抱きたい本能が消えるわけでもなく、足の怪我を理由に聖良をお姫様抱っこしたのは龍也の腹の黒さを物語っている。
おんぶで胸の柔らかさを堪能するのも良いが、恥ずかしげに頬を染める聖良に、心配した侘びとお礼を兼ねてキスやら愛の言葉やらを散々要求する策略だ。
思いっきり鼻の下が伸び、スケベ親父化した龍也の姿を学校関係者が見たらきっとスクープものだっただろう。

もちろんお姫様抱っこで姫を連れ帰ったヒーローを新聞部が逃すはずは無い。
次の校内新聞の一面は、頬を染めた聖良と愛しげに彼女を見る龍也で飾られた。
普段から余り笑わず表情を崩すことの無い龍也の、珍しく柔らかな微笑みに、新聞が飛ぶように売れたのは当然で、後日その時の写真が学内オークションで5万円もの高値がついたことは、後に伝説となる。

幸い聖良の怪我は捻挫だけで、特に骨折もなく、頭なども打っていなかったのだが、龍也にとって彼女が怪我をしたという事実は重かった。

通常マラソンコースには、大会実行委員がそれぞれの持ち場でコースを指示することになっている。
だが、聖良と最後尾を走っていた集団が余りにも離れていた為、係りの者が聖良の前で全員通過したものと思い込んでしまい、その後から来る聖良の存在を確認せずに引き上げてしまったのだ。
その場を担当した少年Aが龍也の怒りによってどうなったかは、あえて言わずとも想像がつくだろうという事で、この場では語ることを控えよう。

その日の夕方、マラソン大会実行委員と生徒会役員が召集されたのは言うまでもなく、反省会は5時間にも及ぶ前代未聞の長さとなった。

今年は去年のようなことが二度と無いよう、マラソンコースには進行方向を示す矢印を設置し、職員が主要箇所に立つこととなった。
まず聖良が迷子になるはずがない。
だが龍也にとって心配事は尽きることは無いのだ。

願わくばスコールでも来て、中止にならないかと半ば本気で雨乞いをしてみる。
だが、見事な小春日和の青空には、雨雲の『あ』の字も見当たらず、龍也をあざ笑うかのように爽やかな秋風だけが吹き渡っていた。


マラソン大会は毎年、2年生、1年生、3年生の順序で走る事が決まっている。
今年は龍也たち3年生男子は、聖良たち2年生女子の後に走ることになる。
つまり、聖良たちの直後に走る響にとって、聖良の無事完走は2年間の決着をつける為に必要不可欠のものである。

誰かが見たらかなり怪しい宗教的な仕草で、聖良の無事を願い、祈りを捧げている響に大笑いする暁。
もしかしたら彼は、龍也以上に聖良の完走を切望しているかもしれない。と、腹を抱えながら思った。
だが、この笑い上戸が災いし、笑いすぎによる体力消耗で、暁はその後の勝負で苦戦することとなる。
それが響の策略であったのかどうかは定かではない。


さて、その注目度bPの聖良であるが…
元来、運動神経は良いほうではない聖良は、かなり後方のゴールが予想されていた。

…が、しかし。
結果は意外なものとなった。

聖良はコースを外れることもなく、 おまけに後方集団ではなく、トップ集団の中に混じって戻ってきたのだ。

これには流石の龍也も驚いた。

見事8位でゴールした聖良に駆け寄る龍也。
信じられない面持ちで、自分を見る恋人に、聖良は肩で息をしながら言った。

「そりゃ、週末ごとにあんなに激しい持久戦につき合わされていたら体力もつきますよ。龍也先輩に一晩付き合うよりマラソンのほうがよっぽど楽です」

…なるほど。

週末ごとに龍也に一晩中愛されている聖良。
知らず知らずの間に体力がついていても確かにおかしくはない。
説得力がありすぎる言葉に頷く龍也の背後では、既に何処かの教祖様のような状態の響が、ようやく決着が付けられると歓声をあげていた。


3年生の集合を告げるアナウンスが響く。

心配事が消え去った今の龍也に怖いものなど無い。
ようやく本来の勝負モードに自分を切り替え、2年間の勝負に決着をつける為気合を入れる。
一旦聖良に背を向け、ふと何かを思い出したように足を止めると振り返った。

「なあ聖良。俺がゴール間際まできたら『GA』って言ってくれるか?」

「なんですかそれ?」

「…おまじないだよ(G)ゴールまで(A)あと少し…って。そしたら絶対にあいつらに勝てるから」

「へぇ…分かりました。『GA』ですね」

「ああ、頼むな」

ニッコリと鮮やかな笑顔を残し、聖良を悩殺して去っていった龍也。
もはや心には一点の暗雲も無い。
今日の天気のように晴れ渡った気持ちでスタートラインへと向った。


結果、ゴール直前までの接戦を、僅か0.2秒の差で征したのは龍也だった。

「龍也先輩、GAですよ!」
という聖良の応援が決め手であったことは言うまでもない。

だがこの『GA』、本当の意味は…
『(G)ゴールまで(A)あと少し』ではなく
『(G)ご褒美は(A)あたし』だったりする。

聖良はこの後、龍也の背中に黒い羽を見る事となった。

何でも略すればいいものじゃないと、策に嵌められた聖良が怒ったのはごもっとも。

その夜、聖良がどうなったかは…

ご想像にお任せしよう。




++ Fin ++


ちょっと季節はずれですが、番外編「それぞれの悩み事」に続くスポーツネタ第2弾です(笑)
龍也の相変わらずの溺愛ぶりと腹黒俺様炸裂の一品となりました。
サラリと笑っていただけると嬉しいです。

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2008/03/15



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