君にプロポーズした夜は月も僅かな星明りも無い闇の夜だったね。
今夜は細い細い三日月ととても綺麗な星明りが僕の手を引っ張るようにして歩く暁の横顔を照らしている。
茜……
またホタルの季節が巡ってきたよ。
君にプロポーズしたこのホタルの小道には今年もたくさんのホタルが舞っている。
あの夜は僕らの未来のように進む道すら見えない真っ暗な闇の中、幻想的に舞う小さなホタルたちだけが僕らの歩く道を照らしていた。
僕らの進む不安定で暗い道を照らすほんの僅かなホタルの灯。
それでも僕たちはその灯りを頼りに手を取り合ってしっかり歩いていたよね。
共に心を繋いで魂を抱きしめて愛し合ったね。
今夜の星明りはあの夜より僅かに僕たちを明るく照らしてくれているよ。
君と出逢って5度目の夏がやってくる。
君の忘れ形見はこの春2才になったよ。
とてもやんちゃで僕も蒼も右京も手を焼いているんだ。
今だってほら、手を離したらすぐに闇に吸い込まれそうな、こんな暗がりでも恐れもせずに僕の手を振り切って走り出そうとするんだ。
誰かと何かを語る様に首を傾げては笑う暁を見ていると、君が傍にいて彼を見守っているように見えるよ。
暁の手を引いて君と三人でこの光景を見たかったね。
淡い光は暁を抱きしめるように取り囲み闇夜にその姿を浮かび上がらせる。
君が暁を抱きしめているように見えてしまうのは僕の思い過ごしなのかな。
在りし日の君の笑顔を思い出しその姿を求めホタルの舞う闇へ、そして空へと想いを馳せる。
君はここに僕たちと一緒にいるんだろう?
僕がそう願うのはおかしいと思うかい?
―― 晃、いつだってそばにいるよ ――
君の声が胸に響いてきた気がして、君の面影を求めて暁を抱きしめる。
あの日の君の笑顔を暁の無垢な笑顔の中に見つける時、僕の胸はいつも言葉で表現できない切なさでいっぱいになる。
独りでは立っている事すらかなわないくらいにその想いは苦しくて…
君を求めて泣き伏したくなる。
君を求めて叫びたくなる。
君を失って心に空いた大きな穴は未だに血を流し続けていて…
いつだって君の姿を追い求めている。
君が恋しくて眠れない夜を幾度過ごしただろう。
僕は…こんなにも弱い人間だっただろうか。
「茜に笑われちゃうね。僕は弱虫かな?」
小さく呟いて暁を抱いたまま立ち上がるとギュッと抱きついてくる暁の温もりが僕の心を癒すように優しく包み込んでくれる。
「あきらくん、よわむしじゃないよ。ぼく、あきらくんだあ〜いすき。」
その言葉に込み上げてくるものを隠すように暁をふわりと抱きしめ、顔を隠した時、それまで暁を取り巻いていたホタルが一斉に舞い上がり僕たち二人を包み込んだ。
無数のホタルたちが夢のように幻想的に舞い上がり、一瞬宇宙に放り出された錯覚にさえ陥る。
美しく飛び惑うホタル達はやがて、僕たちを抱きしめるように集まってきた。
刹那…
懐かしい君の香りがしたよ。
ああ…君はやっぱりいつだって僕たちの傍に一緒にいてくれているんだね。
風の中に…
星明かりの中に…
降り注ぐ陽の光の中に…
僕らを取り囲む優しい命の中に…
君の意思はいつだって宿っているんだね。
暁がいるから寂しくないと言えば強がりになる。
いつだって崩れ落ちそうなくらい寂しくて、君を求めているよ。
でも、何処にいても君の愛を感じる事が出来るから、僕は生きていけるんだ。
暁をからかうように漂うホタルの光を見つめながら、その光を伸ばした両手で掴もうとする暁が微笑ましい。
暁には茜の姿が見えているのかもしれない。
君はいつか言ったよね。
『私の全てをかけてあなたたちを護る。きっと晃の傍に還って来る』…と。
僕はあの言葉を信じているよ。
君はいつか必ず僕の元へ還って来る。それがどんな小さな魂であっても僕にはきっと君がわかると思うよ。
このホタルの中のどれか1つが君の魂でも僕にはきっとそのひとつがわかるはずだから。
茜……
またホタルの季節が巡ってきたよ。
淡い光に願いをかけよう。
いつかきっと君が僕の元へ還って来るようにと…
儚い灯に愛を伝えよう
いつまでも君の魂を愛し続けると…
何度でも、このホタルの小道で君に誓うよ。
何度でも、この場所で君に愛を告げるよ。
「必ず幸せにするから…何度でも巡り逢って結婚しよう。」
抱きしめる暁の温もりが僕は独りじゃないと教えてくれる。
僕らを包むホタルの光が心に呼びかけてくるのを確かに感じた。
―― 二人をいつだって愛しているわ ――
「茜…僕たちも君を愛しているよ。」
小さく呟いたその瞬間
ホタルたちが光り輝き一斉に飛び散って舞い踊った
+++ Fin +++
2006/03/27
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