『大人の為のお題』より【切り札】

** 勇気の受難 雅の災難 **




3月3日、俺は昔からこの日が大嫌いだ。


女の子の節句なんて、男には縁の無いものだが、雅のお母さんにとっては、そうではない。
娘たちの誕生日や自分の結婚記念日と同じくらい重要な日らしい。

だが、俺にとっては、この世で最も疎(うと)ましい日だ。

何故って…それは説明するのもうんざりなので、「勇気の受難」を読んでくれ。

…って事で、ここから先は、去年の俺の悲劇を知っていると仮定して話すからそのつもりで頼むな?





今年の3月3日も案の定おばさんから呼び出された。

しかも雅を通さず、直接俺に電話してくる辺りが、断る理由を与えない賢いやり方というか何と言うか…。

たぶん雅は、彼女なりに今年の最悪イベントを阻止しようと おばさんを説得してくれていたのだろう。
雅はあてにならないと判断したおばさんは、脅迫とさえ受け取れる招待状を突きつけてきたのだ。

「3月3日、7時にうちに来るのよ?来なかったら雅はあげないからね〜♪」

この悪魔の一言の前には、いくらなんでも俺も行かない訳にはいかないだろう?


本気とは思えないが、やっぱり雅の母親のご機嫌は損ねないほうが良いからな。



はぁ…



やっぱり3月3日って、俺にとっては一生受難の日なのかなぁ…。




***



ピンポ〜ン♪

3月3日 夜7時 。

去年と同じ日、同じ時間に、去年と同じ逃げ出したい気持ちをやっと押さえ、俺は雅の家のインターフォンを鳴らした。

「は〜い」

耳に心地よい声と共に、家の中からパタパタと足音を響かせて駆け寄ってくる雅の姿も、何もかも去年と同じだ。


はぁ……。


あの悪夢を思い出し、小さくため息を付いた俺を見る雅の瞳には、一瞬、哀れみとも取れる複雑な表情が浮かんだ。

分かっているなら、阻止しろよ。

心で泣き言を言いながらも本当は嫌って言うほど分かっている。

今日のイベントに命を掛ける勢いのおばさんに、雅が何を言っても敵うはずが無いことも…。

これから起こる去年の悪夢を上塗りするイベントは、神様でもない限り阻止出来るはずないという事も…。

喉元まで込み上げた「帰る」という言葉を無理やり飲み込むと、それは苦い思いとなって胸に暗い影を落とした。

不快感に振り払うように、無言で雅を引き寄せたのは、せめてこれから俺に降りかかる災難の前に、少しでも心を癒しておきたかったからかもしれない。

雅の髪からフワリと立ち上る、柑橘系の香りが、心に掛かった影に僅かに光を導いてくれるようだった。

あーもう、このまま雅と二人で逃げ出しちまおうかなぁ…。

俺の気持ちを読んだように、「ごめんね」と小さく呟き、背中をポンポンとあやす様にして抱きしめてくる雅の肩に、泣き出したい気持ちで顔を埋めた。




去年の3月3日、俺はおばさんのおかげで散々な目にあった。

何がって…あれだよほら…

俺の大っ嫌いな生クリームたっぷりのケーキって食いもんにロウソクを立ててフ〜ってやる、あのイベントだよ。

18にもなるってのに何が悲しくて、こんなに図体のでかい俺が、人前でロウソクを吹き消すなんて恥ずかしい真似しなきゃならねぇんだよ。
大体、大の男が一息で消せなかったら、すげー恥ずかしいだろうがっ(そこかよ) そういうのは女の子がやるから可愛いんだと思わないか?

二度と思い出したくないと、意識の彼方に追いやったはずの、おばさんの去年の台詞が鮮やかに耳に蘇る。


『勇気クンとお誕生会がまた出来るなんてうれしいわあ。また、毎年やりましょうね?』


……毎年…って、冗談じゃない!と、あの時は眩暈がして深く考えるのを止めたが、今になってそれを後悔している。
去年のあの時点で何か手を打っておけば、今日のイベントは『俺の誕生日を兼ねた』ではなく、『ただの』ひな祭りとなっていたかもしれない。

今更そんな後悔をしたってもう遅い。
やる気満々のおばさんの前では、プライドも、後悔も、泣き言も、みじん切りも真っ青のミクロの次元まで粉々にされてしまうのだから。

テーブルの上には、今日のイベントには春日家の親戚一同が集うのかと思うほどの量はある、気合の入った料理の数々。
そして、その中央には今日の主役だ!と大きな顔で主張する、直径50cmはありそうな、どでかいケーキが据えられている。

何だよこれ?何でこんなにでっかいんだよ。




ピキッ…




頭のどっかで、プラスチックが割れたような嫌な音がした。


「うふふ…大きいケーキでしょ?ロウソク18本立てるにはそれなりの大きさが無いと、穴だらけになっちゃって、せっかくのケーキも崩れちゃうでしょう?おばさん、勇気クンのために頑張ったのよぉ。」


こっ…言葉も出ねぇ……。


苦笑…を通り越して、プチと逝っちまった引きつった笑顔を、驚きの笑顔と都合よく解釈したおばさんは、俺の腕をグイグイと引っ張り、いかにも『本日の主役席』といった、青を基調にとんでもなく可愛らしく飾られた座席へと案内した。

両隣には、同じようにピンクを基調として可愛らしく飾られた座席が用意されている。
これは雅と妹の里緒の席だ。
ひな祭りは女の子の節句なのだから、ここに俺の席は無くても良いんだけどなあ…。

気付かれないように、心に掛かる影をそっとため息と共に吐き出していると、雅と里緒がおばさんに急き立てられながら席に着いた。

食事の間も始終ご機嫌のおばさんからは、最後の一大イベントへの意気込みが鼻息と共にテーブルの反対側の俺たちまで届いてきそうだ。

何だって、こんなことにそこまで真剣になれるんだよー?

素晴しいはずのご馳走の味も、今ひとつ分からないままに、永遠に終わらないで欲しい食事の時間は、あっという間に過ぎ去っていった。





「さあっ、勇気クン、ケーキにロウソクを立てるわよ♪がんばって消してね?」

去年と同じ台詞は、何度聞いても死刑宣告そのものだ。
イソイソとカラフルなロウソクを取り出して、ニッコリと俺の見るその笑顔がすげぇ怖い。
腕まくりをしそうな勢いで、ライターを取り出した姿は、本当に嬉しそうで、その隣で、本当に申し訳なさそうに俺を見るおじさんの顔が、対照的で妙に印象的だった。

きっと叔父さんの誕生日は……。

いや、考えるのはよそう。
おじさんの年とロウソクの数を考えると、ケーキの大きさを想像するのも恐ろしい。

今の俺の気持ちを誰よりも理解してくれているのは、おじさんなのかもしれない…。

ああもう、誰か助けてくれ。何か回避する方法ってねぇのかよっ!
瞬時に思考をめぐらせて、手持ちのカードをざっと並べてみる。

  @今すぐ立ち上がり逃走…

  A急に腹が痛くなったと言って倒れる…

  Bゴホゴホ咳き込んで、これではケーキに風邪菌が付くと誤魔化す…

  C泣き脅して、どうしても嫌だとダダをこねる…

ああ、どれもあんまり上手く行きそうに無いなあ…

その時、ふと、去年のことを思い出した。

ああ…そういえば…。

今年もまた、、恥ずかしい思いをさせられるなら、雅も道連れにするって、去年決めたんだっけ。

  D雅がみんなの前でキスをすることを条件に取引する…

これだ!と、忘れかけていた復讐を思い出し、5枚目のカードに笑みがこぼれる。
もちろん、雅が恥ずかしがって承諾するはずが無いと踏んでの事だ。

ロウソクに火をつけようとする、おばさんを制すると、切り札のカードを差し出した。


「おばさん、俺、生クリームが苦手なんだよね。知ってるでしょ?」

「ああ、そうよね〜。だから、今年は生クリームは少なめにして、スポンジは、チョコレートケーキにしてみたのよ。これなら大丈夫でしょう?」

…いや、そういう問題じゃなくてさ。

「いや、あのさ、こういうロウソクを吹き消すってイベントも、出来れば遠慮したいんだけど…ほら、こういうのって女の子がやってこそ可愛いもんじゃない?俺みたいなでかいのがやっても可愛げも何も無いだろう?」

「あら?そんなことないわよぉ。勇気クンはとってもカッコいいし、ケーキだって花だって女の子顔負けに似合っちゃうもの。おばさん嬉しいわぁ〜。」

そこで喜ばないで欲しい。

「…そっ、そうかな?でも、俺も男だからさ、どうせなら、ケーキよりもっと甘くて、花よりも綺麗なものの方が、嬉しいんだけど…?」

悪戯めいた笑みを雅に送り、どうする?と視線を送る。

それだけで、雅もおばさんもピンと来たものがあったようだ。

「なあ、雅。どうせならケーキの代わりに甘〜い、キ…」
「なっ!勇気?」
「あら?勇気クンったらえっち〜♪」

最後まで言い切らないうちに、雅とおばさんが言葉を発した。

更に追い討ちをかけるように、放たれたおばさんの言葉に、固まったのは俺だ。

「ケーキより雅が食べたいの?もう、若いからってしょうがないわねぇ。デザートも待てないのかしらっ。」

ちょっと待て。それって…。
俺、そんなに切羽詰っているように見えるのか?

「でも、お誕生日のお約束は絶対だからね。さ、ロウソクを吹き消して、ケーキを食べたら、とっとと二人でお部屋に行っちゃいなさい。」

『とっとと二人で部屋へ行け』って…、明らかにそういう事だよな?

おおらかな夫婦だとは思っていたけど、まさかおばさんが、ここまでブッ飛んでいるとは思わなかった。
しかも、おじさんまで、俺たちの会話に涙溜めて笑っているし……。
俺の気持ちも行動も、たぶん全部分かってて止めようとしない、おじさんもおじさんだよ。
…ああ、そういえば、去年の誕生日プレゼントに、おじさんからもらったモノって…あれだったよなぁ…。
やっぱり、似たもの夫婦なんだろうか…。

「邪魔しないから朝まで降りてこなくて良いわよ〜♪逸る気持ちも分かるけど、せっかくのお誕生日の夜なんだから、焦っちゃダメよ?」

つーか、それって、すげぇ勘違いだっ!

「ちが…っ!なにを暴走してんだよ、おばさんっ。」

「ふふふっ、だめよ〜勇気クン♪どう言い訳を取り繕って抵抗しようと、私が今日の一大イベントを諦めると思った?
お誕生日には必ずこれをやってもらわないと、我が家では一つ大人になれないのよ。雅の未来の夫としての義務だと思って諦めてね?」


雅の未来の夫としての義務…?

……くうっそぉ〜。痛いところを付いてくるよなあ。

「勇気君も18歳かあ…立派になったわねぇ。法律上ではもう結婚だって出来るんですもの。あの可愛かったゆうちゃんがねぇ…。でも、我が家のしきたりを無視しては、大人と認めるわけにはいかないわねぇ…。こまったわぁ。」

感慨深そうな割には、ちゃっかり釘を刺すところが悪魔だと思うぜ?

「……雅…何とか言えよ。」

情けなくも雅に助け舟を求めてみるが、おばさんは強かった。

「雅。勇気クンはケーキの前にお祝いのキスをして欲しいんですって。ほらほら、とっととキスしてあげてね。そうしなくちゃ私の力作のケーキが、今日一番のイベントを迎えることなく終わっちゃうじゃないの。」

……そこかよ。


俺と同じ突っこみをしたかったのは、その場にいた全員だったと思う。

結局、雅はおばさんに急かされ(脅迫とも言う)真っ赤になりながら、みんなの前で俺にキスをすることになった。

こうなると、俺も後には引けなくなり…


去年より一本増えたロウソクに向かって、肺活量を披露するという、去年と同じ屈辱を味わうこととなった。


雅がケーキを切り分ける姿を八つ当たり気味に見つめると、視線を感じたのか、慌てて俺から視線を逸らす。
何で抵抗のひとつもせずにすんなりとキスなんかするんだよ。
お前は俺の味方じゃないのかよ?

あ〜もう。むかつく。
この苛立ちを治めるお詫びのキスは、さっきぐらいの濃度じゃ済まないからな。
ブツブツと心で毒づきながら、納得のいかない顔で、たっぷりの生クリームに真っ赤な苺が鮮やかなバースディケーキの乗った皿を受け取る。

はぁ…最後の難関だ。これのどこが『生クリーム少なめ』だっつーんだ?おばさんっ!

【Happy Birthday Yuuki】とチョコレートのプレートまでつけられた、大っ嫌いな白い物体と対峙する俺は、もはや、かなりハイになっている。

「勇気クンがケーキをちゃんと食べてくれるのを見届けるからね♪」と、ニコニコと嬉しそうに見つめるおばさんの前に成す術もなく、俺は、半ばやけくそに、皿ごと食いかねない勢いで、ケーキを口へと運ぶと、雅が濃い目に入れてくれたコーヒーで一気に流し込みながら心でぼやいた。


雅…お前に罪は無いのは分かっているさ。

だが、親の責任は子供にとってもらうって事で…おばさんの代わりに絶対に償ってもらうからな。

今夜は、このダークな気分を吹き飛ばすほどの、最高の夜にさせてもらうぞ?

雅の白い喉元を見つめながら、今夜咲き乱れる花々の数を想像して、フッと笑みがこぼれる。

その頬に薄っすらと赤みが差したのは、たぶん俺の視線で言いたいことを感じたからだろう。

この様子なら、ある程度の覚悟はできているんだろうな。

気を良くした俺は、この後の甘い夜に想いを馳せる事で、胸焼けしそうなケーキも、なんとか我慢できそうな気がした。

まずは、このどんよりとダークになった心を癒して、満足させてもらう所から始めようか?

誕生日のプレゼントはそれからゆっくり堪能させてもらおう。

今夜は長い夜になりそうだから、覚悟しておけよ?



なあ、雅。

このままおばさんが、毎年ひな祭りに俺の誕生会を兼ねる…なんてことになったら…
3月3日は俺にとって、永遠に受難の日ってことになる。
それは必然的に、雅にとっても、一年で一番災難の日になるって事…お前はどのくらいわかっているのかな?

今夜は、それを理解するまで、しっかりその身体に教え込んでやるよ。

来年は絶対に『ただの』ひな祭りにしようと思えるほどにな。

いやそれより、来年のひな祭りは俺と雅は欠席。これはもう決定事項だ。

どんなことがあっても絶対逃げて、雅と二人きりで、誰にも邪魔されない誕生日を過ごしてやるぞ。



問題は…どうやって、あのおばさんから逃げ切るか…だよなぁ…。






おばさんのお開き宣言によって、追い立てられるように部屋から締め出された俺たちが、手を繋いで2階へと向かおうとした時、扉の向こう側から、今日の数々の発言の中でも一番ブッ飛ぶ一言が飛んできた。

「素敵なBirthday Nightを楽しんでね〜。声は我慢しなくてもいいわよ♪」

…それ、冗談にしろ本気にしろ、笑うに笑えねぇって…。

真っ赤になる雅の手を引き、階段を上がる途中でふと思う。


もしかして、これって、おじさんとおばさんからの今年のバースディプレゼント…?



まさかな…?



3月3日。


やっぱり俺はこの日が大嫌いだ。


何故なら…


完全に春日夫婦に遊ばれている気がするからだ。



来年こそは、絶対に絶対に、おばさんの魔の手から逃れて、二人きりの誕生日を過ごしてやる。



二度と今年と同じ後悔をしない為にも、今度こそすぐに策を練ろうと、俺は心に誓った。






+++ Fin +++


2007お雛祭りストーリーとして書き下ろしました。あはははは〜。雅ママ、暴走してます。
さすがの勇気もタジタジ…雅はほとんど台詞もありません(爆死) お父さんも笑っていないで止めてあげてよね?
こんな親、いたらお目にかかってみたいよ。 ありえね〜だろ?って突っ込みはナシね?(笑)
来年こそはこの二人、雅ママの魔の手から逃れられるのでしょうか?この続きはまた来年…?

2007/03/02

朝美音柊花

Copyright(C) 2007 Shooka Asamine All Right Reserved.
Dear tama
いつも支えてくれてありがとう。
プレゼントには遅くなったけど新サイト最初の更新のこの作品を、誕生日のお祝いに捧げます。
いつもいつも頼りっぱなしですが、これからも宜しくね(笑)
今年一年があなたにとって素敵なものとなりますように…
       〜With all my love Shooka Asamine〜
2007/04/06