『大人の為のお題』より【眩暈】
Love Step番外編

**それぞれの悩み事**




天高く馬肥ゆる秋…。

その言葉に相応しく見事なまでに晴れわたった秋空に、今日の行事とそれに伴う悩みに溜息をつく男が一人。

全国模試で常にトップの成績を誇る秀才、生徒会長の佐々木龍也(ささき たつや)だ。

紫がかったサラサラの黒髪を無造作にかき上げ、切れ長の目を硬く伏せ何か考え事をしている。
整った顔が厳しい表情を更に冷たく見せるため考え事をする彼に近付くものは滅多にいない。
だがその美しさたるや溜息が出るほどで、 真にクールビューティといわれるだけの事はあると、誰もが頷くだろう。

やがて大きく息をつくと、ゆっくりと顔を上げ、闇夜を思わせる深い漆黒の瞳で一点を見つめた。
視線の先には頭の痛い問題が元気一杯に走り回っている。

その姿にまた一つ大きな溜息をつき、出来れば台風でも来て中止になってくれることを、半ば本気で願ってみる。

もちろんそんな事あるはずも無く、中止になれば良いと思うのは誠に自分勝手な理由からで、我が侭以外の何物でもないのは良くわかっている。



わかってはいるのだが…。



「龍也センパーイ!早く手伝ってください。マイクの位置ここで良いですかぁ?」

愛らしい声に思わず頬が綻び、いつもは冷たい瞳に柔らかな光が宿る。
クールビューティと言われる彼が微笑みを見せるのは唯一彼の愛する女性、蓮見聖良(はすみ せいら)の前だけだ。

そして今、聖良はマイクの長いコードと格闘中で、放っておけばぐるぐる巻きになりそうな気配である。
何気にドンくさいのだが、そんな仕草も可愛いと思えるのは惚れた弱みとしかいいようがない。
とにかく何をやっても可愛いし、どんな表情もそそられてしまうのだから始末が悪い。

コードが足に絡みつき、よろける聖良に慌てて駆け寄り、間一髪で抱きとめるとフワリと立ちのぼる甘い香り。
ここで人目が無かったら今すぐに、その艶やかな唇を貪り喰っていただろう。

二人きりの時は自制の利かない龍也だが、さすがにこの場では生徒会長という立場上ポーカーフェイスを崩す事はできない。

だがしかし、今日に限ってはそれもどこまで持つか少々自信が無かった。

なぜなら…今日は運動会なのだ。

去年の運動会を思い出し、龍也はイライラとした感情に心が侵食されていくのを感じていた。
終わった事を悔いても始まらないが、去年の事を思い出す度に、やはり聖良には休んでもらうべきだったと心底思った。





去年の運動会も、見事な秋晴れだった。

眩しい太陽を一杯に浴びてキラキラと輝く笑顔の聖良から、龍也は片時も目が離せなかった。

白い半そでの体操服は陽に透けると彼女のブラのラインがはっきりと浮かび上がる。
長い足を惜しげもなく曝し、形の良いヒップを強調するようなハーフパンツは男なら誰もが目を奪われるだろう。
何よりもその足の美しさ、そして絹のような滑らかさに惹きつけられ触りたくなるのは必然で…。

顔には出さなかったものの、まだキス程度にしか進んでいなかった二人の関係にジリジリしていた龍也にとって、その心中は穏やかではなかった。
余りにも無防備な聖良の姿に、心臓が裂けそうなほど爆走したのを覚えている。

走るたびに柔らかな胸が上下し、髪が風になびく。

その微笑で他の男子生徒と談笑し、競技では手を繋いだりする場面もあった。

苛立ちは運動会が進むにつれエスカレートし、昼にはピークに達していた。

そのため、いつものように弁当を一緒に食べた後、デザートと称してキスをした時、思わず箍(たが)が外れた。

自制が利かず、彼女が気を失うほど激しく唇を貪ってしまったのだ。

あの時は酸欠でグッタリとした聖良に焦って保健室へ運んだが、聖良が保護されている(龍也には保護と感じるらしい)だけで、午後からの彼は午前中の心の乱れが嘘のように冷静だった。

今思えば朝からそうしていれば聖良は運動会に参加する事無く、誰にも触れさせる事も、いやらしい男の視線に曝す事も無かったのだ。





今年は男女混合競技の前に、聖良には熱射病になって保健室へ行ってもらう事にしようと、密かに企んでいる。

もちろん、熱射病になるのは、龍也の熱を受け止めて…という意味だ。
校舎の陰で聖良がフラフラになるほどに濃厚なキスをしている数時間後を思い描き、綺麗な顔には悪魔の笑みが浮んだ。

キスまでの関係だった頃とは違い、彼女の全てを手に入れた今、龍也の嫉妬心は去年の比では無い。

ほんの一瞬すれ違う時に、男の視線が聖良に絡みつくだけで、そいつにどう報復してやろうかと考えてしまう。

底なしの嫉妬心。

これ以上無いほどに溺れている自分に半ば呆れつつも止める事など出来ない。

そんな邪まな龍也の気持ちも知らず、パタパタと駆け回っては生徒会執行部の面々に柔らかな笑みを振りまく聖良。


龍也の嫉妬心に油を注ぐ結果になったのは当然で…。


その瞬間、数時間後の予定が前倒しとなる事が決定した。


「聖良、ちょっと生徒会室へ行って忘れ物を取ってきて欲しいんだけど…。」

「いいですよ。どこにあるんですか?」

疑いも無く天使の笑顔で生徒会室へ駆け出していく聖良の後姿を確認してから、そっと後を追いかけた龍也を見ていた者がいたら、その背中には黒い羽が見えたに違いない。

あるはずも無い忘れ物を捜していた聖良が、いつの間にかやってきてドアに鍵を掛けた龍也に気付き、策に嵌ったと知った時にはもう遅かった。



30分後…



生徒会室で貧血を起こしたという理由で保健室の硬いパイプベッドに納得のいかない顔で横たわる聖良の傍らには、上機嫌の龍也がいた。

「このまま放課後まで休んでろ。終わったら迎えに来るからな。」

「でも…運動会は?」

「出られると思っているのか?」

スッと目を細めると、体操服の下に隠された華に指を滑らせた。
つい先ほど自らが散らした所有欲の刻印を思い出させ、もう一度刻み込むように的確にその場所をなぞっていく。
頬を染め諦めたように力を抜く聖良を確認すると、龍也は極上の笑みを浮かべた。

「無理だろう?立てないくせにフラフラと出てきたら、もう一度啼かす。今日はお姫様抱っこで帰る事になるぞ?」

誰がこんな状態にしたんだと突っ込みたい所だったが、目の前の極上の笑みからは想像もつかない『もう一度啼かす』と言う恐ろしい台詞の前にその言葉を飲み込んだ。

いつもの事だが聖良に勝ち目は無い。

「……大人しく寝ています。」

「まあ、俺はお姫様抱っこ大歓迎なんだけど?貧血ってのは大変だもんな?」

貧血ではない事は誰よりも良く知っているクセに!と心で叫んでみる。
だが、今日の運動会に使う以上の体力を30分で搾り取られた聖良には、龍也に逆らう気力は残っていなかった。

額に軽くキスを落として保健室を出て行く龍也を見送ると、大きな溜息をひとつ。

「お姫様抱っこって…本気じゃないわよね?」

あり得るだけに眩暈を感じた聖良は、頭から布団をかぶり現実逃避をしようと瞳を閉じた。






聖良が保健室へ運ばれ、その後龍也がずっと機嫌が良かったことで、去年を知っている者はすぐに龍也が何か策を講じたとピンと来た。

去年の運動会で、ちょっと頼りない生徒会長、樋口 誠よりも頼りされていた副会長の龍也が、鉄壁といわれるポーカーフェイスを崩し、イライラと当り散らすように指示を出していた事は、記憶に鮮明に残っている。

滅多な事でポーカーフェイスを崩さない龍也が、あそこまで人前で苛立ちを見せたのは初めてだと、親友の暁と響も驚いたほどだった。
聖良には気の毒だが、今年の運動会もある程度の覚悟をしていた彼らにとって、聖良の保健室監禁(彼らには監禁と感じるらしい)は願っても無い吉報だった。

誰も龍也の八つ当たりを受けることなく無事に行事が終わった事に、全員がほっと胸を撫で下ろしたのは言うまでも無い。

龍也の取った行動は彼自身の為だけでなく、生徒会役員の平穏と運動会無事終了には必要不可欠だったのかもしれない。



天然の聖良に振り回され、嫉妬の日々を過ごす龍也にとっては、悩みは尽きないが…


聖良にとっても、龍也の暴走に翻弄される日々は、それはそれで大変だという事…


そして、密かに龍也の嫉妬に生徒会役員全員が振り回され、頭を抱えている事を…



龍也は気付いていない。





+++Fin+++


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『大人の為のお題』より【眩暈】 お提配布元 : 女流管理人鏈接集



こちらの作品は『笑わない空』の倉井あずみ様へ相互リンクの記念として進呈させていただきました。

2006/12/03
朝美音 柊花