『大人の為のお題』より【紙一重】

Love Step番外編 
**佐々木龍也に関するレポート【恋愛と自動変換機能について】By高端暁**



俺の親友。生徒会副会長、佐々木龍也はクールビューティと呼ばれる冷たい仮面を被って人前では余り笑わない。

人に干渉するのも干渉されるのも大嫌い、特に女に対してはメチャクチャ冷たくて興味なんて示した事が無い。
告白してくる女を片っ端からなぎ倒すように、あの射抜くような冷たい視線で振り続けて来たのを知っている俺達は、龍也が誰かに恋をするなんて考えてみた事も無かった。


あいつが蓮見聖良と付き合うようになって、どんどん変わっていったのは、良い傾向だと、俺も響も思っている。

今まで誰にも関心を示さなかったあいつが、聖良ちゃんのことだけは、とにかく神経を配っている。
自己中心的で、超が5つ位頭に付く、我侭人間の典型的見本と言っても過言ではない龍也だが、彼女の前では自己中の意味が変わってしまうらしい。
『自己が中心』ではなく『自己の中心は蓮見聖良』に変換されるのだ。

彼女の為なら、あいつはどんなことでもするだろう。

そう、どんなことでも…

それが10年来の親友が、もっとも毛嫌いすることであっても…だ。


ハッキリ言って、俺は女に名前で呼ばれるのが嫌いだ。

鼻にかかった甘ったるい声で、「さとるぅ〜」なんて呼ばれるとゾッとする。
だから今まで付き合ったどんな女にも、決して名前では呼ばせなかった。
俺が名前で呼ばれることを嫌っていることは、学校内では知らないものはいないほど有名な話だ。
もちろん俺の知らないところで、そう呼ばれていることくらいは知っているが、面と向かって『暁』と呼ぶ女は一人としていない。

俺を『暁』と呼ぶのは、唯一人…

4つ年下の愛しい従妹。杏だけ……

杏の優しい声で名前を呼ばれると、心が解けるように癒される…

あの感覚は彼女以外ではあり得ない。

だから…絶対に他の女には呼ばせない。


それは永遠に変わらない…

……はずだった。



あの日までは…





夏休みも最後の週を残すのみとなった頃、俺は龍也のメールで呼び出され、久しぶりに生徒会室を訪れた。
龍也のヤツ、俺のおかげで聖良ちゃんとうまくいって、あれから毎日のように生徒会室で、なにやら手伝わせているらしい。
一緒にいたい気持ちは分かるけど、龍也があそこまで変わるとは思わなかった。
今までの女嫌いがまるで嘘のように、毎日彼女に会う理由を作っているようだ。
別に生徒会の仕事をしなくても、せっかくの夏休みなのだから、プールに行くなり何なり、デートらしいことでもすれば良いのに、あいつはそれをしようとしない。

ああ見えても、とんでもなく不器用で、外見からは想像もつかないが意外と奥手なところがある。
あいつだってこれまで付き合った女が皆無ではない。
だけどなんつーか、いわゆる感情なんて一切無い、カラダノカンケイって感じの不純な付き合いばかりだったから、きっと彼女のように純粋な女の子とデートなんて、どうすれば良いかわからないんだろう。

でもって、俺たちにアドバイスを受けるのも嫌らしい。
聖良ちゃんにお任せしてリードされるってのも、プライドが許さないだろうしなあ。

生徒会室のドアを開けたとたん、やや不機嫌な顔をして出迎えた龍也。
どうやら聖良ちゃんにキスをしようとしたところを、お邪魔してしまったらしい。
聖良ちゃんは真っ赤になって生徒会室の奥の死角へと逃げ込んだ。
純情でかわいい娘だよなあ。

だけどさ、人を呼び出しておいてそれはないんじゃないか?
俺が来るってわかってて何やってんだよ?
ったく、イチャつくなら鍵ぐらい掛けろよな。こっちが悪いみたいじゃないか。
いや、それ以前に、んなこと生徒会室でやるなよな。

突っ込もうとしたとたん、それを遮る様に龍也が先に口を開いた。

「暁。おまえさ、俺の彼女を他の女どもと同じ扱いにしようってのかよ?」




「……は?」




どういう意味だ?他の女どもと同じ扱いって?
俺は聖良ちゃんをその他大勢と一緒にした覚えはないぞ?
お前の彼女としてちゃーんと、一目置く存在として、俺の中でも特別扱いリストに載せてある。
何が不満だっつーんだ?


「聖良がさ、お前の事『高端先輩』って呼ぶんだよ。」

「は?」

「なんで『暁』って呼ばないんだって聞いたら、暁が女に名前で呼ばれるのを嫌がっているから誰も呼べないって言うんだ。」

「ああ、まあ…女に名前で呼ばせてないのは事実だけど…。」

「俺の彼女が親友のお前を、その他大勢の女と同じ呼び方で呼ぶってのは、俺としては納得がいかねぇんだよ。」

「はあぁ?」

チョット待て。

龍也、おまえすげぇ自分勝手な我侭な事言ってるぞ?わかってんのかぁ?


「俺の彼女が親友を『高端先輩』?それって俺にしたら自分を『佐々木先輩』って呼ばれているような感覚なんだって。」

「何を勝手なこと言ってんだよ。誰も聖良ちゃんを他人扱いしてないし、お前の彼女として大切な存在だって認めてるじゃないか。」

「ほら、お前だって聖良の事『聖良ちゃん』って呼んでるだろ?それなのに聖良は『高端先輩』って呼ぶんだ。これっておかしくねぇ?」

「おかしくねぇ?って…だって、お前知ってんだろ?俺が女に名前で呼ばせない理由…。」

「知ってるさ。だが、何事にも特例はある。…そうだろう?」


ニヤリと笑った龍也の背中には、悪魔の黒い羽。

有無を言わさぬその言葉の裏には、あの日の復讐が込められている気がした。


「お前には拒否権は無いと思うけど?なんせ、聖良にキスしようとしたんだし…なぁ?」


ああやっぱり…


龍也に発破を掛けようとした行動とはいえ、後々のことを考えるべきだった…。


どんなに自分を呪っても、後の祭り。


俺は頭を抱えて、その条件を呑むしかなかった。



かくして…

聖良ちゃんは、学校内で唯一、大っぴらに俺の名前を呼ぶ事を許される存在となった。
彼女が俺を『暁先輩』と呼ぶようになって、既に半月。
最初は違和感を覚えたけど、慣れてくるとそんなに不快ではなくなってきた。

それは、彼女が龍也の想い人であるからでもあるし、聖良ちゃんが俺に憧れや恋愛感情を一切持っていないから、というのもあるかもしれない。

鼻にかかった甘ったるい声で呼ばれるのは嫌いだが、彼女の鈴を転がすような涼やかな声はなかなか心地良いものがある。
杏とは違い、愛おしさや、切なさが込み上げてくることはないが、ホッとする響きがあるというところだろうか。
クールビューティといわれた龍也の、氷のような冷たい表情を温かいものに変えることの出来る彼女は、ハッキリ言って、この世に二人といない貴重な存在だ。
俺に権限があれば、人間国宝にしたいくらいだ。
いや、これは大げさじゃなく、マジな話。

彼女は本当にイイコなんだよなあ。

俺だって、もしも杏って存在がいなかったら、もしかしたら惹かれていたのかも知れない…
なーんて、今まで一度だって考えた事の無いことが、フッと過ぎってしまうくらいイイコだ。
あの我侭龍也には、マジで勿体無いと思う。

…こんなこと考えたって、龍也に知られたら、嫉妬でまたシバかれかねない。
なんせ、キスをするフリをしただけで、すげー拳骨が飛んできたもんなあ。
あの時はマジで目の前に星が飛んだぜ。
何度も強調して言わせて貰うけどさ、あれは全部お前の為だったんだぞ?

わかってんのかよ、龍也ぁ?


…はぁ…


あんなことしなきゃ良かった。

あいつは普段クールな癖して、一旦切れるととんでもなく熱くなるからなあ。

ったく、あの、彼女にベタぼれの高慢ちき俺様男

なーにが、ほかの女生徒と同じ扱いを受けているのが許せない…だ。

俺が彼女を特別扱いしたら、それはそれで気に入らないこともあるくせに?

なんつーか、お前の言ってる事は、我侭の極みだっつーの。

あー。俺って、ずっとこんな風にアレを根にもたれていくんだろうか…

龍也ならありえない事ではないかも…。

嫌な予感を振り払い、大きな溜息で不安を吐き出す。


早めにあいつの弱みを握って、手を打っておこうと密かに誓う俺だった。


だが、この時の俺はまだ知らなかった。

あいつの弱みを握ることに、ことごとく失敗した俺は、この3年後…

キスの復讐のおかげで、大変な苦悩を強いられる事になるとは。

もしもこの時、アレを知っていたら…

絶対に、死ぬ気であいつの弱みを探しまくっていただろうに…。


はぁ…


後悔先に立たずってヤツだな




我侭人間の典型的見本、佐々木龍也
成績優秀、容姿端麗、スポーツ万能の三拍子が揃った最上級レベル知的生命体
悪魔の確率80%地球外生物の確率15%人間の確率5%未満

我侭度、☆☆☆☆☆
強引度、☆☆☆☆☆
腹黒度、☆☆☆☆☆
冷酷度、☆☆☆☆☆
俺様度、☆☆☆☆☆
蓮見聖良に惚れてる度、☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

自動変換機能一覧【蓮見聖良限定】
イヤ→いいよ
ダメ→もっと
帰る→帰りたくない
嫌い→好き
好き→大好き
大好き→愛してる


……類稀な標本になりそうだな
是非我が校の理科室に飾ってやりてぇくらいだ。

俺様のあいつと親友になったのが、そもそも俺の運の尽きだったんだろうか…。
まあ、だがヘンなところで奥手で、あれでナカナカ可愛いところもあるんだけどな。
1%未満だけど……。
あいつにかかっちゃ『自己中心的』なんて言葉は、都合の良いように変換される。
時には俺たちがあいつの世界の中心になることもあるらしい(未確認情報)
だが、その確率も5%未満ってトコロだろう。
消費税より低いかもしれないって…なんつー親友だ。

天才と何とかは紙一重って言うけれど、あいつもきっとそうなんだと思う。
いや、あいつの場合、天才と悪魔は〜と、言った方が正しいかもな。

その龍也を人間らしく変えることの出来る、唯一人の女性が蓮見聖良。

親友を不幸のどん底に陥れることも厭わない残酷な悪魔を、人間にとどめておくことの出来る天使。

龍也が人間らしく生きることが出来るかは、彼女の双肩にかかっている。

言い換えれば、俺の平穏も彼女にかかっている。

もっとはっきり言えば、我が校の安泰も全て彼女次第って事になりかねない…。

聖良ちゃん…考えてみたら気の毒だよなあ。

龍也に惚れられたばっかりに、どう考えてもふつーの女の子じゃいられなくなっちまうんだもんなぁ。

ああ、願わくば…

彼女が重圧に耐えかねて、龍也を振ったりしませんように…

かなり本気で彼女が永遠に龍也の傍を離れませんように…と願う、親友の悲痛な気持ちなんて


龍也には、絶対に届いてねぇだろうな。





+++Fin+++

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『大人の為のお題』より【紙一重】 お提配布元 : 「女流管理人鏈接集」



えーと、久しぶりに我侭全開の龍也を書いてみたくなりました。
『夢幻華』の番外編【偽りの恋人】で暁が女に名前で呼ばせないとしているのに、何故聖良が名前で呼んでいるのか。不思議に思った方もいらっしゃると思います。
今までに付き合った彼女達も、表立って正式に呼ぶ娘はいませんでした。影で杏を牽制するときにわざと名前で呼ぶ娘はいましたけど…って、こわいですねぇ(^^;)
何故聖良だけが呼べるのか?その理由を何処かで書きたいなあと、思っていたのですね。
何故か『夢幻華』ではなく、『Love Step』へ来てしまいましたが…。
なんというか、理由が理由なだけに、こちらのほうが自然だったので(笑)
レポートシリーズは、まだまだ続きます。今度は誰にレポート提出を依頼しましょうか?(笑)
暁が龍也に強いられた苦悩とは何か?『夢幻華』を読んだ方ならお分かりですね(笑)
読んでいらっしゃらない方は是非この機会に♪『夢幻華』にてお待ちいたしております(*´∇`*)"

2007/06/27
朝美音柊花