ホタルの住む森&月夜のホタル1周年記念企画

** Sweet Dentist 〜響サイド〜**




瞼の裏に暖かい陽の光を感じ、うっすらと瞳を開く。
随分良く寝ていたようで、身体がだるく、頭もやたらズキズキする。

「…っぅ…あったまイテェ…。寝すぎかな?」

痛む頭をさすった時、後頭部に大きなこぶがあることに気づいた。

「ゲッ、なんだぁ?このタンコブ。…って、あれ?千茉莉…」

カーテンの隙間から差し込む陽の光にいつもより明るい茶色に染まる柔らかな髪が視界に入って、ようやく千茉莉が腕の中ではなく、ベッドの淵に寄りかかるようにして眠り込んでいる事に気づいた。


……なんでこんなところで寝ているんだ?


風邪を引かせるわけにいかないと、とりあえず抱き上げベッドに横たえようとすると、瞼が揺らぎ瞳が開いた。

「あ…響さん、よかった。治ったのね?」

「千茉莉…おまえって、すげぇ寝相が悪かったんだな?」

「はぁ?」

「俺を乗り越えてベッドの反対側に落ちるなんて、すげー寝相…ブッ!」

言葉も終わりきらない内に、頬に小気味よい音が炸裂した。

「っ…ってぇ〜っ!何すんだよいきなりっ!」

「バカ!どれだけ心配したと思ってんのよ?すっごい熱で丸一日眠ってたのよ!あたしがどんな気持ちで看病していたと思っているのよ!それなのにっ…誰が何ですって?」

「熱?俺が?」

「そうよ。40度もあって、かなり壊れてたんだから。まったく覚えていないの?」


………寝相が悪くてベッドから落ちたんじゃなくて、俺の看病をしてそのまま眠り込んでしまったのか?

そう言われてもなぁ…熱があったときのことなんて何も覚えちゃいねぇぞ?

俺が自らコーヒーに砂糖を入れて飲んだとか、シロップをドボドボかけてパンケーキを食ったとか、信じられない奇行を身振り手振りで話してくれるが、まったく記憶の断片にも無い。


俺がコーヒーに砂糖を3つも入れただぁ?

千茉莉のタルトを食っちまっただぁ?

自分からパンケーキを作れと頼んだって…ありえねぇって。


だが、一日分の記憶が無いのは事実だ。


マジかよ…?


俺は物心ついてから、病気らしい病気をしたことが無い。
虫歯一本も無い完璧な健康体って言うのが俺の自慢で、風邪で高熱を出した事なんてハッキリ言ってない。

だから、逆に言うと熱があるときに俺がどうなるかなんて、今まで誰も知らなかった。

そう、俺自身でさえも…。

俺って、熱で人格変わるのかぁ?

信じられねぇけど、甘いもんが食いたくなるのか…

口調まで別人みたいに変わるとか言ってたよな。




……別人みたいに?




まてよ?記憶の無いうちに、その別人みたいな俺と千茉莉って何かあったのか?

熱があろうがなかろうが俺は俺だ。
千茉莉が傍にいて、まったく何もしなかったなんてありえない。
…って、こんな事で自信を持っていいのかよ、俺っ?

だが、別人みたいだったと言われては、少々嫌な気持ちが胸に広がるのは否めない。


まさか、熱のある俺のほうが良いとか言わねぇよな?


「あ〜、千茉莉。……その、なんだ。俺は…その…どうだった?別人みたいってさ、嫌だったか?」

自分のことなのに、出来れば『嫌だった』と言って欲しい…っつーのは、複雑な心境だ。

だが、やっぱり今の俺が一番でありたいんだよな。

「ううん、嫌じゃ無かったよ。話し方も優しくて、いつもより穏やかだったし、あたしの作るお菓子を美味しそうに食べてくれたの。響さんも甘いもの食べれるんだって分かってすっごく嬉しかったよ。」

満面の笑みで、語尾にハートがつく勢いで、ヤツを褒め称える千茉莉。

俺の中でヤツは消滅させるべき存在として、速攻でインプットされた。



くっそーーー!

一生の不覚だ。俺の中の別人格に千茉莉があんなに嬉しそうに微笑むなんて!

千茉莉が俺よりもヤツに惚れてしまったりすること…ねぇだろうな?

冗談じゃねぇ。

どんなに腕っ節が強くても、相手が自分じゃどうしようもねぇじゃねえか。

もう絶対に熱なんて出さねぇっ!

何があっても、二度とヤツを表に出してやるもんかっ!!


白い首筋に俺の記憶にない華が咲いて無い事を確認してホッとするが、まだ油断は出来ない。

「…あいつと俺、どっちが良かった?」

「え?」

「なぁ?ヤツと何したか教えろよ。」

「え?ヤツって…熱のあったときの響さんのこと?」

「そう、俺と何をした?」

ベッドの淵に腰掛けている千茉莉の瞳を覗き込みながら、問い詰めるようにジリジリとベッドの中央へと追い詰める。

「なっ…何をって…?」

「キスとかしたのか?」

動けば唇の触れるほど近い距離で、甘く囁くと、千茉莉が真っ赤に頬を染めた。

その表情を見た瞬間、俺の中でプチと何かが切れ、千茉莉をベッドに縫いとめ深く口付けていた。

彼女の中に残るヤツの影を消し去りたくて感情のままに唇を貪った。


自分に嫉妬するなんて馬鹿げてる。

分かっているけど…たとえ、相手が自分自身でも、俺の記憶が無い時に、千茉莉とキスしたヤツが許せなかった。

「それ以上は?」

「…ないよ。」

「本当に?千茉莉…あいつと俺のどっちが好き?」

「なっ?何を言ってるの?あれだって響さんでしょう?」

「お前のお菓子を食ってくれる俺と、甘いもんが大嫌いな俺とどっちが好きなんだよ?」

「目の前の響さんに決まっているでしょう?」

「俺だけ?」

「うん、響さんだけ。」

「あいつより?」

「あれも響さんなのに…。」

「それでも嫌だ。千茉莉があいつとキスしたことも、すげームカツク。」

「はぁ?響さんまだ熱があるんじゃないの?」

「熱ならとっくに限界まで上がってるよ。俺はお前に関してはずっと逆上(のぼ)せっぱなしなんだから。千茉莉が俺を愛してるって心が納得しねぇと、どうにかなっちまいそうなんだ。」

「あたしの好きなのはあなただってば。どんなに紳士で素敵な響さんでも、やっぱりいつものあなたでなくちゃダメなの。だからあんな事までして……ぁっ…!」

「何だよ『あんなこと』って。」

思わず口をついて出た『あんなこと』に嫌な予感がして問い詰めると、小さくため息をついて不安げに見上げてきた。

「…じゃあ、本当のこと教えてあげるけど、怒ったり拗ねたりしないでね?」

本当のこと?

俺が怒るようなことか?

その言葉にドキドキと鼓動が早くなっていく。


躊躇いがちに、話し出す千茉莉。


コーヒーを淹れたところから気を失った後の一部始終まで徐々に明らかにされる自分の奇行。


さっき聞いたコーヒーに砂糖なんてのは、まだ序の口だったんだな…。


はぁ…聞いてて眩暈がしてきた。


千茉莉が俺の為にした事とは言え、後頭部のでかいタンコブがどういう経緯で出来たのかを知ったときには、もう一度意識を失いそうになっちまったぜ。

千茉莉としては苦肉の策だったのだろうが、そのときヤツは、千茉莉を追いかけて寝室へ追い込むと言う状況を楽しんでいたんだろう。
俺自身が記憶の無いところでやった事だとしても…やっぱ腹が立つ。
ヤツの思考が手に取るように分かるだけに、その下心がみえみえで、すげぇムカツク…

…って、腹を立ててみても所詮相手は自分。
この怒りをぶつけて殴る相手もいないわけだ。

はぁ…なんか複雑な心境だよな。

しかも暁がそれを知って大笑いをしていたらしい。
それもまた、ムカツク原因の一つだ。
あの笑い上戸のことだ、暫くは思い出しては笑い転げるんだろう。
それを思うと胃が熱くなってくるようだ。

くっそ〜!暁、覚えてろよ。



「ごめんね。コーヒーを淹れている時点で、おかしい事には気づいていたのに熱があるって分からなくて…。」

「いや…それは千茉莉のせいじゃねぇし。俺ですら熱を出したら自分がどうなるかなんて知らなかったんだから。」

「あのね、あたし良く分かったの。たとえ同じ顔で、同じ声のあなたでも、人格の違う響さんは愛せないと思うの。あたしが好きなのは姿かたちじゃなくて、あたしを愛してくれるあなたの心であり、魂なのよ。」


……千茉莉の言葉に胸が熱くなって言葉も出なかった。



「響さんは、俺様で、我侭で、キス魔で、触り魔で、意地悪で、どうしようもないエロオヤジだと思うわよ。でもそんなあなたでないとダメなの。」

俺でないとダメって言ったよな?今。
すげ〜微妙な台詞も入っていた気がするが、確かに俺の魂を愛しているって言ったよな?

昔から俺が求め続け、手に入れる事の出来なかった唯一のものを、千茉莉はこんなにもあっさりと与えてくれる…
少々綺麗な外見や肩書きなど、俺の本質には関係ないのだと教えてくれるお前はどれほど俺の心を救ってくれているか分かっているんだろうか。

千茉莉の言葉はいつだって俺を救ってくれる。


蜂蜜色に染まる公園で、初めて出逢った幼い少女の頃から…





「本当に?…俺はお前でないとダメなんだ。千茉莉も同じ気持ちでいてくれると信じてもいいのか?」

細い肩に顔を埋め、ギュッと抱きしめると、フワリと優しく包み込んでくれる。
まるで真っ白な天使の羽に抱きとめられたようで、波立った心が少しずつ凪いで行くのが分かった

「うん、信じて。こうして抱かれたいと思うのはあなただけよ。」

「そっか…はぁ〜よかった。」

「でも、元に戻ってくれてよかった。ずっとあのままだったらどうしようと思っていたのよ?」

「戻らなかったらどうするつもりだった?」

「ショック療法でもう一度殴るとか…。」

おい?

「暁さんに頼んで、高熱の出る薬でも作ってもらって、もう一度倒れてもらうとか…。」

殺す気かよ?

「…それでダメなら、戻るまであたしに触れさせないとか…。」

「うわ…それが一番効きそうだな。千茉莉の充電切れを起こしたら、俺、生きていられねぇもん。」

「クスクス…充電切れって…あたしはバッテリーじゃないわよ?」

「クス…似たようなもんだよ。俺にとっては必要不可欠なエネルギーだって事だ。」

フワリと微笑む砂糖菓子のような甘い笑顔。

その笑顔につられて微笑む俺は、きっと優しい顔をしているのだと思う。

お前にだけ見せる、優しい瞳の色で…。



「…そう言えばさ、さっき本音を聞けたのは嬉しかったけど、何かすげー暴言が混ざっていたよな?エロオヤジとかなんとか…。」

「えっ?…気のせいじゃない?空耳よ。」

アハハと笑って誤魔化す千茉莉に苦笑しながらも、俺の本質を愛してくれている事が嬉しくて、今日だけは暴言も許してやろうと寛大な気持ちになっていた。

だが、本音を見せるつもりはもちろん無い。

「誤魔化すな。ちゃ〜んと詫びてもらうからな?俺をヤキモキさせた罰も含んで、とりあえずはSweetKissを5分だ。」

ええ〜?と不満げな千茉莉だったが、俺は昨日一日千茉莉とキスした記憶が無いんだから、いい加減バッテリー切れを起こしかけているんだ。
昨日の分も補充しないとおかしくなってしまいそうだもんな。5分なんて言ったけどそれで済ませるつもりは無いぜ?

もう一人の俺が、あの甘い唇を喰っちまったと思うだけで、普段の倍は補給しないと神経が逆立って冷静でいられそうには無いからな。

少し不服そうだったが、俺を殴った弱みがあるためか、すぐに柔らかな唇が触れてきた。

小さなキスを繰り返し、少しずつ深めていくと、フワリと優しく天使の羽に抱きしめられる感覚が俺を包む。

やっぱり千茉莉のキスは甘い。

お菓子の甘さは苦手だが、唯一心が欲しいと思えるお前の甘さは別格だ。

魂を包み込むような甘さに、心が癒され解きほぐされていくのがわかる。



愛しているよ…千茉莉。



お前だけは何があっても誰にも渡す事なんてできねぇよ。


たとえそれが、俺の中に眠るもう一人の俺であったとしても…。


俺はその言葉を胸にしまい込み、天使の羽の中に身を沈めた。









+++Fin+++

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1周年企画最後は『Sweet Dentist』の二人です。恋愛中毒様より台詞お題R-21をお借りしました。
え〜( ̄▽ ̄;) 相変わらずの響の暴走振り、しかも人格変わっています。…千茉莉、苦労しますね。
この後の二人については…森では公開できません。ここまでもギリギリいいのか?と不安なくらいですが、これでも必死に響の暴走と格闘したんです(泣)許してやってくださいませ。

残念ながら諸事情で、1周年企画で発表できなかった他の作品につきましては、別の機会に公開したいと思っておりますのでご了承くださいませ。
1周年記念作品は全てフリーとさせて頂きます。

フリー配布は終了いたしました。
2007/01/22 朝美音柊花


お題提供;恋愛中毒さま