**Sweet Memories**
滲むような蜂蜜色の夕日に懐かしい記憶が胸に蘇る。
こみ上げて来る切なさ。届かなかった想い。
俺が遠い昔に置き去りにしてきた光景が胸の中に一気に広がっていく。
純粋に誰かを想う心を知っていた頃の優しい記憶(Sweet Memories)
亜希…。おまえは夢を叶える事が出来たんだろうか
+++++ +++++ +++++
「亜希、一緒に帰ろうぜぇ♪」
前を急ぎ足で歩くふわふわの茶色い髪に向かって声をかける。
途端にビクッと驚いたように立ち止まって彼女は眉間に皺を寄せて振り返る。
もう、毎日の事だけど、いいかげんその超不機嫌な顔で振り返るのは止めてくれないかなあ。
「響先輩。何であたしなんかにかまうんですか?」
「そりゃ好きだからだろ?」
「ジョーダンやめて下さい。先輩にはきれ〜なオネエサマ方がいるじゃないですか。」
「でも、俺が好きなのはおまえなんだって。」
学校の帰り道、毎日の日課ように、俺は亜希に声をかける。
茶色のふわふわの綿飴みたいな柔らかそうな髪が、肩の上で跳ねるのも大きな琥珀色の瞳がパチパチと瞬きしながら眉間に皺を寄せるようにして、いつものように小ぶりの唇を尖らせる仕草も毎日見ているのに、また見たいと思うから重症だ。
それが例え拒絶の仕草がってかまわない
かわいいんだよなぁ。
亜希を追いかけ始めて1ヶ月、毎日こうして下校時には付きまとうようにして、誘っているがまったく相手にしてもらえない。
俺の事信用してないんだよな。
確かに俺はモテル方だと思う。
でも、それは俺が望んだ事じゃない。俺が好きになってくれと頼んだわけでもない。
俺の親友の、高端暁と、佐々木龍也、そして俺、安原響は何故か学校ではビケトリ(美形トリオ)とか勝手に名付けられて、ファンクラブまであるらしい。
龍也も最近彼女が出来たんだが、このファンクラブのおかげで結構苦労している。
やっぱり、彼女に嫌がらせとかがあるみたいで、彼女の気付かない所で色々と手をまわしてやっているらしい。
暁に至っては…半分ヤケになっているんだろうか、適当な女と付き合ってみては別れているらしい。
バカなやつだよ。あいつの心に住んでいるのはたった一人なのに…。
暁の大切にしている従妹の杏ちゃんは、すげ〜可愛い。
暁が壊れるくらい好きになるのもわかるよな。
まだ中学生で手を出せないからって、そんなに悩んで他の女で我慢するくらいなら、さっさとモノにしちまえばいいのにって、俺なんかは思うんだが…。
他の女と付き合うことで諦めたり忘れられたりする程度の恋なら、そんなに苦しんだりしないだろうに。
かく言う俺は、一つ年下の霜山亜希(しもやまあき)に毎日振られまくっている。
「先輩のいう好きは、ペットに対する好きと同じでしょう?あたしが先輩に興味を持たない数少ない女の子だから気になっているだけですよ。あたしが好きになったらポイ★でしょう?冗談じゃないですよ。」
「あはは…ペットね。うん、それは少しあるかも…。だって亜希って、すげ〜かわいいじゃん。
ペットみたいにいつもそばに置いて可愛がってやるよ。」
「ほら、やっぱり、ペットでしょ?いいかげんにして下さい。そんなんで、オネエサマたちに睨まれたらたまりませんよ。ビケトリさん。」
「ビケトリは止めろって…アレは俺たちもゲンナリしてるんだよ。」
「そうなんですか?モテていいじゃないですか。クールで優等生の生徒会長 佐々木龍也先輩と、頭が良くてスポーツも万能なフェミニスト高端暁先輩と、ちょっと不良っぽくてやんちゃなイメージの安原響先輩。…学校で誰もが認める美形トリオですよ。」
「イヤなんだって…。それになんだよその美形って。」
「先輩も成績いいのに美形も知らないんですか?」
「いや、言葉の意味じゃなくって…はあぁぁぁ、どう言ったらわかるかなあ?俺も暁も龍也も、本当に惚れた女以外どうだっていいんだよ。まあ、暁は今、色々事情があって、荒れてるところはあるけど…でも、心に住んでいるのはたった一人なんだ。
俺も惚れてるのは亜希だけなんだよ。何て言ったらわかるんだよ。」
「…わかりません。何度も言いますけど、オネエサマたちに睨まれると怖いんですからっ。もう、かまわないで下さい。」
「何でだよ?俺が護ってやるよ。だから、付き合おうぜ?」
「…ったく、何でそんなに軽々しく付き合おうなんて言えるんですか?買い物に付き合えって言ってるわけじゃあるまいし。」
俺を無視してスタスタと歩いていってしまう亜希。毎日の事だけど、ホント辛いぜ。
いいかげんわかってくれよな。
「ネ〜亜希ちゃん。デートしようぜ?」
「ダメです。しません。」
「俺の事そんなに嫌いか?」
「嫌いとか…そんなんじゃないですけど…でも、そういう好きじゃないんです。そんな風には見れないから…。」
「じゃあ、そういう好きになって?」
自分でもシツコイ奴だと思う。俺って本当懲りない奴なんだなあ。
「なれません。」
はあ、やっぱりか。
「じゃあさ、駅前に上手いって評判のケーキ屋ができただろう?店内で食えるらしいし奢ってやるから行こうぜ?別にこれくらいなら、デートって程でもないしいいだろう?」
「え?【SWEET】!わあっ、行ってみたい…っと。」
慌てて口に手をやってしまったと言う顔をする亜希
「イヤ、やっぱりだめです。先輩なら一緒に行きたい人が沢山いますよ。あたしなんかじゃなくてもっと綺麗な人を誘って行ってきて下さい。」
…ったく、ここまで拒否か?
「はぁ…。俺は亜希と行きたいんだよ。今日俺の誕生日なんだけどなあ。これくらい頼みを聞いてくれたっていいんじゃねぇ?」
「え?お誕生日なんですか?」
「そう、12月15日は俺の誕生日。覚えておいてくれよな?」
「すぐに忘れると思うけど…。」
「つめてぇ。来年は一緒に過ごしてプレゼントとかも欲しいんだけど。」
「却下です。」
「何でだよ〜。」
「だ〜か〜ら〜!何度も言ってるじゃないですか。怖いんですよ、響先輩もてるんだから自覚を持って下さいよ。先輩があたしの事かまうたびに嫌味言われたり、教科書隠されたりって大変なんですよ。
困るんです。」
「……マジで?」
「マジです。だからお願い。あたしの健やかな高校生活の為に、かまわないで下さい。」
―――キツイ言葉だった。
でも、本当に亜希に迷惑がかかるのなら、中途半端にかまうのは確かにまずい。
俺が亜希の彼氏ならともかく、亜希が俺を拒絶している限りはただの先輩と後輩なのだから、彼女にべったりと張り付いて護るわけにもいかない。
「…じゃあ、今日一日だけ付き合ってくれたら、明日からもう誘わない。」
「……ホントに?」
「うん、約束する。だから、今日一日だけ願いを叶えてくれよ。」
困惑するように視線を彷徨わせる亜希。暫く考えて、やがて、意を決したように顔を上げ俺を見た。
「わかりました。今日だけお付き合いします。腹くくってあげますよ」
腹くくるって…そんなに大決心なのか?俺と出かけるのってさ。
「本当に今日一日だけですからね?」
子どものお願いを聞くように念を押しながら亜希は少し困ったように微笑んだ。
本当にこうして亜希にしつこくするのも今日で最後になるのかもしれない…
彼女が嫌がらせを受けているとは思っていなかった。
いままで、俺の想いだけを押付けてきたけれど、そのせいで亜希は大変な思いをしてきたんだ。
護りきれないなら…手放すしかないのか
俺じゃおまえを護れないのか。亜希。
***** ***** *****
「先輩は食べないんですか?」
「あ、ああ俺あんまり甘いもの得意じゃないんだ。紅茶だけでいい。」
「ええ〜〜?勿体無い。じゃあ、先輩の分も食べてあげますね。」
「…胸焼けしそうだな。まあ、好きなだけ食えよ。亜希を見てるだけで食ってる気分になるからさ。」
「アハハッ、じゃあ、遠慮なく沢山食べちゃいますね。」
お目当てのケーキを数種類目の前に並べ立て、嬉しそうに口一杯頬張って幸せそうに微笑む亜希を見ながら俺は今日の誕生日が人生で最高の日だと考えていた。
明日からは亜希とこんな風に話すことも間々なら無くなるのかもしれないと思うと胸が痛んだが、それでも、亜希のこの笑顔を涙で濡らすことを思うと、無理やり付きまとうのもどうかと思う。
やはり、ここは男として引き際も大切だろう。強靭な意志で無理やり自分を納得させる事にして、今日を思いっきり楽しもうと思考を切り替える。
亜希のこの楽しそうな、幸せな笑顔を胸に焼き付けておきたい。
今だけは、この笑顔は俺だけのものだよな。
紅茶を口に含むと、花の様な香りが体に染みるように幸せな時間をつれてくる。
今この時、俺だけの為に向けられているその笑顔が放つ香りのようで、胸が切なくなる。
俺だけのための亜希の笑顔。
それが俺のずっと求めていたものだった。
最高の誕生プレゼントだよ、亜希。
亜希を送って亜希の家の近くの公園まで歩く。自宅まで送られるのを嫌う彼女はいつもここで俺とわかれる。
今日も、いつもと変わらない帰り道のように見えるのに…。
「心配するな。明日からはもう亜希に付きまとわないよ。」
別れ際に俺は出来るだけ明るくそう言った。
「ありがとう響先輩。あのね、あたし…先輩に言わなくちゃいけないことがあったの。」
「なに?」
亜希は言葉を選ぶように視線を暫く彷徨わせていたが、小さく深呼吸してから真っ直ぐに見つめてきた。
ゆっくりと動く唇がスローモーションのようで亜希の言葉が夢の中の出来事のように聞こえた。
「あたし、明日から学校に来ませんから。」
……言葉の意味が良くわからなかった。
「え?…なっ…どういうことだよ?」
「言葉の通りです。明日から学校に行かないんです。」
「だから、なんでだよ?どういうことだよ。」
「あたしの夢知ってます?」
亜希の夢…たしか、ピアニストとか言っていたよな。混乱する頭でそれでも記憶の中から亜希の夢を手繰り寄せて思い出す。
「ピアニストになりたいって言っていた事あったよな。」
「うん、そうなんです。あたし年明けから、ウィーンへ行くの。向こうの音楽学校に留学する事になったんです。明日から、一旦向こうへ行って色々準備するんです。だから、先輩と会うのは今日が最後です。先輩に会えて、あたし、とてもうれしかった。凄く楽しかったです。」
亜希の言っている事が頭の中でワンワンと反響して何を言われているのか良くわからない。
ただ、わかったのは、亜希は俺の手の届かない遠くへと夢を追って飛び立っていってしまうと言う事だけだった。
亜希が…遠くへ行ってしまう?
二度と会えなくなってしまう?
学校で時折見かけるという事すら無くなってしまうのか。
「先輩に誕生日のプレゼントを渡したかったの。」
「え?プレゼントって…亜希俺の誕生日…。」
「知っていましたよ。ふふっ。あたしね、本当は先輩のことずっと好きだったんです。」
―――――― え?
「あたし、留学が決まっていたから、このまま気持ちを告げずに留学するつもりでした。」
亜希が…俺を好き?
「だって、好きって言ったら、先輩の傍にいたくなってしまうから…。だから、気持ちは告げずに行くつもりだったんです。それなのに、響先輩は軽いノリで付き合おうって言ってくるし、ホント罪作りですよ。」
亜希が瞳に溢れ出す涙を必死に流すまいと、意地を張っているのがわかる。
「これ、プレゼントです。受け取ってもらえますか?」
小さな箱を受け取って中身を見てみると、黒い石のピアスが入っていた。
「俺に・・・?」
「はい、先輩ピアスホールありましたよね。オニキスは邪念や邪気を振り払う、護符の石です。先輩を護ってくれるように…お守りです。」
「亜希…なんで?」
「からかわれていると思っていたんです。でも、今日は先輩が本当にあたしを好きになってくれていたんだって心から思えて…うれしかった。
先輩は真っ直ぐに気持ちを伝えてくれたのに、あたしがこのまま黙って留学するのは先輩にウソをつくみたいでいやだと思いました。」
12月の冷たい風が吹き抜けて亜希の髪を煽るように乱す。
亜希が俺の瞳を真っ直ぐにとらえ、涙を堪えて微笑んだ。
「だから、最後に告白していきます。ずっと好きでした響先輩。あたしを好きになってくれてありがとうございました。」
亜希の瞳の涙は限界まで溢れていて今にも流れ出しそうなくらいだ。
俺は亜希のこんな表情を見たことがなかった。亜希はいつだって笑っているか、怒っているかで表情はコロコロ変わったけれど、泣き顔だけは誰にも見せたことがなかった。
「あたし、きっとピアニストになりますね。そしていつか日本に帰ってきたとき先輩をリサイタルに招待できるように頑張るから…だから、見ていて下さいネ。」
亜希に言いたいことも聞きたい事も沢山あるのに、言葉が見つからない。声すらでない。
「亜希…。」
「今まで、素直になれなくて…冷たいことばかり言ってごめんなさい。でも、先輩の気持ちは凄くうれしかったです。」
亜希に何かを伝えたいのに言葉が見つからない。
「きっと、ピアニストになりますね。見ていて下さい。大切な恋を諦めても選んだ夢です。きっとかなえて見せますから…。」
―――――大切な恋を諦めても選んだ夢…
「亜希は…いつから俺の事好きだったんだ?」
亜希の言葉に半信半疑で問い掛けてみる。
「先輩があたしに声をかけるずっとずっと前から先輩を見てました。」
「じゃあ、俺のこと、断り続けていたのは別れが来るのがわかっていたからなのか?」
「うん、だって、お付き合いしたら…もう、先輩から離れられなくなる。あたし、きっと留学なんて出来なくなるもの。」
涙は限界を超えて瞳からポロポロと溢れ出している。今まで胸に秘めてきた想いを一気に吐き出すように、亜希は素直に話していたと思う。
これまでわからなかった、亜希の素直な気持ちが胸に迫ってきて、思わず亜希の手を取って引き寄せると腕の中に閉じ込めていた。
「亜希…行くなよ。俺といろよ。日本にいたってピアニストにはなれるんだろう?」
亜希は胸に額を当てるようにして、首を左右に振った。
わかっている。
亜希が悩んで出した答えなのだから、俺は応援してやるべきなんだって。
だけど…亜希の気持ちを知ってしまった以上、このまま行かせたくはなかった。
それでも亜希は…
「さようなら。先輩…」
涙に震える細い声でそう呟いた。
亜希は一瞬背伸びをしたかと思うと俺にそっとキスをして、そのまま振り返ることもせず俺から走り去っていった。
まるで俺への想いを振り切るように…。
ただの一度も振り返らずに…
一瞬だけ触れた唇。
亜希はそれだけを残して夢へと飛び立っていった
+++++ +++++ +++++
どの位その場に立ち尽くしていただろう。
気が付いたら、俺の前に5〜6才の小さな女の子が立っていた。
「お兄ちゃん、どこか痛いの?」
「……え?」
「泣いてるから…どこか痛いのかなって。」
言われてみて始めて気が付いた。俺の頬を、温かいものが流れていた事に。
グイッと制服の袖で涙を拭うと、女の子に微笑んでみせる。
「うん。少しだけ心が痛かったんだ。でも、もう大丈夫だよ。心配してくれてありがとう。」
女の子はホッとしたように笑って小さなキャンディを数個俺に向かって差し出した。
「あのね、悲しいときや、寂しい時は、甘いもの食べると少しだけ元気になれるのよ。
お兄ちゃんも元気になってね?これ、あげるから。」
驚きながらも両手を差し出してキャンディを受け取る。
僅かに触れた小さな手から心が温かくなるようないたわりの気持ちが流れ込んでくる。
「本当は、パパの作ったケーキを食べるともっと元気になるんだけどね。
あたしは今これしか持っていないから…。ちょっとしか元気をあげられなくてごめんね、おにいちゃん。」
少女の優しい心に苦い想いが溶けていくようだった。
優しく少女に微笑みかける。
「ありがとう。少し元気になったよ。君のおかげだね。」
遠くで少女を呼ぶ友達の声がする。
「よかった、元気になって。じゃあね、おにいちゃん。」
友達の呼ぶ方へと駆け出した少女を、思わず引き止めるように声をかけた。
何故そうしたのかは自分でも分からなかったが、何故か彼女の名前を聞いておかなければいけないような気がした。
それは、もしかしたら、運命の悪戯だったのかもしれない。
「君、名前は?」
俺の問いに答えるように一旦止まって振り返ると、夕日に照らされた綿飴みたいに柔らかそうなふわふわした髪が蜂蜜色に輝いて肩の上で跳ねる。
ニッコリとわらって答えた少女の背中に一瞬天使の羽が見えた気がした。
「あたし?千茉莉よ。神崎千茉莉。」
千茉莉は俺に小さく手を振ると友達の待つ方向へ駆け出していった。
俺の手に残された小さなキャンディ。
小さな女の子のささやかな思いやりに心が温かくなる。
まったく知らない俺みたいな人間に優しく出来る千茉莉と言う女の子に驚きと、新鮮な感動を覚える。
亜希は夢に向かって真っ直ぐに歩き始めた。
人々に感動を与える音楽を見つけるために、自分の人生をしっかりと歩み始めたんだ。
俺が一番の理解者になって応援してやらなくてどうするんだ。
俺との恋を選んでいたら、きっと得られなかっただろう栄光をきっとその手で掴んで来いよ。
…でないと俺だって、おまえを手放した事、きっと後悔してしまうから…。
おまえが一人前のピアニストになったときに…また会おうな。
亜希の日本での始めてのリサイタルには大きな花束を贈ってやろう。
俺が亜希の一番のファンになってやるからな。
千茉莉に貰ったキャンディを一つ口へと放り込む。
甘い香りが鼻を抜け、全身を癒すように甘さが体を包み込んでいく。
『あのね、悲しいときや、寂しい時は、甘いもの食べると少しだけ元気になれるのよ』
本当だな。
心はまだ痛かったが千茉莉の言葉に癒されている自分に気がつく。
甘いのは苦手だと思っていたけれど、こういう甘さはいいのかもしれない。
心を癒すような甘さ。心を強くする甘さ。
亜希の目指すものもきっとこういう音楽なのだろう。
亜希のくれたプレゼントを思い出し、オニキスのピアスをつけてみる。
―――オニキスは邪念や邪気を振り払う、護符の石です。先輩を護ってくれるように…お守りです
―――大切な恋を諦めても選んだ夢です。きっとかなえて見せますから…。
―――さようなら。先輩…
亜希の声が胸に蘇ってくる。
「亜希。おまえが頑張っているなら俺だって負けないさ。みてろよ。おまえがピアニストになる頃にはビックリするくらいいい男になっていてやるからな。」
そう言って亜希の走り去った方角を見つめる。
亜希…好きだったよ。
冬の太陽はいつの間にか西の空を僅かに染める夕日の残像だけを残し、その存在を隠そうとしていた。
さよならってお前は言ったけど、俺はさよならなんて言わないぞ。
空は夕日がその色を失い星が本来のきらめきを取り戻そうとしている。
冬の澄んだ冷たい空気の中で、凍りつくように輝く星はダイヤモンドのように綺麗だった。
またな…亜希…。
俺は亜希の去った道とは反対の方向へと歩き出す。
もう、振り返る事は考えていなかった。
+++ Fin +++
*********************************************
3万Hit記念作品。「Sweet Dentist」番外編。響の初恋です。
実らなかった初恋は思い出に残りますよね。
響は今もある意味、彼女を引きずっています。
なんせ、耳にオニキスのピアスを今でもしていますから。
本人曰くお守りなんだとか…。
千茉莉が出てきましたよね。二人の運命の(?)出会いです。
この出会いをふたりは覚えているんでしょうか?
次回は本編でお会いしましょう
2005/11/10
朝美音柊花