** 勇気の受難 **




『勇気。明日何の日か知ってるよね?』

雅が電話越しでそう言ったのは3月2日の夜のことだった。
明日?3月3日か…。
俺は溜息を一つ吐いてぶっきらぼうに「ああ、」と答えた。

『良かった。じゃあ、明日うちに来てくれる?お母さんがご馳走作って待ってるって。』

……おばさん。まだ、ひな祭りなんてやってるのか?

「相変わらずなんだな。おばさんは…。」

『あはは、まあね?イベント好きだから何でも理由をつけてホームパーティとかしたいのよ。きっと。』

雅のお母さんは料理が上手で、俺たちが小さいころは、毎年ひな祭りと、もう一つのイベントをかねてやっていた。俺はそれがすごく嫌だった。

女の子の節句によばれる事も嫌だったが、何よりも、あのイベントが嫌だったのだ。

『勇気〜〜? 聞いてる?』

「あ?あぁ。」

『うふふ…じゃあ、明日待っているね。ちゃんと夜の7時に来てね?』

そう言うと楽しげに雅は電話を切った。
俺は暫くぼんやりと切れてしまった携帯を見つめたまま、明日起こるであろうイベントに思いを馳せていた。

「……ったく。冗談じゃないよ。今更この年でひな祭りも何もないだろう?」

そう、何より一緒に行われるあのイベント…。雅も俺が子どもの頃からアレを嫌っている事くらい知っていたハズなのに…。

「うえ〜〜〜。かんべんしてくれよぉ。」

ボサッとベッドの上にダイブし、そのまま両手両足を投げ出して大の字になる。

「明日…かあ。おばさん、覚えていたんだなあ」

俺は明日をどうやり過ごそうかと頭を抱えずにはいられなかった。





ピンポ〜ン♪

3月3日 夜7時
俺は、逃げたしたくなる気持ちをやっと押さえ雅の家にやってきた。

「は〜い」

そう言って家の中からパタパタと足音を響かせて駆け寄ってくる。
満面の笑顔で俺の傍らへと駆け寄ってくる雅が可愛くて、思わず腕を強引に引き寄せ腕の中に閉じ込めてしまう。

「いらっし…きゃっ!わわっ、勇気?やめてよこんな所で。」

あわてて離れようとする雅を、「だめ」と一言で制してぎゅぅっと抱きしめる。

「ん…っ、苦しいよ。勇気」

「雅がイジワルだから、お仕置き。」

「いじわる?なんでよ〜?あたしもやめとけって言ったんだよ?でも、ママにしたら勇気はいつまでも子どもの頃のゆうちゃんのままなのよ。」

「雅が阻止できなかったのが悪い。」

俺は眉間に皺を寄せて渋い顔をしてみせると、少しイジワルな声を出して雅の動きを封じて雅の頬にキスを一つ落とした。

ちゅっ。と軽い音を立てて雅の頬にふれると、雅の髪から柑橘系の香りがふわっと広がる。

うわ…やべぇ。離したくなくなって来た。

そのまま唇を首筋に滑らせたい気持ちをぐっと抑え、何とか雅を腕の中から解放する。

雅はホッとしたような笑顔を見せて、俺から離れると小さな声で
「もう、お父さんたちがいるのに…。」と上目遣いで俺を睨むように言った。


……そうだった。


今日は雅のお父さんもいる筈だ。
こんな所を見られでもしたら…いくら温厚なおじさんでも、俺、殴られるんだろうな。


そんなことを考えていた時、部屋の奥から「お姉ちゃん?勇気さん来たの?」そう言って雅の妹が出てきた。二人で雪うさぎを作ったあの日に生まれた雅の妹だ。今年で10才になる。

「ああ、里緒?もう準備ができたの?」
「うん。お父さんもお母さんも待ってるよ?何やってるの。お姉ちゃん達。」

その台詞に、あわてて奥のリビングに向かう。
雅の頬が少しピンクに染まっていたのには、おじさんもおばさんも気がつかなかったみたいだ。

部屋の中にはその存在を誇示するように目立つ位置に飾られた大きなお雛様と、テーブルの上にはチョコレートでこれまた大きく文字の書かれたアレがあった。

……はあぁぁぁぁ。とおばさんに気付かれないように溜息を吐く。
おじさんが苦笑しながら「勇気、悪いな。」と小さな声で言いつつウインクをしてきた。

うんざりとした気分で豪華な料理の並ぶテーブルの中央を陣取るソレを見る。

「雅。これ、おばさんが作ったのか?」

「ううん。あたし。」

「え??」

「なによ。その驚き方。あたしが作ったのよ。悪かったの?」

「…ってか、信じらんねぇ。おまえ、俺がアレを苦手だって知ってんだろう?」

「だから、がんばって食べてもらえるように甘くないのを作ったんだよ」

「マジかよぉ…。勘弁してくれよ。」

“Happy Birthday Yuuki”チョコレートでそう中央に書かれた大きなデコレーションケーキ。普通の2倍の大きさはあるだろう。

そう、幼い頃から毎年ひな祭りは俺の誕生日をかねて両家が集まってパーティをしていた。
俺は子どもの頃から生クリームが苦手で、ケーキを食べられなかったのだが、毎年このバースディケーキだけは絶対に試食させられていた。
それが嫌で、毎年逃げ回っていたのを雅は良く知っているはずだ。

そのうえ、この大きなケーキにろうそくを立てて吹き消すなんてイベントをこの年になっても、みんなの前でやれって言おうものなら恥ずかしく死にそうだ。

頼むからそれだけは勘弁してくれ…。

昨日雅から電話を貰っておばさんからお呼びがかかったと聞いたときは、マジで一瞬寒気が走った。
おばさんにかかったら誰も反論なんて出来ないんだろうけどな。

俺は諦めたようにおじさんの顔を流し見た。おじさんの目に同情の光が宿っていた気がするのは…俺の思い過ごしか??

「まあまあ、勇気クン。いらっしゃ〜〜〜い♪ どうしたの?浮かない顔しちゃって。」

このケーキのせいです。とはさすがに言えず、あははと笑ってごまかしてみる。

「勇気クンとお誕生会がまた出来るなんてうれしいわあ。また、毎年やりましょうね?」

・・・・・・・・・毎年・・・?

深く考える事は止めにしよう。とりあえず、問題は今日のこのケーキをどう克服するかだ。


そんなことを考えていた俺に、おばさんの言葉は処刑宣告のように響いた。


「さあっ、勇気クン、ケーキにロウソクを立てるわよ♪がんばって消してね?」



だれか……助けてくれ










結局あの後、すっげ〜恥ずかしい思いをしながら俺は17本のろうそくを吹き消した。

何で3月3日なんかに俺を産んだんだと母親に抗議したくなる。

もともと、この誕生日のせいで、昔はよくからかわれて嫌な思いをしたんだ。
海外で生活するようになってからは、気にすることも無くなっていたが、日本に帰るとさすがに堂々と誕生日を言うのに抵抗があるのは何故だろう?

やはり女の子の節句の生まれと言う事がコンプレックスになっているのかもしれない。

ともあれ、泣く泣く17本のろうそくを吹き消した俺は、泣く泣く雅の作ったケーキを食べた。

雅が生クリームの甘さを控えてくれていたのがせめてもの救いだったかもしれない。


おばさんの来年は何のケーキがいいかしらねえ。とか言っていたのは幻聴だと思うことにしよう。



3月3日。これから毎年、あの悪夢の日が巡ってくるとは思いたくない。

出来れば、ひな祭りなんて無くなってくれてもかまわない。

俺にとって3月3日は受難の日以外の何者でもないのだから。

だいたいこんな事になったのも、雅がおばさんを阻止出来なかったのが原因じゃないか。

それどころか、あんなにでかいケーキを作りやがって。



あ〜〜〜!ムカツク。ぜって〜、雅から口直しのキスを貰ってやる。

真っ赤になって、「いやだよぉ」と言う雅の姿を想像する。

今回ばかりは絶対に許してやらないからな。

もしも、来年また、無理やり今日と同じ事をするのだったら俺と同じだけの屈辱と受難を雅にも受けてもらおうと心に決める。


にやりとこぼれる復讐の笑み。


来年が楽しみだな。


「Happy Birthday 勇気。」

そう言ってみんなの前で雅が自分から俺にキスをくれるまで、絶対にケーキを口にすることもロウソクを吹き消す事もしてやるもんかと心に誓った。





+++ Fin +++


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『雪うさぎ』のその後です。
あの後二人はどうなったのかな?と、思っているあなた。
この二人のお話は短編でランダムにUP予定です
これからもこの二人応援してあげてくださいね♪
朝美音柊花