「率直に言います。それ、やめてもらえませんか」
「それって何よバニーちゃん」
「それです!」
「え?」
「その、さりげなく僕の机に未決済の書類積んでいくの、やめて下さい」
「いや、パパっとサインするだけだし」
「代理でやってもいいですけど、その分報酬頂きますよ」「え」/卒
卵の殻を割って中身をフライパンに落とす。
少し湯を入れて蓋をしてしばらく。
今日もいい具合に半熟に焼けた目玉焼き。
「さあ、朝食だ、そして朝食だ、ジョン」
ジョンはくぅ、と鼻を鳴らして寄ってくる。
その時不意にコールが入った。
「ワイルド君が戻って来る?!」/から
「スカイハイ、タイガーが戻ってくるんですって!」
アタシにとっても突然の知らせ。
カッコつけたがる男だから、まさかまたヒーローやりたいって言い出すなんて思わなかったわ。
最初に聞いた時、びっくりしてグラス落としちゃったじゃない。
空だから良かったけど。/から
虎徹の突然のヒーロー復帰は、長年の付き合いのある俺だから納得出来る部分もあった。
「あいつ、嫁さんから言われてたらしいからな、ヒーローでいて、って」
それを聞いたネイサンの瞳から涙がぼろぼろと零れ落ちる。
「あの頃のタイガーちゃん、カラ元気見せてたのね…!」/から
キッドと二人で、中華風唐揚げを作っている時にタイガー復帰の連絡が来た。
「え?!」
盛大にあたしを泣かせたくせに…あの時の涙を返してよ!
「あ、ローズ、唐揚げ焦げてる!」
「きゃああ!」/から
ローズが焦がした唐揚げを辛いソースでごまかしながら、ボクはタイガーさんの復帰話を改めて聞いた。
「ふぅん…でも、ちょっと安心した。ボクだっていつ能力なくなるかわからないから、頑張って欲しいな」
「うん…キッド」
「何?」
「このソース辛いよ」
「かなりおさえたけどな」/から
貰った唐揚げを食べ終わって、2か月前にタイガーさんから送られてきた荷物を改めて開けてみる。
唐草模様の風呂敷に包まれた忍者衣装セットと、
「折紙へ、近いうちに会いに行くからな」と書かれたメモ。
…その時から復帰を考えてたのかも。
思わず笑顔が浮かんだ。/から
実家でのんびり暮らすのは楽しい。
楓の成長を見守るのは喜びだ。
けど、残された1分間への未練を振り切る事は出来なくて。
「お前、燃え尽きて空っぽになった顔、これ以上見せるなよ」
兄貴の一言がナイフみたいに刺さり。
「お前が選ぶ事なんだからな」
…だったら、俺が選ぶのは。/から
虎徹さんを下ろして、気が付いたらヒーロー皆に囲まれていた。
1年振りだ。
「お前、タイミングはかってたろ」
「勿論です。ちなみに演出はアニエスさんですが」
「…さすがはバーナビー様だな」
頭をくしゃりとされた。
…ああ。空っぽだった僕の隣に、虎徹さんがいる。ただいま。/から
ヒーローに復帰したワイルドタイガーとバーナビーが二人で執務室にやって来た。
「またよろしくお願いします」
去り行く背中を見つめながら、何故か口の端に笑みが浮かぶ。
手強い敵ではある。
明日からは苦戦を強いられるのだろう。
…だが、私は私の正義で動くまで。負けはしない。/から
マーベリックの作り上げた、閉じた世界の住人だった。
復讐の形をした扉の鍵。
開けてくれたのは。
「バニーちゃん、わりぃ書類終わらねえ!」
鈍感なようで敏感な、この人だ。
開いたドアから見えたのは、霞かかったシュテルンビルトの青空。
ああ、綺麗だ。/閉鎖空間
この古びた家が老いて足の不自由なママの終の住処になるのだろうか。
転居を勧めても頑なに拒む。
ここはあの男の死んだ場所だというのに。
「私以上にあの人の死を悲しむ人間はいないのよ。離れる訳にはいかないわ」
狂気の滲む表情に、そこに至るまでの過程に、ただ溜息しかない。/つい
ちょっと不安な事が出来ると、つい、エドワードのところに顔を出してしまう。
何となくそれがわかったのかもしれない。
「あんまりここに来んなよイワン。お前はヒーローなんだから」
でも、ボクも昔とは違うんだ。
「エドワードはボクの憧れのヒーローだからね、勿論今も!」/つい
珍しくバニーがトレーニングセンターで潰れてる。
「…」
目が覚めてトイレに行ったバニーが、物凄い勢いで戻ってきた。
「何ですかこの大量のみつあみ!虎徹さんでしょう!」
「かわいいじゃねーか!」
「冗談じゃありませんよ!」
いや、あんまりぐっすり寝てたから、/つい
ついにこの時が来たか。
こないだの悪戯の仕返しが絶対あるだろうと思ってたけど。
事務所で気持ち良く昼寝して、起きたら顔がすーすーした。
「どれだけ熟睡してるんですか貴方は」
「…お、俺のヒゲ!」
「自業自得です。すっきりしたでしょう?」
怒らせるんじゃなかった…!/つい
奴隷だったんだろうか、僕は。
記憶を操作されて、恩という鎖に縛られて。
でも手作りのパスタは温かくて美味しかった。
どちらもあの人の真実なんだろうか。
虎徹さんは顔をしかめるけれど、あの人が死んで鎖から解き放たれた今だから、見える事があるかもしれない。/鎖
箍が外れたように泣き喚くママの声が耳に痛い。
黒焦げの遺体が入った棺桶にすがり付いて。
「あなた、あなたあああ!」
瞳から理性の色が消えていた。
ああ、ママの心は死んでしまったんだ。
殺したのは僕。
背負わなければいけない二つ目の十字架。/泣く
涙も出ないくらい悲しい別れがあるって知ってたのに。
どうして忘れられたっていう、ただそれだけのことで、涙が止まらないんだろう。/泣く
他の誰のためでもない。前後の状況はよくわからないけど、虎徹さんは僕のことで、泣いている。
どうして。
混乱と困惑。
でもその奥に、どこか歓びを感じる自分がいて。/泣く
「そういや、前にアタシ達がワイルドちゃん追っかけまわしてた時、ルナティックに逃がしてもらってたわよね」
「あー、未だに理由はわかんねぇけどな。あいつ、自分でマーベリックを殺りたかったのか」
「…もしかして、結構アツい奴なのかもよ」
「はぁ?」
「女のカンってやつ」/熱
トレーニングセンターでいきなりバニーがぶっ倒れた。
慌てて抱き起こそうとするが、完全に意識が飛んでいる。
「今度はワイルド君がお姫様抱っこをしてあげる番だろう!」
スカイハイの無邪気な言葉に絶句する。
いや、お姫様抱っこって交互にするもんじゃねぇだろ…。/熱
目が覚めたら虎徹さんの心配そうな顔が間近に迫っていた。
「おい大丈夫か」
「僕は…?」
「いきなりぶっ倒れたからとりあえずお前んちに連れて来たんだよ」
不意に額に当てられた手は少しヒヤリとしていて。
「熱が高いな。喉乾いてないか?」
手慣れた様子に安堵して目を閉じた。/熱
命の燃え尽きる音がする。
十字架にかけられ火刑に処される罪人は大概、途中で窒息して意識を失うのだと聞いた。
…そんな慈悲など与えない。
自らの身体が熱を帯び発火する苦しみを、タナトスの元に辿り着く寸前までその身で味わうといい。/命
ニッポンに立ち寄った時に嵐に遭遇した。
古びた宿はギシギシ揺れて、壊れるんじゃないかと危惧していたけど。
翌日。
水溜まりに映る雲ひとつない青空。
仰ぎ見れば痛い位に照りつける太陽。
僕が敵わない唯一の人のルーツがここにある。
倒れても倒れても立ち上がる不屈の精神が。/台風一過 #放浪バニー
「怖い話しよー怖い話!」
「ちょっとやめてよキッド、あたし怖い話嫌いなんだから」
「え、ローズこういうの好きかと思ってた」
「…昔は好きだったんだけど、友達が超怖い話した時に、能力暴走して教室凍らせた事があってから苦手」
「…その方がよっぽど怖いよ…」/百物語
「鏑木虎徹さん、記念すべき100回目の判決ですが、何か言っておきたい事はありますか?」
「あ、えーと、…平均すると年に10回くらいになるんだなー、と」
「…なるほど。では私から一言だけ。…いい加減に学習なさったらいかがですか?」
「」/百物語
大規模な停電で辺りは真っ暗。
俺と楓は部屋で蝋燭をつけて回復するのを待つ。
「怪談でもするか?」
「えー、ヤダ!」
「怪談100個話し終わったら、本物の幽霊が出てくんだぞ」
「…お母さんが来てくれるならいいよ」
「…やっぱやめた」
「何で」
「生きたママに会いてぇから」/百物語
嵐は過ぎ去って朝から空は真っ青。
周囲の木が何本か倒れている。
「庭の片づけしねぇと」
「お父さんテキトーだから私がやる!」
「んだよそれ」
楓が俺の腕に触れ、100パワーを発動させた。昔の俺みたいに。
…遺伝子レベルの記憶かよ。
「危ないから駄目だ!」
母ちゃんの気持ちがわかった…。/台風一過
写真でしか見た事のなかったレコードプレイヤー。
「なんかな、スタジオの空気まで再生される気がすんだよ」
どこか懐かしい旋律と微かなノイズが、スピーカーから溢れ出す。
「…こういうの、悪くないですね」
「かわいくねー言い方だな」
穏やかな日々がどうか続きますように。/プレイ
ショッピングモールのプレイルーム。
据え付けおもちゃを持った瞬間、風船が割れるみたいに粉々になった。
「!」
ぼくはただもっただけなのに。
…ぼくのせいなの?
大人になり、能力を制御出来るようになってもずっと忘れられない、最初の100パワー発動の記憶。/プレイ
穏やかで公正な裁判官を演じる事にも慣れた。
会議で謹厳なヒーロー管理官を装う事にも。
それでも一つだけ馴染まない。
どうして、罪人達は自らの命でその罪を贖えないのか。
解決する為のただ一つの手段。
仮面をつけた死神の姿は、ぬるま湯に浸かる市民を揺さぶるか。/プレイ
偶々立ち寄ったバーに、小さなルーレットと、上機嫌な鏑木虎徹がいた。
「遊んでみます?」
赤か、黒か。
「仮に貴方が負けたなら、何を私に下さいますか?」
彼は含みのある笑みを口の端に浮かべ。
「裁判官のお望み通りに。その代わり」
受けて立とう。さあ、勝つのはどちらか。/かり
ヒーロー復帰して、久々にルナティックの出現場所に居合わせた。
俺が追っかけてるのは窃盗犯。
けど。
殺人犯に向け炎を放つ、その前に立ち受け止める。
「もう罪を重ねんな!…これで助けてもらった時の借りは返したぞ」
背後から他のヒーローが来て、ルナティックは彼方へ消えた。/かり
「借りは返した」
鏑木虎徹はそう言った。
本当ならば一撃で片付いていた筈なのに。
背後から迫る気配に限界を感じて、そこを離れた。
しかし、口の端に浮かぶのはただ、安堵にも似た笑み。
レジェンドと同じものにならなかった、僅か1分だけ力を発揮するヒーローが、帰還した…。/かり
「新月の夜に、空を飛んでるスカイハイを見つけたら願いが叶うらしいよ!」
「キッド君、ならば、私の願いは叶わないのかな。残念だ、実に残念だ」
「どんな願いなの?」
「恋した彼女にもう一度会えますように」/都市伝説
陰気な顔した背の高い男がね、ちょこちょこうちに買いに来てたのよ。
ビジネスバッグ持って。
どう考えてもパッチワークが趣味には見えなくてさ。
…あれ多分、本当は女装用の服作ってんだと思うわ。
髪長くしてたし!手作り趣味なのって絶対いるから!
…あら、いらっしゃい!/都市伝説
ハァイ、アタシの名前はネイサン・シーモア。
人はアタシの事を「恋のスナイパー」って呼ぶわ。
え、古臭いですって失礼ね。
でもホントよ?アタシにかかればどんなカタブツでも一撃なんだから。
ねぇバイソン?
「…あ、え」
あら夕べの事を忘れ…
「カット!」
全部言わせてよ!/スナイパー
「ユーリ、おかえりなさい」
ふくよかな紅茶の香り。
スコーンの焼ける匂い。
「今日も疲れたでしょう」
車椅子がキイキイと音を立てる。
「…ママ」
時折気まぐれに訪れるこんな穏やかな時間があるから余計、泣き叫ぶ母の姿を見て放っておけない…。/家族
父母の夢を見た。
大きくなったなバーナビーと言って頭を撫でてくれた父。
そして母は涙を流しながら抱き締めてくれた。
夢だとわかっているのにぬくもりだけは何故かリアルで、僕も涙を止められない。
「立派な大人になったのね」
少し寂しげな母の言葉で、目が覚めた。
…ありがとう/家族
「バニーあれ取って」
「はい」
「あ、あれも取って」
「…はいはい」
「っとやべ、あれ忘れてた!」
「買ってきてますよ」
「よく覚えてるな、うちの調味料の場所」
「当たり前でしょう」/家族
ずっと付き合っていた人が、最近、家族になりました。
お揃いのマリッジリングと新しい家と新しい生活。
死が二人を分かつまで、と誓いの言葉を交わして。
どうかこの幸せな日々が、一日でも長く続きますように。
「友恵、どした?」
「…私、幸せだなぁ」
「何だよ」/家族
普段は隠れた火傷の跡が、不意に浮かび上がる事がある。
父親だった男の大きな掌。
人を守る為にあると豪語しながらその手で母を叩く。
庇って叩かれた後のように、それが出てくる事にふと気がついた。
…後悔はしない。
これは私の罪と、僅かに残された生きる為の誇り。/あと
背後から人の気配を感じる。
…ヒーローであるこの俺に喧嘩を売ろうとか、いい度胸だ。
人通りの少ない路地裏へ。
そいつの足音が近づいてくる。
不意をつこうといきなり立ち止まったら、そいつは突然、俺の尻を掴んだ…!
「うひゃあああ!」
「何バイソン、野外プレイがお望み?」/あと
感情の欠けた声が聞こえてきた。
「ギロチンや絞首刑が希望か? 上手く行かなければ死の間際まで苦しみ続けるが、火刑であれば一瞬で済む。それがタナトスの慈悲。死ぬまで監獄の中にいる必要もないのだから」
馬鹿言うな。
人の命は軽くねぇし、お前にもこれ以上殺人はさせねえよ!/首
貼られた紙を見ながらぼんやりと実感する。
あー、これ一応、クビになったんだよな。
がむしゃらだった10年前とは違う。
家族を抱えてこれから金かかる時に、なんてこった。
こんな事ならもっと真面目にやっとけばよかった。
ぐるぐると頭を巡るけど、こういうのを後の祭ってんだな。/首
「アタシが夜の女王なら、帝王はロックバイソンかしら?」
「は? お前には合ってる呼び名だが、俺は普段は単なる客だからな」
「…ちょっと何よそれ、どれだけニブいのバイソン。それともわざと?」/帝王
「こんがらがった糸をほどいてみたら、こんなに単純なことだったんだな」
黒幕が誰か。
改めて腑に落ちたけれど。
「4歳の時からか。…楓がママを失ったのと同じ年だよ、な」
口にして改めて、その時の長さに、背負わされた過酷な運命に、呆然とする。
「…反撃はこれからだぞバニー」/解
「なぁ、このルナティックの映像、違和感あるんだけど気のせいか?」
「…どんなですか? …あ」
「なんか気がついたのかバニー」
「ずっとカメラ目線なんですよ。ずっとカメラに対して正面向いてますね」
「んだよそれ…」/カメラ目線
「どもっ、タイガー&バニーのアラフォー無職の方、虎徹です! …って洒落になんねぇ…はぁ」
「お父さん、掃除するからあっちに行っててよ!」
「なんだよその言い方」
「ゴロゴロしてるの、カッコ悪い!」/無
わざとじゃなかった。
事故だったんだ。
あの時暴発してなかったら、俺は今、ヒーローだったはずなんだ。
ずっとそう思っていた。
俺は悪くない。
…でもそうじゃない。
本当にヒーローなら。
イワンみたいに身を投げ出してでも、その命を守らなきゃいけなかったんだ。
それが犯人でも。/こい
元ヒーローアカデミーの生徒。
彼の発砲が故意だったのか偶然だったのか、それはあくまでも本人にしかわからない。
ただ、彼は脱獄した。
その力を自らの保身の為に使った。
それは彼に改悛の情がないことの証明に他ならない。
なれば、私のすべきことはただ一つ。/こい
真実なんて誰にもわからない。
ベンさんから聞かされたレジェンドの減退をまだ受け入れられなくて、思わず溜息をつく。
でも、自分の身に起きている事を考えると、信じるしかない。誰もが闇を抱えたまま、ヒーローとして活動していたのか。
暗い気持ちを抱え、冷気に身をすくめた。/しん
血塗れの手で罪人を裁くその正しさを知るは死の神のみ/清濁 #タイバニを愛でる歌
2012.7.7アップ。ツイッターアカウント@kaya_sstbでポストしている#同題ssTBの6月分まとめです。
…ということで、夏コミで3月〜6月分まとめ+未投稿のお題をついかした同題SSまとめ本「#1」を発行します。
詳細はまたお知らせ致しますので!
どの程度需要があるかわからないので、もしご入り用の方がいらっしゃいましたら
拍手にでもポストして頂けると嬉しいです。
刷り部数の参考にさせて頂きますので…。
夏コミ、夏インテおよび自家通販での扱いになるかと思います。
よろしくお願い致します!