代理戦争/中央街編/第一章/無抵抗


夜も滔々と更けた時分、門を叩く音に門番は顔をしかめた。
2人組で守をする相棒との他愛も無い話を中断させられた不愉快さででは無い。
夜遅くに、しかもこの超高級な家の裏門を叩く不躾さが気に食わないわけでもない。
癖のある、この戸の叩き方をする客が嫌いなのだ。

「……誰だ」
しかし彼はこの家の主人――超高級住宅街に豪邸を構えるような身分の、高潔な男性の客なのだ。
一介の門番の気分で締め出すわけにもいかない。
でも相手に対する嫌悪は全く隠さずに、門番は名を糾した。
その不機嫌さをものともしない、若い男の小声が聞こえて、さらに眉をしかめる。
「分かってるだろ。俺だ」

本当に仕方なく、扉を開けてやる。向こうには予想通りの人間がいた。
黒っぽい、有名なスポーツメーカーの運動着――主人の客としては余りに場違いだと、門番は嘆いた――を着た、誰か。
フードを被り、顔立ちは分からない。背格好は低いといっていい。色気の無い女のようだ。
だが格好に反して背筋はぴんと伸び、足取りには女の柔らかさは無い。
そして何より、声に凛とした少年らしい響きがあった。
「今夜も、主人に招かれて来た。案内を」
「分かっている。黙ってついて来い」
まるで、一言でも彼と話すのが汚らわしいとでも言うように。
門番は応援を頼んでから、屋敷へと彼を導いて歩き出した。 本当にそこは絵に書いたような豪邸だった。
大理石の床、赤い絨毯、眼のくらむようなシャンデリアに装飾品の数々。
もう大方の人間が寝静まった今は、それらが住人と取って代わったような雰囲気さえ覚える。
その中にあって、やはり少年は場違いな雰囲気だった。
「……全く……お前に恥というものは無いのかね。そんな格好で……」
門番は聞こえよがしに、『独り言』を言っていた。
少年は気にすることも無く――気にしていても、そんなそぶりは見せずに、黙って門番の後をついて歩く。
「だいたい、昼だってまっとうな仕事してるわけでもないんだ、夜くらい働いて見せろよこの淫売」
反応しない少年にこそいらだつように、門番は続ける。
「昼だって俺よりでかい金稼いでるくせに金が足りないとは、どんな浪費をしてるってンだ。
 だから身も心も売るだと、本当に卑しい野良猫の根性は理解しがたいね。両親もあきれ果ててるだろうに」
「両親はとっくに他界した」
少年が告げる。声音に感慨は無く、それが相当昔の出来事であるように思える。
「それに心は売っていない」
「いくら金を詰まれても、それだけは譲れませんってか?下賎な、野良犬めが」
は、と門番が蔑みきった声で笑った。
客をこれだけ愚弄して、彼も危なくないはず無いだろうが、声をひそめもせずに言う。
まるで、主人以外の全世界がそう思っていると確信しているように。

少年はかぶりを振った。門番は意味を履き違えていた。
どうせ聞きはしないだろうが、少年は呟いた。
「身体は売れても、心に買い手が付かなかっただけだ」
門番は予想通り、それがどうしたというように鼻を鳴らして――主人の元に彼を送り届けた。

「おお、私が招いた子――」
重厚な色使いの主人の部屋に通され、二人きりになるや否や、主人が態度を変えた。
門番や召使や奥方と接する時の、高潔で朗明で穏やかな人柄はそのままに、どこか狂おしい影にとらわれた表情。
それを少年に見せつけながら、両手を開いて迎えにいく。
「招きに応じてくれた事を感謝する。お前は私と、妻の誇りの象徴であり、希望であり、
 ――そして私の支えだ」
ぐっと強く抱かれながら、そう囁かれる。少年は腕をそっと主人の背に回す。
フードもそのままに口付けられると、その指が少し強張り、そして緩やかに弛緩した。
初めは子を愛しむ様だったキスが、次第に恋人、愛するもの、そして最も愛するものにする深いキスに変じていく。
唇の表層が触れ合うだけのキスが、最後は舌を絡めあって喘ぐほどのものに変わる。

少年の喉仏が数度上下してから、主人はやっと離れた。そっと、フードを下ろす。
そして、両手で頬を包み込んで、上を向かせる。

「美しい子だ」
ぽつりと漏らす、それが彼を全て表現していた。
見たところ未成年の彼は、確かに整った目鼻立ちをしていた。雪深い国が故郷なのだという彼は、色も白い。
だがそれだけの男女ならばいくらでもいる。
彼の表情には怒りや悲しみや、彼が今まで経験したあらゆる憂いを上掛けしたような、大人びた雰囲気があった。
それでいて、なよなよした厭らしさは無い。このバランスが、主人は大好きだった。

大好きだから、味わいたかった。
「服を脱ぎなさい」
「……はい、旦那様」
少年は部屋の中央だというのに、あまりためらい無く服に手を掛けた。よほど、慣れているのだろう。
黒い運動着の上を先ず脱ぎ、その下のシャツ、運動着の下、最後に下着を取り払っても、恐縮はしない。
「美しい身体だ。目利きの私も見たことのない美術品のようだ」
様子を観察していた主人の瞳が喜びに細まる。
やはり彼の身体は美しかった。未完成な男としての、一瞬の美しさであり、女性にも青年の男性も真似できないものだった。
細くしなやかでそれでいて強靭で、主人の最愛の『もの』だった。
感動に震えるように、主人が命令する。
「見せてほしい我が子よ。お前の、美しさを、余すところ無く」
その意を汲み取り、少年の瞳が微かに揺れた。紫色の、夜明けのような色の瞳が。
だが、すぐに瞬きをして揺らぎを消すと、小さく、はい、と返事をした。そして凛とした姿勢のまま、寝台に向かった。

高級なシーツに皺を作りながら、主人の見やすい位置に陣取る。
そしてゆっくりと、肘を付いて寝転びながら膝を広げた。主人が眼を更に細めた。
「……ご覧になれますか」
微かに瞳を揺らしながら、少年が聞いた。羞恥は、しているらしい。
主人は取って置きの宝物でも眺めるように、しっとりとした視線を向けて、微笑む。
「見えるよ……お前の殆どが。
 羞恥したお前の顔、鎖骨から腹まで、呼吸で動くさまも、……ああ、ちゃんと手入れしてある下の毛も、
 お前のそれも、その下の袋まで……殆ど、全部だ」
少年は恥じ入ったように瞳を伏せたが、は、っと気が付く。まだ見せていないところがあった。
その証拠に、主人が寝台に近付いてくる音がする。

主人が十分近くによった所で、少年はそっと姿勢を変えた。
今度こそ、彼の全てを見せるような姿勢に。
「ああ、なんと聡い子だ。自分の至らないところに誰よりも早く気がつき、修正する。
 それは誰もが求めてやまない力だ。本当に、なんて聡い子だ…」
何度やっても苦しく、この上ない羞恥を伴う姿勢に、少年の息が詰まる。
自分で膝裏を抱え上げ、男を咥える事を覚えた場所を、その咥えさせている男にさらけ出す姿勢。
「ふふ、本当にお前は美しい。このような、排泄物をひりだすような孔まで、まるで季節の花弁の色をしている。
 きちんと手入れされているね。本当に聡い子だ……」
不意に、主人がほめながら寝台に上がってきた。何をするかは――知っている。

「あああああああああああッ――!」
何の用意もされること無く、主人の肉棒が少年の後孔を貫いた。
ぐいぐいと力任せに押し込まれるその塊が、小さな穴には大変な負担だった。必死で、抵抗しないように自分自身を抑える。
力を抜くのではなく、逆に力を込めると、実はそこは広がりやすい。不意に切れそうな危うい状況で、それだけを信じる。
声をからして泣き叫ぶ少年を心底いとおしげに眺める主人は、狂喜の淵を覗いていた。
「ああ、我が子よ……泣き叫ぶ声音まで、どうして、そう、私を誘うのだ」
その細い身体を残酷に押さえつけ、ずぶずぶと根本まで突き刺す男は、とても高潔な主人とは思えない。
にたにた笑いながら少年の性器を握り、身体を嘗め回す男は、到底朗明な主人とは考えられなかった。
でもコレが現実なのだ。狂ったような彼こそが、誰にも見せない彼自身の一部なのだ。
少年は痛みに呻きながら、必死に耐えた。 >
もののように、壊すこと――壊された身体はともかく、心を傷つけることに罪悪感の無い男に辱められながら、
彼を満足させるために動いた。腰を振って、彼の肉棒を擦り上げる。
「ンは・・・ぐッ……はぁっ…」
『下賎な、野良犬が……』
ふと、貶められる言葉を聞いた気がして目を開けた。誰の言葉か重い出せない。
いつも同じようなことを色々な人間に言われるから、誰に言われたのか思い出せなかった。
荒い息をつきながら記憶を探るが、ついいに門番の顔は出てこなかった。

そのかわり、少年はいつもどうやって耐えているかを思い出しかけていた。
「ぁあっ…!」
少年の体内にある、僅かなしこりに男のカリが引っかかって押しつぶされた。
瞬間、宙に投げ出されるような快感が背筋を走って、全身に染み渡る。――ここだ。
少年は自分から、そこを突いてもらえるように腰を動かし始めた。
「色艶を帯びたお前はことさら美しいな……」
主人が優しく呟きながら、容赦なく少年を責め上げる。膨れた欲望が、少年の弱点をひたすら擦り挙げた。
「あ、あぁッ!んは…ぅ!あ、う」
気持ちいい。痛いけれど、こうすれば羞恥も嫌悪もない。
こうだ。俺は、こうやって耐えてきたのだ。その確信があった。
少年は指が真っ白になるまでシーツを掴み、思う存分嬌声を上げてのた打ち回った。
涎が垂れたが、拭くところも余裕も無い。放っておくと、主人がべろりと舐めて、酔っ払ったように囁いた。
「お前の全てがいとおしくてたまらない……本当に」
そして、本当にいとおしいとは察せ無いような荒々しい腰つきで少年を貪った。
「ん、!ぁ、だ、…だん、な様…ぁ」
少年は少年で、その腰使いに合わせるように激しく尻を振った。
さながら雌の獣のように、ただ快楽で全てを忘れるために、より強い快楽を望んで、堕落する。
ぼうっとして来た少年をそっと撫でながら、主人が問いかける。
「我が子よ…、っ、お前は、私を……愛してくれるか…・・・?」

少年は我を忘れたふりを、した。
「あっ、いッぁ…い、きもち、い…」
ハアハアと荒い無様な息をつきながら背をそらし、精一杯甘える。
脚を主人の腰に絡めて、やわらかい尻たぶが主人の身体に触れるほどの挿入を求めた。
そして、
「ああ、ぁ…く、ぁあッ!!」
これ見よがしに、果てた。強制的な快楽とはいえ、本気で気をやる。
本気で感応の絶頂にある身体は、勝手に主人の肉棒を愛撫するすべを知っているから、あとは余韻に身を任せる。
ねっとりと包み込む粘膜が、雄の絶頂を催促し、
――ほら、果てた。
ふかふかの寝台に身体を預け、余韻にぐったりとしている少年。
それをどこか悲しげないとおしさを交えながら眺める主人。場は、完全に二人の密室だった。
「……お前は、いつも…私には応えてくれないんだね。我がいとおしい子よ」
「……俺は、下賎の出自です。
 親を殺され、売られ、卑しい技術を教えられて、今貴方の寝台にいることすら夢のはずだったような、ものです。
 正式な奥方もいらっしゃる貴方が、このような事を考えるのは、お止めになってください……」
「妻はお前を気に入っている。正式な養子にしてやる事も不可能ではないよ」
「それは……昼の俺が好きなだけで。今の姿を見られたら、卒倒してしまうでしょう」
「関係だけ闇に葬ってしまえばいい」
「奥様を裏切るのはお止めになってください。もう……十分ではないですか」
主人はかぶりを振った。そっと近付き、少年の垂れた頭を撫でながら、呟く。
「お前は私の思いを理解してくれているのだと思っているよ……何しろ、お前は聡い子だから」

緩やかなその雰囲気に、少年がため息をついた――そのとき。
がちゃり、そんな音がして、少年の手首に手錠が掛かった。
「な」
呆気に取られた彼を、さらに主人は足かせと縄で答えた。
意味がわからないといったように眼を開く彼に、主人は悲しげな瞳で継げた。
「お前は聡い子だから……ほんの少しのお仕置きで、理解してくれるだろう?」
愕然とおののく少年を抱きかかえるようにして、主人は寝台から立ち上がった。そっと歩き出す。
そして寝台の柱をなにやら操作すると、信じられないことに、書棚が裏返って新たな部屋が見えた。
だが、少年はこの部屋を見たことがあった。ではなぜ愕然としたかというと、
「……なぜ、……愛しているといいながら……傷つけたいのです?」
その部屋の壁に並ぶ、数々のハードプレイ用の性具と甘い言葉のギャップに慄いたからだ。
だが主人は半ば平然と、
「愛しているから……傷つけてでも、手に入れたいのだよ」

そういって、完全防音となっている裏の部屋と表をつなぐ扉を、完全に閉めた。



翌日の夜中ごろ、門番はまた顔をしかめることになった。
今度は内側から出て行こうとする少年に、声を掛けられる羽目になったからだ。ついていない。
「散々寵愛されて、うれしい限りだなぁ、このケツ穴野郎。
 かわいがってくださる奥様を裏切る気持ちはどんなもんだ。さぞ愉快なんだろうな」
少年は見るからに憔悴していた。考えてみれば丸一日拘束されていたのだ。
主人はいつもどおり仕事をしていたから、空いた時間何をしていたか知る由は無いが、その間も休ませてもらった様子は無い。
ようするに、丸一日ずっとこのきれいな屋敷を小汚い体液で汚していたに違いない。

「迷い犬は外に出やがれ、くそ」
だから、精一杯口汚い言葉でののしりながら、突き飛ばすように外へ出してやった。
そして最後に唾を吐きかける心地で門を閉めた。
最後にちらりと見えたその瞳は、やはり凛として気にした様子は無かった。門番は毒づきながら、また持ち場に戻った。

少年は消耗していた。
明らかに自分でもふらついていると分かる足取りで、豪邸から離れる。ここは俺の居場所ではない、と呟く。
白亜の豪邸の角を曲がり、次の角を直進し、次の次の角を曲がろうとした所で。

突然、温かいものに抱きしめらて、少年は立ち止まった。
見知った相手だった。だからなのか、不思議と驚きはなかった。抜けそうな足の力を必死で込めながら、憮然と呟く。
「……何、迎えに来てんだよ。怪我人はおとなしくしとけよ」
そういって突き放そうとすると、もっと強く抱きしめられた。息が出来なくなりそうなほどだった。
息が出来ないことを、少年は歓迎した。
今息が吐けたら、ひょっとしたら泣いてしまうこともあるかもしれないと思ったからだ。 しばらくしてから、相手は少年を離して、一歩引いた。
相手は、背の高い少年だった。体格はよかったが、童顔で人がよさそうな顔立ちだ。
だが今その表情はくしゃくしゃになっている。まるで、豪邸で何が起こったか全て知っているように。
「何泣いてんのお前。道の真ん中で泣くなよ。ていうか何でお前が泣く。マジ恥ずかしいって。ほら」
少年に差し出されたハンカチで涙と洟を拭くが、一向に収まらない嗚咽が超高級住宅街に響く。
「本当は俺が泣くところじゃねぇか。何でお前が変わりに泣いてんだよ。俺泣くに泣けないじゃん。どうしてくれる」
「……ッめん……本当に、ごめん…ック…心配、で……」
背の高い少年は何度も入念に涙をぬぐったが、それでも尽きないのでやがてあきらめたようだった。
掌で隠すように涙をぬぐうその身体は、涙の尽きない心より酷く傷ついていた。
片足を不自然に引き摺り、松葉杖に縋る腕も包帯で巻かれて頼りない。絆創膏など、数え飽きるほどだった。
彼は数週間前にあることで大怪我をし、今も脚が完治していない状態である。
その身体で、迎えに来たというのだ。

「お前の脚治すのに、あのぼったくり病院に払う金作んなきゃ。わかってるだろ?
 昼間――昼間の試合だけじゃ、いくらなんでも無理だって……」
「もう……脚、いいよ、……俺のせいでお前が傷つくの、…もう嫌だ……」
今度はそっと抱きしめられた。少年の消耗した身体を支え、労わる抱きしめ方で、思わず少年は縋りついていた。
「売られてから、二人で頑張ってここまで来たんだよ……もう、いいよ」
ああ、やはりここが俺の居場所なのだ、と思って安心して力を抜く。

が、数瞬後にまた思いなおす。自分の居場所ならば、死ぬ気で守らねばならない。
「離してくれ」
少年は凛として立って、歩き出した。慌てて、もう一人が後を追う。かつかつと杖を突く音がする。
「俺がここまで意固地になるのを笑うなら笑えよ。ただな……」
少年は少しためらうように、唇を舐めて次げた。
「……俺はそう簡単に傷つかない。だから、傷ついてるお前を守りたい。それだけ」
――また始まった嗚咽に辟易しながら、少年は帰路についた。
その嗚咽の主は、少年の心というとんでもなく高価なものを与えられて、戸惑っているようにも見得た。




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