「やぁ。久しぶりだね」
白衣の男が軽く手を上げる。それにつられるように電子グラスの男が視線を上げた。
「研究の方はどうだい。――まあ、悪いうわさは聞かないから順調なんだろうけど。『犬』は元気かな?」
が、電子グラスの男はむっつりとした顔で言った。
「順調とは言いがたいですね。政府の要請に応えるだけの働きこそしているが、
あんな文系どもの唱える理想論だの高層都市計画だのを満たしてやるだけの研究なんぞたいした意味もないでしょう。
私どものチームの理想と現実はかけ離れすぎている。
少しばかり疲れたくらいです」
「それは……難儀だね」
少なからず驚きながら、白衣の男はあげたままの手を下げた。
そしてケーブルや机、機材の入っていたダンボールを避けながら電子グラスに近づく。
「しかし一体、それほどまでに君を悩ませる命題とは何なんだい?
チームの理想、と言っていたけれど、理想の生物兵器『犬』の完成を成し遂げたチームがそれほど悩む理想って言うのは
一体どれほど成し遂げがたいものなのか、聞いてみたいのだけれど」
電子グラスの男は手にした小さな電子手帳のようなものを、白衣に見せた。
「…………?」
「見ていてください。今電源を入れますのでね」
カチリと小さな音がして、電子グラスの男がそれの電源を入れる。
ぱっと一瞬白んだ画面になり、すぐに何かのロゴのようなものがいくつか浮かび上がる。
しかしそれも数十秒もしないうちに消え、新たなロゴが画面を占拠した。今度はちゃちな音楽まで流れている。
「これです」
「Pocket
Monster……?」
「その通り」
さらに画面をなにやら操作しながら、言った。
「これは子供向けに昔発売されたゲームですが、見た瞬間に私たちの頭をインスピレーションが駆け巡ったのです。
ストーリーは陳腐ですが、そのシステムが凄い」
「モンスターを捕まえて、ボールに入れて持ち運びしながら友情を育むんだろう?」
「ご存知ですか?」
「まぁ……子供の時分は楽しんだよ」
「ならば話は早い」
男は電子手帳のようなものを操作して画面を消し、ぱたんと蓋を閉めた。
「そう、このシステムを知った瞬間――私どものチームはカルチャーショックを受けたのです。
どんなに優秀な兵士も、戦場に送られるまでに事故にあわないとも限りません。
さらに補給も、生物である以上欠かすことができませんが――戦場の物資には限りがあります。
いくらすばらしい『犬』を量産できても、輸送や物資の関係上好き放題に送り込むことは不可能です。
しかしこのボールシステムが確立すればどうなります?」
妙に熱っぽい視線――電子グラスを通してもきらきらと輝く瞳。白衣の男はただ黙って聞いている。
「まず、大量の人員をヘリや飛行機で輸送できるようになるでしょう。荷物と一緒でいいのですから。
そして用の無いときはボールにこもっていてもらえば補給の必要もなし。
その上、ボールにタイマーや何かをかけておけば撹乱戦やトラップも思いのまま!
――今や戦場の主流は白兵戦より重兵器やコンピューター制御のミサイルなどだと言われていますが、
ボールシステムが完成すれば、そういったものの工場や基地への潜伏や破壊工作もし放題です。
これこそが私たちのチームの理想、そして未来の線上の核あるべき姿かと、私は断言いたします!!」
「……それは素晴らしいね……」
白衣の男はなんともいえない表情で、とりあえずその理想とやらに同意・賞賛の意を見せた――
――この上なくあいまいな表現で。
「それに『犬』の完成モデルを参考に、各モンスターの開発に着手!
水軍に水属性を、空軍には飛行属性を、陸軍には土属性を、その他炎や電気、草属性なども
それぞれ破壊、エネルギー源、補給部隊として登用させることができれば、
最早人類が戦によってわざわざ命を落とすことも無くなる!嗚呼、なんと素晴らしきことか……!」
くるくると、両手を広げて踊りながら理想論を主張する男を遠巻きに眺めながら、白衣の男は哀れみの笑みを浮かべた。
無論、電子グラスの男に向けたわけではない。
――これからわけの分からない理想につき合わされるであろう『犬』達へ、
白衣の男は精一杯の憐憫として溜息を贈った。
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