●●王子


「ぎゃああああああああっ!」
「はっ!?」
廊下でぶつかった男が今にも死にそうな悲鳴を上げるのに、ハダレは素っ頓狂な声を上げた。
今にも死にそうな――というよりは今まさに殺されかけているような絶望的な声を出している男は、
シチュエーション的にはハダレに殺されかけているとしか考えられない。
ただ転んで尻餅をついているだけだというのに。
一般的に血の気の多そうな代理戦争の戦士と、新米の従業員がうっかりぶつかって私刑――傷害――死亡。
まるでニュースの定番(テレビはないが)のような展開がハダレの脳内を駆け巡る。
が、ハダレはそこまで見境なくはない。
金髪の従業員見習いは床にひっくり返っているだけで、
むしろぶつかった相手がハダレだったことにおびえて先走ってしまったようだった。
そのひきつった顔に書いてある。
『助けて!殺される!』
「……ええと」
そのすさまじい誤解は別段特別なことではない。代理戦争の成果は各種報道で毎日伝えられている――
『無敗の王者、今日も相手を血達磨に!』『ハダレ、奇跡の死人回避!?』『重軽傷者3人――今日の王様』
これで誤解するなというほうが無理だろうが。
ぷるぷると震えている男を、むしろやや退きながらハダレは見下ろした。
なんにせよ、ほうっておくわけにはいかないだろう。そっと手を差し伸べる。
元のハダレの顔のつくりはむしろ平凡なくらいだ。
誠意ある笑顔で接すれば、錯乱した男も少しは気分を落ち着けて問題はなくなるだろう。
「大丈夫……か?」
ハダレがにこっと笑った。男はすっと息を付き、

「いぎゃあああああっ、殺さないで犯さないでお願いします俺はまだやり残したことがたくさんあるんだああああ!」
全然大丈夫ではなかった。
ハダレがあっ、という間もない一瞬の隙に、男はほうほうの体と言った感じで調理場のほうへ駆けていった。
調理場には在庫を確認しているほかの従業員がいたはずだ。男はそこへ逃げ込んだに違いない。

廊下にぽつん、と残された王者は差し出した手をもてあましたように下ろしながら、呆然と呟く。
「……また、なんか書かれたのかな。オレ」
「大変だねぇ。鉄壁の王者も」
ぽん、と後ろから肩を叩くコモリ。
その従業員用エプロンのポケットからは、ハダレが興奮した凄惨な笑顔を浮かべている写真とともに
『返り血王子の戦慄スマイル』なる見出しが踊っているタブロイド紙がちらりと覗いていた。



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