御簾門大学付属病院の倉庫から、一本のテープが発見された。古い磁気式で、ラベルには『告
白記録』と書かれている。
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表面には焼け焦げたような跡があるが、幸いテープ本体は無事で、問題なく再生できた。
以下は、その内容である。
「世間の人たちは、私を非難するでしょうね……消防士のくせに、炎を怖がるなんて情けない
私自身、信じられません。自分がこんなになってしまうなんて。今では、煙草や赤いネオンサ
インでさえ、パニックに陥ってしまう始末です。当然、こんな状態では、職務どころか、日常生活
病院の先生方は、熱心に治療して下さっていますが、おそらく無駄でしょう……私をこんなに
した炎は、ただの炎ではないのですから。
あの日見たものについては、墓の中まで持っていくつもりでしたが、また同じことが起きないと
も限りません。その時、何かの役に立つことを願って、ここに全てを告白します。
事態の始まった時期は……正確には分かりませんが、おそらく去年の十一月頃でしょう。そ
の頃、市内で妙な放火が相次いでいたことは、覚えている人も多いと思います。
そう、現場に決まって、場違いな物が残されているという点で話題になった、あの連続放火事
件です。
壁一面に書かれた意味不明の文章。異国風の装飾を施された壺。果ては羊の首と、血まみ
れの剣……。
おそらく、放火犯が犯行の際に置いていったのでしょう。犯人は異様な現場を演出までして、
注目されたがっている異常者に違いない。世間一般の人々と同じく、私もそう思っていました。
それは……半分は当たっていました。確かに、犯人は異常者に違いありません。しかし、目
的は……すみません、先を急ぎすぎました。順を追って、お話します。
警察と消防の必死のパトロールを嘲笑うかのように、その後も放火は続き……そして、九件
目の放火の直後でした。あの電話が掛かってきたのは。
『次は自然公園が放火される』という電話の声を聞いた私の感想は『またか』でした。なにせ
あの頃は、一日に何回も自称情報通の“タレコミ”が署に掛かって来る状態で、いい加減辟易し
ていたんです。一
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それでも一応、どうして分かるのかと訪ねると、突拍子もない答えが返ってきました。
詳しい内容は覚えていませんが、確か……『犯人は町全体を魔方陣に見立てて』とか『放火
現場が要の役目を』とか 『人々の恐怖と期待の力を集め』とか……結局、私は最後まで聞か
ずに、受話器を置いてしまいました。
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しかし、これを聞いている人なら、お分かりでしょう……あの電話は、悪戯ではなかったことが。
それから五日後の深夜、本当に自然公園で火の手が上がったのですから。
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慌てて駆けつけた我々が見たのは、すでに激しく燃え上がっている、公園の森でした。野次
馬の証言では、ごく短時間で、あっという間に燃え広がったのだそうです。
現場は、異様な光景でした……慌てて逃げだす公園の鳥たちとは対照的に、野次馬たち
は、こんな状況でも、夜空を焦がす炎を見つめ続けているのです。それも、熱に浮かされたよ
うな、どこか楽しんでさえいるような目で……。
人間だけでしょうね……炎を恐れず、それどころか、激しく燃え上がる様に、興奮すら覚える
ともあれ、この時間帯なら、中に人はいないだろう。消火に専念できる。そう考えた時でした。
炎の壁の向こうから、微かに人の声が聞こえてきたんです。それも、おそらくは複数。
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人が取り残されている!? 一刻の猶予もないと判断した私は、同僚の加藤と共に、燃え上が
る森に突入しました。
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中はまさに灼熱地獄でした。なるべく火勢の弱い部分を選んで進みましたが、それでも熱気で
気が遠くなりそうでした。
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耐火服を着ている我々ですらこうなのに、何の防御手段もない一般人が、果たしてこの中で
生きていられるのか。しかし、現実にその声は、炎の向こうから聞こえてくるのです。
その声を頼りに進み続ける内、私は妙なことに気付きました。声はてっきり、助けを求める、
必死のそれだとばかり思っていたのですが……よく聞くと、笑い声や歌声のようなものが混じっ
ているんです。まるで、宴か祭りでもしているかのような……。
困惑しながらも、私と加藤は進み続け……ついに、声の元に辿り着きました。おそらくは森の
中心、すなわち火災の中心と思われます。
そこで……そこで、私が見たものは……。
ああ! 全ては火災の熱気が見せた幻覚なのだと、そう思い込みたい……確かに、悪夢の
ような光景だった。しかし、同時に、凄まじくリアルだった。あれが幻覚なら、現実など全て幻だ
と、断じざるを得ないぐらいに……。
声の主たちがいました。思ったとおり、複数……十数人ぐらいでしょうか。しかし、男なのか女
なのか、若いのか年配なのか、個々の特徴は一切分かりませんでした。
なぜなら、全身が炎に包まれて、すでに黒焦げだったからです……にも関わらず、生きてい
るんです……げらげらと笑い声を上げ、踊り狂いながら、奇怪な歌を合唱しているんです。
何をしているのか、なぜあれで生きていられるのか……分かりません、全てが私の想像を超
えています。強いて、分かることと言ったら……彼らは、被害者なんかじゃないということです。
あの火災は、彼らの放火によるものに違いありません。あるいは、今までの放火も、彼らの仕
それだけじゃないんです……燃える踊り手たちの歌が、最高潮に達した時でした……。
周囲の炎が、竜巻のように渦巻き始めたんです……我々の真上に凝縮して、巨大な塊になっ
て……違う、あれは炎なんかじゃない……生きている……燃え盛る目で、私を見つめている…
…プロミネンスを鬣のように振り乱して……。
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恐ろしい……だが、美しい……純粋にして始原の炎……加藤が歓喜の声を上げて、耐火服
を脱ぎ捨てて……よせ、やめろ……ああ、でも、私もそうしたい……この不自由な体を、焼き
尽くして欲しい……歌声が響く……ふんぐるい! むぐるうなふ! くとぅぐぁ! ふぉーまるはう
この直後、何かが燃え上がるような音を記録して、テープは途切れる。
この病院では、確かに消防士の患者が一時入院していたが、隠し持っていたガソリンで、焼
身自殺を遂げてしまったという。表面の焦げ跡は、その時付いたものか。
信憑性についてはやや疑問が残るが、市内連続放火事件の重要な手がかりになる可能性もある
ため、鑑識に分析を依頼する。以上。
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捜査一課 火災犯第一係 警部補 如月恭二
〜Fin〜
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