<次のニュースです。S県F市で、 親を殺害した容疑で、十六歳の少年が逮捕されました>
 朝っぱらから、陰鬱いんうつなニュースが流れている。母さんは僕のカップに牛乳を注ぎながら、大袈裟おおげさな口 調で う。
「おお、怖い。 族を殺すなんて、気が知れないわ」
 新聞をめくりながら、父さんも相槌あいづちを打つ。
「全くだ。うちは幸せで良かったな、みのる
 まあ、確かに、あんなのに比べれば、 せであることは否定しない。
 我が早瀬はやせ家の人間関係は、ごく円満だ。特に両親の仲の良さは、僕が見ていて恥ずかしくなる
ぐらいだ。喧嘩けんかしているところなんて たことがないし、結婚記念日には、毎年必ず二人だけで旅 行に っている。
 僕も、まあ、少なくとも、 を泣かせるようなことはした覚えがない。多分、これからもしないだ
ろう。ちょっと親に反 しているぐらいが、男としては格好いいのかもしれないが、反抗する理
由がないのだから、 方がない。
 経済面や健康面の問題も、僕が知る限りはない。まあ、いて言うなら、ヘビースモーカーの
父さんの健 が、少し心配なことぐらいか。
 理想の家 、そう呼ぶ人もいるだろう。
 しかし、 にとっては、それはごく当たり前のことで、取り立てて幸せだと感じることもなかっ
た。 
「あら、もうこんな 間。学校に遅れるわよ」
 慌てて牛乳を み干し、家を飛び出す僕を、両親が「いってらっしゃい」と見送る。
 いつもの朝と、 も違わなかった。
 ずっと、こんな毎 が続くのだと、信じて疑わなかった……。



 サッカー部の 習を終えて帰宅すると、すでに夕食時だった。台所では、母さんが鍋を温め
ているところだった。 
「お帰りなさい、すぐご できるわよ」
 それまで、テレビでも ていようと、リモコンに手を伸ばした僕は、はっとした。母さんの足元
うごめく、黒い影に気付いて。
 母さんが大 いな、あれだ。その嫌い方は半端ではなく、見かけると、真夜中でもバルサンを
いて、家 をガス室に変えてしまう程だ。
 り悪く、母さんが振り返ってしまう。このままでは、鍋をひっくり返しかねない。僕が慌てて、
丸めた新聞 で、それを退治しようとした、その時。 
 ぐしゃり。 
 それが、嫌な音を立ててつぶれる。だが、潰したのは、僕の新聞紙ではない。
母さんの だった。
 僕は、我が を疑った。あの母さんが……しかも、母さんは今、スリッパも靴下もいていな
い。素 だ。
 母さんは、まだぴくぴく いているそれを、ひょいと摘み、ゴミ箱に放り込む。全ての動作が、
 そのものだった。
 母さん、いつから平気になったの?  が呆然と訊くと、母さんは眉一つ動かさずに言った。
 が?」 
 母さんの口元は笑っていた。しかし、その双眸そうぼうは、電灯が逆光になって、よく見えなかった。
 これが、 さんに対して、違和感を覚えるようになった、最初のきっかけだった。
 これだけだったら、日々の 憶に流されて、忘れてしまえたかもしれない。しかし、そうなる前
に、またしても、僕は てしまった。
 数日後の朝、顔を って、何気なくベランダを見た僕は、慌てて目をこすった。だが、見間違い
ではなかった。 
 ベランダの花が、全て枯れてしまっている。薔薇ばら、パンジー、ランタナ……どれも、母さんが大切 に育てていたものだ。よく見ると、はちの土が乾ききっていた。
 すぐに報告したが、 さんは「そう言えば、水をやっていなかったわね」と呟いたきり、確認し
ようともしなかった。 
 次の日には、ベランダの は全部捨てられていた。中には、今からでも水をやれば、息を吹
き返しそうな もあったのに。
 がらんとしたベランダを つめながら、僕は呆然とするしかなかった。『大切に育てれば、お
花も必ず えてくれるのよ』と、よく僕に言っていた母さんが、一体どういう心境の変化なのか。
 以来、僕は、 さんを注意深く観察するようになった。すると、他にも見つかったのだ。
 以前の さんと、明らかに違っている点が。 
 苦手だったさばを、気にせず食べるようになった。と言っても、好きになったと言う訳でもなく、 機械的に口に運んでいるのだ。まるで、 が分からないかのように。
 可愛がっていた 家のペロに、見向きもしなくなった。ペロの方も、母さんの姿を見かけると、
慌てて犬小屋に っ込んでしまうのだ。耳を垂れ、尻尾を丸めて、怯えきった様子で。
 どこで買ってきたのか、 しそうな本を読むようになった。『大脳生理学入門』だの『世界の鉱
山』だのは、まだタイトルから内容は 測できるが『ナコト写本・日本語版』とやらは、一体何の
本なのか。 
 一つ一つは、どれも些細ささいな違いかもしれない。家族の僕だからこそ、気付けたような。
 しかし、ちりも積もれば山となると言うか。些細な違いも、これだけ大量に重なると、まるで……
 になってしまったかのようだ。
 一体、 さんはどうしたのだろう?
 それでもまだ、この 点では、違和感は違和感でしかなかった。しっくりこないが、日常に支
障をきたす でもない。その程度だった。
 ……違和感に 安が混じり始めたのは、あの夜のことだった。
 明日には、 さんが出張から帰ってくる。母さんの変化を知ったら、さぞ驚くだろうな。そんな
ことを考えながら、ベッドに り込んだ時だった。
 階下から、ぼそぼそというささやき声が聞こえてきたのだ。どうやら母さんが、電話で誰かと話し
ているらしい。 
 相手は さんだろう。明日まで待ちきれなくて電話したのか。こんなところは以前と変わらな
い……。 
 ……等と、暢気のんきに構えていられたのは、一瞬だけだった。
「定期連絡……実験は順調……擬似頭脳……正常に稼動かどう……」
 よく くと、母さんは全く意味不明なことを話している。いや、内容もさることながら……。
 ……これが本 に、母さんの声だろうか? 何の感情もこもっていない、まるで機械のような
声。
「明日から…… 員……第二段階に移行……の指示を……」
 闇に、階下かいかからの異様な囁きが忍び込む。
 違う。母さんが わったのは、日常の些細な習慣などではない。
 本当に わったのは、もっと根本的な部分だ。
 僕は金縛りにあったように、 動もできなかった。聞いていることを、母さんに気付かれるの
が、なぜか くて。
 本当に…… さんは、どうしてしまったのだ?



 とにかく、一度 さんに相談しよう。
 翌日、その決意と共に、出張から帰ってきた さんを出迎えたのだが。
「ただいま」 
 父さんの姿を見た途端、その決意は霧散むさんしていた。
「どうした、 ? ぼーっとして」
 “父さん”に言われ、 は我に返った。そうだ、父さんじゃないか。どうして、あんなことを思っ
てしまったのだろう。 
 誰だ、この ? などと。 
 しかし……。 
「お帰りなさい、出 お疲れ様」
「いや、大 だったよ。ヴァーモントの山中まで行かされて……」
 にこやかに している両親を見ていると、奇妙な気分になるのをおさえられなかった。まるで、 他所よその家に がりこんでしまったかのような……。結局、どうしても僕は、母さんのことを相談す  になれなかった。 
 その理 に気付いたのは、数日後の週末のことだった。
 たまには外で 事するか、ということになり――正直、気が進まなかったのだが――レストラ
ンに ったのだが。
 入 での、ウェイトレスと父さんのやり取りを聞いた瞬間、僕は聞き間違いかと思った。
「現在、禁 席のみのご案内になりますが、よろしいでしょうか?」
「ああ、 いませんよ、煙草は吸わないので」
 あの、ヘビースモーカーの さんが? 
 そこでようやく、 は思い至った。出張から帰ってきて以来、父さんが煙草を吸うところを、一
度も見ていない。 宅してから、恐る恐る灰皿を確認してみたが、思った通り、全く使った形跡
がなかった。 
 さすがに健康に悪いと、禁煙を始めたのだ。という、安直な解釈かいしゃくすがりたかったが、できなかっ た。母さんのことが、頭から れなくて。
 まさか、 さんも……?
 動揺のあまりよろけた 子に、勉強机に置かれた置物を、落として割ってしまう。父さんの出
張の土産だ。慌てて い上げようとした、僕の手が止まる。
 割れた置物の中に、 かが入っていることに気付いて。
 レンズの付いた、小さな 械……盗撮用カメラだと思い至って、僕は愕然がくぜんとした。
 まさか、父さんが? そんな 鹿な。何で、父さんが僕を……しかし、これを仕掛けられる者
が、 にいるか?
 今すぐ、これを さんに突きつけて、問い詰めるべきなのかもしれない。しかし、本能が激しく
抵抗する。やめておけ。それは、 けてはいけないパンドラの箱だ、と。
 結局、僕は、 物を引き出しの奥に仕舞うことしかできなかった。
 やはり、思い ごしではなかった。父さんも、変わってしまっている。それも、母さん同様、人
としての根本 な部分が。
 そうだ、父さんが 張から帰ってきた時から、僕は薄々気付いていた。だから、何も相談でき
なかったのだ。 
 最早もはや、早瀬家の中で、以前のままなのは、僕だけだった。
 どうしたらいい? こんなこと、 に話しても、信じてもらえる訳がない。思い悩みながらも、僕
はいつも通りの生活を けるしかなかった。
「今日は、稔の好きな唐揚からあげよ」
「どうだ、サッカー部の方は 調か?」
 両親も、表面上は今まで りに振舞っている。しかし、僕にとっては、それが一層、不自然で
不気 だった。 
 奇妙な感覚だった。現実の生活なのに、まるで飯事ままごと遊びをさせられているかのようだ。以前の、 平凡だが平穏な、早 家の日常は、完全に失われてしまった。
 どうして、こんなことになったのだろう? いつまで、こんなことが くのだろう……。
 しかし、終わりは案外早くやって来た。 確には、終わらせざるを得なくなったのだが。
 それから数日 のことだった。
「ああ、稔、足 に気を付けて」
 母さんは何やら居 の床を、きょろきょろと探していた。
 カレンダーをり代えようとしていたのだが、手元に置いておいたはずの画鋲がびょうが、どこかに転が
ってしまったらしい。 
 はっとその足 を見ると、画鋲の針がきらりと輝くのを見た。動かないで! 僕はそう叫ぼう
としたが、一歩 かった。母さんの足が、画鋲を踏んでしまう。
 そう、確かに、 い切り踏んだはずなのに。
「どうしたの、 ?」
 母さんは、平然としている。 がるどころか、気付きもしていない。僕の口は、叫ぼうとした形
のまま、 まってしまう。
 そんな馬鹿な。 親の異常な振る舞いなら、もう慣れた。しかし、今、起きたことは、精神の
変化だけでは、 明が付かない。
 生物学的に、 り得ないことではないか。
 慌ててベランダに け込み、庭を見下ろすと、父さんが愛車のセダンを洗っているところだっ
た。その日常的な 景を見て、僕は何とか、落ち着きを取り戻そうとしたのだが。
 取り戻すどころか、止めを刺される羽目はめになった。
 ぴかぴかになったセダンを、父さんは 庫に戻し始めた。セダンは、するすると車庫に入って
いく。だが、父さんは 転していない。では、どうして動いているのかというと。
 ……父さんが、 で押しているのだ。
 それも片手で、 く力む様子もなく、1.5トン近くある車体を、軽々と。 
 僕は、視界が歪んでいくのを感じていた。床も壁も天井も、とつレンズを通して見たように歪ん
でいる。 
 両親がおかしくなった?  う。事態は、もっと深刻だったのだ。
 おかしくなっていたのは、 実そのもの。早瀬家は、悪夢の世界に引きずり込まれてしまって
いる。 
「稔、今晩のおかずは がいい?」
 母さんの声も、スロー 生のように歪んで聞こえる。今日はサッカー部の合宿だからいらない
と答えて、家を び出すのが精一杯だった。
 もちろん、合宿 の予定などなかった。



 もう、躊躇ためらっている場合ではない。 
 僕はかねてより考えていた計画を、実行に移すことにした……できれば、移したくなかったが。
 自宅に忍び込み、両親の 子を探るのだ。今なら、僕が留守だと思っているはずだ。僕の前
では見せない何かを、 せるかもしれない。
 早瀬家を襲った異 の真相を、突き止められるかもしれない。
 知るのは ろしい。しかし、このまま、得体の知れない恐怖と同居し続けるのは、もっと恐ろ
しい。結局、僕が帰る家は、あそこしかないのだ。僕は、なけなしの勇気を振りふりしぼった。
 真夜中近くまで ってから戻ると、自宅の明かりは全て消えていた。一見すると、安らかに眠
っている周囲の 々と、何ら変わりはない。誰に想像できよう、その中で、あんな異変が起きて
いることなど。 
 しかし、合 でドアを開け、一歩入るなり、僕は気付いた。家中に満ちる、異様な気配に。
 違う、ここは最早もはや、十数年住み慣れた我が家ではない。外見はそのままに、本質だけがり代 えられている。 
 そう、 親と同じように。
 息を殺し、 音を忍ばせ、一歩ごとに一日寿命が縮むような思いをしながら進む。まさか、自
宅の廊下で、こんなことをする 目になるなんて。
 居間のドアから、明かりがれている。耳を澄ますと、ぶつぶつという囁きが聞こえてくる。こ の、およそ感情にとぼしい、平坦な調子には聞き覚えがある。そう、あの夜聞いた、母さんの囁
きにそっくりだ。 
 もう、何を見ても驚かないように、 分の心臓に言い聞かせてから、僕はそっとドアの隙間か ら、部屋をのぞき込む。
 思った通り、両親がいた。 間のテーブルに、向かい合わせで座っている。そして、あの囁き
 らしているのだ。
「行動パターン……想定より 雑……再現は困難……」
 その表情を見た瞬間、僕は 中に冷たいものが走るのを感じた。
 ガラスのような空ろな目で、 一つ動かさずに、口だけをぱくぱくと開け閉めしているのだ。ま
るで、腹 術の人形のように。
 テーブルの上には、何に使う物か、銀色に輝く、円筒形えんとうけいの機械が置かれている。あんな物、家
にあっただろうか。 
「ザー……君らも大変だな……ザザ……そんな物、かぶらされて……」
 そこからも、ノイズじりの囁きが聞こえる。通信機か何かだろうか。両親はあれと話してい
るのか。あの声、どこかで いた覚えが……しかし、僕が思い出す前に、会話は終わってしま
う。 
 両親が、テーブルから立ち がる。居間を出る気か。慌てて、隠れようとした、その時。
 ふいに、両親の体が、がくがくと痙攣けいれんを始めた。直立不動で、あくまで無表情のまま。
 そして……めり……。 
 何の音なのか、僕は一 分からなかった。無理もなかろう。そんな音、日常生活では、まず
聞く機 はない。
 人の顔に、 れ目が入る音なんて。
 頭頂部から鼻梁びりょうを通り、喉元にまで達し。一本の切れ目が、両親の顔を二つに分断している。
 僕が呆然と見つめる中、両親は自分の両耳をつかみ、引き千切らんばかりに引っ張り。
 めりめりめり。 
 自分の頭を、左右に いていく。まるで、バナナの皮でもくかのごとく。 
 そんな馬鹿な、そんな 鹿な、子供が嫌々をするように、僕はひたすら首を振り続ける。ここ に来たことを、心底後悔していた。恐ろしいのに、恐ろしさのあまり、目をらせない。なす術も なく、僕は目の たりにしてしまった。
 両親の、頭の中に まっていたものを。
 それは、無数の突起とっきうごめかせる、卵型の何かであった。突起は絶えず色を変えながら発光し、 居間を地獄さながらの 合いに照らし出す。
 僕はようやく、全てを った。“人が変わったかのようだ”。その例えは、例えでも何でもなか
った。 
 文字通り、全く別の 在が、両親に成り済ましていたのだ。
 それでは、本物の 親は、どこへ行ったのか。まさか……恐ろしい想像に身を震わせた、そ
 
 みしり。床が、大きなきしみを立ててしまう。怪物の動きが、ぴたりと止まるのを見て、僕の心 臓は りついた。
 一瞬とも 遠ともつかない間をおいて。
 ずるずるずるっ。まるで、さなぎが脱皮するように、怪物は一気に両親の姿を脱ぎ捨てる。
 卵型の部分――頭部? 断言はできない――の下につながっていたのは、甲殻類こうかくるいのような体だっ た。表面はいやらしい薄桃色の殻で覆われ、何対もある足の内一対は、大きなはさみになっている。 背から広がるのは、ひれ、それとも羽だろうか。
 今まで僕が 親だと思っていたものは、その足元にぐにゃりと広がっている。この怪物の手
になる物なのか。何とまわしくも、素晴らしい技術だろう。
 かしゃり、かしゃり、 物はそれを踏みつけながら、ゆっくりと、しかし迷いのない歩みで、ドア
に近付いてくる。逃げなきゃ、 げなきゃ、頭の中で、けたたましく警報が鳴り響いている。しか
し、裏腹に僕の は、ぴくりとも動かない。
 怪物は、もう、すぐ まで来ている。ドアの隙間から、目も口もない顔がのぞく。無数の突起が、
激しく明滅している。なぜか、 には分かった。あの光が、奴らの言語なのだと。いや、それど
ころか、意 まで分かる。そいつは、こう言っている……。
 強制終 

 ぶつん。 

 糸の切れた り人形のように、早瀬稔の体が崩れ落ちる。
 開いたままの目は、 分を見下ろす怪物の姿を、ただただうつろに映している。
「ザザッ……やれやれ、擬似ぎじ頭脳を使っておいて、正解だったな」
 ノイズ混じりの声の は、テーブルに置かれた銀色の円筒だった。どうやら、この状況が見え
ているらしい。声からすれば、 い男性のようだが……。
 怪物が円筒の方を り返る。あたかも、指示を仰ぐように。
「君らも、まだまだだな……ザー…… 似頭脳にさえ見破られるようじゃ……ザザー……本物 の人間をあざむくことなんて、できないぜ?」
 円筒の対等な物言いに対して、 物は頭の突起を明滅させる。それで、円筒には通じるらし
い。 
「次は失 しないって? フフ、その意気だ……ザッ……じゃあ、早速、トレーニング再開といこ
うか……ザザッ……おっと、その に、メモリーは初期化しておかないとな」
 稔の開いたままの によく映るように、怪物が頭を突き出す。一際複雑なパターンで突起を
輝かせると。 
 めり。 
 稔の顔に、切れ が走った。
 そう、 の“両親”と、そっくりに。
 めりめりめり。怪物の が、両耳を引っ張って、稔の頭を左右に裂いていく。その無遠慮な仕
草に、円筒がノイズ雑じりの 笑を漏らす。
 「おいおい、もっと丁寧に ってくれよ……ザー……元は、僕の肉体だったんだから……」
 “稔”は、ついに気 かなかった。
 円筒の発するノイズ じりの声が、自分のそれであることに。
 ごろり。稔の頭の中から、 属製の球体が転がり出る。表面には複雑な回路が張り巡らさ
れ、何十本ものコードで体と 続されている。 
 こんな物が入っていたのでは、本来そこにあるべき脳髄のうずいは、当然、収まるスペースなどあるは
ずもなく――。 

<次のニュースです。A県C市で、三歳の子供を虐待ぎゃくたい死させたとして、両親が逮捕されました>
 朝っぱらから、 鬱なニュースが流れている。母さんは僕のカップに牛乳を注ぎながら、大袈
裟な口調で う。
「おお、怖い。家 を殺すなんて、気が知れないわ」
 新聞をめくりながら、父さんも 槌を打つ。
「全くだ。うちは幸せで かったな、稔」
 まあ、確かに、あんなのに べれば、幸せであることは否定しない。
「あら、もうこんな時間。学 に遅れるわよ」
 慌てて牛乳を飲み干し、家を び出す僕を、両親が「いってらっしゃい」と見送る。
 いつもの朝と、何も わなかった。
 これからも、こんな毎 が続くのだろう。
 僕は、ちょっとだけ、 様に感謝した。

「擬似頭脳、 常に稼動……」
「実験を 開する……」

〜Fin〜