小説ページ?




『テスティス専制公国に於ける玉子制度と人々の記録』


-第二章-初めての『玉子』



 さて、ここで時計の針を一度巻き戻そう。
 風俗や風土を外から見聞きして理解したと思い込むのは愚昧の極みだ。
 真にその文化を理解したければ、その中に生きる人々が何を考え、何を感じているのかを知らなければならない。
 これから見ていただくのは、少年が『玉子』として、シャーロットに召し上げられることとなった、その最初の一日である。
 少年がいかにして彼女の忠実な奴隷へと躾けられていったのか――注釈を挟みつつ、二人の小さな物語を覗いてみよう。


===

 リズフォード家の屋敷は、首都にほど近い山林の中にそびえている。
 窓から中を覗いたなら、屋敷の主人である三人の女性貴族が、小さな食卓を囲んでいるのが見えただろう。
 ……小さな、と言っても、パーティ用の大食卓と比べればという意味で、詰めて座れば十人以上が食事できそうなテーブルである。
 それをたった三人で占有しているのだから、なんとも優雅な話であった。
 しかし、貴族女性の一人、シャーロット・リズフォードの声音は、優雅さとはかけ離れていた。
「――どういうおつもりなの、お母様」
 シャーロットは、静かな口調の中に不機嫌さを隠そうともせず、母親を睨み付けている。
 時刻は昼過ぎ。お茶の時間の最中である。一日で最も和やかであるべきこの時間に、シャーロットにとって不愉快極まりない、とある話題が上ったのだった。
「どうもこうも、ねぇ……?」
 テーブルの上座、まるで玉座かと見まごうような豪華なチェアに物憂げにもたれかかり、シャーロットの母――アンブロシア・セレスティン・リズフォードは、ため息交じりに娘に答えた。
「シャロも、もう幼年学校ではないのだから、当たり前のことでしょう?」
「ふぐぅううううっ!?」
「んっ、ひぃいいいいいっ!」
「答えになっていないわ」
 母のおっとりした声の調子にますます苛つきを覚えたか、シャーロットは刺々しく反発する。
「でもねぇ……シャロのお年頃なら、そろそろ……」
「別に、法律で決まっているわけでもないでしょう」
「それは、そうなのだけれど……」
 まだ幼い娘ににべもなく反論され、アンブロシアは困ったように眉根を寄せた。
 ……シャーロットと同じ、ほぼ銀色のブロンド。淫魔の血を引く証明たる桃色のグラデーションを波打たせる髪は、自身の体を覆うほどのボリュームである。
 しかしその肢体は、大人しく髪に埋もれているわけではない。豊穣という言葉はこのためにあるのかと思わせるような、たわわな胸……肉付きの良い腰回りは、一歩間違えれば『太い』と言われかねない、しかしそれでいながら奇跡的なまでに美しいラインを描いている。
 10代の少女の弾けるような瑞々しさとはまた違った、触れればしっとりと吸い付いてきそうな――熟れた肢体。
 それを包み込む薄布のドレスはしっかりと胸元までを覆っているにも関わらず、体の線を浮き彫りにし、その身体を強調しているかのようだった。
 だが、男なら誰しも生唾を飲み込まずにはいられない極上の身体の上に乗っているのは、下手をすれば娘と同年代でも通じてしまいそうな童顔である。
 そのアンバランスさはしかし、彼女に背徳的な、妖しい魅力を付加していた。
 アンブロシアは大きな眼を不安そうに歪めながら、ぬいぐるみのようにふわふわした自分の髪を抱きしめた。そして幼子がカーテンの陰に隠れて大人を窺うような仕草で、我が娘を上目づかいに見つめる。
「でも……シャロのお友達だって、もう皆……」
「皆は皆。私は私だわ。悪いことをしているわけでもなし、周りと同じことを強要されるのは不愉快よ」
「うぅぅ……」
 シャーロットの強い意志を宿した赤い瞳に射すくめられ、母は弱々しく呻く。瞳の色は同じはずだが、アンブロシアのそれはか弱い野兎のようであった。
 年甲斐もない有様ではあったが、アンブロシアにはそれがよく似合っていた。
 体つきと裏腹にどこか儚く、その仕草と表情は保護欲を掻き立てる。
 とても二児の母とは思えぬ若々しさ、いや、ことによると幼ささえ感じさせるかもしれない。
 ……リズフォード家は淫魔の血統であるから、年齢によって美貌が損なわれないのは当然の事ではあったが、それを差し引いてもアンブロシアは若すぎる、と言えた。
「ラヴィ〜……シャロがママを苛めるのよぉ……?」
 お転婆な次女への抵抗をあっさり諦めて、アンブロシアは、シャーロットの対面に座る長女の方へ身を乗り出し、助けを求めた。
「ぐぅううっ!」
「ひぐっ、ぅっ!?」
「……ふう」
 そんな母と妹のやり取りに、それまで黙って紅茶をたしなんでいた長女ラヴィニア・リズフォードは、やれやれとばかりにため息をついた。
 桃色に輝く銀のブロンドは、母にも妹にも似ず、地面に向かってまっすぐに伸びている。それを気だるそうにかき上げて、ラヴィニアは妹に、切れ長な目を向けた。
 釣り目がち、という点ではシャーロットと同じだが、ラヴィニアのそれは刺すような鋭さを秘めている。シャーロットが可愛いお転婆娘なら、こちらはキツめの美女とでも評すべきか。
「シャロ、あまり母様を困らせるものではないわよ」
 だが妹であるシャーロットは、姉の視線に臆すことなく、まだ膨らみのない胸を張って堂々と主張する。
「違うわ姉さま、お母様が私を困らせているのよ。――こんなの善意の押しつけだわ」
「正論ではあるけれど、お止めなさい。母様が涙目になっていちいち鬱陶しいわ」
 さらりと言ってのけ、ラヴィニアはカップを置くと、ひじ掛けにもたれるように頬杖をつく。
「ひぎゃああああっ!」
「酷いわ、ラヴィまで!」
 己が腹を痛めた長女の物言いに、アンブロシアは体を前後に揺すって抗議した。
「ひぃいいいっ!」
「ふぃううう!?」
「あっ、がぁああああっ!」
「ひっ、ぐっ、ぅ!」
 だがラヴィニアは母の抗議を無視し、妹を諭し始める。
「……あのねシャロ。母様だって、なにも意地悪を言っているわけではないのよ。それは分かるでしょう?」
「…………分かるわ」
 しばし沈黙したが、シャーロットは素直に頷いた。彼女はお転婆ではあるが、主張を通すために理屈を曲げるようなわがままではない。
「母様が私を心配して下さってるのは分かっているの、もちろんよ」
「ああ、そうなのよシャロ!」
 ぱぁ、とその表情を明るくして、アンブロシアが勢い良く椅子から立ち上がる。
「ふぅうっ!」
「うぐっ!」
「母様の気持ち、分かってくれるわね?」
「分かるけれど、それとこれと話は別だわ」
「うぅぅ……」
 はね付けられて、アンブロシアは萎れるように椅子に沈みこんだ。
「ひぃっ!?」
「あがぁああっ!」
 ラヴィニアが呆れ顔で言い放つ。
「母様は黙っていて頂戴、話がややこしくなるわ」
「ラヴィもシャロも酷い! 母様は悲しいわ!」
「あのねシャロ……もちろん、あんたの気持ちも分かる。母様の気持ちだけを一方的に汲めとは言わないわ。……けどね、もう一、二年もこのままでいたら、あんたも変人奇人の仲間入りよ」
 母をあくまでも無視して、ラヴィニアは真剣に妹に語りかける。
「……年頃の貴族の娘が『玉子』の一つも持たないだなんて。社交界じゃ通用しないの」
 そう言ってラヴィニアは、鋭く冷たい視線で、居間を見回した。
「この居間だけでも、20個以上の『玉子』を使っているのよ?」

 ……ラヴィニアの言葉と視線を追って、部屋の様子を改めて見てみることにしよう。
 十人ほどが掛けられそうな大きなテーブルを中心に、食事をするだけの空間としては無駄に広々とした部屋である。
 グラスを落としても割れなさそうな、毛の長い赤い絨毯……今は火が入っていないが、石造りの豪勢な暖炉、その傍に揺れる安楽椅子……壁に飾られた美術品や絵画の数々……と言った、いかにも貴族的な部屋の内装については、詳しい描写は省くとしよう。
 テーブルを囲む三人の周りには、5人のメイド達が立っていた。内輪の日常の食卓では、必要な人数はせいぜいこれくらいである。
 メイドの内3人は、シャーロット達女主人のお付きのメイドだ。
 シャーロットの世話係であるユリシアに、アンブロシア、ラヴィニアに専属のメイド達は、身内だけでの食事の際などは、その後の茶会に同席するのが常であった。
 ……この日は、彼女たちに茶会への参加を促すより早く、女主人たちが言い争いを始めてしまったのだが。
 主人たちの内輪揉めを、お付きのメイドたちはそれぞれの表情で見守っている。慈母のような微笑で見守る者、呆れたように三白眼を向ける者、そして氷の様な無表情のユリシア。
 彼女ら、専属メイド達についてはまた後日名前を出す機会もあるだろう。
 今重要なのは、残りの2人――『玉子係』のメイドである。

 『玉子係』とは字の如く、貴族が『玉子』を使用するのを手伝うメイドたちのことだ。
 例えば、『玉子』を所定の器具に固定したり、拘束具を付けさせたり、場合によっては、押さえつけたりと言った具合である。
 そして『玉子係』のメイドがいる以上、この部屋には当然、『玉子』たちも同伴していた。……本章の冒頭近くから度々差し挟まれていた悲鳴は、彼らのものである。
 その数は、ラヴィニアの言葉通り20個以上……20『個』と数える場合は睾丸の数を指しているので、少なくとも10人以上という意味である。
 正確には11人、22個、の『玉子』がここに存在していた。……リズフォード家には現在、潰れてしまった『玉子』はいないので、丁度人数の倍になる。

 少々回り道して、彼らの服装についても軽く解説を加えたい。
 彼らはみな、給仕服を着せられていた。これは貴族の屋敷で勤務する、私用でない『玉子』の一般的な正装である。ちなみに一人の貴族女性に専属の『私用玉子』の場合は、タキシードや燕尾服などが正装とされる。
 いずれも共通しているのは、屋敷内での勤務中は、基本的にズボンと下着の着用を許されない点である。
 上半身はきっちりと給仕服を着せられた状態で下半身を露出させられ、また中途半端に靴下と靴だけは許されているのが、かえって『玉子』の羞恥を煽る。
 そしてもっとも目を引くのが、ペニスを覆う貞操帯であろう。
 貞操帯は、睾丸を根元で締め付ける金属製リングとペニスケースから成り立つタイプのものであり、リングとペニスケースは金具で連結され、南京錠に良く似た、ナンバーロック式の錠前で固定されている。
 ペニスを拘束する仕掛けはこれだけだが、この貞操帯を無理に外そうと思えば、狭いリングの中に睾丸を潜らせなければならず、その激痛は相当なものである。到底『玉子』自身の手で外せるようなものではない。
 ペニスケースは、女主人が『玉子』に触れるとき邪魔にならないように、堂々と隆起し、上を向いたペニスの形が記号的に模されていた。
 先端部にはリズフォード家の家紋である、エルチェの実(この世界に特有の特殊な植物)と蝙蝠の羽の紋章が刻まれており、気高い貴族の家紋がペニスケースに刻まれているというアンバランスさが、また一層滑稽さと恥辱を掻き立てるのだった。
 以上が、この世界の平均的な、貴族の屋敷に勤める『玉子』の服装であった。
 なお私的な場では、異国の装束や、あるいは女装など――我々の世界の言葉でいえば『コスプレ』をさせて楽しむ女性貴族も多くいるが、文化と言うより個々の趣味の話になってくるのでここでは割愛する。

 ……それでは、その『玉子』たちの働きぶりを見てみよう。
 一人は、ラヴィニアの傍らに付き従っていた。まだ年若い少年である。
 その睾丸は、ちょうど、ラヴィニアの椅子のひじ掛けの上に置かれていた。……『玉子』たちは特殊な膏薬を塗りこまれており、睾丸は通常の1.5倍ほどに膨張し、袋は良く伸びるように『開発』されている。
 この膏薬についてはまた後述するが、その効果として、より触り心地を良くするだけでなく、このように何かの上に睾丸を置いたとき、非常に安定しやすくなるということが挙げられる。
 ラヴィニアは、ひじ掛けの上に置かれた、二つの柔らかそうな玉子の上に――容赦なく肘をついていた。
 こりこりとした肉球の間に肘を挟むようにしながら、頬杖を突き、上半身の体重をかけているのだった。
 『肘掛玉子』と呼ばれる、『玉子』の使用法の一つであった。
 それもラヴィニアは、意識してかせずか――時折肘を動かし、その感触を楽しむように、こりこりと玉を痛めつけているのだ。
 その度、『肘掛玉子』の少年の喉から悲鳴が漏れる。
 ……そんな風にしたら睾丸が肘掛から落ちてしまいそうにも思えるかもしれないが、そうならないよう、肘掛けには『玉子』を収めておくための窪みが用意されている。
 そのため『肘掛玉子』は、圧力をわずかも逃すこともできず、女主人の体重と、気まぐれに加えられる肘の動きに、哀れにも悲鳴を上げ続けることしかできないのであった。
 ……ちなみに、この『肘掛玉子』の少年、別に椅子に縛られているわけではない。自ら腰を落とし、主人が肘を預けやすい位置に己の睾丸を差し出しているのだ。
 女性貴族が椅子を引いて立ち上がる時の邪魔にならないため――という、合理的な理由はあるが、『玉子』自身にとっては、縛り付けられるより、自らの意志で睾丸を差し出し続けることの方が数段苦しいであろう。
 これは、この屋敷に使える優秀な『玉子飼い』と呼ばれる調教師の仕事ぶりをうかがわせることなのだが――これもまた後述とする。

 一方、アンブロシアの方に視線を移してみよう。目ざとい読者の中には、アンブロシアが身じろぎするたび、複数の悲鳴が上がっていたことに気付いた方もおられるかもしれない。
 こちらには、『肘掛玉子』以上に、ショッキングな光景が見られた。
 アンブロシアの椅子を『まるで玉座かと見まごうような豪華なチェア』と称したが、そこにさらに詳しい説明を加えて行こう。と言っても、その絢爛な装飾や上質の皮についてではなく、読者諸君の興味を引き付けるであろう部分について時間を割きたい思う。
 豪華、と言っても、アンブロシアが身を預けている部分は、そう大きなものではない。娘たちが座っている普通の椅子よりほんの一回り大型なだけだ。にも拘らず、その椅子は全体として非常に巨大なものであった。
 それは椅子の周りに付けられた部品のせいで――左右と背後の、床に接する部分に、さらに小さな椅子が備え付けられているのだった。
 椅子、というよりも、台座付きのクッションと言った方が正しいかもしれない。
 そのクッションには、中央の椅子部分を囲むようにして、5人の『玉子』が膝立ちになっていた。
 彼らの腰はベルトで椅子に固定され、その睾丸は、椅子に設けられた溝部分に収められている。だが実はそこは、単なる溝ではないのだ。
 この椅子は上下に分割されており、そこに彼ら5人の睾丸を挟み込むことによって、あろうことかクッションの代用としているのである!
 ……もっとも、流石に全重量がかかるということはなく、溝の内部には頑丈なバネが仕込まれている。そうでなければ、『玉子』など椅子の重さだけで潰れてしまうだろう。
 だがこのバネの強度は、椅子と人体、両方の重量を支え切るにはやや頼りない。アンブロシアの大部分は、5人の睾丸にかかることになる。
 先も述べたが、アンブロシアは、童顔に見合わぬ魅惑的な身体の持ち主である。男なら誰しも、薄いドレスに浮かび上がったラインを目に焼き付けておきたいと思うような、素晴らしい肢体である。
 ……その芸術品じみた美しい肉付きの良さを、重い、と表現することは礼を失するかもしれない。だが少なくともその重量は、5人分の、たった10個のかよわい玉で支えるには、いささか無理があるのだった。
 だのにアンブロシアが、片方に体重をかけるように身を乗り出したり、無暗に体を揺らしたりするものだから、その度に『玉子』たちは無残な悲鳴を上げねばならなかったのである。
 体重が傾けられた時の、彼ら『玉子椅子』の苦痛は『肘掛玉子』の比ではない。どれだけ調教された『玉子』であっても、口枷で言葉を封じ、ベルトで自由を奪われねば、まずやり遂げられない仕事なのだった。

 ――彼らのように、椅子や肘掛として使用されるのは、責め弄ばれる『愛玩玉子』と区別して『家具玉子』と総称される『玉子』である。
 ……この部屋には他に5人の『玉子』がいたが、彼らは、失神する同僚が出た時の予備であったり、手慰みに弄ばれるための控えであったり、ご奉仕に挑む前の研修の身であったりと様々である。
 彼らは部屋の隅で、2人の『玉子係』のメイドの背に控えながら、同輩の悲鳴に体を震わせているのだったが――その心中は必ずしも恐怖とは限らない。が、これについても後述。

 とにかくこの部屋では、これだけの、我々の感覚では異常とも思える事が起こっていたのだった。
 だがそれはこの世界では日常の風景であり――お茶の時間、『玉子』がいくら悲鳴を上げていようと、貴族女性たちは気にも留めず、優雅に談笑を楽しむのが当たり前だった。
 そんな世界であるから、シャーロットのような年頃の少女がいまだに専用の『玉子』を持たないばかりか、家に備え付けの『玉子』たちに興味を示そうとしないのは、母親であるアンブロシアからすれば、心配に思うのはごくごく当然の感覚なのであった。
 この場合、常識から外れているのはシャーロットの方なのである。
 しかし、シャーロットは、なおも反発の言葉を吐き出す。
「だからって――私に黙って、勝手に『私用玉子』を召し上げるなんて!」
 そう、アンブロシアは娘を心配するあまりに、内緒で一級品の『玉子』を召し上げてしまったのだ。
 それが、この日のティータイムを台無しにしている言い争いの原因である。
 ……と言っても、別にアンブロシアが、勝手にシャーロットの小遣いを使って買ったとか、娘の希望を無視して誕生日のプレゼントにあてがってしまったとか、そういう話ではない。
 純粋に、アンブロシアは厚意をもって、愛娘に最高級嗜好品たる『私用玉子』を買い与えてやったのだ。
 であれば、シャーロットがなにか損をしたわけで無し、怒る道理もないように思えるかもしれない。
 ……が、それはこの国の『玉子制度』を誤解しているせいであろう。

 『玉子』とは、一般的にイメージされる奴隷とは一線を画する階級である。

“男性の急所であり、生物としての最重要機関である睾丸を女性の手で支配することによって、社会における女性の優位性を示す”
 
 これが、ティスティス専制公国の最高指導者たる現アンジェリーヌ7世の先祖たる、アンジェリーヌ1世……100年前の女権革命を成し遂げた英雄、アンジェリーヌ・アントワールの提唱した『玉子制度』の理念である。
 初代アンジェリーヌは、旧来の粗野粗暴な男性上位主義社会に対して辟易としていた。彼女自身、それに翻弄され続ける人生を送ってきたからだ。革命を成した彼女は、国内から不要な暴力を一掃することに全霊を注いだ。
 しかし一方で、自分が作り上げた女権主義はなんとしても守り抜かねばならないという、強い使命感も持っていた。そしてそのためには、ある種の暴力が必要であることも、よく承知していたのである。
 だが、内紛だの暗殺だの、無駄に被害を広げ、罪のない者まで泣かせる悪習は捨て去らねばならない。
 そこで、よりエレガントな『支配の為の暴力』として、『玉子制度』を作り上げたのである。
 一部の男子を『玉子』として召し上げ、ある種の見せしめとすることで、犠牲を最小限にしつつ、女性の優位性を最大限に保とうというのだ。
 ……しかし、暴力と言っても、それは単なる暴力であってはならない。支配される側に喜びがなければ、いつかはまた革命による転覆が待っているだけだとも、聡明なアンジェリーヌは先見していた。

 そこで、今度は『玉子』を召し上げる側の貴族女性に、より良い支配のあり方が求められることとなった。
 やり方は問わない。『玉子』に快楽を与えるやり方でも、苦痛を与えるやり方でも……慈愛でも恐怖でも、飴でも鞭でも良い。ただ、『玉子』自身が、進んで服従したいと思えるように調教すること。これを貴族女性の規範、嗜みとして定めたのである。
 ……であるから、『私用玉子』を持つということは、それを管理し、調教し、服従の喜びを与える義務が生まれるということでもあったのだ。

 だからアンブロシアが娘にしたことは、勝手に手のかかるペットを買い与えて、世話をするように強要したようなものであった。
 シャーロットが怒ったのも、無理はないとも言える。むしろ彼女からすれば当然のことなのだった。
 だが――それを分かっていてもなお、ラヴィニアは妹をたしなめるように、愛称ではなく名前を呼ぶ。
「シャーロット、いい加減になさい」
「……」
 シャーロットはぷい、とそっぽを向いてしまう。ラヴィニアはため息をつくと、肘掛けに手をかけて立ち上がった。
「ひぎっ、ひぎゃあぁああっ!」
 その時、『玉子』を手の平で圧迫し、体重をかけ、悲鳴をあげさせたのは、半ば無意識の行為だった。手の下で、袋の柔らかな感触が広がり、同時に、それまでの『お勤め』で腫れていた睾丸がごりごりとひしゃげる。
 ラヴィニアはそんな哀れな『肘掛玉子』に、一瞥もくれることなくすれ違った。
 彼の献身ぶりを思えば、それはあまりに酷薄な報いであったが、『玉子』は文句も言えぬまま、力尽きて、跪(ひざまず)くように崩れ落ちる。
 メイドの一人がそんな『玉子』に歩み寄ると、肩を貸して立ち上がらせ、一緒に退室した。痛めつけられた『玉子』のケアをするためである。
 次に『使われる』とき、最高の感触を発揮するために。
 ……しかし、当の『玉子』自身の顔が、苦痛に歪みながらも、どこか恍惚の混じる表情をしているあたりに、この家の『玉子飼い』の調教ぶりが窺えるのだった。
「ねえ、シャロ?」
 ラヴィニアは、暖炉の前の安楽椅子に座りなおすと、脚を組み、こんこん、と踵で床を鳴らしながら、猫なで声で妹に話しかけた。
「母様のおっしゃる通り、貴女ももう幼年学校ではないの。……年頃の女の子が、髪も整えず、爪も磨かず、スカートの裾を乱していたら、貴女だってみっともないと思うでしょう?」
「身だしなみの悪さは他人を不快にさせるわ。でも、私が『玉子』を持たずとも、誰にも迷惑はかけないはずよ」
「そうではなく、貴女が笑いものになる、という話をしているの」
 ……そんな姉妹の会話の間にも、『玉子係』のメイドは次の仕事にとりかかっていた。先ほど、ラヴィニアが靴の踵で床を叩いたのが、その合図である。
 メイドは背後に立っていた『玉子』の腕を取ると、ラヴィニアが座る安楽椅子の方に連れて行く。『玉子』は決して積極的にではないが、抵抗せず連れられていく。
 ラヴィニアの前に連れられた『玉子』の少年は、その場に跪くと、怯えと期待の混じった表情で主人を見上げながら、一礼し、左足の靴を恭しく脱がせた。ラヴィニアはそんな『玉子』に見向きもせず、当然のように脱がされるに任せている。
 その間に、メイドが壁際に置かれていたとある器具を持ってくる。やや背の低い、小さめの椅子……足掛けである。
 だが奇妙なことに、その足掛にはクッションが無く、全てが木でできていた。座面は足の形にでなく、臀部の形にくぼんでおり、そして中心部には何かを支えるように盛り上がった部分がある。
 ここまで本章をお読みになった読者諸君なら、あるいは予想済みのことかもしれないが、こちらにも解説を加えたい。
 メイドがラヴィニアの前に足掛けを置くと、玉子はゆっくりと立ち上がり、そこに腰かけた。窪みに合わせるようにお尻を置くと、そのふくよかな睾丸が、中心部の盛り上がりの上に鎮座する形になる。
 そして――もうお分かりだろう、ラヴィニアはその睾丸の上に、容赦なく踵を乗せたのだ。
「ふぐぅうううっ……!」
 玉子の口からくぐもった悲鳴が漏れる。これは『足掛玉子』と呼ばれる『玉子』の使用法であった。
 貴族女性の艶やかな脚、そのなめらかな踵を、柔らかい二つの睾丸で優しく支え、包み込むための『家具玉子』の一種である。
 新たな献身者に悲鳴を上げさせながらも、ラヴィニアは、あくまで優しげな声音で妹を諭し続ける。
「それにねシャロ、『玉子』って悪いものじゃないわよ。たしかに面倒なこともあるし、最初は聞き分けが無くて手もかかるけれど、手の平で包み込んだ時のふわりととろけるような柔らかさや、中身をこりこりしたときの感触は、流石に100年以上続いてきた文化だけあるわ。それに、『玉子』の調教は、貴族の女の嗜みと呼ぶのに相応しい楽しみと充実があるわよ」
 しかし姉の優しい言葉に、シャーロットはふん、と鼻を鳴らす。
「よく言うわ、姉さまのはただのサディズムじゃない」
 その一言は、ラヴィニアの気分を害したようだった。
「ええ、そうね!」
「ひがぁあああっ!?」
 ラヴィニアの踵が、ぐりぐりと『玉子』を踏みにじる。容赦のない、すり潰そうとでもしているかのようなその動きに『玉子』の少年は悲鳴を上げたが、ラヴィニアはそちらを一瞥することもなく、シャーロットを睨みながら苦痛を与え続けた。
「あがっ、ひっ、ぐっ、ふぅうううっ!」
「おっしゃる通り、私はサディストだわ。その私が、可愛い妹のためを思って優しく諭してあげてるんじゃない――それじゃあはっきり言うわねシャーロット? アンタみたいな変わり者がいると、家族全体が迷惑するのよ。ちょっとは女の子らしく、『玉子』の一つや二つ握ったらどうなの?」
「女の子らしくって、いつもそれだわ!」
 シャーロットも、ラヴィニアの言葉に激昂した。
「私はそういうのが嫌なの! おしゃべりと言ったら、恋とお洒落とお菓子と『玉子』の話しかできない女の子なんてまっぴらだわ!」
「はっ……アンタみたいなお子様にはそれで十分よ! 大人になったら嫌でも勉強することになるんだから、ガキの間くらい女の子らしくお人形と『玉子』で遊んでろってのよ!」
 貴族としてはいささか柄の悪すぎる口調でラヴィニアが言い放ったのは、ある意味正論であった。この国では、貴族は公職に就き、国家のため尽くしていくことが常である。かつての貴族のように、働かずに暮らしていくのが当然というわけではない。
 そのための勉学も、歳を経るごとにだんだんと本格化していく。
 シャーロットくらいの年頃は、のびのびと遊びほうけていられる最後の猶予期間でもあった。
 しかしそれはそれとして――ラヴィニアに妹を思う気持ちはあったが、反面、苛つきからわざとシャーロットを挑発するような言葉を選んでしまった感も否めない。
 要するに、シャーロットは、子ども扱いされることだけには我慢がならないのであった。
「姉さまにだけは言われたくないわ――」
 だからシャーロットも、ラヴィニアを一番深く傷つける言葉を、躊躇なく解き放った。
「――サディズムが過ぎていつも男に逃げられっぱなしの、行き遅れかけの姉さまにはね!」
 その言葉に、ラヴィニアはすぐには答えなかった。
「はぎゃあぁああああっ!?」
 代わりに響き渡ったのは、『足掛玉子』の断末魔の如き悲鳴だった。振り上げられたラヴィニアの踵が、彼の睾丸を容赦なく打ちのめしたのだった。

 ――女権主義社会、とは言っても、従来の男女の役割がまるきり逆転したわけではない。
 男らしい女、あるいは女らしい男がもてはやされるような、単純な価値観の反転が起こったわけではないのだ。
 革命を成したアンジェリーヌ一世にしても、むしろ従来の『理想の女』像を具現化したような、控えめで、しとやかな、優しく慈愛に満ちた人物であった。
 一般に女性はおしとやかで、控えめで、優しくあるのが理想像とされるのはあまり変わらないのである。
 ……『玉子』を力づくで服従させる一方、それを通して学んだ人心掌握術、あるいは調教術を用いて男性を優しく支配する。それがしとやかな支配階級とでも言うべき貴族女性の、必修課題であるとも言えるのだ。
 その基準に照らし合わせて、ラヴィニアの気性は少々、荒っぽすぎると言われれば反論の余地がないものであった。

 もっとも、行き遅れかけ、というのは、ラヴィニアの歳を考えれば、かなり過分な言である。
 アンジェリーヌ専制公家による統治は、栄養豊かな食事と、高水準の衛生を国民に与えている。医療においても、我々の世界からすれば後進的だが、周辺国と比較すれば、極めて優れた水準にあった。
 必然、平均寿命は長く、ライフスタイルも気の長いものになる。
 ラヴィニアが『行き遅れ』の誹りを免れない年齢に達するには、もうあと5年はかかるであろう。
 だが――はたしてこの気性の荒い女貴族に、好んで沿いたがる男性がそうそういるだろうか?
 それは、ラヴィニア自身が、最も深く疑問に思っていることなのであった。
 だから彼女は、その急所を突かれた胸の痛みを、半ば八つ当たり気味に『玉子』にぶつけたのである。

 手加減なしの踵落としに睾丸がひしゃげる苦痛と言うのは、いかほどのものだろうか。
 『足掛玉子』が失神し、ふらりと床に倒れる。頭を打ちそうになるところを、少し慌てた様子でメイドが支えた。
 だがラヴィニアはもはやそんなものに微塵も意識を割いていない。頭の中に荒れ狂う怒りをいかに発散しようかと、顔面中の筋肉を痙攣させながら思案しているのであった。
 一方、シャーロットもそんな姉の鬼の形相に微塵も怯まない。可愛らしい眉を吊り上げ、臨戦体制を示している。
 娘二人の言い争いに、母アンブロシアはあわあわとうろたえるばかりだった。
 一触即発――と思われた、まさにその時であった。
 突然、扉が外から開かれ、新たな登場人物が姿を現したのだ。
「……まあまあお二人とも、怒りを収めて」
 その言葉に、シャーロットとラヴィニアの怒りの視線が集中する。が、その人物はひるんだようすもなく、にこにこと穏やかな笑みを浮かべていた。
「……何しに来たの、エルヴィン」
 ひくひくと頬を震わせながら、ラヴィニアが問いかける。
「通りかかったら、言い争う声が聞こえたものですから」
 エルヴィンと呼ばれたその人物は、温和そうな笑顔で答えた。
「お二人が喧嘩なさっていると、僕は胸が痛くて」
「別に、喧嘩じゃないわ」
 ぷい、と顔を背けつつ、シャーロットが言った。
「そうよ、聞き分けのない妹を躾けていただけ」
 ラヴィニアも視線をそらしながら、憮然とした答えを返す。
 ……が、それぞれに、このエルヴィンという人物の柔らかな物腰に、どこか毒気を抜かれた声だった。
「やれやれ」
 エルヴィンは困ったように微笑みながら、頬を掻く。
 ……エルヴィンは、我々の世界で言う乗馬服によく似た格好をしていた。控えめな金銀の装飾の施された、赤い上着に白いズボン。
 その金髪には、貴族であることの証明である銀が混じっていたが、シャーロットらリズフォード家の人間に比べると大部薄い。しかし、短く切りそろえられたその淡い金髪は、いかにも少年らしい雰囲気によく似合っていた。
「ところで、さっき随分な悲鳴が聞こえたけれど――ああ、ラヴィニア様、また激しい使い方をして」
 エルヴィンは、メイドによって絨毯に横たえられた『玉子』を見つけると、それに歩み寄った。傍らに膝をついて介抱していたメイドが立ち上がり、エルヴィンに場所を譲る。
「……完全に失神してるね。『玉子』をどう扱われようとご自由ですけれど、もう少しだけ労わってあげて頂けませんか、ラヴィニア様?」
「……さっきからアンタの敬語には虫唾が走るわエルヴィン。内輪の席よ、いつも通りで結構」
「ああ、そうかい?」
 エルヴィンは気さくな口調に切り替えて、首を傾げた。
「ずいぶんと強権的な物言いをしていたから、今日は権威主義的な気分なのかなと思ったよ、ラヴィ」
「ぐっ……」
 そのにこやかな皮肉に、ラヴィニアは言葉を詰まらせた。が、エルヴィンは気にした様子もなく、『玉子』の股間に視線を移した。
「あーあ、こんなに腫らして……治るのに時間かかるんだよ? まあいいけれど……」
 呟きながら、エルヴィンはなんと、『玉子』の睾丸に指を伸ばした。ただでさえ大きな睾丸が腫れ上がったのを、優しく包み込む。
 ……同性間の恋愛に対して狭量な読者は、いささかぎょっとされたかもしれない。が、次の一言は、諸君を安心させることだろう。
「それにしてもラヴィ? 世の中には僕のような変わった女もいるのだから、シャーロット様にああも頭ごなしに言うものではないよ?」
 そう、いかにも少年『らしい』雰囲気をまとった、一人称に『僕』を用い、エルヴィンという男性の名で呼ばれる、この乗馬服姿の人物は、正真正銘の女性であった。
(訳注:この国の言葉には厳密に『僕』を示す単語は存在しないが、エルヴィンの言葉づかいや、一人称の独特の言い回しが、穏やかながらも男性的なものであるため、ここでは便宜的に『僕』と訳す。他の語訳にもこうした便宜的な部分が多々存在するので注意されたし)
「……別に、アンタのは変わってるとか、そういうんじゃないじゃない」
 エルヴィンの自分を貶めるような忠言に、ラヴィニアはむっとして答えた。

 ……エルヴィンは、この屋敷に仕える『玉子飼い』である。
 『玉子飼い』とは、調教師とも呼ばれる、屋敷の玉子の管理を統括する職業だ。
 前述のとおり、『玉子』が過酷な奉仕に耐えうるよう調教したり、痛めつけられて腫れ上がった睾丸のケアをしたり、召し抱えた『玉子』の管理全般を請け負う、この時代に欠かせぬ職業であった。
 その発祥は、アンジェリーヌ一世が『玉子』に対する人道的配慮と、その扱いにおける基準を設けた所にある。
 『玉子』は睾丸を貴族女性に差し出した一種の奴隷階級ではあるが、その生活全般が悲惨なものであってはならない。適当な環境、適切な技術をもった人間によって管理されることが必須とされたのだ。
 ……その『適切な技術』を持った人間を選定するために設けられた資格が『玉子飼い』である。
 その精神は、馬の調教師に通ずるものがあるとされた。乗馬は貴族の嗜みであり、雄々しく荒々しい馬を鞭と手綱で服従させ、かつ信頼を築いていくという部分が、『玉子』の扱いにも求められたのである。
 そうしたわけで、当時の『玉子飼い』の間では乗馬服が好んで用いられ、また現代でも、多くの流派がそれを制服としているのだ。
 そして中でもエルヴィンが師事した流派は、古流中の古流のひとつで、そこでは今でも、男の仕事であった調教師に敬意を払い、男言葉を使うのが作法とされているのだった。

 ――エルヴィンは、腫れ上がった睾丸を、細くしなやかな指で、そうっとすくい上げるように握った。
 失神した『玉子』の体がびくりと跳ねる。腫れた睾丸は、軽くつつくだけでも激痛が走るほど敏感なのだ。
 しかし、失神した『玉子』の表情に苦痛の色はない。むしろ、苦悶に歪んでいた顔がみるみる弛緩し、口からは切なげなため息が漏れ始めた。
「ふふ……」
 そんな様子を観察しながら、エルヴィンはやわやわと睾丸を揉み始める。普通の女性がどんなに優しくそれを真似た所で、この『玉子』は悲鳴を上げたことだろう。
 だが、訓練により――誇張でなく千個以上もの『玉子』を扱ってきた経験により――エルヴィンの指は、この腫れ上がった『玉子』に快楽を与えているのだった。
「は、ふぇ……ぅ、ぅ、エルヴィン、様ぁ……?」
 目を覚ました『玉子』が、呂律も回らぬ様子で口を開く。
「静かに……お嬢様がたの御前だよ……ほら、立てるかい?」
「は、はひ……あぁぁ、うぐっ……」
「ふふ、無理をしなくていいよ。しばらく休むと良い」
「ふひゃぁ、あっ……」
 『玉子』は、誤魔化しようのない痛みに呻きつつも、エルヴィンの指が与える快楽に喘ぎを漏らす。……その短い息に合わせ、貞操帯がびくびくと震えた。
 睾丸に踵落としを喰らった直後だというのに、ペニスを膨張させているのであった。
「あぁぁっ、こんな……お、お嬢様方の、前でぇ……」
「いいから……ね?」
 本来、こうしたケアは、裏方の部屋で行われるものだ。失神した玉子はさっさと運び出すべきで、いつまでも貴族女性の邪魔になるところに転がしておくものではない。
 しかしエルヴィンは、わざとここで、腫れ上がった『玉子』を慰めて見せているのだった。
「……いかがですか、シャーロット様?」
 その様子を複雑な表情で眺めていたシャーロットに、エルヴィンが優しく問いかける。
「ほら、あんなに痛めつけられたのに……ふふ、今はこんなに僕の手に甘えてくる……」
「は、ふぅうっ……あっ、エルヴィン様ぁっ……!?」
 エルヴィンは玉子の脚を開かせ、シャーロットに股間を揉みしだく様を見せつけた。
「汗ばんで、しっとりと吸い付いてきて……」
「は、ひっ、はぁああっ……」
「僕がほんの少し力を込めたら、またどんな痛い目に合うかよーく知っているのに……
「あ、はぁあっ」
 エルヴィンは目を細め、声にわずかな嗜虐を込める。
「なにせ、僕がたっぷりと痛めつけて躾けてあげたんだから……」
「ひぃぃ、あっ、エルヴィ、さまぁっ……」
「……ね? 可愛いものだと思いませんか?」
 だがそれも一瞬、エルヴィンは和やかな笑顔に戻ると、『玉子』からそっと手を放し、シャーロットに向かって首を傾げて見せる。
 シャーロットは睨むような拗ねたような視線を返し、唇を尖らせた。
「……エルヴィンも、母さまや姉さまの味方をするの?」
「そんな、とんでもない。僕はリズフォード家の忠実な僕であり、お三方に等しく忠義を誓っていますよ?」
「そんなおべっか聞きたくない。貴女も私に『玉子』を持てって言いたいのね?」
「いえいえ、そうでなく」
 エルヴィンは少し困ったような笑顔を浮かべた。
「別に、それは個人の自由と思います――けれど、ずいぶん前から『玉子売り』に予約を入れておいたのでしょう、アンブロシア様?」
「へ? え、ええ、そうよぉ」
 半ば空気のように傍観者に成り下がっていたアンブロシアが、不意に話を振られ、慌てて頷く。
「『私用玉子』を一人買い上げるって、エルネットの店に予約を入れておいたの。もう一月以上も前に」

 ……一級品の『玉子』は、常に在庫があるような商品ではない。
 そのため、『私用玉子』を召し上げる女性貴族は、『玉子売り』という専門の業者に予約注文するのが常である。
 予約を受けた『玉子売り』は、相応しい『玉子』が入荷次第、それを貴族女性に販売するのである。

 エルヴィンはシャーロットに、聞いたでしょう? と言いたげに首を傾げて見せ、
「……『玉子売り』との商談を一方的に破棄したとあれば、あまり評判のいい話ではありません。どの道、『玉子』は召し上げることになるのですから――それならせめて、『玉子遊び』を楽しまれるよう心がけられた方が、シャーロット様の為にもなると思いますよ」
「……それは、そうなのだけれど……」
 不承不承ながら譲歩の言葉を引き出したエルヴィンは、そこに優しく付け込んだ。
「でしたら、僕も出来る限りのお手伝いをさせて頂きたく思います。それにシャーロット様は、必ず人を使う立場になられるお方……『玉子』を飼うことは、その時、必ずシャーロット様の為になりますよ」
「……でも」
 不服を呟こうとするシャーロットにあえて気づかないふりをして、エルヴィンが続ける。
「それに、『玉子売り』が連れてきた『玉子』がお気に召さなければ、次の入荷を待つという手もあります。なにせ初めての『玉子』なのですから、手に馴染むものを吟味するのは当然のことですからね」
「……」
 にこやかに、穏やかに語るエルヴィンに、シャーロットはなにも言い返せない。
 エルヴィンが言っているのは、要約すれば『遅かれ早かれ同じことですよ』というだけのことだ。だが一見譲歩しているように見える言い方をすることで、反論しづらい空気を作り出していた。
 無言になったシャーロットに、更にエルヴィンは、今度は本物の譲歩を重ねる。
「万が一、『玉子』自体がお気に召さぬようであれば、そのときは僕が調教を受け持ちますよ。形だけ召し抱えておけば、要らぬ気苦労を背負われることもないし、アンブロシア様やラヴィニア様もご安心なさるというもの……いかがでしょう?」
「……ずるいわ、エルヴィン」
 シャーロットが、可愛らしく頬を膨らませ、唇を尖らせる。
「そんな言い方をされたら、私がわがままを言っているみたいじゃない」
「いえいえ、決してそのようなことは。シャーロット様のお気持ちも、僕は痛いほどに分かります」
 と、エルヴィンは爽やかな笑顔で、ぬけぬけとそう応えて見せた。
 シャーロットはそれを見ると、諦めたようにため息をつき、
「……分かったわ」
 と、苦笑しながら頷いた。
 血のつながった家族でさえ引き出せなかった妥協を、エルヴィンはようやく引き出したのだった。
「エルヴィンがそこまで言うなら……いいわ、『私用玉子』を持つことにする」
「ありがとうございます、僕の顔も立つというものです」
「……だって、エルヴィンにそこまで気遣われては、無下にはできないものね」
 単に誘導されて不本意を受け入れてしまったわけではないと、言外に主張しつつも、シャーロット・リズフォードはこうして、初めての『私用玉子』を召し抱えることを受け入れたのだった。


 ――続
よろしければご感想を。